パケ詰まりと電車遅延は酷似してる

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昨日(2013年12月11日)の18時頃中央線の西荻窪駅で人身事故があった。その時、人の動きは、よく使う通信用語「パケット」の動きと似ている。非常に面白いので5分ほど、駅の改札から出るときに人を見ていた。パケットを日本語に置き換えると小包だ。通信上ではデーターを運ぶ入れ物(小包)として扱う。

「電車」は「人」を運ぶ。「携帯の電波」は「パケット」を運ぶ(厳密には有線区間が主だが)。その際に電車(通信)が止まると、人(パケット)を運べない。そうするとどうだろう、さらに各地から人(パケット)がある駅(基地局)に集まり、人(パケット)で溢れかえり改札すら通れなくなる。

電波(電車)が繋がらなく(止まると)なると、パケット(人)は目的地へいけない。唯一人と、パケットで異なるのは人は消滅しないが、パケットは破棄され消滅してしまう。しかし、同じ内容の新しいパケットが幾度と無く生まれ、何回も電波に乗せてもらおうと頑張る。

「電車遅延」があるように、「通信遅延」もある。電車は決まった時刻に出発するので、ホームで人は待つ。ホームで人は「待っている」時、「電車が遅延している」と人は思わない。しかし、パケットはすこし違った考え方をする。自分が行き先を決め走りだした時点で、待たされた分だけ「遅延」と感じてしまう。

別のケースで考える。
電車が遅延していると、電車(通信)が満員で人(パケット)が乗れないことがある。この時ホームで人は待たされる。待たされた人は、「電車が遅延している」と感じる。次の電車を待つ必要がある。パケット(人)も同じように、通信(電車)が混んでいて乗れない時がある。例えば年末の「あけおめメール」の時。例えば、あけおめメール(パケット)。普段はある時間帯10人全員乗れる電車(通信)を使っているが、その日に限って予想を上回る人(パケット)が各地から押し寄せることにより、電車(通信)は人(パケット)をさばききれなくなる。

電車が遅れ、電車(通信)乗りたくても乗れない人(パケット)が順番待ちしている状態を電車遅延という。同じくパケットが乗りたくても通信に乗れない状態を通信輻輳(ふくそう)という。

パケットを人に見立てると、人間は”賢い”と思う。なぜなら、中央線が止まっても、「もしかしたら総武線がいけるかも」と自発的に行動できる。しかし、パケットは違う。”だれかに決められた道”でないと先に進むことはできない。困ったもんだ。

確かに他力本願なパケットはめんどくさいやつだ。いやまて人間の場合は、電車遅延で駅員を怒鳴りつける人もいる。駅員が遅らせているわけではないので、事態はなんら変わらない。そんな事すら理解できないなら、パケットのように何も考えず生きたほうが幾分ましにみえる。

私は世の中で起こっていることと、全く関係のない世界がリンクする事が面白いと感じるのだ。

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