大手メーカーのフレームがスレッド式BBに移行するさなか、ワケあって圧入タイプのフレームに乗らねばならない(乗りたい)人たちは大勢いる。最近話題のBRIDGESTONE RP9やCANYON AEROAD CFRのプレスフィットBB86(86.5MM)がそうだ。
「なぜ、スレッド式ではないのか・・・」
RP9を買ったユーザーのこころの声が、日本各地から聞こえてきそうだ。フレームにポッカリとあいた穴の左右から、へんてこな樹脂製パーツをむりやり圧入する。圧入タイプというだけで「異音」に悩まされることを覚悟し続けておかねばならない。
RP9を使うにあたって、BBにはとくに注意をはらっていた。自転車を進めるために根幹となる部分であるし、なによりトラブルの元凶となるのは決まってBBだった。だからこそ、ツーピースタイプは論外だし、ウィッシュボーンのようなスレッド式すら使いたくなかった。
それでもプレスフィット式のBBを使用しなければならない場合、1つの解決方法がある。「ワンピースBB」だ。先日掲載したBRIDGESTONE RP9の記事で本製品を紹介したところ、RP9やCANYON AEROAD CFRを購入予定のユーザーから多数お問い合わせをいただいた。
どの方も、「どんなBBを選択すればよいのか」と、とても悩んでいた(コンポは新型12速一択のようだったが)。今回の記事は、ワンピースBBがなぜ優れているのか、そして、ワンピースBBを製造する2つのブランドを紹介していく。
ワンピースBB
ワンピースBBは、左右一体型のワンピース構造で作られたBBだ。よくお目にかかるBBといえば、左右のカップが分離しているタイプ(主にシマノ製)や、カップに接続されているネジ切りスリーブを締め込んでいくタイプ(ウイッシュボーンやプラクシスワークス)の構造が主流だった。
しかし、独立した樹脂カップの場合は、圧入作業によって樹脂が変形するばかりか、BB周りがねじれることによってフレームとカップがズレて異音につながる場合があった。
ワンピースBBはそれらとは全く異なっている。削り出しの1本の筒の左右にベアリングが配置されているだけのシンプルな構造だ。BBを構成する部品全てが金属部品で構成されているため、シムやOリングといった寸法合わせのための部品が不要だ。
圧入時はスリーブ自体に負荷がかかるだけであり、ベアリングとベアリング内部に負荷がかからない。左右のベアリングがおなじスリーブに固定されているため、クランク軸の受けとして考えると、スレッド式BBをはるかにしのぐ構造といえる。
独立したBBカップの場合は、クランクシャフトに大きな負荷がかかると、ベアリングのアウターレースとインナーレースにズレが生じ、ベアリングのボールがずれが生じる場合がある。ワンピースの場合は、スリーブ自体がベアリングと支えることができるため、ボール位置を常に最適な位置にとどまらせておくことができる。
アウター&インナーレース、ボールがそれぞれ最適な状態に配置され続けるため、ベアリングほんらいの回転性能とシャフト軸の並行精度が増す。そして、インナーレースとアウターレースのズレは、それ自体が異音の原因の1つになっているため、ワンピースBBを使用すれば、樹脂カップ式でありがちな異音やカップの変形問題とは無縁になる。
これまで「プレスフィットはクソ」と散々言われていたが、それはBBの構造や仕様によるものだ。ワンピースBBを使用すれば、スレッド式に近づくばかりか構造の単純化や部品点数の減少によるBB軽量化、ダイレクト感が増すといったメリットがある。メンテナンス性の向上
ワンピースBBのメリットは性能面だけではない。メンテナンス性も飛躍的に向上する。ベアリング交換のためにスリーブを取り出す必要がないため、再圧入する必要もなくなる。スリーブをフレームに残置したまま、ベアリング”だけ”を交換するだけでいい。
Di2ケーブルの断線など、BBを分解しなければ作業がおこなえない場合をのぞけば、フレームからBBを外す作業は不要にになる。したがって、フレームへのダメージは最小限におさえられる。一般的なBBといえば、シマノのように樹脂カップとベアリングまるごと使い捨ての場合がおおい。
ベアリングの交換とスリーブ自体の交換がペアになっているタイプとは異なり、ワンピースBBは一度取り付けさえすれば、ベアリングのみを交換するだけでバイクの運用が継続的に可能になる。かつ、フレームへのダメージもほとんど生じさせることがなくなる。
ワンピースBBを製造するメーカーはこれらの利点を理解しているため、汎用的なベアリングのサイズを使用している。シマノホローテック24mmシャフトとBB86の場合は、6805(内径25mm, 外径37mm, 幅7mm)が採用されている。
モノタロウやAmazonでかんたんに購入できる(NTN製でも数百円)ため、保守部品の入手が難しくなっている自転車部品とは違った入手の安定性がある。TOKENのNINJA BBのように、入手性が悪い規格のベアリングを使う愚行をしなかったのは、さすがとしかいいようがない。
ここまでの内容でワンピースBBに興味をもったかたは少数いるかもしれない。次の章では、ワンピースBBを製造している2社について紹介していく。米国のBBInfiniteと、英国の宇宙工学エンジニアHanbiniが製造するワンピースBBだ。
BBInfinite
ワンピースBBの老舗、2014年から製造し続けているのがBBInfiniteだ。共同創設者であるWes Wolfenbarger氏とGary Mailhiot氏が2014年5月にKickstarterでクラウドファンディングを募集したところ、サイクリスト(プレスフィットにいやけがさしていた)からまたたくまに熱狂的な支持を受けることになった。
ワンピースBBを生みだそうとしたきっかけは、Gary氏が購入したWilier Centro1 SRに付属していたBBに不満をもったことが発端だ。4,000ドルの高価なフレームセットにCampagnolo Record UltraTorqueクランクを取り付けるために用いられていたBBは、「プラスチック製の丸い樹脂」だった。
そこで二人は、CADを使ってワンピースBBを作成した。昔ながらの旋盤をもちいて手作業でプロトタイプを作成した。BBInfiniteが誕生した瞬間だった。
BBInfiniteの理念は、プレスフィットBBのきしみ音をなくすこと。バイクのパフォーマンスを最大限にひきだすこと。そして、アメリカ製でデザイン・製造すること、この3つだ。これらを「ワンピースBB」をもちいて成しとげることを目的としている。
BBInfiniteは、ワンピースBBに使用するベアリングにもこだわっている。ベアリングは3種類用意されており、「WS2 Coating Ceramitech」「Ceramitech」「ABEC-7 Steel Bearing」と用途とグレードに合わせた展開をしている。
Ceramitechベアリングは、SAE52100(クロム鋼)ベアリングレースにセラミックボールを備えたSi3n4のハイブリッドセラミックベアリングだ。ハイブリッドセラミックベアリングは、スチールベアリングよりも耐久性が高い。
Ceramitechベアリングの耐久性は非常に高いため、生涯保証が付帯されている。なお、充填するグリースはモノタロウやAmazonで購入できるKluber Isoflex TopasNB52が用いられているため保守メンテナンスも安心だ。
WS2 Coating Ceramitechベアリングは、同じくCeramitechベアリングを採用しつつも、非常に耐久性のある二硫化タングステン(WS2)コーティングがほどこされている。摩擦係数が0.03であるため、テフロン、グラファイト、さらには二硫化モリブデンよりもなめらかだ。
WS2はオイルやグリースともよくなじむため、ベアリングの細部で潤滑剤の層を維持しやすい特徴がある。コーティングされてないベアリングとくらべ、回転性能と耐久性は飛躍的に向上する。WS2もおなじく一生涯保証だ。
ABEC-7スチールベアリングは、SAE 52100(クロム鋼)からつくられている。ベアリングは大阪のKoyo製が用いられているというマニアックぷりだ。KoyoのベアリングはARAYAのトラック用ディスクホイールのベアリングにも採用されている。
Koyoは日本精工、NTNと並び、軸受大手3社の一角を占めるトヨタグループの機械製造会社であった(現在は豊田工機と合併しジェイテクト)。BBinfiniteはスリーブからベアリングまで一切の妥協をせず、こだわりが強い製品を生み出している。
BBInfiniteの実験によると、CeramitechベアリングはCeramic Speedのベアリングをしのぐ結果がえられている。次の章で紹介するHanbiniの実験においても「剛性」「摩擦抵抗」ともにCeramic Speedをしのぐ性能を備えていることがわかっている。
Hanbini Racing
つぎは、英国のHanbiniが製造しているワンピースBBだ。基本的にはBBInfiniteと同様の構造だ。Hanbiniのウリは、精度の高さと日本のNTNのベアリングを用いていることだ。
Hanbiniはもともと航空宇宙工学のエンジニアであるため、BBの素材自体に航空宇宙材料を使用している。公差も航空機やスペースシャトルに求められる厳しい精度をクリアしている。4000Wを超える負荷をあたえてもベアリングがスムーズに回転することを保証している。
Hanbiniの実験よると、Hanbini RacingのBBは地球上でもっとも剛性が高く、もっとも摩擦抵抗が小さいという。実験データは以下のとおりだ。Ceramic Speed社のベアリングはおろか、BBInfiniteのベアリングをもしのぐ性能をそなえている。
- Hanbini Racing:0.52(W)
- Hanbini:0.74(W)
- Praxis Works:0.98(W)
- BBInfinite Ceramic:1.2(W)
- Ceramic Speed:1.63(W)
また、BBの剛性は桁違いに高い。ある変形量になるまで負荷をかける実験では、以下の結果が得られている。
- Hanbini Racing:622(N/deg)
- Hanbini:453(N/deg)
- BBInfinite Ceramic:398(N/deg)
- Praxis Works:134(N/deg)
- Ceramic Speed:38(N/deg)
Hanbini RacingのワンピースBBはスリーブ自体の剛性が最も高く、スチールボールをつかいながらもNTNベアリングの性能を極限まで引き出す性能を備えた最高のBBだ。RP9の記事の中で紹介したBBもHanbini RacingのBB86だ。
ただし、HanbiniのBBを欲しい方は世界中に多数いらっしゃるようで売り切れ状態が昨年からずっと続いている。私は二つ購入したが、スペアは使う予定がないためほしい方は↓からどうぞ。
製品の供給量が少ないことと、価格が£199(海外送料込み35,000円前後)という価格のデメリットをのぞけば、BB86フレームで使用するBBでもっとも高い性能をそなえた製品である。
まとめ:スレッドBB以上の性能をひきだす
これまでプレスフィットBBを採用したフレームは、悪い面ばかりが取り沙汰されてきた。BBの異音問題、ベアリング交換のたびにスリーブや樹脂カップを取りはずす必要があったためフレームにダメージをあたえることが多々あった。
しかし、ワンピースBBを用いることによってきしみ音の問題となっていたシールのズレやカップのグラつきが解決される。そればかりか、ベアリング本来の回転性能を引き出し、かつクランクシャフト軸の並行精度は限界まで高められる。
各社がスレッド式のBBに原点回帰することがトレンドになっているが、ワンピースBBはスレッド式ではけっして真似のできないすぐれた構造とメンテナンス性を備えていた。プレスフィット式の性能を最大限引き出すためには、ワンピースBBの存在は欠かせない。
BB86に限らずプレスフィットBBを採用しているフレームにとって、ワンピースBBは最適解と断言できる機材といえる。