「空気に吸い込まれる」ピレリ P ZERO RACE TLR SL-R インプレッション 空力と転がりの最適解

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前編はこちら。

PIRELLI P ZERO RACE TLR SL-R ― タイヤが「空力デバイス」になる時代の幕開け
ピレリの新型ロードタイヤ「P ZERO RACE TLR SL-R」が登場。独自の空力技術「PAAS」を搭載し、タイヤを空力デバイスへと進化させた本モデルの性能や、リムとの一体化による気流制御の仕組みを徹底解説。次世代のタイヤ選びの基準を考察します。

PIRELLI P ZERO RACE TLR SL-R(以下SL-R)をレースで試した。普段からP ZERO RSを使っているが、これが非常に相性が良い。特に実走での転がりがよく下りのアドバンテージは、レース環境で実証済みである。

SL-Rは2026年3月にピレリが発表した、P ZERO Raceレンジ最上位に位置するタイヤである。最大の特徴は、PAAS(Pirelli Advanced Aerodynamic System)と呼ばれる特許出願中の空力テクノロジーを搭載した点にある。

CFD解析と風洞試験を経て開発されたこのシステムは、タイヤとリムの接合部における気流の剥離を遅延させ、横風がホイールを翼のように前方へ押す力、いわゆる「セーリングエフェクト」を最大化する設計思想に基づいている。

ピレリの風洞データによれば、45km/hにおいてP ZERO RSと比較して最大15Wの空力改善、通常条件下でも平均5Wの削減を実現するとされる。

加えて、新開発のLiteCore 120TPIケーシングにより、同社テストでRSと比較して転がり抵抗を約10%(セットあたり約2W)低減。28mm版の公称重量は275gで、RSより約15g軽い。

コンパウンドにはミラノ~サンレモ2025、パリ~ルーベ2025でマチューが使用したSmartEVO2を継承している。

このタイヤの挙動はP ZERO RSの時点でおおむね把握しているが、SL-Rへの変化をより正確に切り分けるために、リアタイヤは使い込んだP ZERO RSを据え置き、フロントのみ新型SL-Rに変更する比較テストを行った。

条件を揃えるために意図的にフロントだけを変えるという手法は、変数を限定し差異を際立たせるためである。

この発想の背景にはコンチネンタルAERO 111の存在がある。AERO 111はDT SwissおよびSwiss Sideとの共同開発により、トレッドに48個のボルテックスジェネレーターを配置し、前輪専用タイヤとして空力を追求した製品である。

SL-RのPAASとAERO 111のボルテックスジェネレーターは、空気が最初に接触するフロントホイールの空力最適化という同一の課題に、異なるアプローチで挑んでいる。

AERO 111がトレッド表面の乱流制御で気流付着を延長するのに対し、SL-Rはタイヤ断面形状そのもの、最大幅の位置を精密に再配置することで剥離点を制御する。手法は異なるが、いずれもタイヤを「ホイールシステムの一部」として設計する潮流を象徴している。

リム適合性と内幅21mmでの実装

ホイールは内幅21mmのROVAL RAPIDE CLX IIIに取り付けた。ピレリは公式に22~25mmの内幅リムに最適化されていると謳っているが、21mmの実装でも問題は生じなかった。

RAPIDE CLX IIIの特徴であるリムショルダーの太さが、SL-Rのサイドウォール形状と自然に連続し、リム側面とタイヤアーチが一致するかのようなフィット感を実現した。

この点は注目に値する。SL-RのPAASは、装着・空気充填後にタイヤ断面のプロファイルを最適化し、リムとの境界で気流が滑らかに遷移するよう設計されている。

つまり、タイヤの最大幅点とリム外壁の関係性が空力性能を左右する。RAPIDE CLX IIIの21mm内幅は推奨下限をわずかに下回るが、リムショルダーの幅広い設計がその差を補い、結果としてタイヤとリムの一体感は視覚的にも空力的にも良好であった。

ただし、より広いリムで装着した場合のPAAS効果を直接比較できていない点は留意が必要である。

下り速い・・・。

エアロ効果は感じられるか?という問いに対しては、レース中の下り区間で明らかな差が出た。恐らく、普通に練習で使っているような状況下では違いはわからなかったかもしれない。

具体的な空力性能の数値を計測する手段は持ち合わせていないが、下り区間でおよそ3~4秒の差が後続のライダーとの間に生じ、登り区間に先んじて入ることができた。その数秒で後続が追いつくまでの猶予が生まれ、回復に充てることができた。

レースにおいて「下りで稼いだ数秒」は、脚を残すための戦術的資産に変わる。

この感覚は、以前Canyon AEROADで感じた「空気の壁を抜ける」感覚と近い。今回はRAPIDE CLX IIIとSL-Rの組み合わせであるが、明らかに速さの質が違う。前回出場した同一コースでの最大スピードが約5km/hほど上昇し、70km/hを超えた。

※注意:今回のテストはクローズドのサーキットコースのためこの速度が出ている。公道では再現されない条件。

TU Delft大学の研究によれば、横風を受けたホイールのリム・タイヤ断面は翼型(エアフォイル)と類似した振る舞いを示し、ヨー角が大きくなるにつれ抗力が減少、一定角度以上で「負の抗力」すなわちライダーを前方へ押し出す力が発生する。

ScienceDirect

これがセーリングエフェクトの原理である。ピレリの風洞データでは、SL-Rはヨー角±13~20度の範囲で推進力(負の抗力)を生むとされている。

下り区間では速度が上がるほど見かけのヨー角は小さくなるが、横風成分が存在する限りこの効果は持続する。下っている最中にどんどん速度が上がり、下りきるまでスピードが上がり続けるあの感覚は、空力的な「引き込み」が作用していたのかもしれない。

空力性能に関しては、数値的な効果を提示できるテスト環境は持たないものの、体感的に、そして周囲の選手との相対速度差として、明らかな違いが生じていた。

ただし、これをタイヤ単体の性能として切り分けるのは乱暴である。ホイール、フレーム、ライダーポジション、風向、路面勾配と、空力は常にその中で変動する。タイヤはその入口にすぎないが、最も初めに空気に触れる部品であるという事実は変わらない。

コーナーリングの食いつき

SL-Rのコンパウンドは、P ZERO RSと同じSmartEVO2を採用している。モータースポーツ由来のポリマー技術をベースに開発されたこのコンパウンドは、ドライとウェット双方で高いグリップを実現する。

BRR(Bicycle Rolling Resistance)のウェットグリップテストにおいて、P ZEROシリーズの雨天性能は業界でも上位に位置し、他社のドライ性能をピレリの雨天性能が上回るという逆転現象すら起きている。SL-Rもこの系譜を引き継いでいる。

SL-Rはコーナーリング中に確実なグリップ感が手元に返ってくるタイヤである。サイドコンパウンドをめいっぱい使い切ることができる。

コーナーリング中にバイクを倒し込んでいく過程で、タイヤから返ってくる圧の変化が均一で、段階的にグリップの限界を探りながら綺麗に倒していける。挙動が読みやすいだけではなく、操作を精密に遂行できるタイヤである。

120TPIのLiteCoreケーシングがもたらすしなやかさが、路面からの微細な情報をフィルタリングせずに伝達している結果だろう。

今回試したレースではバックストレートの風向きの関係で、芝生とアスファルトの境界ギリギリ、幅にして3cm程度のラインをトレースする場面が繰り返しあった。

シクロクロスでは泥の33mm幅のわだちにタイヤを差し込むように通す処理も求めらるが、SL-Rは同じイメージでスッと差し込めるような操作性を見せた。この精度の高さは、ケーシングの応答性とコンパウンドの接地感の合作である。

うねうねとした区間が多いサーキットコースにおいて、コースの幅をフルに使って走ることができた。グリップに対する恐怖感がない、これは、タイヤが「何をしているか」を常にライダーに伝えている証拠である。

優れたタイヤとは、限界を超えたときに突然裏切るのではなく、限界までの距離を正確に教えてくれるタイヤのことである。SL-Rはその資質を備えている。

空気圧調整は0.2bar低め

空気圧は当初4.3barで走り始めたが、探っていくと4.1barまで落として丁度良かった。レースに向けて体重が1.5kg減少していたことも一因と考えられるが、タイヤを潰したときのケーシングの返りとグリップ感のバランスが4.1barで最適化された。

もう少し低くても良い感触すらあった。

レース後にピレリの公式空気圧計算機で算出したところ、推奨適正空気圧は4.5bar、雨天では0.5bar減が推奨されている。経験的に導き出した「おいしい領域」は4.0~4.5barの間であり、計算機の推奨値と概ね合致した。

Pirelli Cycling: Tires & Accessories Velo for Bike
Bike tires and accessories for all types of bicycles: MTB, road bikes, hybrid bikes and others

ピレリが提供する空気圧計算機は体重、タイヤサイズ、リム内幅、路面条件から推奨値を算出するツールであり、出発点として信頼できる。しかし、最終的な追い込みはライダーの感覚でしか到達できない領域が残る。

0.2barの差は数値上の些末に見えるが、コーナーリング中の接地面積変化、ケーシングのヒステリシス特性、路面追従性に直結する。この微細な領域を走りながら最適化し追い込んでいけること自体が、タイヤの懐の深さを示している。

+40gの重量増も感じない

RSクリンチャーからSL-R TLRへの変更で約40gの増加が生じた。SL-Rの28mm版公称重量は275gであるが、実測では279gと290gであり個体差は存在する。いずれにせよ、+40g程度の重量増加は体感できなかった。加速が鈍くなる、転がりが重くなるといった変化は感じられない。

ホイール外周部の40gという数値を冷静に考えれば、これは妥当な結果である。回転体の慣性モーメントへの寄与は質量×半径の二乗に比例するため、リム近傍の40gは確かに無視できない理論値を生む。

しかし、定常走行中のタイヤに求められるのは転がり抵抗と空力であり、加減速の頻度が支配的でないロードレースの巡航局面では、40gの外周重量差は体感の閾値を下回る。

ましてやSL-RのLiteCoreケーシングがRSより転がり抵抗を約10%低減しているのであれば、転がりの軽さが重量増を相殺している可能性が高い。

空力と転がりを求める方に

SL-Rは空力性能と転がり抵抗の低減を同時に追求するレーサーに最適なタイヤである。従来、タイヤ選びにおいて空力は副次的な要素に過ぎなかった。転がり抵抗、グリップ、重量、耐パンク性、これらが主要な評価軸であり、タイヤの空力性能を積極的に語る文化はなかった。

しかしSL-Rは、タイヤが空力的なコンポーネントであることを正面から宣言した製品である。コンチネンタルAERO 111がボルテックスジェネレーターという「表面の仕掛け」で気流を制御したのに対し、ピレリはタイヤ断面形状そのものを再定義した。

アプローチは違えど、タイヤを「ホイールと一体のエアロシステム」として捉える設計思想は共通している。この潮流は、フレームやホイール単体での空力改善が限界に近づく中で、システム全体での最適化に舵を切った業界の進化を反映している。

筆者自身、レースで明確なアドバンテージを体感した。もちろんタイヤ単体の効果と断定はできない。空力は無数の変数が絡み合う複合現象であり、タイヤはその一要素にすぎない。

しかし、最初に空気と出会うフロントタイヤの形状が変われば、その後ろに続くすべての気流が変わる。SL-Rは、その「最初の一触」を工学的に最適化した意欲作である。

速さとは何か。ワットを削り、秒を詰め、順位を上げることだけが速さの定義ではない。下り区間で「空気に吸い込まれるような加速」を身体が感じ取る瞬間、そこには数値化できない確信がある。

SL-Rは、その確信を与えてくれるタイヤである。

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