ヒートトレーニングを行うと暑熱順化によってVo2MAXが6~8%改善するという。この実験を報告したのは、Lorenzoらによるサイクリストの熱順応研究の論文だ。実際に、中核体温を測定しながらヒートトレーニングを取り入れている海外プロチームは多い。
- イネオス・グレナディアス
- クイックステップ・アルファヴィニル
- ボーラ・ハンスグローエ
- モビスター チーム
- トレック・セガフレード
- ロット・スーダル
- キャニオン・スラム
- アスタナカザクスタン チーム
Stage 6 ⏩ Stage 7
The mountains come closer and closer! 🗻#BORAhansgrohe #BandOfBrothers #TDF2021 pic.twitter.com/5TMYhz9o8G
— BORA – hansgrohe (@BORAhansgrohe) July 2, 2021
このように、名だたるプロチームが暑熱順化を取り入れたトレーニングを行っている。しかし、なぜ体温を測定するのか。そして、どのような効果があるのか。今回の記事は、中核体温を測定することで、パフォーマンス向上にどのように結びつくのかを探った。
なぜ中核体温を測るのか
Ever wondered how we maximise performance, whether it's a sweltering hot stage 🔥🌡️
…or a freezing cold Classic 🥶?Check out the latest @corebodytemp tech our riders are using at #TDF2021 pic.twitter.com/87FKWXkGw6
— INEOS Grenadiers (@INEOSGrenadiers) June 29, 2021
ヒトは運動すると体温が上昇し、パフォーマンス(パワー)が低下することがわかっている。体幹温度を装置(COREなど)でモニタリングすることで、パフォーマンスを向上させるための知見を得ることが可能になった。
スポーツをする人が正確な体温を測定する方法は、従来から非常に限定的だった。電子錠剤や直腸体温計の摂取は確かに正確だが、侵襲的なハードウェア、データを管理・取得するための専門知識に依存していた。
また、心拍変動やパワー出力など、他のスポーツパフォーマンスに関する研究と比較すると、スポーツに体幹部を利用するための研究やリソースが非常に少ないことも測定のハードルを上げる理由のひとつだった。
しかし、体感温度を測定できる装置があれば、トレーニングやパフォーマンスの向上に役立つ貴重なデータを得ることができるようになる。では、得られた情報から何がわかるのだろうか。
体幹温度がある閾値以上になると、パフォーマンス(パワー)が低下する。体が温まり、体を冷やすために皮膚に血液を送ることに多くのエネルギーを割くと、筋肉を動かす血液が少なくなり、パワー出力が低下することがわかっている。
アスリートが正確な体幹温度モニタリングを行うことによって、あらゆる恩恵を受けることができる。モニタリングすることによってわかる情報はいくつかある。
暑い気候の中で行われるスポーツイベントや、準備不足の選手、過労の選手は、熱ストレスのリスクが高くなることがわかっている。そのリスクは様々で、ちょっとした衝撃でエネルギーが失われ(ボンキング/ブローアップ)、パフォーマンスが低下し、競技をDNFすることもある。リスクが高い場合は、生命を脅かすことになり、倒れたり、医師の治療が必要になることもある。重度の熱ストレスからの回復には、数週間から数ヶ月かかることがある。トレーニングで体温を知ることで、自分の限界を理解し、トレーニングで熱中症にならない体質づくりをすることができるようになる。
暑熱順化とは、暑い気候の環境下で競技のパフォーマンスを向上させるために、身体のコンディションを整えるトレーニングだ。アスリートは、より暑い環境、気候室、または他のアプローチ(冬服の着用など)で熱トレーニングを行い、トレーニング中にコア体温を上昇させ、生理的条件を誘発させることができるようになる。
暑熱トレーニングは、暑熱順化/適応と似ているが、その目的は、暑さにさらされることによって、穏やかで涼しいレースコンディションで利用可能な出力を増加させるために身体を調整することにある。これは、より効果的になるように体を調整することで、高度トレーニングで使用されるアプローチにも似ている。科学的研究によると、アスリートは高地トレーニングに比べ、ヒートトレーニングの方が高い反応率を示すことがわかっている。
暑熱順化と暑熱トレーニングの一環として、ヒートランプテストは室内で行う繰り返し可能なテストだ。アスリートが自分にとって最適な「暑熱トレーニングゾーン」を特定するのに役立つ。また、ヒートトレーニングを成功させると、パワー出力と持続時間が増加するという結果を定量化するために使用される。このテストは、トレーニングの状況に合わせて変更することができる。
自分自身の閾値や効果的な冷却方法など、自分自身のパフォーマンスと体幹温度との関係を理解することは、競技への準備に役立つ。トライアスロンのような単独競技の場合、ペーシング戦略は中核体温の緩やかな上昇を考慮し、アクティブクーリングで安定させることを目標とすることができる。サイクリングのデイレースやステージレースなどのチーム競技では、登り坂での冷却、リードアウト時のペース配分(ボンキングを避ける)、水分補給、回復の管理など、すべてが選手個人とチームの戦略の一部となる可能性がある。
人間の平均体温は36.9℃と言われているが、個人差があるだけでなく、日中も体温は変動している。とくに女性の場合、月経、妊娠、更年期はすべて体幹温度に影響を及ぼしている。体芯温はアスリートの健康状態を明らかにし、アスリートが最高のパフォーマンスを発揮できる時間帯を定義し調整するために使用することができる。例えば、時差ぼけもサーカディアンリズムで確認することができる。
次章では、実際にサイクリストに行なった熱順応研究の論文を紹介する。
サイクリストの熱順応研究
Lorenzoらによるサイクリストの熱順応研究の論文によると、コントロールグループに対してヒートトレーニングを行ったライダーは6〜8%の運動パフォーマンスを改善することが報告されている。
研究の内容としては、涼しい環境と暑い環境での運動パフォーマンス向上に与える影響(暑熱順化)について調査している。12名のトレーニングを積んだサイクリストが、10日間の暑熱順化(40℃で約50%のVO2max)プログラムを実施した。
涼しい環境(13℃、相対湿度30%RH)と暑い環境(38℃、30%RH)の両方で最大有酸素パワー(VO2max)、タイムトライアルパフォーマンス、乳酸閾値を測定した。
高温条件および低温条件のVO2maxおよび乳酸閾値試験の前に、それぞれ温水(41℃)または熱中性水(34℃)に浸漬して高体温(0.8~1.0℃)を誘発または常温を維持させた。
8人の対照者は、涼しい(13℃)環境で10日間同一の運動をする前と後に、同じ環境で同じ運動テストを行った。
暑熱順化により、涼しい環境ではVO2maxが5%(66.8 ± 2.1 vs 70.2 ± 2.3 ml-kg(-1)-min(-1), P = 0.004 )、暑い環境では8%(55.1 ± 2.5 vs 59.6 ± 2.0 ml-Kg(-1)-min(-1), P = 0.007 )増加した。
暑熱順化により、涼しい条件下で6%(879.8 ± 48.5 vs 934.7 ± 50.9 kJ、P = 0.005)、暑い条件下で8%(718.7 ± 42.3 vs 776.2 ± 50.9 kJ、P = 0.014)タイムトライアルの成績を向上させた。
暑熱順化により、乳酸閾値における出力が、涼しい条件では5%(3.88 ± 0.82 vs. 4.09 ± 0.76 W/kg、P = 0.002)、暑い条件では5%(3.45 ± 0.80 vs. 3.60 ± 0.79 W/kg、P < 0.001)増加することが示された。
暑熱順化により、涼しい条件では血漿量(6.5±1.5%)、暑い条件では最大心拍出量(それぞれ9.1±3.4%、4.5±4.6%)増加した。対照群では、VO2max、タイムトライアルパフォーマンス、乳酸閾値、いずれの生理学的パラメータにも変化はなかった。
これらのデータは、暑熱順化が冷温条件下での有酸素運動性能を向上させることを実証し、身体トレーニングプログラムの増強に暑熱順化を採用する科学的根拠を提供している。
参考文献
ヒートトレーニング
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熱馴化
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https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fphys.2019.01379/full
コラム:なぜ、ワキの下で体温を測る?
わたしたちに身近な話ではカゼをひいたときにワキの下、くちの中、耳の中で体温を測定する。人の身体は、表面や内部、場所によって温度が異なっている。冬の寒い日に外にいると、顔や手は冷たくなるが、おなかの中まで冷たくなることはない。
手足や顔など、身体の末端や表面の温度は、季節や環境の影響を受ける。一方、身体の内部の温度は、脳や心臓などの大切な臓器の働きを保つために高く安定している。身体の内部の安定した体温を「中核温」といい、これが一番正確な体温であるものの、簡単に測ることはできない。
身体に負担をかけず、中核温に近い温度が測れる場所としては、ワキの下や口中(舌下)、耳、直腸などが用いられる。一般的にはワキの下で測定する方法が主流だ。ワキの下をしっかり閉じて、中核温近くまで温まるまでにはおよそ10分程度かかる。
この温まった時の温度を平衡温という。また、口中で測った場合の体温は、ワキの下よりも0.2~0.3℃高いのが一般的だ。最近普及しつつある耳で測る体温計は、中核温に近い鼓膜とその周辺の温度を瞬時に測測定している。
まとめ:暑熱順化はパフォーマンスを向上させる
ここまで、暑熱順化によるパフォーマンス向上について探ってきた。では実際に、どのような方法で行えばよいのだろうか。次回は、実際に中核温を測定できる装置を用いて、ランプテスト、トレーニングメニューを実施した模様をお伝えする。
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