こころ無い言葉は、的を射る。

書こうかどうか迷ったが、少しだけ記そうと思う。レース後も変わらず今朝も回す。今年に入ってから一日だけローラーに乗らない日があったが、それ以外はアニメを見ながらローラーでトレーニングを重ねている。努力なんてみんなしているし、アマチュアの上位カテゴリで走るなら、それくらいはアタリマエのことだ。

少し、昨日のレース後を思い出していた。

レース後一人でフェミニンのレースを見に行く途中、沿道に居たおそらく自転車ファンらしき人に声をかけられこんな事を言われた。

「君のチームはE1でも人数多くてジャージ目立つけど、弱いね」と。

私は上のジャージ着てなくて、黒のアンダーに、レーパンしか着てなかったから、私とわかってての発言だと思う。

しかし、瞬間的にそのとおりだと思った。数秒あっけにとられてしまったが、「そうかもしれませんね、次もがんばります。」とだけ答えた。指摘は確かにそのとおりだと思う。シクロクロスと違って、E1は年間ポイントでE2からエスカレーターで上がってこれるし、レース出てればE1に残れる。

今、E1は昔よりもレベルが上がってきていてPで走っていた人が結構居る。だから選手の差は結構大きい。色んな要素が重なり、レースが面白くも厳しくなってきている。そうするとレース後、残れなかった言い訳を度々聞く。大抵、「位置取りがうまくいかなくてね」だとか、「落車が目の前で」、とか言うけどそれは違うと思う。

冬になると、武井きょうすけさんが與那嶺さんと関西に戻ってくる時があって、その時にたまに飲む。昔私が「レース中突然落車で前がふさがれて、、」と口にした時「君は落車が起こるような所でしか走れないような選手なんだよ。」と。人は何か自分に不都合が降りかかると、決まって原因を自分以外の何かに責任を転嫁する。私がそうだった。

「自分は、落車が起こるようなところでしか走れなくて、位置取りもままならない選手」だとまずは自覚するところから、選手という人間はスタートするのかもしれない。変えられない外的要因よりも、変えられる自分自身を変えたほうが良い。変えられない対象にいつまでも責任を押し付け続けても、その選手は何も変わらない。

しかし、そのためには自分を客観的に、厳しく律しなくてはならない。そして、認めたくない現実を認めて、言いたい言い訳も言わないような強い意志を持つ必要がある。言い訳は、なんの改善にも繋がらず、なんの実りもない。

昨日のレース後に監督から「なんで雑賀くん達の三人の先行集団に乗らなかった?」と聞かれて素直に「脚が無くなってきていて、休んでしまった」と答えた。決して見逃してたわけではなく、足を無駄に削っていたし、少しだけ休みたかった。見える位置に居たのに追わ(追え)なかった。

やや先行している人たちまでの道はきれいに開けていて、集団も落ち着いていた。自分の判断以外に、何か都合の良い言い訳の材料も皆無だった。

いつも原因は無数の判断を下す自分の中にある。他の落車だとか、位置取りだとか、そういうものはない。いつ結果が出るかわからないけど、やり続けなくては得られるものも、得られない。この沿道にたくさんの人が居た日、せめて自分が成績を出せてたらと、こうもチームに対して厳しいこと言われなかったのかな、とコースで選手が帰ってくるのを待ちながらふと考えていた。

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