ドイツのTour Magazineは、イメンシュタートのGST風洞施設において、Specialized S-Works Tarmac SL9の空力性能を測定した。結果は45km/hにおいて205ワット。前作SL8の209ワットから4ワットの改善である。
Specializedが公言する空力改善4Wの通りとなった。
4Wはわずかな値かもしれないが、SL9からSL8の控えめな外観変化と26cタイヤから30cタイヤ(Cotton TLR, 700×30)に変更され、明らかに太くなったタイヤ幅を考慮すれば大きな一歩と言える。
ただしこの4ワットの内訳には注意が必要だ。
ヘッドチューブ・フォーク・シートポストの空力的改良に起因する改善は4Wの一部に過ぎず、新型RovalのSPRINTホイールが約2ワットの改善に貢献している。つまりフレーム側の純粋な空力寄与は約2ワットにとどまる。
SL9の絶対値205ワットは最速機との差は10ワットに及ぶが、その重量は6.4kg台と軽量であり総合性能で世界最高峰のバイクになった。
空力改善の5要素
SL9の空力改善は、単一の大改造ではなく、複数箇所にわたる精密な最適化の集積によって達成された。以下に主要な設計変更点をまとめた。
1. Speed Sniffer:ヘッドチューブの前面投影面積10%削減
SL9のヘッドチューブは片側2mm、合計約4mm細く再設計された。これにより前面および表面積を約10%削減している。細くしたことでブレーキホースを通す空間が不足したため、特許出願中のオフセットステアラーを新開発した。
ブレーキラインをステアラーの駆動側に通すことで、ヘッドチューブ周辺の空力を犠牲にせずケーブルルーティングの問題を解決している。
2. Flow Fork:ひねりを加えた再設計フォーク
フォークブレードは前面から見ると細く、しかし外側に開く形状へと再設計された。横から見るとフォーククラウンがより肉厚になっている。
大規模CFDシミュレーションを実施し、各所のひねり角(ツイスト角)を検証したうえで最適値を風洞で確定した。ブレードを外側にひねることで、前輪からの空気をダウンチューブ後方へと効率よく導く構造である。
3. Win Fin:後輪を包み込むシートチューブ
シートチューブは後輪をより深く包み込む形状に変更され、シートステーの位置も若干低くなった。ぱっと見は、Canyon Aeroadに似ている。実戦の逃げではボトルが1本になる状況を分析し、後三角の空気の流れを再設計した。
Win Fin単体の効果は、ボトル1本走行時で約0.5ワットの節約と主張されている。
4. Aero Post:細いシートポスト
S-Works Rapide Postと名付けられた新型シートポストは、上部3分の1が極めて細い延長されたエアロプロファイルを持つ。この臨界点においてブランド史上最も細いシートポスト断面を実現した。
なおこのシートポストはSL8にも互換性がある。
5. ドロップダウンチューブ
ダウンチューブの位置を下げることで、ヘッドチューブ・フォークとの連携を強化した。フォーク・ヘッドチューブ・前輪・ダウンチューブ前縁の間隙を減らし、高圧域の気流を整流する設計である。
空力ランキング:世界最速のTOP12台
TOURはGST風洞で測定した世界最速のロードバイク12台を公開した。以下がランキング全15台のワット数(45km/h)である。
| 順位 | バイク | 空気抵抗(W) |
| 1 | Storck Aerfast.5 Pro | 195 |
| 2 | Stromm RAKTT | 196 |
| 3 | Merida Reacto One | 197 |
| 4 | Simplon Pride 2 | 199 |
| 5 | Van Rysel RCR-F | 200 |
| 6 | Storck Aerfast.4 Pro | 201 |
| 7 | Factor One | 202 |
| 8 | Ridley Noah Fast | 202 |
| 9 | Scott Foil RC Ultimate | 203 |
| 10 | Canyon Aeroad CFR | 204 |
| 11 | Cervelo S5 | 204 |
| 12 | Colnago Y1RS | 204 |
| 13 | S-WORKS TARMAC SL9 | 205 |
| 14 | Cannondale Super Six EVO LAB71 Gen5 | 205 |
Specialized Tarmac SL9は205W、Giant Propel Advanced SLとSpecialized Tarmac SL8はともに209Wだ。最速のStorck Aerfast.5 Proは195Wで、SL9との差は10ワットに及ぶ。
上位12台は9ワットの範囲(195~204W)にひしめいており、装備構成(タイヤ・ホイール・シングル駆動系の有無)で数ワット単位で順位が容易に前後する。
上位機の多くはフロントシングル、エアロタイヤ、超ハイハイトホイール等の「TOUR誌対策チューニング」で数ワットを稼いでおり、日常使用や重量・快適性を犠牲にしている側面がある。
スペシャライズド、GIANT、Cannondaleは完成車アッセンブルの市販品で対策を行っていない状態は好感が持てる。
主要競合との比較
Giant Propel Advanced SL(209W)
SL9の最も直接的なライバルである。TOURの測定では209W(基準Zippホイールで210W)で、空力ではSL9に4ワット劣る。前世代と同じ空力値であり、現代の空力戦争から考えれば失望するかもしれない。
しかしフレーム約150g、フォーク約30gの大幅軽量化により完成車6.8kgを達成し、TOUR誌の総合評点は1.4でSL9と首位タイを獲得している。Giantとしては、前世代比18.44Wの改善を主張するが、その約半分はホイール・タイヤ由来だ。
空力重視ならSL9、価格重視ならPropelという構図になる。
Cervelo S5(204W)
SL9より1ワット速い純エアロロードだ。
しかし重量は7.5kgに達し、快適性にも乏しい。Specializedの自社比較データでは加重CdAがSL9=0.2227に対しS5=0.2215とわずかに上回るが、Specializedは「1.4%を超える勾配では重量ペナルティでS5が不利になる」と主張している。
Colnago Y1RS(204W)
ポガチャルの実戦機であり、TOUR測定では204W。DT Swiss高速ホイールとContinentalエアロタイヤ装着で200Wを切った記録もあるが、その場合の車重は7kg超となる。Specializedの自社シミュレーションでは100kmステージでSL9よりY1RSが34秒遅いとされている。
Canyon Aeroad CFR(204W)
25mmフロントタイヤ、特別なチューニングなしで204Wを記録した。純粋な空力性能では上位に位置するが、TOURのランキングではホイール・タイヤの装備差も加味して評価する必要がある。
Scott Foil RC Ultimate(203W)
Syncrosの一体成型ホイールにより7kg未満を実現しつつ203Wの空力性能を達成した。
Trek Madone SLR Gen 8(216W)
TOURの独立測定では216Wと記録され、トップ勢に大きく遅れる結果となった。第7世代(207W)から9ワット悪化している。Trek自社は「Gen 7と空力同等」と主張するが、これは35km/h・フルライダー系での測定だ。
TOURの独立測定条件(45km/h・ダミー)とは異なる。SL9との差は11ワットに及ぶ。
Pinarello Dogma F(209W)
TOUR測定では209W(基準Zipp 404ホイールで205W)であり、SL8と同水準にとどまる。SL9はDogma Fを4ワット上回る。
SL9は空力以外も光る
TOURの総合評点は1.4でTOURにおける現行最高評価だ。完成車重量は6,490g(Shimano Dura-Ace Di2、Roval CLX Sprint、30mmタイヤ込み)で、SL8の最軽量個体より60g軽い。
大幅に太くなった30mmタイヤの重量増をRovalカーボンスポークホイールが完全に相殺し、フロントホイール単体で50g軽くなった。
ハンドリングについてはジオメトリがSL8から不変(サイズ54のみトゥクリアランス改善の微調整あり)であり、安定性と精度が高く、機敏でコーナリングは直接的、フィードバックが豊富と評されている。
走行安定性・加速はともに最高評点1.0を獲得した。
SL9の空力改善が意味するもの
SL9の205Wという数値は、純エアロ機のランキング上位(195~204W)には届かない。
しかしSL9はオールラウンダーとしての立ち位置を明確に選択しており、6.49kgの軽量性、高い操縦安定性、後方快適性、そして実用的な30mmタイヤとの両立を重視した設計である。
TOURは「重量・空力・ハンドリング・快適性をこれほど調和よく融合したバイクは他にない」と結論し、「すべてのカテゴリーで最も失点が少ない」と総括した。
フレーム側の純粋な空力寄与が約2ワットにとどまる点は、見方によっては控えめである。
しかしSL8のフレームがすでに高い空力水準にあったことを考慮すれば、オールラウンダーとしての性格を維持しながら追加で2ワットを絞り出した設計は、限界領域での最適化と評価できる。
残り約2ワットはRovalカーボンスポークホイールの寄与であり、フレーム単体の空力進化を過大評価しないことが重要だ。
Specializedが提唱する「Time to Finish」アプローチは、風洞数値の単純比較を超えた議論を提起している。
実際のレースでは重量・剛性・タイヤ転がり抵抗・ライダーポジションが複合的にタイムに影響するため、CdA単体の優劣がそのまま勝敗を決するわけではない。
ただしSpecializedの比較シミュレーションはすべて自社施設・自社条件による主張であり、TOURのような独立第三者機関の実測とは区別して理解する必要がある。
TOUR紙の”試験対策”
各ブランド、TOUR紙の試験で良い成績を出そうと”試験対策”を行っている。実践ではあまり好まれない機材アッセンブルや、340mm幅のハンドルを使うなどあの手この手で対策が行われている。
TOURの「空力=205W」は45km/h・脚が動くダミー・回転ホイール・複数ヨー角での動的測定を単一の数値に集約したものだ。設定(タイヤ・ハンドル・ホイール・駆動系)でランキングは容易に前後し、TOUR自身がその旨を明記している。
最速値195W(Storck Aerfast.5 Pro)もSRAM Red 1x、DT Swiss ARC 1100、Continental Aero 111というチューニングされた装備構成での計測であり、標準的な条件では数ワット変動する可能性がある。
測定条件の違い(自社Win Tunnel対TOUR GST風洞、ライダーモデルの差異)を考慮し、特定の数値を絶対視しないことが望ましい。
















