シクロクロスってそんなに楽しいですか?理解できません

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質問を頂戴しました👇️

シクロクロスってみなさんが言うほど、そんな面白ですか?この時期になると一様にシクロクロスシクロクロスと騒ぎ立てて、あなたも毎週のようにシクロクロスの話をしています。あんなドロだらけになって、自転車が汚れて、メカが壊れたり、落車したりするような危ない競技だと思います。やっている方々は、シクロクロスをやっているという事自体がおしゃれだったり、かっこいいと思って楽しいと言っているだけではないでしょうか?どのアタリが楽しいのでしょうか?

ご指摘はもっともだと思います。

毎年この時期になると、私を含めて周囲が一斉にシクロクロスの話を始めるのですから、外から見れば奇妙な熱狂に映るのも無理はありません。泥だらけになり、機材は傷み、ときには落車もする。合理的に考えれば、わざわざ選ぶ理由の見えにくい競技です。

そして正直に申し上げれば、シクロクロスは非常にニッチな競技です。参加している人の多くは顔見知りで、会場には独特の連帯感があります。そこに「シクロクロスをやっている自分」という、ある種の自己像を楽しんでいる面がまったくないとは言えません。

内輪で盛り上がっているように見えるのは、半分は事実だろうと思います。

ただ、それでも多くの人が泥の中へ戻っていく理由は、外から眺めているだけではなかなか見えないところにあります。

シクロクロスで使う自転車は、驚くほど古典的な道具です。サスペンションもなく、細いタイヤとドロップハンドルで、芝、砂、泥、階段、急斜面を走ります。本来なら適していない場所を、あえて適していない道具で走る。

その不自由さの中で、どこで踏み、どこで抜き、どこで降りて担ぐかを自分で判断しなければなりません。道具が未熟なぶん、乗り手の技量と判断がむき出しになるのです。

また、レースはおよそ60分という限られた時間で行われます。ロードレースのように集団の中で脚を温存し、勝負どころを待つという時間はほとんどありません。最初から最後まで、ほぼ全力に近い強度で自分の限界と向き合い続けます。

それでいて、ただ脚力が強い人が勝つとは限りません。コーナー一つの処理、乗車と降車の滑らかさ、ライン取り、泥の状態を読む目、機材トラブルへの備え。フィジカルで劣る選手が、技術と判断で強い選手を上回る場面が普通に起こります。

そこに、この競技の奥深さがあります。

自転車を「漕ぐ」のではなく「操る」こと。おそらくこれが、シクロクロスの核心です。

舗装路では自転車が勝手にまっすぐ進んでくれますが、泥の上では少しの重心のずれで前輪が逃げ、わずかな迷いで足をつくことになります。

思い通りにならないものを、どうにか思い通りにしようとする。その過程で、自分の身体と道具の関係が少しずつ変わっていくのを感じられます。以前乗れなかった区間を、次に乗り切れたとき、そこには順位とは別の確かな手応えがあります。

泥や落車や故障は、たしかに避けられない代償です。しかし人はしばしば、困難そのものではなく、困難と向き合う中で変わっていく自分に価値を見出します。

シクロクロスの楽しさは、汚れや危険を好むことではなく、不自由さの中でしか見えない自分の未熟さと成長を、毎週確かめられることにあるのかもしれません。

ですから、無理に面白いと思っていただく必要はありません。

外から見て理解しにくいのは当然です。

ただ、もしいつか一度だけ、自分の自転車で芝の上を走り、ぬかるんだコーナーで思わず足をついてしまう経験をされたなら、そのとき「なぜ彼らはこれを繰り返すのか」という問いに、言葉ではない答えが少しだけ見えるかもしれません。

楽しさとは、説明されて納得するものではなく、やってみて初めて輪郭を持つものなのだと思います。

 

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