「1時間あたりで吸収できる炭水化物の最大量を増やす」
現代の科学は、吸収できる炭水化物の量を最大限高める方法を模索してきた。これまでの研究では、マルトデキストリンであれば1時間あたりおよそ60g以上の炭水化物は吸収できないことがわかっていた。
しかし、グルコースとフルクトースを組み合わせた「デュアルソース」の炭水化物であれば、1時間あたり最大90gの炭水化物を摂取できることがわかってきた。この効果をねらった製品としては、マラソンの2時間切りで一躍有名になったMAURTEN DRINK MIXや、イネオスが使っているSiS BETA FUELがある。
詳細な仕組みについては、当ブログで過去に紹介した寺田 新氏(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系准教授)の著書「スポーツ栄養学: 科学の基礎から「なぜ?」にこたえる」のp211に詳細が記されている。
炭水化物の吸収効率をブーストする仕組みを要約すると、たとえばグルコースだけを摂取した場合は「SGLT1」輸送体を使うことになる。あわせてフルクトースも摂取すると、もうひとつの輸送体である「GLUT-5」を活用する。結果、2経路より多くの糖質が体内に運ばれる。
グルコース用の「SGLT1」、フルクトース用の「GLUT-5」という別々の輸送体をそれぞれ効率的に使いましょう、という仕組み(マルチトランスポート法)だ。
実際に、デュアルソース飲料の「MAURTEN DRINK MIX 320」、「SiS BETA FUEL」と「非カロリープラセボ」の3種類を用いたSiSの実験の結果などは以下の記事を参照のこと。
今回の記事は、デュアルソース飲料の3種類を実際に試した。その中からベストな製品と本当にデュアルソース飲料一択で良いのかについてまとめた。
デュアルソースの比率
デュアルソース飲料の比率は各社が独自で混合している。ほとんどがグルコースのほうが多く、フルクトースのほうが少ない配分で構成されている。デュアルソース飲料製品に含まれている比率は以下のとおりだ。
- MAURTEN DRINK MIX 320(1:0.8)
- SiS BETA FUEL(1:0.8)
- Powerbar Isoactive DRINK MIX(2:1)
「2:1」か「1:0.8」どちらが良いのかについても研究が行われている。マルトデキストリンとフルクトースの比率を1:0.8にすると、2:1の比率と比較して、摂取した糖質のうち酸化される割合(効率)が62%から74%に増加する。
マルトデキストリンとフルクトースの比率を1:0.8にすると、2:1にした場合と比較して、胃の膨満感の症状が軽減される。他にも以下の実験結果がある。
- 1:0.8 の比率は、2:1の比率と比較して、10回の最大スプリント努力における平均出力を3%向上させる
- 1:0.8の比率は、2:1の比率と比較して、胃の膨満感や吐き気といった症状を軽減する
デュアルソース飲料といえど、どのような比率にするかによって吸収効率や出力に変化が生じている。デュアルソースを展開している2社はどちらも1:0.8を採用していることから、この値がデュアルソースの黄金比のようだ。
コスト
実売価格を元に、1時間あたり500mで糖質80gを摂取するという標準的なコストを計算した。あわせて、シングルソースの製品も含めて計算している。やはりシングルソース(単一原料)の製品は安い。実際にドリンクに使えるかどうかについても記した。
- Powerbar Isoactive DRINK MIX:97円
- SIS Beta Fuel:238円
- (参考70g)チャレンジャー:270円
- MAURTEN DRINK MIX 320:1067円
デュアルソース飲料は500mlのボトルで必要な80gで計算するとだいたい100円~200円前後のコストになる。MAURTENはプロモーション費用などがかさんで、500mlで1000円超という非常に高価なドリンクだ。ただ、SIS Beta Fuelと中身や効果は変わらないため、あえてMAURTENを使う必要はないだろう。
ここで、表に記されている最も安い別の方法を考えてみる。
安いマルトデキストリンとフルクトースの混在だ。この場合は80gあたりのコストをもう少し抑えられる。
ただ、実際に作ってみると配合が面倒であり冷水に溶けにくい。更に甘すぎて飲めたものではない。したがって、単純に安物を混ぜただけでは運動中の使用には向いていないというのが結論だった。したがってコストは利便性、味、風味とのトレードオフになる。
我慢して飲むものでもないので、製品として売り出されているデュアルソース飲料をおとなしく購入したほうが良いというのが結論だ。
血糖値の変化による使い分け
デュアルソース飲料は「1時間あたりで吸収できる炭水化物の最大量を増やす」という観点においてとても優秀だ。もう少し正確に言うのならば、「瞬間的なエネルギー吸収を期待する場合に限っては」デュアルソース飲料がいい。たとえば、60分以内で終わるヒルクライムやクリテリウム、シクロクロスなどだ。
対して、レースによっては血糖値を急激に上げすぎないほうが良い場合もある。ツール・ド・おきなわ、ニセコクラシック、ブルベ、JBCFのエリートクラスといった3時間以上のレースの場合は、じわじわと体に吸収されるようなエネルギーが供給が向いている。
血糖値を急激に上げたくない場合は、シングルソース飲料のグリコCCDや三井製糖ピュアパラ(パラチノース)が適している。また、パラチノースはインスリンの分泌を刺激しにくい糖質だ。
¥1,980 (¥2 / g)
運動による脂肪燃焼を維持したまま糖質補給を行える物質であると考えられており、運動前や、運動中にパラチノースを摂取することで、有酸素運動の際の脂肪エネルギー燃焼を促進する研究成果が報告されている。
スローカロリーな糖質「パラチノース」ガイドブックVer. 4.0
したがって、デュアルソース(フルクトース&グルコース)やシングルソース(パラチノース、クラスターデキストリン)の飲料は、使用するシチュエーションによって使い分けることが効果的と言える。
まとめ:レースによって合理的な使い分けを
持久系スポーツにおいて、水分とエネルギー補給は重要な役割をになっている。どんなにトレーニングを積んだ選手であっても、エネルギー切れが発生するととたんに運動を続けることが困難になってしまう。そのため、レース時間が長時間に及ぶ自転車競技は、常に補給を摂りながら運動を続ける必要がある。
これまで様々なドリンクを試してきたが、どの製品も特徴と血糖値の変化に違いがあるため自分自身が「どのような種目に使いたいのか」を明確にしておかないと、本来望むべき効果を得られない可能性がある。
わたし自身は、大まかに以下の製品を使い分けを行っている。
- ロードレース(2時間以内):SiS Beta Fuel 80
- ロードレース(2時間以上):ACTIVIKE グランフォンドウォーター
- ヒルクライム:SiS Beta Fuel 80
- クリテリウム:SiS Beta Fuel 80
- シクロクロス:SiS Beta Fuel 80
- 普段の練習:ピュアパラ
- 2時間以上のZWIFTレース:ACTIVIKE グランフォンドウォーター
Science in Sport – Beta Fuel 80
2時間以内のレースなら基本的にSiS Beta Fuel 80だ。これまでMAURTEN DRINK MIX 320を使用してきたが、コスト的に使い続けるのには厳しかった。SiS Beta Fuel 80はMAURTENの1/4の値段で中身も同じだ。
ロングレースは、ACTIVIKE グランフォンドウォーターを使用している。そして、シクロクロスのレース当日の朝と昼もACTIVIKE グランフォンドウォーターだけだった。グランフォンドウォーターの中身はパラチノースとブドウ糖だ。コストを考えるとピュアパラなのだがわけあって使っていない。
理由は、シクロクロスのレース時間までの気温が低いことにある。早朝の試走前に会場でピュアパラを溶かそうとしても溶けが悪かった。白い粉がボトルの底にたまり、全て飲めなかった。ACTIVIKE グランフォンドウォーターは同じ成分なのだが、溶けやすかったため会場ではACTIVIKEを使用している。
普段の練習の際はピュアパラを使っている。ローラートレーニング中の使用や、走る前にドリンクが作れる場合は、お湯を使ってピュアパラを完全に溶かしている。
エネルギー補給飲料を考えるとき、糖の最大吸収量もさることながら、血糖値の変化や使用するシチュエーションに応じて使い分けをすることが望ましい。競技時間、競技特性が異なるため「全てこれ1つ」という単純な答えがないのが現状だ。
それゆえ、各社の製品には様々なメリットやデメリットがある。それらの特徴をふまえて使用すればより合理的な糖質補給が行えるだろう。