速く走らせるSL9。速く走り続けさせるEVO。
数か月にわたって二台を乗り比べた末に残ったのは、この短い言葉だった。
どちらも、軽量性、空力性能、ハンドリングを高い水準でまとめた最高峰のレーシングバイクである。スペックを並べれば、似た場所を目指しているように見える。
しかし、同じホイール、同じタイヤ、同じドライブトレインを使い、ポジションを近づけて走ると、その速さは異なる表情を見せた。

SL9は、踏み込む意志に鮮明な輪郭を与える。加速の手応えが、次のひと踏みを呼ぶ。EVOは、その意志を急き立てない。路面の荒れや身体の緊張を穏やかに受け流し、走り続けるための余裕を残す。
一方は、まだ使える力があることを知らせる。もう一方は、その力を使うべき場所まで持っていくことを助ける。
もちろん、これは両社の設計意図を言い当てた結論ではない。私という一人の乗り手が、二台とのあいだに見いだした関係でしかない。加速の鋭さも、長時間の疲労感も、測定された性能と同じ意味ではない。

それでも、私たちは機材を選ぶとき、数値だけを見て選んでいるわけではないと思う。どのように踏みたくなるか。どのように曲がれると感じるか。帰路に、どれだけ身体と気持ちの余裕が残るか。そのすべてを含めて、一台を選んでいる。
この比較では、公開資料に記された情報、実走で得た観察、そこから考えられる仮説を分けて扱った。私が問いたいのは、どちらが頂点に近いかではない。二台は、私たちのどのような速さを引き出すのか。
そして、その速さを、いつまで使わせてくれるのかだ。
同じ道を異なる時間で

SL9の魅力は、短い時間のなかで立ち上がる。
踏み始め、コーナーを抜けたあとの再加速、短い登り返し。入力と前進の感触が近く、加えた力がすぐに報われるように感じる。その明瞭さは、さらに踏もうという気持ちを生む。
EVOの魅力は、時間が経つにつれて深まっていく。
走り始めには、SL9ほど強い刺激がない。しかし、荒れた舗装を越え、長い下りを抜け、数時間を走ったあとにも、上半身に余裕を感じられる。車体を管理するための細かな緊張が少なく、走ることそのものに意識を向けやすい。
SL9が一瞬を濃くするのなら、EVOは時間を長く使わせる。

これは、瞬発力と持久力を機械が代わりに生み出すという意味ではない。どちらも、人間が踏まなければ進まない。ただ、人間が持っている力への働きかけ方が違っているのだ。
決定的な瞬間に、迷わず踏めること。決定的な瞬間まで、踏める状態を残すこと。ロードレースには、その両方が必要になる。二台の違いは、優劣の線上に置くより、この二つの時間軸から見たほうが理解しやすい。
比較条件

比較した車両は、次の二台だ。
- Specialized S-Works Tarmac SL9:サイズ52
- Cannondale SuperSix EVO Gen.5 LAB71:サイズ50
主な機材は、可能な限り共通化した。
- ホイール:ENVE SES 4.5 PRO
- タイヤ:Pirelli P ZERO Race SLR、28mm
- コンポーネント:Shimano DURA-ACE Di2
- ハンドル幅:380mm
- ステム長:90mm
- クランク長:165mm
価格もほぼ同等であり、今回の選択では価格差を主要な判断材料にはしない。
標準完成車をそのまま比べると、フレームの印象には、ホイールやタイヤ、ハンドルなどの性格が重なる。完成車構成では、SL9にRoval Rapide CLX III、EVO LAB71にReserve 57|64が採用されている。
異なる足回りで得た印象を、そのままフレームの差と呼ぶことは難しい。いや、メディアや雑誌のインプレではよくある企画なのだが、どうやってフレーム性能とホイール性能、タイヤ性能をそれぞれ独立した要素として分解しているのだろう。
わたしは、走行感に大きく関わる部品をそろえ、車体側の違いを見えやすくした。

ただし、同じ部品を使えば、フレームだけを比較できるわけではない。フォーク、シートポスト、コックピットの構造、ジオメトリー、重量配分などは残る。ハンドル幅とステム長が同じでも、剛性や振動の伝わり方まで同じになるとは限らない。
また、サイズ52と50は同じ寸法ではない。ポジションを近づけても、身体と車体の関係を完全には一致させられない。気温、風、路面、その日の疲労も統一していない。
したがって、これは管理されたフレーム単体試験ではなく、条件をできるだけ近づけた二台を、一人のライダーが長期間使った比較である。同じものを増やすのは、違いを消すためではない。残った違いを、少しでも正確に見つめるためだ。
数字が示す輪郭

| 項目 | S-Works Tarmac SL9 | SuperSix EVO Gen.5 LAB71 |
|---|---|---|
| フレーム素材 | FACT 12r カーボン | Series 0 Ballistic カーボン |
| 公称フレーム重量 | 687g | 728g |
| フォーク重量 | 377g | 392g |
| 参考完成車重量 | 約6.5~6.6kg | 約6.35~6.95kg |
| BB規格 | BSA 68mm、ねじ切り | BSA 68mm、ねじ切り |
| リアディレイラーハンガー | UDH | UDH |
| 最大タイヤクリアランス | 32mm | 32mm |
| フロント周辺の特徴 | Speed Sniffer | Delta Steerer |
| 開発テーマ | Equation of Speed/Time to Finish | Faster Everywhere |
| サイズ別設計 | ライダーファーストエンジニアード | Proportional Response |
| シートポスト | 専用エアロポスト | 専用カーボンポスト |
| ケーブルルーティング | フル内装 | フル内装 |
687gと728g。その差は41gである。しかし、塗装、サイズ、付属金具などの条件が一致しているかを確かめずに、この差を登坂性能の差と呼ぶことはできない。参考完成車重量も、今回の比較車両を同じ条件で実測した値ではない。
数字は、機材の輪郭を明確にする。その一方で、輪郭が明確になるほど、内側まで理解した気になりやすい。軽いことと、軽く感じること。空気抵抗が小さいことと、速度を上げたくなること。これらは関係していても、同じではない。
数値を尊重することは、数値にすべてを語らせることではない。その数字が答えている問いと、答えていない問いを分けることだ。
開発思想
Specialized:ゴールまでの時間を考える

SpecializedがTARMAC SL9で掲げた設計思想のEquation of Speedは、空力や重量などを個別に評価するだけでなく、ライダー、機材、コースを一つのシステムとして捉え、ゴールまでの所要時間を考える手法として位置づけられている。
この考え方では、軽量化はそれ自体が最終目的ではない。空力改善も、単独で追求するだけでは足りない。ある変更がコース全体でどのような結果を生むかが、判断の基準になる。この考え方には大筋同意だ。
軽さのために何かを失うなら、その軽さは本当に必要なのか。重量を受け入れることで時間を縮められるなら、その重さは不利益なのか。性能を一つずつ競うのではなく、組み合わせの結果を問う発想だ。

Flow State Design、Speed Sniffer、Flow Fork、Dropped Downtube、Win Finといった設計要素が挙げられている。また、ヘッドチューブ前面投影面積の10%削減、SL8比でフレーム単体4Wの空力改善というメーカー公表値も記されている。
これらの数値は、適用範囲と測定条件を一次資料で確認して扱う必要がある。実走で感じた加速の鋭さを、そのまま4Wの改善に結び付けることはできない。
それでも、複数の性能をゴールまでの時間へ結び付けようとする姿勢は、レーシングバイクを考えるうえで明快だ。大切なのは、何を最も軽くしたかではなく、何を最も早く終えられるかなのである。
Cannondale:場所を選ばない速さ

Cannondaleが掲げるFaster Everywhereも、単一の性能だけで速さを語らない言葉だ。
登り、平坦、下り。滑らかな舗装と、荒れた路面。状況が変わっても、レーシングバイクとしての性能を使えること。その広がりを示す表現として読める。
LAB71にSeries 0 Ballisticカーボン構造を採用し、Delta Steererによってフロント周辺の形状とケーブルルーティングをまとめている。Proportional Responseは、サイズごとに積層構成やジオメトリーを調整する考え方として紹介されている。

同じモデル名のバイクでも、乗る人の体格や荷重は同じではない。サイズ別設計は、その違いを設計側で扱おうとするものだ。ただし、それによって私の疲労感がどれだけ変わったかは、今回の比較から切り分けられない。
BSAのねじ切りBBやUDHなどの規格も、両車に共通する仕様として挙げられる。こうした要素は整備や運用を考える材料になるが、特定の規格だけで異音の有無や扱いやすさが決まるわけではない。
乗り味の証明にはならない

Equation of SpeedとFaster Everywhere。
言葉の置き方は異なるが、両社とも総合的な速さを求めている。そのため、前者は瞬発力だけを、後者は持続性だけを重視している、と整理するのは軽率で単純すぎる。開発の言葉と、私が感じた乗り味のあいだには、説明されていない部分がある。
私がSL9に刺激を、EVOに余裕を感じたことは確かだ。しかし、それをメーカーの目的そのものとして語ることは避けたい。
機材の思想は、資料に書かれた言葉だけでも、乗り手の感想だけでも完成しない。設計されたものと、使われたもの。そのあいだで、初めて一台の性格が見えてくる。
風洞の数字と路上の速さ

第三者による空力テストが紹介されている。
- TOUR MagazinのGST風洞テスト:45km/hで両車とも約205W、SL9の総合評定は1.4。

仮に記載された比較が同一条件で成立していても、その結果は当該条件における差である。路上では、風向き、姿勢、速度、周囲の状況が変わる。正面からの風で得られた差が、ライド全体で同じように現れるとは限らない。
また、加速の手応えが鋭いからといって、空気抵抗が小さいとは言えない。速度を上げやすく感じることと、同じ出力で高い速度を維持できることも、別の問いである。
風洞は、風に対する機械の振る舞いを明らかにする。実走は、その機械に人間がどう応じるかを見せる。どちらか一方で、もう一方を代用することはできない。
SL9:ひと踏みが次のひと踏みを

SL9の特徴は、走り始めてすぐに感じられた。
ペダルに力を加えた瞬間と、車体が前へ出る感触が近い。入力に対して、明瞭な返事がある。
とくに印象が強かったのは、踏み始め、減速後の再加速、10~30秒ほどの短いダッシュだった。コーナーを抜けて速度を戻すときや、短い登り返しで出力を上げるとき、SL9は私の動作を鮮明に感じさせた。

これは、力が瞬時にすべて推進力へ変わったことを測定した結果ではない。伝達効率や加速時間を比較したわけでもない。あくまで、入力と応答の関係が近く感じられたという観察だ。
それでも、この感触は走り方を変える。
踏んだことが明瞭に返ってくれば、もう少し踏みたくなる。出力が有効に働いていると感じれば、次の勾配変化にも積極的に向き合える。機材が脚力を増やすわけではないが、脚力を使う意志には働きかける。

SL9の魅力は、その働きかけの強さにある。
剛性、重量、ジオメトリー、重量配分などが、この感触に関わっている可能性はある。しかし、今回の比較では各要因の寄与を測定していない。反応の鋭さを、BB剛性や特定の構造だけで説明することはできない。
確かに言えるのは、SL9に乗ると自ら速度を変えたくなったということだ。バイクの性能を感じるだけでなく、その性能を使う自分の意志まで感じられた。
EVO:穏やかさは遅さではない
EVOへ乗り換えると、SL9のような入力直後の刺激は弱くなる。
踏み始めも、再加速も、短いダッシュも、同じ鋭さでは返ってこない。SL9の感触を基準にすれば、物足りないと感じる人はいるだろう。
しかし、刺激が小さいことを、そのままパワーロスと呼ぶことはできない。加速時間や機械的損失を測定していない以上、穏やかな感触と効率の低さは区別する必要がある。

私には、EVOが入力の輪郭を滑らかにしているように感じられた。力を受け止め、ほどいていくような感触である。ただし、これは乗り味の比喩であり、フレームが有効な推進エネルギーを蓄えて返していることを証明するものではない。
その穏やかさは、姿勢やペダリングを大きく乱さず、一定のリズムで走るときに意味を持つ。荒れた舗装でも、車体の細かな動きに上半身を合わせ続ける感覚が少ない。
前世代との比較でも、私には長時間の快適さが増したように感じられた。ただし、その評価をすべてのライダーへ広げることはできない。サイズ、体重、タイヤ、空気圧、コックピット、乗り方が変われば、同じフレームでも印象は変わる。

シートチューブ形状、シートポスト露出量、サイズ別レイアップなどがEVOの快適性に関わっている可能性がある。これらは私が感じた推測上の要因だが、今回の疲労感の違いを説明しきるものではない。
私が得たのは、共通のホイールとタイヤを使った今回の条件で、EVOのほうが穏やかに感じられたという結論である。その穏やかさは、最初の数分には控えめだった。数時間後には、EVOに乗る理由になっていた。
登り:SL9は、もう一度踏みたくなる

登坂で速さを強く感じさせたのは、SL9だった。
トップアマの選手たちと頻繁に練習する機会があり、同じ登りで20分走を行っている。SL9ではアウターのまま進めた一方、EVOでは勾配が厳しくなる場所でインナーへずっと切り替えていた。
これは印象に残る違いだが、ギア選択だけで登坂性能を証明することはできない。その日の出力、ケイデンス、疲労、ペース配分などが関わる。重要なのは、SL9では重いギアを踏み続けようとする気持ちが生まれたことだった。

勾配が変わる。コーナーを抜ける。頂上が近づく。そのたびに走りを切り替える登りで、SL9の反応は心地よい。ダンシングへ移ると、車体の動きも機敏に感じられた。SL9は「調子が良い」と錯覚させてくれる。
登りが楽になるというより、登りに働きかけたくなる。その感触は、機械的な性能だけでなく、心理的なフィードバックも含んでいるだろう。自分の動作に確かな返事があれば、次の動作をためらいにくい。
EVOも、登りを不得意とするバイクではない。一定のリズムでシッティングを続けるときや、荒れた舗装で落ち着いて出力を保つときには、その穏やかさが合う。

ただ、短いアタックや出力変化を繰り返す場面では、SL9ほどの濃い高揚感が得られにくい。EVOは登れる。SL9は、私を登りへ向かわせる。
もっとも、走り始めの登りと、5時間走ったあとの登りは同じではない。短時間で感じた鋭さが、そのまま終盤の優位になるとは限らない。疲労後の出力維持を比較するには、別の測定が必要になる。
頂上へ向かう力だけでなく、その登りまで何を残せたか。長いレースでは、そこにも速さがある。
平坦:速度を変える楽しさ

平坦でも、SL9は速く感じられた。
ただし、その感触をフレーム空力だけへ帰属させることはできない。一般道では、一定速度で走り続ける時間ばかりではない。コーナー、勾配、交通状況、風によって、小さな減速と再加速が繰り返される。
SL9では、その速度変化に自分から関わりやすい。減速したあとに戻す。巡航からもう一段上げる。30km/hから40km/hへ引き上げるような場面でも、加速の過程が明瞭に感じられた。
速さを保つだけでなく、速さを作ることが楽しい。

EVOも、高速巡航で不足を感じるバイクではなかった。今回の条件では、速度を大きく変えず、一定のリズムを続ける走り方に落ち着きがある。
SL9は速度を変えたくなる。EVOはリズムを崩したくなくなる。
どちらが同じ出力で速いかという問いには、感触だけでは答えられない。しかし、どちらがどのような走りを誘うかは、長く使うほど明確になった。機材は、走りを支える道具であると同時に、走り方を提案する道具でもある。
下り:信頼は、操作の少なさに表れる

下りでは、評価が逆転する。
EVOは高速域で落ち着いて感じられ、選んだラインを保持しやすかった。コーナーへ入り、車体を傾け、その姿勢を保つ。一連の動作のなかで、細かな修正を要求される感覚が少ない。
舗装の継ぎ目や小さな凹凸を通過しても、車体へ身体を預けやすい。SL9では鮮明に感じられた路面の入力が、EVOでは穏やかに届くように思えた。

その理由として、ジオメトリー、重量配分、フォークやフレームの応答などが考えられる。ただし、ホイールベースやしなやかさだけで説明することはできない。タイヤの接地荷重やグリップも測定していないため、接地面積を保ちやすいと断定することは避けたい。
確かめられたのは、私がラインを保ちやすく、落ち着いて操作できたということだ。
一方、SL9はラインを変えやすい。切り返しや細かな進路変更では、その機敏さが長所になる。操作を加えたときの返事が明瞭で、積極的に車体を動かす楽しさがある。SL9は、操作に応える。EVOは、操作を減らせるように感じる。

ただし、安心感は安全性の保証ではない。どちらに乗っても、速度は視界、路面、交通状況、自分の技量に合わせて選ぶ必要がある。信頼できる感触を、速度を上げる理由だけにしてはいけない。
私にとってEVOの価値は、速く下れるという主張より、同じ状況で余計な緊張を抱えにくかったことにある。下りで得られる余裕は、下りだけで使い切る必要がない。次の平坦へ、次の登りへ、そのまま持っていける。
SL9の鮮明さは負担も伴う

SL9で負担を感じたのは、主に手と上腕だった。
荒れた舗装や継ぎ目を通過すると、前輪側からの情報が明瞭に届く。短時間では、それが路面を把握する手応えになる。しかし、距離が延びると、欲しい情報と受け止め続けたくない振動の境界が曖昧になる。
手に細かな入力が重なり、腕がそれを受け止め続ける。さらに、機敏な車体の動きに備えて、無意識にハンドルを強く保持していた可能性もある。

速く走りたくなることも、負担の一部になりうる。機材が同じでも、出力や速度を上げれば、身体が受ける負荷は変わる。SL9の刺激を楽しむほど、自分で負荷を増やしていた面は否定できない。
そのため、この違いを単に「フレームが硬い」とまとめるのは不十分だ。
- 車体から伝わる路面入力の違い。
- 上半身で受け止める動作の違い。
- 車体の挙動に備える筋緊張の違い。
- 機材に促されて選んだ出力や速度の違い。
これらが重なって、疲労感になった可能性がある。
タイヤや空気圧、ハンドル、バーテープ、ポジションなども乗り心地に関わる。主要部品をそろえてなお差が残ったことは、車体システムの性格差を考える材料になるが、その原因を一つの構造へ絞ることはできない。

EVOでは、同じような荒れた路面を走っても、手への負担が少なく感じられた。その差は、100km、150kmと距離が延びるほど、私のなかで明確になった。
鮮明さは、楽しさになる。鮮明さを受け止め続けることは、仕事にもなる。SL9は、その両方を私に与えた。
進化は、すべてを同じ方向へ運ばない

SL8からSL9への変化で最も判断に迷ったのは乗り心地だった。SL9では速さの感触が鮮明になった一方、SL8に感じていたしなやかさは、いくらか後退したように思えた。
メーカー説明では、SL9はSL8と同じコンプライアンスと剛性の目標を達成しながら、空力を改善したとされている。私の体感は、その説明から受ける印象と完全には一致しなかった。
しかし、設計目標と体感が異なることだけで、どちらかが誤っているとは言えない。

人間が感じる乗り心地は、局所的な静的変位だけではない。振動の周波数、衝撃の立ち上がり、減衰、前後輪からの入力、姿勢、筋緊張などが重なる。ある試験で近い数値を示しても、路上で同じ感触になるとは限らない。
フォークやフロント周辺の形状変更が関わる可能性はあるが、それを今回の疲労感の原因と特定することはできない。また、私の感触から、メーカーが快適性を意図的に犠牲にしたと結論づけることもできない。
私にとってのSL9は、速さをより鮮明に感じさせる一方、長時間ではSL8ほど寛容に感じられないバイクだった。進化とは、すべての良さが同じ割合で増えることではない。ある長所が明確になることで、以前は気にならなかった負担が見えることもある。
SL8の乗り味を好んでいる人ほど、SL9を短い試乗の高揚感だけで判断しないほうがよい。可能なら、普段の路面と走行時間に近い条件で、自分の身体に何が残るかを確かめたい。
5時間の先で変わる、EVOの意味

5時間を超える走行なら、多くの人がEVOを選ぶ可能性が高い。
これは、5時間を境に性能が逆転するという測定結果ではない。長く使った私の選択が、そのあたりで明確になるという意味だ。
EVOでは、上半身を緊張させずに走り続けやすかった。路面の細かな入力や車体の動きへ、常に身構える感覚が少ない。そのぶん、手や肩だけでなく、気持ちにも余裕が残る。

私が「オートマチックに走れる」と感じたのは、そのためである。バイクが自動で速度やラインを保つわけではない。自分の操作が、必要以上に忙しくならないという感触だ。
長時間の走行では、出力だけでなく判断も続けなければならない。ペースを読む。補給を考える。路面を見る。次の登りに備える。機材を扱うための緊張が少なければ、そうしたことへ意識を向けやすい。
その余裕を定量的に測ったわけではない。しかし、長いライドの終盤で、まだ走りを組み立てられると感じることには価値がある。EVOの快適さは、私にとって、走りを緩めるための快適さではなかった。走りを続けるための快適さだった。
力を使い切ることと、力を使える状態で残すこと。長い道では、後者もまた積極的な選択になる。
合理性だけでは選べない

長距離ではEVOを選びたい。下りでもEVOの落ち着きが好きだ。それでも、短い時間に濃い走りを求める日は、SL9へ手が伸びる。
この選択は、矛盾ではない。
私たちは、疲れにくい機材だけを求めて自転車に乗るわけではない。踏み込んだ瞬間の返事をすぐに聞きたい日もある。自分の力が、車体の動きとして鮮明に現れることを楽しみたい日もある。

SL9は、その欲求に強く応える。短い登り、短いダッシュ、限られた練習時間。そのなかでも、入力と応答の密度を感じさせる。EVOは、負担を減らすように感じる。SL9は、意欲を増幅するように感じる。
ただし、この違いをすべてのライダーへ広げることはできない。EVOの穏やかさから積極性を引き出される人もいるだろう。SL9の鮮明さを、むしろ安心感として受け取る人もいるはずだ。
機材の性格は、乗り手との関係によって変わるのだ。だから、乗りたくなることも、選択の重要な一部になる。それは測定された空力や剛性とは別の価値だが、使う機会や走り方を変えるなら、無視できない。
合理的な選択とは、感情を取り除くことではない。自分が何を求めて走っているのかを、感情も含めて理解することなのだと思う。
SL9を選ぶとき

- 踏み始めや再加速の明瞭な手応えを楽しみたい。
- 短い登りや出力変化の多い走りを好む。
- アタックやダッシュで、入力への鮮明な応答を求める。
- 自分からラインを作り、積極的に車体を操りたい。
- 限られた走行時間でも、濃密な体験を得たい。
- 機材から刺激を受け、もう一度踏もうと思いたい。
これらは、今回の私の体験から考えた適性であり、特定の競技での優位性を保証するものではない。
SL9は、私が積極的に働きかけるほど、その魅力が明確になった。一方、手や腕、肩に疲労が出やすい人や、SL8のしなやかさを期待する人は、長めの走行で確認したほうが良いだろう。
最初のひと踏みが教えることと、帰宅後の身体が教えること。その両方を聞いてから選びたいバイクである。
EVOを選ぶとき

- 長時間の走行で、上半身の余裕を重視したい。
- 荒れた舗装を含むコースを頻繁に走る。
- 下りで落ち着いた操作感を求める。
- 一定のリズムで出力を続ける走りを好む。
- 車体への細かな対応より、ペース配分や周囲の状況に意識を向けたい。
- 終盤まで、走りを組み立てられる感触を残したい。
EVOの魅力は、時間が経つにつれて私のなかで大きくなった。走り始めには控えめだった感触が、帰路ではありがたくなる。
ただし、疲労やしびれが起こらないことを約束するものではない。サイズ別設計も、適切なフィッティングの代わりにはならない。自分の体格、姿勢、使う機材との組み合わせで確かめる必要がある。
刺激の少なさを物足りなさと感じるか、余裕と感じるか。その答えは、走る時間とともに変わるかもしれない。
まとめ:身体と時間の間に

二台を乗り比べて、速さを一つの尺度だけで語ることが難しくなった。
SL9は、私の意志を鮮明にした。踏み込むこと、加速すること、ラインを変えること。その一つひとつに明瞭な手応えがあり、まだ力を使いたいと思わせた。これは正真正銘のレースバイクだ。
EVOは、ライダーに余裕を残した。路面を受け止め、緊張を減らし、長い時間のなかで走りを続けやすくした。まだ力を使えると感じさせた。後半まで気分を高めてくれた。
使いたいと思うこと。
使える状態でいること。
似ているようで、この二つは違う。レーシングバイクは、そのどちらにも関わっている。

だから、これは硬いか柔らかいか、速いか遅いかという比較だけではない。入力への応答、路面からの情報、操作の感触、疲労、そして乗り手の意欲。その重なりが、二台に異なる速さを与えていた。
どちらが優れているかと問われれば、私は”どの時間の速さ”を求めるのかと考える。次の十秒を鮮明にしたいのか。それとも五時間後にも、次の十秒を使える状態でいたいのか。あるいは、その両方を、どのような配分で求めるのか。
答えは、走る距離だけで決まらない。走り方、身体、その日の気持ち、そして走る理由によって変わる。
速く走らせるSL9。速く走り続けさせるEVO。
二台が教えてくれたのは、速さの正解ではなかった。自分がどのように速くありたいのか、という問いだったのだ。
その答えは、スペック表の最後にはない。次にハンドルを握り、走り出すときの、自分のなかにある。



