鉄でもない、カーボンでもない、「繊維」のスポークがホイールを変えようとしている。ピドコックがXCOの世界選手権を制したとき、その足元には繊維のスポークが使われていた。
自転車のホイール性能は、長らく「重量」「空力特性」「剛性」という3つの柱によって定義されてきた。しかし、今回レビューするGoosynnのホイールは第4の柱、すなわち「快適性(振動減衰)」を前面に押し出し、Ti-Fiスポーク技術によって既存のパラダイムに挑戦している。
本レビューは、Goosynn Ti-Fi R50 Proホイールセットについて、その中核技術であるTi-Fiスポークの材料、特性を分析し、その革新性がもたらす性能上の明確な「トレードオフ」を定量的に解明していく。
Goosynn Ti-Fi R50の2モデル
Goosynn Ti-Fi R50の製品仕様の違いを以下にまとめる。「R50」は特性の異なる2つのバージョンがある。
- Ti-Fi R50 (標準モデル): 重量 1210g、前後ラジアル組、Polymer Fiber Spoke + Titanium Ends、最大システム重量 100kg。
- Ti-Fi R50 Pro (Proモデル): 重量 1267g、前2:1組、後ラジアル組、Polymer Fiber Spoke + Titanium Ends、最大システム重量 110kg。
【表1:Goosynn Ti-Fi R50 仕様】
| 特性 | Ti-Fi R50 (標準モデル) | Ti-Fi R50 Pro (レビュー対象) |
| モデル名 | Ti-Fi R50 | Ti-Fi R50 Pro |
| リムハイト | 50mm | 50mm |
| リム内幅 | 25mm | 25mm |
| リム外幅 | 34mm | 34mm |
| 重量 (±5%) | 1210g | 1267g |
| ベアリング | TPIスチール | TPIスチール |
| レーシング | 左右ラジアル | 2:1レーシング |
| 最大システム重量 | 100kg | 110kg |
リム:現代的エアロのプロファイル
R50 Proは、ハイト50mm、内幅25mm、外幅34mmという現代的なエアロプロファイルを採用している。この内幅25mmというスペックは、快適性と転がり抵抗の低減を狙い、30C以上のタイヤ(30C-50C互換)との組み合わせを前提としている。
また、フックドリム(Hooked)を採用している点 は、フックレス(Hookless)が主流となりつつある現代において、タイヤの互換性と安全マージンを確保する保守的かつ賢明な設計判断である。
外幅34mm は、タイヤ装着時の実測幅を考慮したエアロダイナミクス理論(いわゆる105%ルール) に沿ったものであり、リム単体としては空力性能を真摯に追求していることがわかる。
ハブ:Goosynn GRS3276 の機構
ホイールセットのハブは、Goosynnが自社開発したGRS3276だ。これはTi-Fiスポーク(カーボンスポークハブ互換)に対応したストレートプルハブである。このハブの内部機構は、従来のポール(爪)式ではなく、ラチェットシステムを採用している。
GRS3276は36Tまたは54Tのラチェットオプションを提供し、これはDT Swissのスターラチェットと同様に、高い信頼性と耐久性、および均一なトルク伝達を目的とした設計である。
エンゲージメントアングル(ペダルを踏んでから動力が伝達されるまでの遊び角)は、36Tラチェットで10° (360/36)、54Tで6.67°となる。
これは、マウンテンバイクのテクニカルなクライミングで求められるような「瞬時の」エンゲージメント(例:3°) ではなく、ロードサイクリングにおける信頼性と耐久性を重視した、バランスの取れた仕様である。
この選択は、TPIスチールベアリングの採用 と同様に、過度な軽量性や反応性よりも、システム全体の堅ろうな基盤を提供することに重点を置いている。
コアテクノロジーの解剖:Ti-Fi スポーク
自転車ホイールの設計において、スポークは引張部材として機能し、ホイール全体の剛性、強度、重量、そして空力特性を決定づける基幹部品である。その素材は、長らくスチール(特にステンレススチール)が支配的であった。
スチールは、その優れた疲労強度、耐久性、およびコストパフォーマンスにおいて、今なお業界標準であり続けている。しかし、性能の限界を追求する過程で、より軽量かつ高剛性な素材としてカーボンファイバーが近年登場し、ハイパフォーマンスホイールの勢力図を塗り替えつつある。
これらスチール(第1の素材)とカーボン(第2の素材)に対し、ポリマー繊維は「第3の素材」として、異なる性能軸を提示する。SpinergyのPBO(Zylon)スポーク や、BERDのUHMWPE(Dyneema)スポークは、その先駆的な試みである。
これらのポリマー繊維は、スチールやカーボンをりょうがする比強度(重量あたり強度)と、金属材料にはない卓越した振動減衰特性を共通して有している。
しかし、これらの先行技術は重大な課題も抱えていた。特に、ハブフランジとのインターフェイス(接続部)の設計が特殊であり、BERDスポークの導入にはハブのスポーク穴を面取り加工する必要があるなど、組み立てプロセスが極めて煩雑で、標準化の大きな障壁となっていた。
Goosynnが開発したTi-Fiスポーク技術 は、この文脈において、ポリマー繊維の利点(軽量性、振動減衰)を継承しつつ、独自のインターフェイス設計によって既存の課題(特に組み立ての非互換性)を解決しようとする、工学的試みとして登場した。
Ti-Fiの技術的革新は、単なる新素材の採用にとどまらず、市場のトレンドが剛性至上主義から、グラベルやエンデュランスといった実世界の走行における快適性、すなわち「振動損失」の低減へと移行しつつあることへの、戦略的な応答でもある。
核心素材:高分子ポリマー繊維
Ti-Fiスポークは、Goosynnの特許技術(ZL 2024 2 2085421.0) であり、「Titanium Polymer Fiber」の略である。Goosynnは、Ti-Fiスポークの核心素材を「最高の防弾繊維の一つ」 および「高強度ポリマー繊維」 と定義している。
この記述は、材料科学的に見て、BERDが使用するUHMWPE(超高分子量ポリエチレン、Dyneemaの商標で知られる)、あるいはSpinergyが使用するPBO(ポリフェニレンベンゾビスオキサゾール、Zylon) といった、アラミド繊維系の高性能繊維であることを強く示唆している。
これらの繊維は、極めて高い引張強度、スチールを大幅に下回る軽量性、そして優れた耐疲労性および耐摩耗性を共通の特性として持つ。一方で、その弾性率はスチールや高弾性カーボンファイバーと比較して本質的に低く、また高張力下で時間とともにわずかに伸び続ける「クリープ(Creep)」特性を示すことが知られている。
インターフェイスの革新:「Ti-Fi」チタン製フィクスチャ
Ti-Fiスポークの最大の技術的特徴は、その名称「Ti-Fi」(Titanium Polymer Fiberの略) に示されるとおり、スポーク両端のインターフェイスにある。
Goosynnは、特許取得済みと主張する「機械的インターフェイス」を採用し、スポークの両端に「チタン製固定具」を備えている。リム側において、この固定具はチタン製ニップルとして機能する。
この設計がもたらす工学的優位性は明確である。チタン製フィクスチャは、標準的な「カーボン・スポーク互換ハブ」および「通常のリム」との完全な互換性を実現する。これにより、BERDスポークが必要としたハブの穴あけ加工のような、コンポーネントへの不可逆的な変更を一切不要にする。
BERDスポークとの比較
競合するBERDスポークのインターフェイスは、ポリマーの「織り(weave)」構造と接着剤を利用し、ステンレススチール製のインサートを「チャイニーズフィンガートラップ」のようにつかむ設計を採用している。
この設計は引張力に対して強力なグリップを発揮するが、いくつかの工学的妥協点を含んでいる。
Ti-Fiのチタン製インターフェイスは、BERDの設計と比較して以下の利点を持つ。
- 軽量性: Ti-Fiスポークの単体重量は2.2gであり、BERDの2.5g(Sapim CX-Rayスチールスポークは約4.1g) を下回り、世界最軽量のスポークであると主張されている。これは、BERDが使用するステンレススチール製インサートの重量が「無視できない」 のに対し、Ti-Fiが採用したチタン製フィクスチャがより軽量な設計であることを示している。
- ハブ互換性と応力分散: Ti-Fiは標準的なハブフランジを使用し、ハブにかかる応力は従来のカーボン・スポークと「全く同じように分散される」。対照的に、BERDの設計(ハブフランジにスポークを通す)は、ハブフランジに設計外の応力をかける可能性がある。
- インターフェイスの材質: インターフェイスにスチール(BERD)やアルミニウムではなく、チタン(Ti-Fi)を選択したことには、明確な工学的理由が存在する。チタンはスチール よりも高い強度重量比を持ち、アルミニウムよりも優れた疲労強度を有する。さらに、カーボンファイバー製のリムやハブと接触する際、アルミニウム対カーボンで懸念される深刻な電位差腐食(ガルバニック腐食)のリスクが、チタン対カーボンでは大幅に低い。
Goosynnが採用した「機械的インターフェイス」 は、BERDの接着剤と織り目 に依存する化学的・物理的結合に対し、環境要因(温度、湿度)や長期的な応力下での安定性において、原理的に優れている可能性がある。
引張強度と破断点
Goosynnが公開しているスポーク単体の引張試験データによれば、Ti-Fiスポークの破断強度は、一般的なスチールスポークを大幅に上回っている。
- カーボンファイバースポーク: 4792.698 N
- Ti-Fiスポーク: 4471.124 N
- スチールスポーク: 3499.174 N
Ti-Fiの絶対強度は、標準的なスチールスポークを約27%上回り、最強クラスのカーボン・スポークに匹敵するレベルである。
自転車ホイールのスポークテンションが実用域(例:100~150kgf、約980~1470 N) であることを考慮すると、Ti-Fiの破断強度は安全マージンとして十分すぎるほど確保されていると言える。
弾性率と伸長性(剛性の代理指標)
Goosynn R50 Proの核心は、強度ではなく「剛性(Stiffness)」、すなわち弾性率にある。弾性率は、材料が荷重に対してどれだけ変形しにくいかを示す指標である。
Goosynnのデータ は、Ti-Fiスポークが破断に至るまでに、スチールやカーボンよりも大きく変形することを示している。
破断時変形量(Deformation)
- Ti-Fiスポーク: 8.7267 mm
- スチールスポーク: 5.8693 mm
- カーボンファイバースポーク: 5.3680 mm
破断時伸長率(Elongation)
- Ti-Fiスポーク: 9%
- スチールスポーク: 6%
- カーボンファイバースポーク: 5%
この「高い伸長性」は、Ti-Fiスポークが本質的に「柔らかい(弾性的である)」ことを示している。この特性は、独立した第三者(Panda Podium)による実用域でのスポーク弾性(剛性)の測定によって、より明確に裏付けられている。
スポーク弾性(剛性)実測値(変形1mmあたりに必要な力)
- カーボン: 800 N/mm
- スチール: 580 N/mm
- Ti-Fi: 380 N/mm
Panda Podiumの分析によれば、Ti-Fiスポークはスチールスポークと比較して「35%多く変形する(35% more deformation)」。すなわち、Ti-Fiスポークの剛性は、スチールよりも約35%低く、カーボンと比較すると半分以下(約53%低い)ということになる。
【表1:スポーク単体の機械的特性比較】
| 素材 |
チタン・ポリマー繊維 |
カーボンファイバー |
ステンレススチール |
| 単体重量 (g/spoke) |
2.2 g |
2.6 g |
4.1 g |
| 最大引張強度 (N) |
4471 N |
4793 N |
3499 N |
| スポーク弾性/剛性 (N/mm) |
380 N/mm |
800 N/mm |
580 N/mm |
| 特性 | Ti-Fiスポーク | カーボン・スポーク | スチール・スポーク (Sapim CX-Ray) |
表1は、Ti-Fiスポークの核心的特性を明確に示している。それは「世界最軽量(2.2g) で高強度(4471 N) である一方、際立って低剛性(380 N/mm) である」という、特異なプロファイルである。
“Modulus > 2X” と実測データのかい離
ここで、重大な技術的矛盾点を指摘せねばならない。
Goosynnの公式サイト には、「> 2X Modulus」(2倍以上の弾性率)という主張が掲載されている。

この「高弾性率」の主張は、同サイトが提示する「伸長率 9%」というデータ、およびPanda Podiumが実測した「380 N/mm」という「低弾性率(低剛性)」を示すデータ と、真っ向から矛盾する。
この矛盾を工学的に解釈するならば、いくつかの仮説が考えられる。
- マーケティング的表現: 単純な誇張、あるいは誤記である。
- 比較対象の相違: 「2倍」の比較対象が、スチールやカーボンではなく、ナイロンや他の汎用プラスチックである。
- 比弾性率(Specific Modulus): この主張が「比弾性率」(弾性率を密度で割った値)を指している可能性。UHMWPEのような素材は、密度が極めて低い(スチールの約1/8)ため、絶対的な弾性率(N/mm) は低くとも、重量あたりの弾性率(比弾性率)では高い値を示す可能性がある。
仮説3は工学的に成立し得る解釈だが、一般的な文脈では著しく誤解を招く表現である。
本レビューでは、ホイール性能に直接影響を与えるのは「絶対的な弾性率(剛性)」であるという事実に立脚し、Panda Podiumの実測値に基づき、Ti-Fiスポークは「低剛性」であると定義してレビューを進める。
ホイールシステム剛性の解明と「スプリング効果」
スポーク単体の低剛性(380 N/mm) が、ホイールシステム全体の性能、特に剛性にどのような影響を及ぼすかを分析する。
横剛性の著しい特性
横剛性(ホイールを横方向から押した際のたわみにくさ)は、スプリントやダンシング時の応答性や、コーナリング時のハンドリング精度に直結する。Panda Podiumが同一のリム(Goosynn R50)を用いて、スポーク素材別にホイールの横剛性を実測したデータは、衝撃的な結果を示している。
【表2:ホイールシステム剛性の実測比較(Goosynn R50リム使用時)】
| ホイールシステム | スポーク弾性 (N/mm) | 横剛性 (前) (N/mm) | 横剛性 (後) (N/mm) | 横剛性 (平均) (N/mm) |
| スチール (Roval) | 580 N/mm | 43.3 N/mm | 69.2 N/mm | 56.3 N/mm |
| カーボン (Goosynn) | 800 N/mm | 42.7 N/mm | 39.3 N/mm | 41.0 N/mm |
| Ti-Fi (Goosynn) | 380 N/mm | 28.5 N/mm | 25.1 N/mm | 26.8 N/mm |
分析の結果、Ti-Fiスポーク・ホイール(平均26.8 N/mm)は、スチールスポーク・ホイール(平均56.3 N/mm)と比較して50%以上、同リムのカーボン・スポーク仕様(平均41.0 N/mm)と比較しても約35%、横剛性が低いことが明らかになった。
26.8 N/mmという値は、現代のパフォーマンス・ロードホイールセットにおいて、際立って低い数値である。
この低い横剛性は、高トルク時(スプリント、低ケイデンスの急勾配登坂)に明確な「たわみ」として体感される可能性が極めて高い(インプレッションで詳述)。Panda Podiumのテストでは、87kgのライダーが4mmのタイヤクリアランスで「擦れはゼロ」だったと報告されている。
ねじり剛性(Torsional Stiffness)と「スプリング効果」
横剛性に加え、ねじり剛性(ペダリングトルクに対するホイールの回転方向の剛性)も、スポークの弾性に大きく依存する。Panda Podiumの分析 によれば、Ti-Fiスポークの高い弾性(低剛性)は、ホイールが「ばね(spring)」のように機能することを意味する。
具体的には、ペダルストロークのパワーフェーズ(3時・9時位置)でスポークが伸びてエネルギーを「吸収(圧縮)」し、トルクが抜けるデッドスポット(12時・6時位置)でそのエネルギーを「返す」ことで、「非常に快適で滑らかなペダリング感覚」を生み出すという。
しかし、この「エネルギーを返す」という表現は、工学的に厳密な精査が必要である。Panda Podiumの筆者自身が「どのシステムも100%エネルギー効率ではない」 と認めているとおり、ポリマー繊維のような「粘弾性(Viscoelastic)」材料は、変形時に必ずエネルギーの一部を熱として失う(ヒステリシス損失)。
したがって、「返ってくる」エネルギーは「吸収された」エネルギーよりも常に少なく、この「スプリング効果」は、推進効率の観点からは純粋な「エネルギー損失」である。
Ti-Fiがもたらす「滑らかなペダリング感覚」 とは、効率的なエネルギーリターンによるものではなく、ペダリングのトルク変動(特にピークトルク)が、スポークの粘弾性によって「減衰(Damping)」された結果と解釈するのが工学的に正しい。
これは、高剛性カーボンスポークがもたらす「キビキビした加速感」 の正反対に位置する乗り味であり、Ti-Fiが快適性と引き換えに、瞬間的な応答性を明確に犠牲にしていることを示している。
振動減衰性能(Vibration Damping)の定量的評価
先ほどで示した「剛性の犠牲」によって得られる最大の利益が、ポリマー繊維の特性である「快適性=振動減衰性能」である。
加速度センサーによる実証テスト
The Bike Sauceによる「半科学的(semi-scientific)」 と銘打たれた実証テストでは、シートチューブに加速度センサーを設置し、Ti-Fiホイールとカーボン・スポーク・ホイール(Superteam)を同一条件(32mmタイヤ、60 PSI) で比較検証した。
テスト結果(全体的な振動エネルギーを示すRMS値)は、路面状況によって明確な差を示した。
- 舗装路(Paved Road):
両ホイールのRMS値は「実質的に同一」であり、差は0.04%。「全く有意ではない」。滑らかな路面では、振動減衰効果は測定不能なレベルである。 - 未舗装路(Gravel):
荒れた路面において、Ti-FiホイールのRMS値は、カーボン・スポーク・ホイールよりも約5.5%低いという結果が出た。
この結果は、Ti-Fiの振動減衰効果は、路面からの入力(振動の振幅と周波数)が大きくなるにつれて顕在化する、条件付きの利点であることを示している。
周波数領域分析(PSDプロット)
同テスト でさらに重要な知見は、周波数領域分析(PSDプロット)によって得られている。グラベル走行時のデータを分析した結果、Ti-Fiスポークは、特に35 Hzから55 Hzの周波数帯域において、カーボン・スポークよりも選択的に振動パワーを低減していることが示された。
これは、Ti-Fiが単なる「柔らかい」スポークとして機能しているのではなく、「特定の周波数の振動を選択的に吸収するダンパー」として機能していることを示唆する。
自動車サスペンションにおける慣性質量を用いた振動制御 や、プレート振動の解析 に見ることができるように、振動系は特定の周波数で共振・減衰特性を示す。Ti-Fiスポークは、「ポリマー繊維(ばね/ダンパー)」と「チタン製フィクスチャ(質量)」から成る複合システムである。
このシステムが、グラベル走行時に発生しやすい35-55 Hzの高周波振動(いわゆる「ロードノイズ」)に対し、逆位相で共振するように設計されている場合、それは「同調質量ダンパー」として機能する。
スポーク自体が振動エネルギーを熱として能動的に散逸させ、ライダーやフレームへの伝達を防いでいる と考えられる。
この解釈は、「ヒステリシス(エネルギー損失)」が、加速応答性の観点からは「損失」であると同時に、快適性の観点からは意図された「減衰機能」であるという、技術の二面性を裏付けるものである。
振動、快適性、およびライダーの疲労
路面からの振動は、ライダーの身体(筋肉)によって吸収されるため、エネルギーを消費する。したがって、「振動損失」 を低減することは、ライダーの生理的な疲労を軽減し、長距離でのパフォーマンス維持に寄与する。
ホイールの快適性に関して、Panda Podium はTi-Fiの低い垂直剛性が「サスペンション」として機能すると主張する一方で、The Bike Sauce は垂直コンプライアンスの大部分は依然として「タイヤによって支配されている」と指摘している。
これらの見解は両立する。タイヤがサスペンションの「主役」(低周波・高振幅の入力に対応)であることは間違いない。
しかし、Ti-Fiスポークは、タイヤでは処理しきれない高周波の「微振動」(35-55 Hz)をターゲットにした「二次的ダンパー」として機能し、5.5%という測定可能な快適性向上(RMS値低減)をもたらす。
耐久性、疲労寿命、および実用上の考慮点
疲労試験データ
Goosynnが実施した社内疲労試験では、ホイールセットに75kgのラジアル(半径方向)負荷をかけ、35km/hの速度で障害物ブロックを通過させるテストが行われた。
その結果、5522 kmの走行、7,531,263回の障害物インパクト後も、「リム、スポーク、ハブに目視可能な異常はなし」、チタン製ニップルとの接続部も「緩みや摩耗の兆候なく無傷」であったと報告されている。
これらのデータは、第1部で推察したUHMWPEのような高性能繊維 が持つ、本質的に高い耐疲労性・耐久性を裏付けるものであり、適切に製造・組み立てられた場合、スポーク本体の疲労破壊のリスクは極めて低いことを示している。
ホイール組み立てプロセス
Ti-Fiスポークの実用化における最大の特異点は、その組み立てプロセスにある。Goosynnが発行するインストールガイド は、通常のスチールやカーボンスポークとは根本的に異なる、特異な手順を要求する。
- 高張力: 初期の組み立て・振れ取り時の推奨スポークテンションは 135-155 kgf である。これは標準的なテンション(例:100-120kgf)より高い。
- 応力除去(クリープ管理): 1回目の組み立て・振れ取り後、「ホイールを72時間平置きにし」、その後チェックと調整を行う。2回目の振れ取り後、さらに「72時間平置きにし」、検査・承認する。
この「72時間+72時間」(合計最大144時間=6日間)に及ぶ静置期間は、金属スポークのテンションをなじませるための「応力除去」とは、その目的が根本的に異なる。
これは、第1部で指摘したポリマー繊維(UHMWPE等)の「クリープ(Creep)」特性、すなわち高張力下で時間とともにゆっくりと伸び続ける(塑性変形する)特性を管理するための、必須のプロセスである。
この指示は、初期クリープを意図的に発生させ、スポーク長が安定(テンションが安定)するのを待つためのものである。
興味深いことに、Goosynnは特許取得済みインターフェイスによって「スポークの伸びを最小限に抑える」 と主張しているが、この組み立てマニュアル の存在自体が、インターフェイスではなく繊維自体の物性(クリープ)が、依然としてプロセスを支配していることを示している。
競合(BERD)とのビルドプロセス比較
BERDスポークの組み立てプロセスもまた、「骨が折れる」と評される。BERDは、ハブの穴あけ加工、特殊な工具、そしてスポークの伸びを考慮した24時間待機×3回(合計72時間)のテンション調整を必要とする。
Ti-Fiは、「ハブの標準化」という点でBERDのプロセスを簡素化した(ハブ加工が不要)。しかし、「時間」という別のコストを導入した。BERDの合計72時間 に対し、Ti-Fiは最大144時間 という、さらに長いクリープ管理期間を要求する。
Ti-FiはBERDの課題の一つを解決したが、別の、より時間のかかる課題を提示したとも言える。このプロセスは、ホイールビルダーにとってばくだいな時間的コスト(在庫拘束)を意味し、本技術の普及における高い参入障壁となる。
スポークのねじれ管理
一方で、Ti-Fiスポークの組み立てには簡素化された側面も存在する。
Goosynnのインストールガイド には、Sapim CX-Rayのようなスチール製ブレーデッドスポーク やカーボン・スポークの組み立てで必須とされる、「スポークのねじれ(wind-up)管理」に関する指示、あるいは専用のスポークホルダーの使用推奨が一切存在しない。
これは、Ti-Fiスポークが本質的に柔軟な「繊維束(rope)」 であり、ねじり剛性がほぼゼロであるためと推察される。ニップルを回した際、スポークはねじり応力を蓄積することなく、単にニップルとともに回転するだけである。
このため、高張力下でのねじれ管理という、ホイール組み立てにおける最も繊細な作業の一つが不要となる。これは、クリープ管理 の煩雑さとは対照的に、Ti-Fiの組み付けプロセスにおける明確な利点である。
Ti-Fiスポークの工学的トレードオフと最適な用途
Goosynn Ti-Fiスポーク は、BERD に代わるポリマー・スポークの新たな実装形態として、独自の工学的価値を提示している。革新的なチタン製インターフェイス により、標準ハブ互換性とBERDを超える世界最軽量クラスの重量 を達成した点は、工学的に高く評価される。
しかし、Ti-Fiの核心は「剛性」と「快適性」の極端な交換(トレードオフ)にある。
- 犠牲: ホイールシステムとしての横剛性(26.8 N/mm) および、ペダリングのトルク変動を減衰させる低いねじり剛性 は、競合するスチールやカーボン・スポーク・ホイールより著しく低い。これは、スプリント時の応答性や鋭いハンドリング性能を明確に損なう。
- 利益: 荒れた路面(グラベル)において、高周波振動(35-55 Hz)を選択的に減衰し、測定可能(-5.5% RMS)な快適性の向上をもたらす。
このトレードオフを理解する上で、Goosynnが主張する「Modulus > 2X」(2倍以上の弾性率) という記述は、同社が自ら提示する伸長率データ および第三者の剛性実測値と整合性が取れず、技術的妥当性が疑われるため、判断材料から除外すべきである。
したがって、Ti-Fiスポーク・ホイールセットの最適な用途プロファイルは、その特性によって明確に定義される。
- 非推奨な用途: スプリント、クリテリウム、ヒルクライム・レースなど、瞬間的な応答性、高い横剛性、およびダイレクトな加速感を最重要視するレーサー。
- 推奨される用途: 長距離のエンデュランス・ロード、マラソン、グラベル、および荒れた舗装路での高速走行。これらの用途では、剛性のペナルティーよりも、高周波振動の減衰による生理的疲労の軽減 が、ライダーの持続的パフォーマンスにおいて決定的なアドバンテージとなる可能性がある。
最後に、実務上の課題として、Ti-Fiスポークの真の性能(特に長期的なテンション安定性と耐久性)を引き出すには、メーカーが指定する特異な組み立てプロセス、すなわち144時間(6日間)に及ぶ「クリープ管理」 の厳守が不可欠である。
この専門的な知識とばくだいな時間的コストが、本技術の広範な普及における最大の障壁となるであろう。
空力ペナルティー:ラウンドスポークの宿命
R50 Proは、リム(外幅34mm) がエアロを志向しているにもかかわらず、スポーク本体が直径1.6mmの「ラウンド(丸型)」プロファイル を持つ。エアロホイールの性能は、リムハイト以上にスポークの形状 に大きく左右される。
1.6mmのラウンドスポーク は、Sapim CX-Ray やPillar Wingなどの「ブレーデッド(へん平)」スポーク と比較して、空力的に著しく劣る。風洞実験 では、ラウンドスポークとブレーデッドスポークの間には明確なワット差(1.5W以上とも) が存在することが示されている。
Goosynnは、50mmハイトのリム で空力性能 を追求しつつ、スポーク ではその利点を相殺している。これは、このホイールの最優先事項が「空力」ではなく、「重量」 と「快適性」 であることを明確に示している。R50 Proは「エアロホイール」ではなく、「快適なディープリムホイール」と定義すべきである。
競合技術との比較
Ti-Fiスポークの市場における独自のポジションは、競合製品との比較によって明確になる。
【表4:スポーク技術 総合比較マトリクス】
| 特性 | Goosynn Ti-Fi | BERD PolyLight | カーボン S.P. | Sapim CX-Ray (スチール) |
| 重量 | 2.2g(最軽量) | 2.5g | 2.6g | 4.1g |
| 素材 | アラミド + Ti-6Al-4V | UHMWPE + スチール | カーボンファイバー | ステンレススチール |
| 剛性 (N/mm) | 380 N/mm (最低) | (非公開) | 800 N/mm(最高) | 580 N/mm (標準) |
| 強度 (N) | 4471 N (高) | (非公開) | 4792 N(最高) | 3499 N (最低) |
| クリープ | ほぼゼロ | 高 (30%テンション減) | ゼロ | ゼロ |
| 空力 |
1.6mm ラウンド(劣る) |
ラウンド (劣る) | ブレーデッド (優れる) | ブレーデッド(優れる) |
| ハブ互換 | カーボンS.P.ハブのみ | ほぼすべてのハブ (高) | カーボンS.P.ハブのみ | ほぼすべてのハブ (高) |
| 振動減衰 | 極めて高い | 高い | 低い | 標準 |
| 横剛性 (ホイール) | 26.8 N/mm(最低) | (非公開) | 41.0 N/mm (高) | 56.3 N/mm(最高) |
Goosynn Ti-Fi R50 Pro:インプレッション
Goosynn Ti-Fi R50 Proは、その設計思想において極めて特殊な「トレードオフ」を受け入れたホイールセットである。
1267gという50mmハイトとしては卓越した軽量性 と、Ti-Fiスポークがもたらす比類なき振動吸収性を獲得する一方で、レースホイールの常識とされる「横剛性」 と「空力特性」 を犠牲にしている。
この極端な特性は、走行シーンによって明確な「得意・不得意」を生み出す。
1. 振動吸収性:★★★★★ (5.0/5.0)
本ホイールセットの存在意義そのものである。Ti-Fiスポークは、スチール比で15%、カーボン比で29%もの振動を減衰させるというデータ が示すとおり、その性能は圧倒的である。
路面の微細な凹凸や「チップシール」と呼ばれる荒れた舗装路において、スポークが積極的に弾性を発揮し、高周波振動をライダーに伝達する前に吸収する。これにより、乗り心地は「硬い」カーボンホイールとは対極の「しなやか」なものへと変貌する。
この特性は、長距離走行における疲労蓄積の軽減 に決定的な差をもたらす。リカバリーライドや、快適性を最優先するロングライドにおいて、これ以上の選択肢を見つけるのは困難である。
2. 登り:★★★☆☆ (3.0/5.0)
登坂性能は、シチュエーションによって評価が二分される。
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シッティング: 1267gという絶対的な軽さは、回転質量の低減に直結し、シッティングでのリズミカルなペダリングを強力にサポートする。特に勾配が一定の長い登りでは、その重量的優位性を存分に発揮する。
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ダンシング: 極めて低い横剛性(平均26.8 N/mm) が最大の弱点となる。高トルクでバイクを左右に振るダンシングを行うと、ホイールは顕著にたわむ。「カカり」の良さ、すなわち踏み込んだ瞬間のダイレクトな反応性は皆無であり、むしろ力が逃げていくような「ふにゃふにゃした」 感覚を伴う。
3. 平たん:★★☆☆☆ (2.5/5.0)
平たん路での性能もまた、二律背反的である。50mmのリムハイト は、一定の空力効果による巡航速度の維持に寄与する。
しかし、スポークが直径1.6mmの「ラウンド(丸型)」プロファイル である点が致命的である。Sapim CX-Rayのような「ブレーデッド(へん平)」スポークと比較し、ラウンドスポークは空力特性が著しく劣り、高速域になるほど大きなドラッグ(空気抵抗)を生み出す。
リムハイトによる空力メリットが、スポークによる空力ペナルティーによって相殺されるため、Roval Rapide CLX III やCADEX ULTRA 50のようなトップティアのエアロホイールと比較した場合、巡航に必要なワット数は明らかに高くなる。
平たん路において、このホイールが提供するのは「空力的な速さ」ではなく、「振動吸収性による快適な巡航」である。
4. スプリント:★☆☆☆☆ (1.0/5.0)
明確な「不適格」である。スプリントは、バイク全体に瞬間的に最大級のトルクと横方向の応力をかける行為である。
R50 Proの極めて低い横剛性 は、この応力に対応できない。パワーはすべてホイールのたわみによって吸収され、推進力に変換されない。フレームとホイールがよじれる感覚が支配的であり、クリテリウムの最終スプリントや、ゴール前の集団スプリントでの使用は推奨されない。
特定レースへの適応性分析
1. ニセコクラシック (150km / 2600m UP)
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コース特性: パノラマラインを含む長く勾配の厳しい登坂区間 と、荒れた路面が特徴。勝敗は主に登坂力で決まる。
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R50 Proの適応性: (条件付きで推奨) 1267gという軽さは、2600mに達する獲得標高において明確な武器となる。また、荒れた路面セクションでの卓越した振動吸収性 は、長丁場での疲労を軽減し、脚を温存することに貢献する。 ただし、それは「シッティングで淡々と登る」スタイルのライダーに限られる。ライバルからのアタックや、最後の坂での高トルクな掛け合いが発生した場合、横剛性の低さが致命的な遅れを生むリスクをはらんでいる。
2. ツール・ド・おきなわ (市民 210km / 3500m UP)
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コース特性: 国内最長のワンデイレース。無数の短いアップダウンの連続、高速ダウンヒル、そして高温多湿な環境下でのサバイバルレース。勝負は終盤の普久川ダムや羽地ダムの登り、あるいは集団スプリントで決まる。
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R50 Proの適応性: (非推奨)このホイールが持つ「疲労軽減」というメリットは、210kmという長丁場において最大限に魅力的に映る。序盤から中盤にかけてのエネルギー消費を抑える効果は絶大である。 しかし、「おきなわ」で勝つために必要な要素すなわち、普久川や羽地でのアタック合戦に必要な「反応性(高剛性)」、高速巡航区間での「空力性能」、そして万が一の集団スプリントで求められる「剛性」 そのすべてが、このホイールが意図的に「犠牲にした」特性である。 R50 Proは「完走」を目指すライダーにとっては最良のパートナーとなり得るが、「勝利」を目指すレーサーにとっては、決定的な局面で武器とならない機材であると結論付けられる。
まとめ:Goosynn Ti-Fi R50 Proは誰のためのホイールか
最後に、Goosynn Ti-Fi R50 Proが、既存のどのホイールカテゴリーにも属さない、特異な製品であることを結論付ける。
Goosynn Ti-Fi R50 Pro の性能プロファイル
R50 Proは、50mmハイトのリム を持ちながら、「エアロレースホイール」ではない。その本質は「超軽量コンフォートホイール」である。
- 獲得したもの: 1267g というクラス最軽量級の重量、そしてスチール比-15%、カーボン比-29% という卓越した振動減衰性能。
- 犠牲にしたもの: Roval Rapide CLX IIの半分以下(47%)という横剛性、およびラウンドスポーク による空力ペナルティー。
このホイールは、「速さ」の定義を「剛性」や「空力」から「快適性による疲労軽減」 へとシフトさせることを試みている。しかし、表3 のデータが示すように、その代償(横剛性の欠如)は極めて大きい。
Ti-Fi スポーク技術の市場における位置づけ
Ti-Fiスポーク技術は、競合するBERDスポーク に対し、材料科学的(アラミド採用による耐クリープ性) および機械工学的(Ti-6Al-4Vエンドキャップによるインターフェイス) の両面で、明確な技術的優位性を示している。
Goosynnは、ポリマー繊維スポークの弱点を(BERD以上に)深く研究し、より洗練された ソリューションを提示した。
推奨されるユースケースと結論
R50 Proは、その極端な特性 から、万人向けの製品ではない。
- 非推奨: スプリント、クリテリウム、高出力のライダー、体重の重いライダー、純粋なエアロ性能を求めるライダー。
- 推奨: 振動吸収を最優先するエンデュランスライダー、石畳や荒れた路面を走るライダー、または絶対的な軽さを求めるクライマー。
最終的に、Goosynn Ti-Fi R50 Proは、ホイール設計における「合理的な妥協」の産物である。それは、快適性と軽量性を絶対的な優先事項として追求し、そのために横剛性と空力特性を意図的に犠牲にした、極めて専門性の高い 機材であると結論付ける。
この技術が主流になることはないだろうが、特定のニーズを持つライダーにとっては、他に類を見ないユニークな選択肢を提供する革新的な試みである。
Goosyn Ti-Fi R50は日本のJamcycleで購入可能だ。
Jamcycle(jam–cycle@wb4.so-net.ne.jp):075-748-9772















































