時代は流れていく。

もう七年前らしい。おれ20代半ばだ。確か、てっちゃんとまつけんさんが久しぶりに朝練に来た朝練だったと思う。ほんと、どうでもいいこととか興味のないことは全く記憶しないのだけど、大事なこととか、特別な体験は鮮明に記憶している。たしか、まつけんさんが横浜から帰ってきたのが2010年の10月半ばぐらいだった。

なんかその後すぐ骨折して「自転車人生終わりました(2010)」みたいな話をしていたのを覚えている。当時てっちゃんは宮澤崇史選手と同じNIPPOで、全日本選手権を共にはしり宮澤崇史選手が優勝したはず。その時は佐野淳哉選手もNIPPOだったなたしか。そしてマツケンさんは2009年に沖縄210km 3位。1位が高岡さんで2位が武井さん。

という、すごい人達が久しぶりに朝練に帰ってきたので撮った1枚。私はロデムさんの隣に居るが、まだまだちゃんとトレーニングもしていないし遅かった。真ん中後ろには当時乗鞍チャンピオンクラスで2位になった矢部さんと、年代別優勝した平田さんが写ってる。当時はみんなで練習してた。

当時は、そんな雲の上の人たちと一緒に走れるのが嬉しかったが、まったく着いていけなかった。第一でおいて行かれる日が半年。第二でおいていかれる日が数ヶ月。確か月1500kmぐらい走り込んでやっと第三でキャプテン(怖い)に追いついて、そこから「一緒について行ってもいいですか?」と声をかけた気がする。

当時はパワーメーターなかったから、ひたすら距離乗る練習。効率悪いけど、こういう走りこみの時期も経験できてよかった。

そして付いていったはいいが、セミロングでちぎれて捨てられた。そして平日も練習して、月3000kmぐらい走ってだんだんと着いていけるようになったなたしか。その頃のモチベーションは、雑誌やネットの中のすごい人達と走れることが楽しかったな。

あと、写真を見返すと今はメカニックだけど村上もプロツアー選手時代でてっちゃんの後ろにいる(笑 Fしまさんや、まじこ姐さん、師範といまでも皆勤賞で朝練に来ているメンバーも変わらない。まつけんさんが横浜から帰ってきてからあっという間だった。その間に、私が東京に転勤になったり、大阪戻ってきたり、また転勤になったり、時代は移り変わっていく。

そして、また時代は流れる。

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旅立ち

7年前とヘルメットとバイクが同じw。スペアバイクだからしょうがないか。

同じ転勤族のまつけんさんがついに引っ越し。あのころからだいぶ人は入れ替わったけど、それで良い。重要なのは、人と人とのつながりが大事。こないだ西チャレの車の中でも話してたんだけど、私は広く、浅くという人間関係が苦手。たぶん、時間をかけて人間を見ているんだと思う。

できるなら、より少なく、より深く。だから、一人ひとりと親しくなるまで時間がかかってしまう。たまに厄介な事になるんだけど、それがいい。ソーシャルメディアでのつながりも基本的には意味のないデジタルデーターだと思っているから、やはりリアルな関係が重要だ。また、何年か後にまつけんさんがこの朝練に来るときは、今度は自分が居ないかもしれないな。

一度、わたしも東京へ転勤になっているから、この環境と仲間たちのありがたみは痛いほど感じている。また次走れる日は、いつになるんだろうと思いながら今日は高山で引き返すつもりだったんだけど、途中まで見送る。別れ際、

「また、来週朝練で」

と冗談っぽく言葉を交わしたけど、多分次は、何年先になるのかわからない。松木さんとも練習できなくなるな。時代は流れて行くけど、冬の間練習してた、監督、のいちゃん、いしともが居なくなったら、自分も練習環境考えないとなと思いながら帰宅。

今日のメンバーは、いつもの朝練メンバーと、香川県のゲンさん。東京の松木さん。二人共「最高だよこの環境!」それでも、こんな人少ない有り様だから寂しいね。それでも、私は走るよ。

帰り際テイスケさん(TKC Productions)が遠くからわたしを判別してくれて「ITさん!www」と発見してくれて、すこし話して帰宅。箕面下ってる時も、おかぽんさんと遭遇。また、一つ一つ人の輪をじっくり広げていこう。

にしても、練習相手がだんだん居なくなるのは寂しいな。今度平地万太郎やキリP氏、雑賀さんのところへ出稽古へいこうかな。こうやって、いろいろな人の流れが、また時代を作っていく。そうかんがえると、「続けている」ってのは結構大変なことだ。

万太郎の一句
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