【映画】疑惑のチャンピオンの感想 ランスのドーピングとツール7連覇の裏で

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自転車をスポーツとして嗜む方なら「ランス・アームストロング」という名前を聞いたことがあるだろう。ツール・ド・フランス七連覇(後に剥奪・抹消)を成し遂げた「偉大な選手」だった。今はその地位や名声は失墜してしまったが、当時の人気たるや凄まじいものがあった。

ツール・ド・フランス7連覇という輝かしい記録の裏には、暗く淀んだ事実が有った。ちょうど、ツール・ド・フランスに合わせて公開された「疑惑のチャンピオン」は前人未到のツール七連覇を達成したランス・アームストロングの無名時代から、ツール7連勝~引退~復帰~ドーピング告白までを克明に伝える映画だ。

あの全盛期に、パンターニとの伝説の対決、ブルー・トレインと呼ばれたU.S.Postalの選手がドーピングに手を染め競技に望んでいたことなど誰が想像しただろうか。その謎に包まれたロードレースの「手を出してはいけない」話題とドーピングを題材にした映画「疑惑のチャンピオン」を同じ競技者として、見て感じたことを素直に記そう。

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1位以外は全て敗者

この映画を見た日、ちょうど私は広島で開催されていた実業団のロードレース(自転車競技)に参加していた。この映画の題材も同じロードレースである。私のレベルとは比較にならないほど大きく剥離しているが、ルールは同じだ。映画にも登場するUCI(国際自転車競技連合)のルールの元、競技が行われる。

この競技における私の実力は大したことはないが、この競技の辛さやルール、そのプロ選手達が置かれている過酷なレースの現状は人一倍理解している。この競技は明確な力の差が勝敗を分ける一方で、特殊な戦略に満ちた競技である。

一般的にロードレースが誤解されがちなのは「個人競技」ではなく「団体競技」という事だ。そして「1位以外は全て敗者」という特殊な競技概念のもとで選手は戦っている。蓮舫議員の名言「2位じゃダメなんですか?」という問いに対し、サイクリストは一斉に「だめだ」と即答するだろう。

とても理解し難い特殊な競技であるが、一方で人間味に溢れた類を見ない素晴らしい競技であることも付け加えておきたい。先ほど「団体競技」と述べたが、そのチームの中で最も力のある選手が「エース」の役目を負う。このエースは誰よりも先にゴールを切る役目がある。

そのためにエースをゴールまで安全に、より楽に運ぶ役目を持つ「アシスト」と呼ばれる選手がいる。彼らにはレースでの結果(順位)が求められない場合が多い。彼らに期待される仕事は結果を出す事ではない。エースを勝たせる為に「犠牲になる」事だ。

「アシスト」はエースのために風よけになったり、オトリになったり、ドリンクや補給食を運んだりとエースの世話をする。一方でその役割からフランス語で「下僕」を意味する「ドメスティーク」と呼ばれていたこともある。ただ、その言葉の侮辱的な意味合いから現在では使われることはない。

自転車競技のロードレースが「団体競技」と呼ばれる理由はこれらアシストとエースが一丸になって勝負するところにある。日本のプロレース(JPT)はもちろん団体競技であるが、それ以外のアマチュアが参加するレースの場合は限りなく個人競技に近い。本来の団体競技の色が失せより個人のちからが試される個人競技に近くなる。

そんな競技に私も身を投じている。本映画を見るほんの直前までレースを走っていた。帰宅後少しばかり眠いのが気になり、映画上映中に眠くなってしまわないか心配になってしまった。しかし本映画を以前から見る事が楽しみだった為、自転車の荷造りも半ば、映画館へ向かうことにした。

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事実に基づいた映画

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映画館につくと公開間もないのに、数えるほどしか客は居なかった(好都合ではあるが)。TVでの宣伝もしていないし、元々がマイナースポーツである点も大きいかもしれない。

本映画に対し、一つ不安に思うことが有った。この映画は大多数のサイクリストにとって「既にネタバレ」なのでは?ということだ。私自身もリアルタイムでランス・アームストロングが選手として走る姿を見ていたし、ドーピングを告白した海外の放送も見ていた。

本スキャンダルはもはや過去の話になりつつある。もしこの映画を見たとしても、改めて知る内容や、驚くべき事実はもはや無いのではないか?と思っていた。事の顛末を詳しく知っている熱狂的なロードレースファンやサイクリストが、この映画を興味深く見られるのか疑問だった。

本映画を見終わり記事を書いている今、その疑問への答えは出ている。もしもこの映画について問われれば、真っ先にこう答えるだろう。「知っているならなお面白い」と。そう言い切れる内容だった。もちろん映画だからランスを取り巻いた全ての描写が100%忠実に再現されているわけではない。

本映画は事実に基づいた内容であることは間違いなかったし、決して面白おかしく脚色された内容ではなかった。ただ、ノンフィクションとして映画で描かれた事実は衝撃的な内容であった。自転車競技をビジネスにして動く億単位の金、UCI(国際自転車競技連合)との癒着。

その物語の中心となる「ハブ」はもちろんランス・アームストロングだ。当時のUCIに好きなようにモノが言える権力が有ったことも驚きだが、マイナー競技を注目させた功績は当時のUCIも認めていたのだろう。

スター選手がドーピングに手を染めていたとわかりつつも、利(莫大な金)害(ドーピング)関係を踏まえて不正を容認していた事実は、まさにロードレース界の膿が垣間見えてくる。巧みに不正がまかり通っていた裏側と、ドーピング検査をなぜ揉み消すことができたのか、その事実は映画で確かめて欲しい。

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スケープゴートとして

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本映画を見終わると、ふと考えさせられる。責任を負わされた器の小さい人間が口走るこんな言葉がある。「ヤッていたのは俺だけじゃない、みんなやってたんだ」と。この言葉を放てば自分の罪が軽減されるかのような錯覚に陥るが、そんなサービスはない。

おそらく本映画の主人公ランス・アームストロングも同じことを思っていたのかもしれない。ドーピング全盛期に出場者200名にも及ぶ競技者のうち「クリーンな選手」はどれほど居たのだろう。もちろんドーピングに一度も手を染めたことのない選手もかならずいるだ(と信じたい)。

映画にはクリーンな選手がもちろん登場する。ただ、それら本来正しくスポーツマンシップに忠実な彼らさえも、多くの選手(ドーパー)から嫌がらせを受ける。「不正」が「正義」となる数の暴力が描かれていた。

ランス・アームストロングがツール・ド・フランス七連覇の時代はそれほどドーピングが蔓延していたのだろう。それらの事実はタイラー・ハミルトンの「シークレット・レース―ツール・ド・フランスの知られざる内幕」に書かれている。そのような時代背景を考え、すこし見え方を変えればランス・アームストロングはスケープゴートとして犠牲になったのかもしれない。

「スケープゴート」現代における意味は、集団や組織における問題が、ある個人へ押し付けられる事により、結果として組織の問題は何らは解決に至っていない場合に用いられる。集団自体が抱える問題を個人が身代わり(本人の意志とは反して)になり、問題は傍目には解決しているように見える。

本映画内ではランスアームストロングに強烈なスポットライトが浴びせられ、UCIやドーピングを助長したあらゆる登場人物はそれほど酷く描かれていなかった。もちろん映画の作りこみの部分もあるだろうし、見せ方の部分もある。ただ、自転車競技のチームや組織ぐるみで不正を働く体質は一部では抜けきっていない。

こと、2016年のツールからは新しい機材が導入された。「サーモグラフィーカメラ」である。「人間のドーピング検査は厳しいから次は自転車にモーター入れよう」なんて考える一部の輩のせいで、どんどん競技のイメージが低下してしまっている。

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総評:

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生存率数パーセントの「がん」からの生還、前人未到のツール・ド・フランス7連覇。これらのサクセス・ストーリーだけでも映画にするには十分だった。しかしそこに不幸な蜜の味「ドーピング」という、とても神経質な味付けが加わった。そう、この映画は栄光の裏側が暴かれるまでを、そして闇に葬られつつあった真実を物語として伝えている。

栄光を影で怪しく光らせていた薬物は、今開催中のツール・ド・フランスで完全に駆逐できているのだろうか。その問に、いまだに多くのサイクリストが完全にYESとはいえない状況も確かにある。それは過去何年にも及びドーピングが蔓延してきた競技だからなおさらだ。

今年のツール・ド・フランス期間中にドーピング違反者が出ないことを祈るが、やはりバレるかバレないかギリギリの所で手を出してしまう選手もなかには出てきてしまう。しかしこの競技の辛さやその苛酷さを考えても容認することは出来ない。

ただ、近年はとてもクリーンなレースが行われつつ有る。映画館で見たことはもはや過去の話で、現在行われているツール・ド・フランスはいくらか楽しみながら見られそうだ。この映画「疑惑のチャンピオン」が世に出てきたことは、長らく続いてきた「闇の時代」の終わりを告げる一つの象徴なのかもしれない。

おまけ:映画を見る前の知識

本映画をより楽しむためには「シークレットレース」を読んでみてほしい。ドーピングとその隠蔽、自転車レースを支配する闇の世界に、ランス・アームストロングのマイヨジョーヌに貢献した元プロ選手タイラー・ハミルトンが綴った書籍だ。

「現時点における、自転車競技の薬物問題に関する最も包括的で、誰もが入手できる報告である」(NYタイムズ)

シークレット・レース―ツール・ド・フランスの知られざる内幕 (小学館文庫)
タイラー ハミルトン ダニエル コイル
小学館 (2013-05-08)
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