自分の悩みは過大評価される

人間の思考はとても興味深い。うまく行っているときは何も悩むことは無い。そのやり方で合っていると思っているわけだし、なにより「結果」が出ている。結果が出ているときは今の行いに対し疑問や改善を積極的に行わない。

第三者の「深刻」な悩みを聞いておもった。というか和んだ。そんなことで悩んでいるのかと微笑ましくなった。ただし、もしそれが当事者として受けるなら話は変わってくるんだろう。自分の悩みは過大評価され、他人の悩みはアホらしく見える。その要点だけ抑えて自分の悩みを遠目に見る。

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続けること

私の場合、輝かしい成績や人に自慢できるような戦歴はない。表彰台とは無縁だしいつも大きな波がある。第三者から見ればメンタルだとか、根性だとか、やる気だとか、気持ちだとかで片付けやすい。目次程度の文章量で構成され、意味づけされた理由はそれらの原因を説明するだけに十分な理由になっていない。

しかし、やめるのはいつでもできるわけだ。最近思うのだが、よくよく見ていくと周りは皆凡人で才能なんて持ち合わせていない。ではどこで差が生まれるのか。答えは意外と簡単で「継続」なのではないか。改善を重ねながら継続する事のほんの少しの差がいつの間にか大きな差になっている。

「うさぎとかめの話」がまさにそれで、山頂にたどり着くのは必ずしも飛ぶように俊敏に才能にあふれたウサギではない。継続することは意外と簡単なようで、見落とされがちなとても重要なことだ。一日二日でなにか変化は訪れない。簡単には結果は得られない。

ただ、まずは仕事も趣味も体あってのことなのでまずは養生したい。何やるにしても体がもたないようでは意味はない。すこしばかり無理が祟ったようだが、少しつづつ身体を戻していきたい。そろそろシクロクロスの準備を。

本当に一年はあっという間に過ぎていく。あっという間の中に、無数の継続をどれだけ詰め込めるのか。ほんの少しの差はいづれ大きな差になっていく。