人の厚みから見えること

他人という存在が居なければ、おそらく悩みもなくなるのだろう。しかし、人間が生きていく上で他人という存在は絶対切り離せない。人の悩みのほとんどは人間関係によるものだという。確かにその通りだと思うが、考え方次第では傾向がわかっているので、対処のしがいもある。

世の中には、いくつになっても悲観的で、人におせっかいをやき続ける人もいる。また対照的に若くして本質を見抜いて、自己の信念に従って邁進する人もいる。どちらについていきたいか、自分もそうあるべきであるかは明白だが、いざ自分の話になると、そううまくはいかない。

まれに人は、よくわからない理論とプライドのために世間一般的に見ればおかしいとされる行動や言動を平気でする。なぜそのような判断や行動を繰り返すのかは定かではないが、おそらく彼らが人生で得た「最良の判断」そのものだろう。

最良の判断は人によって異なる。例えば、転職するのが最良の判断だったり、今の会社に居続けるのが最良の判断であったりする。先日、車の中である人の経歴を聞いてひっくり返った。私もIT系の端くれだが、スケールが違った。世界が情報産業の黎明期にある中、その時代を駆け抜けた人だった。

世間の場数を踏めば踏むほど、その人の厚みや人生観は増していく。今まで知らずに友達みたいに話してしまっていたが、業界の先輩として考えると、日本のホビーレーサーが、エディメルクスと自転車の歴史を語る、そんな格差がある。

このような、先人からの知恵や考え方はとても参考になる。このような関係が築けているのはとても尊い。周りには本当に大勢の尊敬できる人間が居るが、普通に会社勤めならこのような関係はなかった。ほとんど40-50歳のおっさんだがよく考えたら会社ではなかなか話せない層の人達だ。

もしかしたら、彼らから学ぶべきことは走る自転車の上ではなく、走ってきた人生そのものかもしれない。

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