シマノのSM-RT70ディスクブレーキローターは、高性能な制動技術をより多くのサイクリストに提供する、性能と価格の最適解である。
このローターは、シマノ独自の冷却技術「アイステクノロジー」の利点を、優れたコストパフォーマンスで実現している。これにより、ミドルグレード市場における性能と価値の基準点となっている。
本質を理解するためには、SM-RT70がどのような技術で構成され、どのような条件下でその真価を発揮し、上位モデルであるSM-RT800やSM-RT900シリーズと比較してどのような差異が存在するのかを深く掘り下げる必要がある。
今回の記事は、安価ながら上位モデルに肉薄するSM-RT70の分析を取り上げる。ライディングスタイルに最適なローターを選択するための、明確かつ客観的な判断基準を探っていく。
シマノSM-RT70の技術仕様
シマノSM-RT70は、SLXおよび105グレードに位置づけられるディスクブレーキローターである。ロードバイク、グラベルバイク、マウンテンバイクなど、幅広い分野で使用されることを想定して設計されている。
その核心には、シマノが長年培ってきた冷却技術と、信頼性の高いマウントシステムが組み込まれている。ここでは、その構造、重量、互換性といった技術的な側面を詳細に分析する。
中核構造|3層クラッドデザイン
image: SHIMANOSM-RT70の性能を支える基盤は、シマノ独自の「アイステクノロジー」を採用した3層クラッド構造のローターブレードである。この構造は、中心にアルミニウムの層を配置し、その両面をステンレススチールで挟み込んだサンドイッチ構造を特徴とする。
この設計の目的は、各素材の物理的特性を最大限に活用することにある。
アルミニウムは熱伝導率が非常に高い(約215 W/mK)金属であり、ブレーキ時に発生する熱を素早くブレーキ面から引き離し、ローター全体に拡散させる役割を担う。
一方、外層のステンレススチール(熱伝導率 約17 W/mK)は、ブレーキパッドとの摩擦に耐える高い耐久性と適切な摩擦係数を提供する。この異種金属の組み合わせにより、単一素材のローターでは達成が難しい、優れた放熱性と耐久性の両立を実現している。
重量分析|公称値と実測値の比較
コンポーネントの重量は、特にパフォーマンスを追求するサイクリストにとって重要な選択基準の一つである。シマノはSM-RT70の各サイズにおける平均重量を公式に発表している。これらの公称値と、実測値を比較することで、製品の製造精度と信頼性を評価できる。
シマノの公式仕様によると、平均重量は140mmで121g、160mmで133g、180mmで159g、203mmで193gとされている。実測値を見ると、160mmサイズで132gであり、140mmでは119.3gという公称値よりも軽量な測定結果だ。
これらのデータは、一般的な製造公差の範囲内に収まっており、シマノが公表する重量は信頼性が高いことを示している。
| ローターサイズ | 公称重量 (g) | 実測重量 (g) |
|---|---|---|
| 140 mm | 121 | 119 |
| 160 mm | 133 | 125, 132 |
マウント方式|センターロック規格
SM-RT70は、シマノが推進するセンターロックマウント方式を採用している。このシステムは、ハブに設けられたスプライン(溝)にローターをはめ込み、専用のロックリングで固定する構造である。従来の6ボルト方式と比較して、取り付けおよび取り外し作業が迅速かつ容易になる利点がある。
さらに、スプラインによる嵌合は接触面積が広く、ローターとハブの一体感を高める。これにより、ブレーキング時にかかる強力なねじれ方向の力に対して高い剛性を発揮し、たわみを抑制する。
この結果、より安定したブレーキ性能に貢献する。固定には40 N・mという高い締め付けトルクが指定されており、確実な固定を保証する。
互換性|ブレーキパッドとキャリパー
SM-RT70は、ブレーキパッドの接触面が狭い「ナロー」タイプのブレーキパッドに対応するよう設計されている。パッドの素材に関しては、コントロール性に優れるレジンパッドと、耐摩耗性や耐フェード性が高いメタルパッドの両方に対応している。
この幅広い互換性は、SM-RT70の大きな利点の一つである。
シマノの公式互換性チャートによれば、105やSLXといった同等グレードのブレーキキャリパーはもちろん、GRX、Ultegra、Dura-Aceといった上位グレードのシステムとも互換性が確保されている。
このため、コストを抑えつつ性能を維持したい場合や、特定の性能を狙ってコンポーネントを組み合わせる際の選択肢として、非常に高い柔軟性を提供する。
アイステクノロジーの解体|冷却の科学
ディスクブレーキシステムにおける最大の課題は、熱の管理である。ブレーキングは運動エネルギーを熱エネルギーに変換するプロセスであり、この熱が過剰に蓄積すると、制動力が著しく低下する「ブレーキフェード」という危険な現象を引き起こす。
シマノのアイステクノロジーは、この熱問題を解決するために開発された体系的なアプローチである。
基本原理|熱エネルギーの管理
アイステクノロジーは、ローターとブレーキパッドの両方で熱を効率的に放散させることを目的としたシステム全体の設計思想である。その中核をなすのが、前述の3層クラッド構造ローターである。
この構造により、ステンレススチール製のローターと比較して、ローター表面温度を最大で100℃低減させるとシマノは主張している。
さらに、システムとして冷却性能を最大化するため、放熱フィンを備えたブレーキパッドも用意されている。このフィン付きパッドを組み合わせることで、システム全体の温度をさらに下げ、パッドの寿命を延ばし、ブレーキノイズを低減する効果も期待できる。
SM-RT70は、このアイステクノロジーの基本形を搭載したモデルである。
この技術の背後にある工学的な課題は、単に冷却することだけではない。アルミニウムとステンレススチールという熱膨張係数が異なる2つの素材を組み合わせることに起因する物理的な挙動の管理が重要になる。
加熱と冷却が繰り返される過酷な環境下で、これらの素材は異なる割合で膨張・収縮する。この不均一な変形が内部応力を生み出し、ローターの一時的な歪み、いわゆる「熱変形」を引き起こす原因となる。
この歪んだローターがブレーキパッドに接触することで、多くのユーザーが報告する「シャンシャン」という金属音が発生する。つまり、この音は設計上の欠陥ではなく、優れた冷却性能と引き換えに生じる、構造上避けがたい特性なのである。
進化形|アイステクノロジーフリーザ
image: SHIMANOアイステクノロジーフリーザは、標準のアイステクノロジーをさらに発展させたSM-RT800や900に採用される上位技術である。構造上の最大の違いは、ローター中心部のアルミニウム層を内側へ大きく延長させ、露出した冷却フィンとして成形している点にある。
このフィン構造により、空気と接触する表面積が劇的に増加し、熱放散能力が大幅に向上する。
この結果、フリーザ搭載ローターは、SM-RT70のような非フィン構造のローターと比較して、特に長い下り坂などでの連続的なブレーキングにおいて、より安定した性能を維持できる。
最上位グレードのRT-CL900やRT-MT900では、このアルミニウムフィンに特殊な黒い「放熱ペイント」を施すことで、輻射による放熱を促進し、ピーク温度をさらに10℃低減させる効果があるとされる。
客観的検証|Velotech.deによる実験室試験
シマノの主張する性能は、ドイツの独立試験機関であるVelotech.deによって客観的に検証されている。この試験では、シマノのアイステクノロジー搭載ブレーキシステムが、競合他社の製品や、シマノ自身の旧世代の堅牢なブレーキ(SAINTなど)と比較された。
試験結果は、アイステクノロジーの有効性を明確に示した。このシステムは、DIN+規格が要求する3倍の負荷条件下でもテストをクリアした。さらに、SAINTブレーキでさえクリアできなかった1050ワットの過酷な破壊試験にも耐え抜いた。
この独立したデータは、アイステクノロジーが単なる宣伝文句ではなく、実証された優れた熱管理技術であることを裏付けている。
比較分析|SM-RT70 対 Ultegra (SM-RT800) & Dura-Ace (SM-RT900)
SM-RT70とその上位モデルであるUltegra(SM-RT800系)やDura-Ace(SM-RT900系)との間には、価格以上の明確な性能差が存在する。その違いは、冷却能力だけでなく、ブレーキング時のフィーリングや信頼性に直結する構造的な側面にまで及ぶ。
ここでは、各モデルの差異を多角的に比較し、その性能階層を明らかにする。
構造的剛性と耐変形性
SM-RT70から上位モデル、特に最新世代のRT-CL800やRT-CL900への最も重要なアップグレードは、フリーザによる冷却フィンの追加だけではない。ローターを支えるアルミニウム製スパイダーアームの形状が、より堅牢な設計へと刷新された点である。
シマノ自身も、この新しいアーム形状が「熱による変形を大幅に低減する」と公式に説明している。これは、3層クラッド構造が本質的に抱える熱変形の問題に対する直接的な工学的解決策である。
強化されたキャリアがブレーキ面をより強固に支持することで、高温下でもローターが真円度を保ちやすくなる。RT-CL800は旧世代のローターに比べてハードなブレーキング後のパッド接触音が少なく、この設計変更の効果が実証されている。
冷却効率の比較
]シマノのローターラインナップには、明確な冷却性能の階層が存在する。それは、採用されている技術によって定義される。
- SM-RT70 (アイステクノロジー): 優れた基本冷却性能を提供。
- SM-RT800/RT-MT800 (アイステクノロジーフリーザ): アルミニウム製フィンの追加により、SM-RT70を凌駕する冷却性能を発揮。テストでは、5分間の連続ブレーキ試験において、SM-RT800がSM-RT70よりも7.9℃低い温度を記録した。試験時の温度は約50℃と低かったが、200℃を超えることもある実際の長い下り坂では、この差はさらに拡大する。
- SM-RT900/RT-CL900 (アイステクノロジーフリーザ w/ 放熱ペイント): 放熱ペイントの追加により、わずかながらも確実に冷却性能を高めた最上位モデル。
重量と空力性能
上位グレードのローターは、一貫して軽量に作られている。160mmサイズで比較すると、SM-RT70が約133gであるのに対し、RT-CL800は約114g、そしてロードバイクにも多用されるMTB用のRT-MT900(XTR)は約108gである。この重量差は、特にヒルクライムやレースシーンにおいて無視できない要素となる。
また、最新のRT-CLシリーズは、旧型のSM-RT800/900と比較してスパイダーアームがより開放的なデザインになっている。この変更は、横風に対する安定性を向上させる効果があるとされる。
シマノの設計思想が、単なる制動力だけでなく、空力性能といった総合的なパフォーマンスを考慮して進化していることがわかる。
| 特徴 | SM-RT70 (SLX/105) | RT-MT800 (XT) | RT-CL800 (Ultegra) | RT-CL900 (Dura-Ace) |
|---|---|---|---|---|
| 冷却技術 | アイステクノロジー | アイステクノロジーフリーザ | アイステクノロジーフリーザ | アイステクノロジーフリーザ |
| 主要機能 | 3層クラッドローター | フィン付きアルミコア | フィン付きアルミコア, 耐変形アーム | フィン付きアルミコア, 耐変形アーム, 放熱ペイント |
| 公称重量 (160mm) | 133 g | 108 g | 114 g | 114 g |
| 構造 | アルミ製スパイダー, クラッド鋼ブレーキ面 | アルミ製スパイダー, フィン付きクラッドローター | 強化アルミ製スパイダー, フィン付きクラッドローター | 強化アルミ製スパイダー, フィン付きクラッドローター |
| 参考価格 (160mm) | 約4,500 – 5,600円 | 約7,900円 | 約6,600 – 7,900円 | 約9,300 – 11,000円 |
| 主な用途 | 高性能・高価値ロード, グラベル, XC | 高性能MTB, グラベル, ロード | 高性能ロード, グラベル | エリート競技ロード, グラベル |
実世界での性能|長期使用評価
実験室でのデータや技術仕様はコンポーネントの潜在能力を示すが、その真価は実際のライディング環境でこそ問われる。実使用からのフィードバックを統合することで、SM-RT70がどのような状況で輝き、どのような限界を持つのかが明らかになる。
制動力とコントロール性
SM-RT70は幅広いライディング条件において、強力で安定した制動力を提供する。そのブレーキフィールは滑らかでコントロールしやすく、特に日常的なライドから本格的なクロスカントリーやグラベルライディングまで、多くのサイクリストの要求を満たす性能を持つ。
根深い問題|ノイズと熱変形
一方で、SM-RT70を含むアイステクノロジーローター全般に共通する最も頻繁な不満点は、熱によるノイズと一時的な変形である。下り坂でのハードブレーキング中やその直後に「シャンシャン」「キンキン」といった金属的な接触音が発生し、ローターが冷えると音が消えるという現象が生じる。
この原因はローターの製造方法がレーザーカットではなく、より安価なプレス加工で製造されているため、初期状態からわずかな歪みを持ちやすく、熱の影響を受けやすい可能性がある。この一時的な変形は、通常、制動力の完全な喪失には至らないものの、ライディング体験の質を損なう大きな要因となっている。
耐久性と寿命
SM-RT70は、その設計上の想定範囲内で使用される限り、耐久性が高く長寿命なローターとして評価できる。しかし、すべてのディスクローターは消耗品であり、安全性を確保するためには定期的な点検が不可欠である。
シマノは、新品時に1.8mmの厚さを持つローターの摩耗限界を1.5mmと定めている。この限界を超えて使用を続けることは極めて危険である。特にクラッド構造のローターでは、外層のステンレススチールが摩耗し、内部のアルミニウムコアが露出する可能性がある。
アルミニウムはブレーキ面としての機能を果たさないため、制動力が失われるリスクがある。
これらのユーザー体験から、SM-RT70の性能には明確な境界線が見えてくる。一般的なライディングにおいては十分以上の性能を発揮する。
しかし、体重の重いライダーや、長く急な下り坂を頻繁に走行するライダーのように、ブレーキシステムに極度の熱負荷をかける状況では、熱変形によるノイズの問題が顕著になる。
このようなユーザーにとって、強化されたアームとフリーザフィンを持つRT-CL800へのアップグレードは、単なる性能向上だけでなく、静粛性と信頼性を手に入れるための価値ある投資となる。
SM-RT70の利点と欠点
シマノSM-RT70は、多くのサイクリストにとって魅力的な選択肢であるが、その採用を決定する前に、利点と欠点を客観的に評価することが重要である。ここでは、これまでの分析を基に、その長所と短所を明確に整理する。
利点
- 卓越したコストパフォーマンス: 上位モデルであるUltegraやDura-Aceよりも大幅に低い価格で、実績のあるアイステクノロジーの冷却効果を享受できる。
- 信頼性の高い基本性能: 大多数のライダーにとって十分な、安定した強力な制動力を幅広い用途で提供する。
- 広範な互換性: 多くのシマノ製キャリパーや、レジン・メタル両方のパッドに対応しており、補修部品としての入手性や選択の柔軟性が高い。
- 明確なアップグレード効果: アイステクノロジー非搭載の下位グレードローター(SM-RT64やSM-RT54など)と比較して、熱管理能力と耐フェード性能において体感できる向上をもたらす。
欠点
- 熱変形とノイズへの感受性: 高負荷で連続的なブレーキング下では、強化されたアームを持つ上位のフリーザモデルと比較して、一時的な変形やそれに伴うノイズが発生しやすい。
- 重量: Ultegra、Dura-Ace、XT、XTRといった上位グレードの同等品と比較して明らかに重く、軽量化を重視するビルドには不向きである。
- 先進的冷却機能の欠如: フリーザフィンによる増強された表面積や、最上位モデルに採用される放熱ペイントの恩恵を受けられず、究極的な熱処理能力には限界がある。
まとめ|SM-RT70でも十分な性能
シマノSM-RT70は、同社のラインナップにおいて、性能と価格のバランスが最も優れた製品として確固たる地位を築いている。その価値は、絶対的な最高性能にあるのではなく、投資した金額に対して最大限の性能を引き出せる点にある。
したがって、SM-RT70は特定の、しかし非常に大きな市場セグメントにとって理想的な選択肢となる。
ライダープロファイル別推奨モデル
最終的な選択は、自身のライディングスタイル、体重、そして主に走行する地形を冷静に評価することから始まる。以下に、3つの典型的なライダープロファイルに基づいた推奨モデルを示す。
- 熱心なサイクリストとオールラウンダー
起伏のある地形でのライド、地域のクラブライド、グラベルイベント、またはクロスカントリーMTBを楽しむサイクリストにとって、SM-RT70は最適な選択である。これらの用途で必要とされる制動力と耐フェード性を、上位モデルの追加コストなしに提供する。 - 競技者とクライマー
本格的なレースに参加する競技者、体重が重いライダー、またはブレーキ熱が最大の懸念事項となる長く険しい山岳地帯の下りを頻繁に走行するライダーには、**RT-CL800 (Ultegra)**へのアップグレードを強く推奨する。この投資は、SM-RT70の主な弱点である耐変形性を直接的に解決し、極限状況下での静粛性と信頼性を高める。 - エリート競技者と軽量化追求者
重量と冷却性能におけるわずかな利点が勝敗を左右するエリートレベルの競技者にとって、**RT-CL900 (Dura-Ace)またはRT-MT900 (XTR)**が論理的な選択となる。両者の選択は、最終的に見た目の好み、ごくわずかな重量差、そして市場での入手性によって決まるだろう。
性能と安全性を最大化するために
最適なローターを選択することは、ブレーキシステム全体の性能を引き出すための第一歩に過ぎない。どのモデルを選んだとしても、その性能と安全性は適切なメンテナンスによってのみ維持される。
定期的にキャリパーでローターの厚みを測定し、摩耗限界である1.5mmに達した場合は速やかに交換すること。ブレーキパッドの状態を常に確認し、ブレーキ面を清潔に保つこと。
これらの基本的なメンテナンスを実践することが、ブレーキシステムの潜在能力を最大限に引き出し、安全なライディングを保証するための最も確実な方法である。
常時SM-RT800や900を使う程でもないトレーニングや普段のライドでは、SM-RT70で十分過ぎるほどの価値がある。決戦用にはSM-RT800や900を使うなど、ディスクローターの使い分けをすることでコストと性能に見合ったブレーキ運用が可能になる。
価格も3000円台と安価で常用するには最適だ。
















