「正解ではなく、最適解を導き出す」
バイクフィッティングは難解、摩訶不思議、宗教染みている。フィッターの思想や経験やスキルに左右され、占いみたいなものだ。
Retul Fitが登場するまでは。
Retulは身体に3Dモーションキャプチャーセンサーを取り付け、専用カメラでライダーの動きをとらえ、リアルタイムに測定する。測定した位置データは、アプリケーションを用いて解析し数値化しポジションの最適解を導き出すシステムだ。
その精度は±0.04mmにも及ぶ (表示数値は1mm単位)。
ポジションを出す際、わざわざ別のステムに交換したり、フレームを変える手間は不要だ。専用のフィットバイク「Muve SL」を用いて、ミリ単位でポジションを調整することができる。
各ライダーの身体的な特徴や、レース、ヒルクライム、エンデュランスなどライドの目的にあわせて、ひとりひとりに合った最適なポジションをRetulが提案してくれるのだ。
Retulは競技者だけが行うフィッティングではない。乗車中に感じる痛みや、不快感の原因を探って解決したい方、効率的にライドを行いたい方、スポーツバイクに乗り始めたばかりのビギナーの方まで、どなたにもメリットがあるフィッティングだ。
今回、4度目のRetul Fitを受けた。初めて専用のフィットバイクMuve SLを用いてフィッティングを受けたところ、新たな知見や発見が得られた。これから、フィッティングの模様を記事に落とし込んで紹介していく。
変わったこと、変わらなかったこと、そして食わず嫌いだった異なるサドルを用いた比較テストも行った。
フィッティング結果
フィッティング結果はバイクの様々な位置に対して事細かに算出される。6年ぶりにRetulを受けたのだが、柔軟性が向上し、シューズやサドル種類なども変更したため結果的にサドル高などが大きく変わっていた。
- サドル高:661mm → 673mm
- サドルセットバック:-58mm → -32mm
- サドル角度:1°→ 3°
- ハンドルバーリーチ:503mm → 492mm
- ハンドルドロップ:-68mm → -59mm
サドル高が12mmも上がったのには驚いたが、サドルの全長が240mmから270mmに変わったのと、シューズも当時とは異なるスタックハイトであるため単純に比較はできない。
また、ハンドルバーリーチは近くなったしハンドルのドロップも10mm近く上がって楽なポジションになった。
ポジションが決まった後は、実際にライダーがどのような角度で動作しているのか追跡することができる。これらの値は最適値があるため、Retulで追い込んでいくときの目安になる。
脚の軌跡も測定することができる。私の場合は、左の上げ下げがぶれている。外を回って、内側から返ってくるようなクセがあるのだ。このような動きもRetulですべて可視化される。
あなただけの最適解を
あなた自身のことであったとしても、わからないことはある。ポジショニングに正解はないがRetulは、あなたが知らないポジションの最適解を導き出してくれる。
「正解ではなく、最適を」
これが、Retulの本質だと思う。Retulを用いるといったい何ができるのだろうか。Retulは12年間でのべ50万人以上のライダーがモーションセンサーを装着してきた。全てのデータは収集され蓄積されている。
これら膨大なビックデーターと、解剖学や生理学の観点を組み合わせて、ライダーがどのように動けば快適なのか、最適解を導き出す手助けをする。
Retulはセンサーを使ってフィッティングをする前に、ライダーの体の状態(各部の可動域、柔軟性、左右差など)をヒヤリングし、計測する。得られた解析データを基に、ライダーひとりひとりに合った最適なポジションを導き出すのだ。
ポジションのみならず、Retul公認フィッターがサドルタイプ、ハンドル幅、ステム長、クランク長などあらゆる提案をする。
それゆえ、Retulはプロや競技者のためのシステムに思われがちだ。しかし、それは違う。プロアマ問わず、レクリエーションであろうと、適切なポジションでバイクに乗ることで痛みや違和感も無くなりパフォーマンスも向上する。
Retulで最適解を導き出していくと、正しい乗車姿勢でバイクのフィットを高めることができる。その結果、体に無理がかからないライディングが可能になり、より長くバイクに乗れるようになる。普段わたし達が何気なく歩くかのように、自転車に乗ることができるのだ。
この効果はむしろ、乗り始めたばかりのライダーにこそ必要だと言える。
Retulは体感できないほど細かく乗車姿勢を修正することができる。Retulのカメラは、ライダーを0.04mmの粒度でとらえ、ライダーの動きを解析し、ある範囲に収まるように調整を繰り返していく。
数値が良いレベルにまで落ち着くと、ポジション出しは完了だ。では、実際にどのようなメリットがあるのか。実例をあげて次章から紹介していく。
違和感なく回せる
フィッティングでは、フィットバイクのMuve SLを用いた。ミリ単位というよりも、無段階のリニアな調整が可能なバイクだ。Muve SLを用いてわかったのは、1mmのサドル高やハンドル高さが、ペダリングに多大な影響を与えていることだった。
特にサドル高の影響は大きい。±1mmのせめぎあいで数値は刻々と変化していった。面白いのはサドル高だ。サドル高ひとつ変更しただけで「足首」「膝」「大腿」「骨盤」などの角度が連動して変わっていくのだ。
カカトが下がる事象を直したいと思ってサドルを下げたとしても、逆に膝の角度が望ましい値から外れてしまうことが起こる。結局、カカトが下がり切らない僅かな状態が最適で望ましい位置ということもありうる。
一点で全てが決定されるわけではなく、一つ一つが複雑に連動して全体を構成しているため、一つの事象だけ切り出してポジション決定することは簡単にできないのだ。
この一見すると難解な連動のつながりも、モーションセンサーの位置データを元にRetulが解析し判断してくれる。
私の場合は、最善とはいえないが比較的良い領域(ベター)の値まで煮詰めていったあと、実際の感覚とすり合わせながら最高に良い領域(ベスト)まで追い込んでいった。1mmの差で「ひっかり感がある」「引っかかり感がない」というペダリングの差は顕著だった。
最終的には、クランクの回転360°で違和感の無い位置まで追い込むことができた。
クランクの回転の話がでたところで、最近話題のクランク長の話をしようと思う。
あらゆるクランク長を試せる
「165mmが流行っているから」
皆が使っているからといって使うだけでは、良い結果にはならない。しかし、試すことが何よりも重要だ。机上の空論ではいけない。ではどうやって短い、長い、最適と判断するのだろうか。
本題に入る前に最近流行の「ショートクランク」について考えてみたい。「ショートクランク=165mm」という誤った考え方が蔓延しているが、数字自体に意味はない。自分という基準に対して短い、長いがある。
ポガチャルにとって165mmは「ショート」かもしれないが、あなたにとっては「ロング」かもしれない。
自分にとって短いのか、長いのか、それとも適正なのか。判断できるだろうか。Muve SLなら、クランク長を可変させることができる。しかも、バイクに乗ったままでいい。わずかな時間でクランク長を変更することが可能だ。
そして、ここからが重要な話になる。
クランク長を変更することによって、身体の様々な部位が連動して動きが変わってしまうのだ。足首の角度、膝の角度、大腿の角度などあらゆる部分に影響がある。Retulならリアルタイムで変化をとらえることができる。最適な値に収まるかどうかもだ。
1つの「クランク長」という変数は、身体の動きに対して様々な影響を与える。クランク長を変えた時に、サドルを「下げる」か「上げる」のかといった問題も出てくる。では、ここから最適解を導き出すにはどうしたらよいのだろうか。
ここでRetulの解析による「最適解」の導き出しが生きてくる。
最適解に収まるように、165mmが良いのか、それとも172.5mmが良いのか。サドルを高くした場合は165mmだが、低くした場合は172.5mmがベストという場合もある。
これを人間が目で見て判断できるだろうか。おそらくできない。しかし、Retulはモーションセンサーから得られた位置情報から、ライダーに最適と思われるポジションを導き出してくれる。
165mmでベストが出せるのか、はたまた170mmなのか。
Retulで試せば、クランク長の最適解を必ず出せるはずだ。ショートクランクは良い。では、短くすることで身体にどのような変化が生じ、どのような良い影響があるのだろう。説明できるだろうか。おそらく、納得できる説明をすることは難しい。
しかし、Retulなら数値という説得力のある値を用いてあなに最適解を出してくれる。
サドルフィッティング
Power ARCが登場してから、あらゆるバイクにPower ARCを取り付けている。ロードバイクは当然のことながら、シクロクロス、マウンテンバイク、トラックバイク、室内ローラーバイク全てPower ARCだ。
「もうこのサドルしかあわない、絶対。」
と4回目のRetul Fit当日まで思っていた。しかし、フィッティング中にS-WORKS ROMIN EVO MIRRORを試して考え方が変わった。快適性と「座る位置を探さなくていい」というフィーリングに感動した。
サドルを変更したことによって、ポジションも大きく変わった。
Muve SLでポジションを変更したとき、Powerサドルの場合は座る位置を探る動作を何度も繰り返してしまった。この「座る位置を探る」は当たり前の事だと思っていたのだが、 ROMIN EVO MIRRORでは「ズボッ」と座る位置が決まった。
Power ARCの場合はダーツを何回も投げて、中心から僅かに外れるような位置に座る場合もあるサドルだった。ROMIN EVO MIRRORは赤い的のエリア内に命中するような感覚だった。
Retulはスペシャライズドが展開するフィッティングサービスである為、スペシャライズド製のサドルを幾通りも試せる。もしも、手持ちで試したいサドルがあれば交換が可能だ。重要なこととして、ポジションを出したいサドルでフィッティングを受ける必要がある。
サドルは実はクランク長よりもシビアだ。同じモデルでもグレードによってサドルの厚みが3~8mm程変化するし、サドルレールがカーボン、チタン、スチールと種類が違うとスタックが5mm違うなんてこともザラだ。
さらにノーズの長さや、サイドの張り出し具合で3mm以上違うことがある。クランク長、サドルという変数が決定した後に、フィッティングを行うのが望ましいだろう。
idmatchかRetulか
フィッティングでidmatchも受けたことがある。よく聞かれるのが、idmatchとRetulどちらが良いのかだ。それぞれ最適解を出すことは間違いない。しかし、一つだけ決定的な違いがある。それはライダーの動きをとらえる「基準点」を特定する方法だ。
人間が見て、触って、基準点を決定するのか、それとも機械がアルゴリズムで決めるのかだ。
- idmatch:カメラでライダーをとらえて、基準点の位置をアルゴリズムからおおよそ推定し決定する。
- Retul:フィッターがライダーの身体を触って、基準点となる骨の位置にセンサーを取り付け決定する。
基準点は主に骨の出っ張っている位置、くるぶし、腰骨、膝横の骨だったりする。脚の角度を測定する場合、脚の各部位ごとに基準点が必要になる。idmatchは画像処理で「おおむねこの位置」とアルゴリズムで決定する。Retulは骨の具体的な位置にセンサーを取り付ける。
どちらも測定するには問題がないレベルなのだが、より厳密な精度を求めるのならばRetulに分がある。Retulの場合は、骨の実際の位置をフィッターが実際に触って決定しているからだ。
「最適な位置」にポジションを追い込んでいく過程もそれぞれ異なっている。idmatchは自動的にポジションが変更される。一方でRetulは、手動でポジションを変更していく。
最適な位置の定義はそれぞれ可視化される。RetulはフィッターがMuve SLを調整してある角度の領域に収まるようにポジションを追い込んでいく。idmatchは自動でハンドルやサドルがリアルタイムに変更されていく。
Retulはライダーの声を聴きながら、フィッターによる調整を行うことも可能だが、idmatchはアルゴリズムから自動的にフィッティングが自動的に進んでいく。どちらも最適解を導き出すことには変わりがないのだが、過程のアルゴリズムが違う。
どちらが良くて、どちらが悪いで片づけられるほど簡単な話ではないのだ。
実際に試してみると、idmatchは「これがあなたに適した値です」と割と無機質に調整されるのに対し、Retulはライダーの感覚、フィッター、Retulのシステムデータとを連動させながら「感覚と数値のすりあわせ」を行いながらフィッテイングすることができる。
どちらも一長一短であるため、自分に合ったフィッティングサービスを受けるといいと思うがRetulの場合は、Retulの資格を持つフィッターだ。フィッティングに関する折衝などができるため、あらゆるライダーにとってお勧めできるのはRetulといえる。
3万円は高い?
フィッティングサービス料金の話は誰しもが気になる事だ。3万円は安いだろうか、それとも高いだろうか。
ポンと出しにくい価格であることは間違いない。しかし、現状が最適かどうかわからず、自分に合わないポジションでこれから何年もバイクに乗り続けるという機会損失を考えると3万円は十分に価値のある投資だと思う。
むしろ、初心者や中級者、これから乗り始めるサイクリスト、長年自分ひとりでポジションを出してきた方はフィッティングサービスを受けたほうがいいと思う。Muve SLで程度最適なポジションを初めに出しておけば、ステム長、ハンドル幅、クランク長など、その後、悩むことが少なくなる。
信憑性のないSNSの情報や、登録者数だけが多いインフルエンサーの玉石混交の情報に惑わされることも無くなるだろう。フィッティングで迷子にならない、遠回りしない、あれこれサイズの違う機材を買わないという事を考えれば、長い目で考えると、3万円は投資しがいのある価値ある。
無料でできるRetul
- Retul Match:Retulのデータベースを用いて、バイク、シューズ、サドルにおいて、ひとりひとりに合わせた製品とサイズを提案するサービス。ライドスタイルのいくつかの質問にこたえて簡単な計測をするだけで、数分でおすすめモデルが表示される。
- Size Selection:Muve SLフィットバイクを使って、フレームサイズを再現し、サイズ感を確認するサービス。最適なバイクサイズを提案してくれる。迷うことなくピッタリなバイクサイズにたどり着く近道。
- Retul DSD:DSD(デジタル坐骨幅測定器)は、適切なサドルを選ぶためにお尻の骨の幅(坐骨結節幅)を計測する。圧力センサーに座るだけであなた自身の坐骨幅がわかるので、適したサドル幅を見つけることが可能。
- Retul DFD:DFD(デジタル足部測定器)を用い、足のアーチの圧力マップを計測。数百のデータポイントを使用し、ライドにあった快適かつ最適なフットベッド(インソール)やカスタムフットベッドを提案する。
まとめ:ひとりひとりに最適解を
最後に重要なことを記して終わろうと思う。
一つ自分の事に置き換えて考えてみてほしいのだが、人間は年齢と共にフィジカル、筋肉量、動作スピードに変化が生じるだろうか。おそらく誰もが「イエス」と答えるだろう。
では、バイクポジションは?
この問いに対して、「ポジションを変えなければ変わらない」とトンチに似た答えも確かにある。しかし、身体が成熟していくのか、老化していくのか、どちらにせよ年齢を重ねていけば「最適解」のバイクポジションはどうしても変化してしまう。
私たちの身体は、若いうちは比較的柔らかく適応性がある。赤ちゃんの柔軟性と、おっさんの柔軟性を見れば明らかだろう。年齢とともに柔軟性は低下し、衰えや怪我が生じやすくなる。このような変化はバランス感覚を低下させ、関節を硬くしていくのだ。
バイクフィットも年齢に合わせて変化させる必要がある。理想的な乗車姿勢は一つではないものの、サドルの高さや前後位置、リーチなどは各年代に応じた理想的な位置がある。
事実として、6年前にFTPが5.5W/kg近くあった30代ピークの頃に受けたRetulと、今回のRetulのデーターは全く異なっていた。クランク長やバイクサイズは変わらないが、私自身の柔軟性や、可動域が変わってしまったのだ。同じ時期に受けたのにも関わらず。
そう考えると、毎年ないし数年毎にフィッティングサービスを受けるのが望ましい。機材は1mmも変わらないかもしれないが、人間は変わってしまうのだ。
その時々、あなたの成長や変化に応じたポジションの最適解は必ずある。Retulでその最適解を見つけ出して、今のあなたに合った、あなただけの快適なポジションを導き出してほしい。
Retul 展開店一覧
Retulは全国で行うことができる。オフシーズンなど合間がチャンスだ。
フィッター:高岡雅知
スペシャライズド江坂・神戸 ストアマネージャー兼 Retül Fitter 10年以上ロードバイクやTT bikeのフィッティングに従事。スペシャライズド神戸でペダリング講座なども開催している。