立ち止まることで、直せることもある。

「車も何でもそうだけど、動いているときは直せないんだ」北浜の静かなバーで常連さんが私に語りかける。久しぶりに懐かしいハイボールの味を求めてハマさんの店に顔を出す。レースが忙しくてなかなか行く機会には恵まれなかった。会社が近いから、以前はよく通っていたけど、最近の繁忙と、逼迫したレーススケジュールから足が遠のいていた。

常連のOさんは遠目に見たら怖そうな人だが、眼の奥は優しい。幅広くいろんな知識を持っていて、いろんな質問を面白い話を交えて返してくれる。自転車は一切乗らないのだけど、私のブログをよく見てくださっている。少しお世辞も入っているかもしれないのだが、久しぶりでもそう言って下さるのは素直に嬉しい。

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止まりたくない、と思う一方で

冒頭の話に少し戻そうと思う。どんな流れでそんな話なったのか覚えていないが私は「最近息をする(吸う)のが辛い、どこか肺が小さくなった感じがする」と言った。それに帰ってきた答えは「病院で見てもらうのが一番いいな」という普通の答えだった。という回答で話が終わるのは普通の人だが、エピソードを交えて続けて話してくれるのはさすがだ。

「会社の人でいざ病院で見てもらったら、結核だったり、肺炎だったりしたこともある。僕の場合は喘息だったりしたけどね。」いざ見てもらわないことにはその症状の正体はわからない。なんとも不安になる言葉だ。私が病院は嫌だなという顔をしているのを察したのか、続けてこんな喩え話をしてくれた。

「車も何でもそうだけど、動いているときは直せない」

今の私にとってとても胸に刺さる言葉だ。パフォーマンスを落としたくない、早く元に戻したいと体が万全でないにもかかわらず無理をする。頭ではわかっているが、受け入れるには少しばかり荷が重い言葉だった。車を車検に出す時も、自転車がパンクした時も「動いている」という状態ではなにも直せやしない。

車に限らず、人間でも不完全な状態を直そうにも、動いていては治りも遅くなる。最後に常連さんはハイボールではなくいつも飲んでいるビールグラスを傾けながら話してくれた。

「何事も早いにこしたことはない。あとになればなるほど、手遅れになる。でも、みんなそれをわかってて後回しにしてしまうんだけどね。」

後々になって取り返しのつかないこともある。もう少し早く見つけていれば、もう少し早く取り掛かっていれば―――。誰しもが経験し、誰しもが悔やむ事をいつまで経っても繰り返す。後々になって挽回しようにも、もはや遅いかもしれない。もしあの時に早く手を打っておけばと、世の中の多くの人がそんな不幸な思いに一度は駆られる。

時間が無機質に進み、ある程度時間が経ってからでは、いくら思い巡らせようにももはや手遅れだ。ただし、今この時ほんの少しだけ面倒だな、先延ばしにしたいなと思っているのなら、味方を変えれば「チャンス」とも受け取れる。「先でいいや、後でいいや」は隠された一つの「サイン」だ。

あとでいいや、さきでいいや、は「今このタイミングで行動に移せば先手を打つことができる」という明確なサインだ。ある種、頭の中では先延ばしの処理が走っているのかもしれないが、これらの思考は一つのセンサーと置き換えても良い。

ひっそりと大人たちがグラスを傾けるバーの中でやり取りした言葉たちは、今の私の心に余計に酔を回した。

一つ一つの言葉は空になったグラスを少し重く感じさせる。黄色と黒のコースターに空になったグラスを底の縁から当てるように置く。久々に一人で飲んだ時間はほんの数分の出来事にすら感じた。次行く時はいつになるんだろうか。ほんの数百円の一杯で得た気付きは、その何倍もの価値を生み出す貴重な一夜だった。

立ち止まらなければ先に勧めないこともある。それらは局所的に見ればとても苦痛な時間かも知れないが、長期的に見ればもしかしたら進む為に必要な充電期間なのかもしれない。

結局、「すぐやる人」がすべてを手に入れる
藤由 達藏
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