UCIギア制限 SRAM 50x10T禁止へ!なぜ? 8月からトライアル

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2025年8月1日、国際自転車競技連合(UCI)はプロロードレースにおいて、機材の最大ギア比を制限する試験的導入を開始する。

この規制は、選手の安全確保を名目に、クランク1回転あたりの進距離(展開長)を10.46mに制限する。その影響は、特に10Tコグを基盤とするSRAMのドライブトレイン設計思想を根底から揺るがす。UCIが導入するギア制限はなぜSRAMを狙い撃ちするのか。

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10.46mの展開長とは

今回の規制の中心となるのは、クランクを1回転させたときに自転車が進む距離、すなわち「展開長(Metres of development)」を最大10.46mに制限するという規定だ。

この数値は、現在プロロードレースで広く使用されている700cホイールと標準的なロードタイヤを装着したバイクにおいて、フロントチェーンリング54T、リアコグ11Tの組み合わせに相当する。

UCIの規制は特定の歯数のチェーンリングやコグを直接禁止するものではない。禁止されるのは、あくまでこれらの組み合わせによって生じる「進む距離」だ。この一見公平に見えるアプローチこそが、特定の技術、特にSRAMが採用する10Tコグ搭載システムに対して、不均衡な影響をもたらす核心的なメカニズムとなっている。

UCIが特定のコンポーネント(例:「54Tより大きいチェーンリング」や「11Tより小さいコグ」)を名指しで禁止しなかったのは、規制の普遍性を装うためだろう。しかし、展開長という指標を用いることで、結果的に特定の技術的選択肢を事実上排除する戦略的な意図が透けて見える。

54x11Tの組み合わせは許容される一方で、それよりもわずかにギア比が高い50x10T(展開長約10.65m、標準的な700x28cタイヤの場合)や54x10Tは規制値を超えることになる。

つまり、この規制は指標の選択そのものによって、勝者と敗者を生み出す構造になっているのである。

表1: 展開長と実例
チェーンリング コグ ギア比 タイヤ外径(mm) 展開長 (m) 規制への準拠
54T 11T 4.909 678(700 x 28C) 10.46 m 準拠
49T 10T 4.900 678 10.44 m 準拠
50T 10T 5.000 678 10.65 m 非準拠
54T 10T 5.400 678 11.50 m 非準拠
56T 11T 5.091 678 10.84 m 非準拠
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影響を受けるギアとコンポーネント

UCIのギア制限が具体的にどのメーカーのどの製品に影響を及ぼすのかを、技術的なデータに基づいて詳細に確認していく。特に、SRAMの設計思想との根本的な衝突、そして競合他社であるシマノとカンパニョーロは優位に働く。

SRAM X-Rangeへの影響

今回のギア制限は、SRAMのロードバイクコンポーネントにおける中核的な設計思想である「X-Range」に直接的な打撃を与える。X-Rangeの哲学は、カセットの最小コグに11Tではなく10Tを採用することに基づいている。

これにより、チェーンリングを全体的に小型化しつつ、フロントのダブルチェーンリング間の歯数差を13Tで統一することが可能となった。SRAMはこの設計により、よりスムーズなフロント変速、より広いギアレンジ、そしてより細かいギアステップを実現したと主張してきた。

しかし、10.46mという展開長の壁は、この10Tコグを基盤とするシステムを直撃する。前述の通り、10Tコグを使用する場合、規制をクリアできるフロントチェーンリングの最大歯数は49Tとなる。これは、現在SRAMのスポンサードを受けるプロチームが使用している50T、52T、あるいは54Tといったチェーンリング構成をほぼすべて違法とするものである。

この規制は、SRAMが長年かけて市場に訴求してきたX-Rangeの優位性を、競技の最高峰の舞台において無効化するに等しい。例えば、SRAMは「50x10Tは従来の54x11Tに相当するトップギアだ」とマーケティングしてきたが 、新しいルール下では前者は禁止され、後者は許可される。

これは単なる製品への影響に留まらず、SRAMが築き上げてきた製品エコシステムと、それに基づいた研究開発戦略そのものを否定するものだ。10Tコグに対応するために専用設計されたXDRフリーハブボディ、そしてRED、Force、Rivalといったグループセット全体が、この規制によってプロレースでの競争力を著しく削がれることになる。

シマノとカンパニョーロ:規制下の優位性

対照的に、SRAMの最大の競合であるシマノは、この規制によってほとんど影響を受けない

シマノの現行ロードバイクグループセット(Dura-Ace, Ultegra, 105)は、カセットの最小コグとして11Tを標準採用している。プロ選手向けの最大チェーンリング構成は54/40Tであり 、この54x11Tという組み合わせは、展開長が10.46mをわずかに下回るため、何ら変更を加えることなく規制に準拠する。

イタリアのカンパニョーロも、状況はシマノに近い。最新のワイヤレスグループセット「Super Record Wireless」では10Tスタートのカセット(10-25T, 10-27T, 10-29T)が導入されたが、これと組み合わされるチェーンリングは最大でも50/34Tであり、展開長は規制値を下回る。

また、従来からの11Tスタートのカセットもラインナップに残っており、これらを使用すればより大きなチェーンリングも問題なく使用できる。

結果として、この規制はシマノとカンパニョーロ、特に市場シェアで圧倒的なシマノに対して、意図せざる競争上の優位性を与えることになる。SRAMをスポンサーとするチームが機材の変更、テスト、再調整という大きなコストと混乱に直面する一方で、シマノを使用するチームはこれまで通り活動を継続できる。

これは、将来のチームスポンサーシップ契約の交渉において、SRAMにとって大きなリスク要因となりかねない。ワールドツアーチームのマネージャーの立場から見れば、UCIの規制一つで自チームの機材が競争力を失うリスクを抱えるメーカーと契約するのは躊躇われるだろう。

このように、一見中立的な技術規則が、市場の競争環境を大きく歪める可能性があるのだ。

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1xドライブトレインと大型チェーンリングの未来

ギア制限の影響は、SRAMの2xシステムだけに留まらない。ロードレースにおける他の二つの技術革新の流れにも冷や水を浴びせることになる。

第一に、1x(ワンバイ)ドライブトレインの実験が事実上終わりを迎える可能性が高い。リドル・トレックのマッズ・ピーダスンが優勝時に使用したような、フロントシングル54Tにワイドレンジの10-46Tカセットを組み合わせたセットアップは、明確に規制違反となる。

1xシステムは、フロントディレイラーを排除することによる空力性能の向上、軽量化、そしてシンプルな操作性といったメリットが期待されていたが、この規制によってトップギアが大幅に制限されるため、平坦基調のロードレースでの実用性を失う。

第二に、駆動効率の向上を目的とした大型チェーンリングの採用というトレンドも抑制される。近年、一部の選手は56Tや58T、ヴィクトル・カンペナールツに至っては62Tもの巨大なチェーンリングを使用している。

これは必ずしもより大きなトップギアを踏むためだけではなく、高速巡航時にチェーンラインをよりストレートに保ち、チェーンの屈曲による摩擦損失を低減させる「マージナルゲイン」の追求が目的だ。

タイムトライアル(今回の規制の対象外)で特に顕著なこのトレンドは、ロードステージにおいても効率化の一環として試みられてきたが、最大展開長がキャップされることで、そのメリットは大きく損なわれる。重量増というデメリットを負ってまで大型チェーンリングを採用する動機が薄れるため、この分野における技術探求も停滞する可能性が高い。

表2: 主要メーカーのプロレベルギア構成と規制への準拠
メーカー グループセット 代表的なプロ向け構成 最小コグ 展開長 規制への準拠 備考
SRAM RED AXS 52/39T, 50/37T 10T 10.65m (50×10) 非準拠 49T以下のチェーンリングへの変更が必須となる。
Shimano Dura-Ace Di2 54/40T, 52/36T 11T 10.46m (54×11) 準拠 現行の標準構成で問題なく使用可能。
Campagnolo Super Record Wireless 50/34T, 48/32T 10T 10.65m (50×10) 非準拠 48T以下のチェーンリングなら準拠可能。11Tスタートカセットも選択肢。
Campagnolo Super Record (Mechanical) 53/39T, 52/36T 11T 10.26m (53×11) 準拠 現行の標準構成で問題なく使用可能。
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プロ選手とアマチュアの視点

技術的な分析に続き、このギア制限が実際に機材を使用する人々にどのような影響を与えるのか、プロ選手と熱心なアマチュアサイクリスト、双方の視点にはどのようにうつるのか。規制は単なる数字の羅列ではなく、ライダーの感覚、経験、そして情熱に直接作用するからだ。

プロトンの混乱:SRAMユーザーのジレンマ

UCIの規制が施行されれば、SRAMのスポンサードを受けるプロチームと選手は、即座に困難な状況に直面する。最大でも49T、現実的には48/35Tといった、これまでプロレベルではあまり使われなかった小さなチェーンリングへの変更を余儀なくされるだろう。

これは単なる部品交換に留まらない、深刻なロジスティクスとパフォーマンスの問題を引き起こす。

まず、チームはシーズン中にもかかわらず、新たな機材を大量に調達し、テストし、全選手に供給しなければならない。これには莫大な金銭的・時間的コストがかかる。さらに重要なのは、パフォーマンスへの影響だ。

例えば、ゴールスプリントで54x10Tのギアを踏み込むことで最高速度を絞り出すスプリンターは、その最大の武器を失うことになる。また、短い登りをアウターギアのまま力で乗り越えることを得意とするライダーは、ギア比が全体的に低くなることで、より頻繁なシフティングを強いられ、得意なレーススタイルを封じられるかもしれない。

この規制がもたらすのは、競争における「非対称性」である。問題は単にトップギアが使えなくなることではない。ドライブトレイン全体の「フィーリング」やリズムが根本的に変わってしまうのだ。実際に、わたし自身も感じているのはギアレシオの組み合わせが異なると走りに違和感が出る。

48/35Tのチェーンリングを使うSRAMユーザーは、同じ速度域で走る52/36Tのシマノユーザーとは異なるケイデンス、異なるシフトポイントで走ることになる。これは、特定のライディングスタイルを持つ選手に、意図せずして有利または不利に働く可能性がある。

ライダーは何千、何万キロという走行を通じて、自身の機材との間に身体的な記憶と感覚的な繋がりを築き上げる。どのタイミングでシフトすれば最も効率的か、どのギアが自分の「スイートスポット」なのかを直感的に知っている。

この人間と機械の間の繊細なインターフェースを、規制によって強制的に変更させることは、特にワールドツアーレベルの極限のストレス下において、選手の自信やパフォーマンスに計り知れない影響を与える可能性がある。

ケイデンスとライディング体験への影響

このギア制限は、ライダーのケイデンス(ペダルの回転数)と、それによってもたらされる主観的なライディング体験にも直接的な影響を及ぼす。具体的な数値で見てみよう。時速60kmで走行する場合を想定する。

    • 54x11T(規制準拠): 約100 RPM
    • 49x10T(規制準拠): 約109 RPM

これは、同じ最高速度を維持するためには、SRAMユーザーはシマノユーザーよりも約10%高いケイデンスでペダルを回す必要があることを意味する。

一部のライダー、特に低いケイデンスで高トルクを発生させることを得意とする「ギアをかける」タイプの選手にとって、この強制的な高ケイデンス化は、パワーを出しにくく、不安定に感じられる可能性がある。

影響は最高速域だけではない。フロントチェーンリングが48Tに小型化されると、平坦路での巡航速度(例えば時速40〜45km)を維持するために使用するリアコグが、これまでよりも1〜2段小さい歯数のものになる。これにより、チェーンラインがより外側に傾き、駆動効率にわずかながら影響を与える可能性があるほか、バイク全体の「ギアの感触」が変わってしまう。

この規制は、機材を標準化するだけでなく、結果的にライディングスタイルをも標準化する方向へと作用する可能性がある。すべてのライダーをトップエンドでは高ケイデンスのスタイルへと押しやり、パワフルな低ケイデンス・高トルク型の選手の持ち味を削いでしまうかもしれない。

これは、「機械に対する人間の優位性」というUCIの理念とは裏腹に、アスリートがどのように力を発揮すべきかという、まさに「人間」の部分に介入する行為であり、規制の策定者が意図しなかったであろう、深刻なアスリート性への影響と言える。

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まとめ:規制がもたらす未来

UCIが提唱する新たなギア制限は、プロロードレースの風景を大きく変える可能性を秘めている。安全性の向上という大義名分の下で進められるこの規制は、その実、特定の技術思想に深く切り込み、競争環境、技術革新、そしてライダーエクスペリエンスにまで広範な影響を及ぼすだろう。

この規制が単なる安全対策ではなく、UCIの伝統的な統治哲学と、現代のテクノロジーとの間に存在する根深い緊張関係を象徴する一大事例であるということだ。

この規制は、特定のメーカー(SRAM)に不均衡な打撃を与え、競合他社(特にシマノ)に利するという、市場を歪める結果を招いている。これは、規制が技術的中立性を欠いていることの何よりの証拠である。

SRAMは今後、重大な戦略的岐路に立たされるだろう。プロトンのために10Tコグを事実上放棄した新たなコンポーネントを開発するのか、それともUCIに対してルールの変更を働きかけるのか、あるいは競争上のハンディキャップを甘受するのか。

いずれの道を選んだとしても、同社のロードバイク製品戦略は根本的な見直しを迫られる。これは、SRAMが長年かけて築き上げてきたX-Rangeという革新的なエコシステムにとって、大きな試練だ。

業界全体に目を向ければ、この規制は意図せざる技術開発の方向転換を促すかもしれない。トップエンドのギア比という単純な競争軸が失われることで、メーカー間の競争は、規定された範囲内での「駆動効率」という、より微細で高度な領域へとシフトする可能性がある。

潤滑剤、チェーンコーティング、ベアリング技術、そしてチェーンラインの最適化といった分野が、新たな「マージナルゲイン」の戦場となるだろう。SRAMの革新的なアイデアは、UCIの鶴の一声で無価値になりかねないというリスクを、メーカーは改めて認識することになった。

善意に基づくとされる(あるいは、少なくともそう主張される)規制が、いかにして予期せぬ結果の連鎖を引き起こし、競争の力学を歪め、スポーツの技術的な未来を策定者の意図を超えて形作っていくかを示しているのかもしれない。

今後のプロロードレースが、この新たな制約の中でどのような進化、あるいは停滞を見せるのか、業界全体が固唾を飲んで見守っている。

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