なぜUAEはBIKONEを選んだのか。
2023年、UAEチームエミレーツからBIKONEのJavier Salvadorに1本の電話が入った。『史上最高のBBを作れるか、重量や組付けの難しさは問わない、ひたすら性能を追求してほしい』という依頼であった。
UAEチームエミレーツは、コンポーネント単位で最良のサプライヤーを個別選定するWorldTourでも異例のチームだ。
2023年にCampagnoloからShimanoへ移行した後も、ENVEと独占契約(他チームに使わせない条件で)、カーボンチェーンリングを独自選定するなど、マージナルゲインの志向が際立つ。
BIKONEの採用もその一環であり、BBという小さな部品にまでプロチームが最適解を追求する姿勢が現れている。
BIKONEは2024年からチームへBBを供給開始し、同年のジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランス、ストラーデ・ビアンケ等での勝利に貢献した。2025年にはColnago V5RsとY1Rsの全チーム機材へBSA Road Ceramic UAE Editionが拡大採用された。
2026年ツール・ド・フランスでは、ポガチャルやデルトロが新型BBのAeroモデルを使用し、Colnago TT2 TTバイクにも搭載されている。UAE以外にも、Caja Rural-Seguros RGA、Euskaltel-Euskadi、BH Coloma Teamへの供給実績がある。
なぜBIKONEは選ばれるのか。その理由を追った。
高負荷こそ回る
フリースピンに意味があるのか。
BIKONEは、無負荷でのフリースピン(指で空回りさせた際の回転の滑らかさ)は実走の性能を反映しない、と断言している。実走では数百ワットの横方向・縦方向荷重が加わり、フリースピンで見えるものと実際に脚にかかる負荷下での回転性能はまったく別だからだ。
この指摘自体は正しい。
無負荷での回転の軽さは、ベアリングのグリス充填量やシールの接触圧に大きく依存する。負荷下での摩擦特性とは相関しないことが知られている。しかし、「クルクルスピン」は一般人にはウケがいい。
BIKONEは産業用ベアリングの世界では、無負荷スピンで性能を評価することはまずないという。
この点を強調しているのは、自転車業界におけるマーケティング手法(ショップ店頭でクランクを空回しして滑らかさを見せる販促手法)に対する、ベアリングエンジニアとしての率直な批判でもあり、ベアリング屋としての矜持でもある。
産業用ベアリングの知見を自転車に
自動車や風力発電のベアリングは、数万rpmかつ数トンの荷重下で動作する。そこで培われた材料選定、公差管理、シーリング技術、寿命予測は、自転車BBの負荷域(せいぜい100rpm前後、数百ワット)からすればオーバースペックとも言えるだろう。
しかし、そのオーバースペックこそがBIKONEがもつ信頼性の源泉になっている。
自転車部品メーカーが外部調達するベアリングの品質にばらつきがある中、ベアリングの設計・製造・品質管理を内製できることは、BBという小さな部品に対して不釣り合いなほどの技術的な裏付けを与えている。
77グラムに凝縮された設計
BIKONE BSA Road Ceramic Aero UAEは、同社ラインナップにおける最軽量・最上位モデルだ。
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| 重量 | 公称77g |
| 前世代比軽量化 | 17g減(前世代BSA Road Ceramic UAE Edition約94g比) |
| カップ素材 | 7075-T6航空宇宙グレードアルミ(CNC切削、T6熱処理) |
| ベアリング | ハイブリッドセラミック(Si3N4グレード3ボール+スチールレース) |
| ベアリング規格 | 6805(外径37×内径25×幅7mm)、ABEC-5/P5・2RS |
| シーリング | アキシャルシール+Oリング、予備シール2組付属 |
| 互換性 | BSA(JIS)68mmねじ切り、Shimano 24mm(Hollowtech II)軸 |
| エアロカップ | 非駆動側(左)カップを完全平滑化、取付ノッチを内側に配置 |
注目すべきは、17グラムの軽量化を達成しながらフルサイズベアリング(6805)を維持している点にある。軽量BBの多くはベアリングを小径化して重量を削るが、小径化は接触面積の減少による摩擦増大と摩耗加速を招く。
BIKONEは、フルサイズを堅持した上での軽量化であることを繰り返し強調している。軽量化はカップの素材と切削設計で達成したものであり、ベアリング性能を犠牲にしていないという主張だ。
PowerSet、20%パワーロス低減
PowerSetは、負荷下でのベアリング挙動を前提に与圧(プリロード)を最適化した設計であり、BIKONEが特許技術と位置づけている。
標準的な単列ラジアル玉軸受では、ペダリング時に荷重方向にある3~4個の玉しか実質的に接触しないが、PowerSet与圧システムは全玉に荷重を分散させ、摩擦と摩耗を低減する。
PowerSetモデルについて「reduces power loss by up to 20%」(最大20%のパワーロスを低減)と説明している。しかし、この数値は相対的な表現であり、何ワットの絶対損失に対する20%なのか、どの比較対象製品に対する20%なのかは明示されていない。
独立試験の知見を参照すると、この主張の意味が見えてくる。
Friction Facts(2013年、12メーカー35モデル比較)では、負荷下のBBドラッグは最良0.29W~最悪1.64W、全モデル平均0.77Wであった。
仮に平均的なBBのドラッグ0.77Wに対する20%削減であれば約0.15W、最悪1.64Wに対する20%でも約0.33Wとなる。つまり、絶対値としてはコンマ数ワットの世界である。マージナルゲインとして価値を見出すか否かは、ライダーの哲学と財布に委ねられる。
エアロカップ
BIKONE BSA Road Ceramic Aero UAEが特別なのは、非駆動側(左)のBBカップを完全に平滑化し、空気抵抗を低減するという設計になっていることだ。</p
通常のBBカップには外面に取付用のノッチ(凹凸)があり、回転するクランク軸の周囲で乱流を生む。BIKONE Aeroモデルでは、このノッチを外面から内面へ移動させることで、カップ外面をフラットに仕上げている。
左カップの着脱には専用工具が付属し、右カップは通常の16ノッチBSA工具に対応する。
エアロカップが実走で何ワットの削減に相当するかは、現時点では検証したデータはない。BB周りの空気の流れはダウンチューブ下面、チェーンリング、クランクアームとの干渉が支配的であるが、カップ表面の平滑化でもわずかな空力改善効果を求めた結果だ。
DualCupTech
DualCupTechは、左右のBBカップが中央スリーブで連結・与圧される構造になっている。フレームのBBシェル精度に依存せず左右ベアリングの同心度を確保し、これはBBの異音問題に対する直接的な解決策になる。
BBの異音の主因は、左右ベアリングの同心度誤差にある。フレームのBBシェルはメーカーや個体によって0.1mm程度の加工誤差を持ちうるが、ベアリング組立ては5~10ミクロンの公差を狙う。
通常のBBでは左右カップが独立しているため、フレーム側の誤差がそのままベアリングの芯ズレとなり、ガタ、異音、早期摩耗の原因となる。DCTechでは2つのアルミカップを中央スリーブで物理的にオーバーラップさせ、組み付け時に左右を一体化する。
結果として、フレーム公差に左右されない同心度が実現し、組立後は一体成型のような剛性を発揮しつつ、特殊工具不要で着脱が可能だ。圧入式BBの異音に悩んだ経験のあるライダーにとって、この設計思想は腑に落ちるものがあるだろう。
もっとも、BSAねじ切り式はもともと圧入式に比べて異音リスクが低い規格であるため、DCTechの恩恵がBSAユーザーにどれほど体感できるかは、フレーム個体の精度次第という側面もある。
セラミックベアリングの意味

セラミックベアリング(正確にはハイブリッドセラミック、Si3N4ボール+スチールレース)の優位性は、自転車業界では半ば定説化しているが、独立試験の結果はその定説を相対化する。
Friction Facts(2013年、C-Bear、CeramicSpeed、Chris King、Enduro/Wheels Manufacturing、Hope、Shimano、SRAM等12メーカー35モデル)の比較では、負荷下の最良スチールBBと最良セラミックBBの差はわずか0.03Wであった。
さらに3社ではスチール版がセラミック版を上回るという結果も出ている。同ラボは、摩擦の主因はベアリングの玉やレースの接触よりも、シール設計と潤滑剤にあると結論づけた。
Hawk Racingの独立試験でも、セラミック平均0.60W対スチール平均1.02Wと差はあるものの、最良同士(Gold Race 0.29W対Hawk Racing 0.32W)の差は0.03Wにとどまった。
Hawk Racingの結論は明快だ。BB効率は素材(セラミックかスチールか)よりも、設計と品質に依存する、と。

ドライブトレイン全体でのセラミック化について、CeramicSpeed社は6~9Wの節約を主張するが、見立てでは最適条件下で2~3.5Wが現実的とされている。BB単体では約0.4~0.8W(密閉セラミック対オープンスチール)が独立試験から推定される範囲だという。
つまり、セラミックBBの効果はゼロではないが、タイヤの転がり抵抗やチェーン潤滑の最適化に比べれば費用対効果は劣る。BIKONEの強みは、セラミック素材そのものよりも、DCTechやPowerSetといった構造設計にあると見るべきだ。
競合比較
ハイエンドBBの市場は、設計哲学の異なる複数のプレイヤーがひしめく。以下に主要製品との比較を整理した。
| 製品 | BSA重量 | 価格帯 | ベアリング | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| BIKONE BSA Road Ceramic Aero UAE | 77g(実測79g) | 約58,700円 | ハイブリッドセラミック 6805 Si3N4 Gr.3、ABEC-5 | 最軽量級、エアロカップ、DCTech、プロ供給。 |
| CeramicSpeed BB Alpha | 実測80g | 約65,000円 | Si3N4 Gr.3+硬化ステンレスレース | 生涯保証、3000W×7時間試験、100万km試験。透明性高 |
| Chris King ThreadFit 24 | 非公表 | 約40,000~50,000円 | セラミック/ステンレス選択可 | 5年保証、完全ユーザー整備可。シール優秀だがドラッグは平凡 |
| Hambini BSA | チタン版142g | 約50,000~70,000円 | NSK/NKE/NTN等一流鋼製 | 超高精度加工(公差0.005mm)、鋼ベアリング主義。腐食耐性に難の声 |
| Kogel BSA Road 24 | 非公表 | 約25,000円 | セラミック | シール選択制、手厚い顧客対応 |
| Wheels Manufacturing Threaded Ceramic | 94g | 約55,000円 | Enduroセラミックハイブリッド | ベアリング個別交換可、シール優秀、コスパ良 |
| Enduro XD-15 BSA | 80g | 約44,000円 | XD-15(窒素含浸ステンレスレース+Si3N4) | 高耐久、米国製 |
BIKONEの差別化ポイントは、重量(77g、同クラス最軽量級)とUAEチームエミレーツへのプロ供給実績だ。CeramicSpeed BB Alphaに対しては約3g軽く、価格もやや安い。
一方で、CeramicSpeedは3000W×7時間の耐久試験、累計100万kmの長寿命試験、硬化ステンレスレースの素材グレード公表、生涯保証など、透明性と検証可能性で大きく上回る。
BIKONEを全てのバイクに入れる理由
自身が所有するロードバイクは全てBIKONEを入れている。理由は製品として美しく交差が明らかに良いとわかるからだ。とくにセンタースリーブとBBカップの篏合が芸術的でスーッと入り込んで全くズレない。目に見える超高精度である。
また、パワーをかけた時に回るというBIKONEの設計思想も足元を支えてくれているという安心感がある。フリースピンでまやかしのBB性能をみせて煙に巻くようなメーカーとは一線を画す。高負荷でこそ性能が見えるのだ。
何よりBBの構造設計と全体的な剛性感、静粛性が優れている。高負荷でこそ回転するという設計思想は脚では感じられないが、設計上確かにそこに存在しているという安心感は計り知れない。
DCTechがBBの異音の根本原因(左右シェルの芯ズレ)を排除する直接的解決策である。AEROモデルではスーッと筒が収まるような精密さがある。この他とは異なるアプローチ、構造のシンプルさとフィーリングの良さがBIKONEのBBにはある。
そして、ダストカバーを後から取り付けられるカップ設計になっている点も評価できる。これは使わなくてもよいがあらゆる状況下で使用しても性能を維持できる設計は、一発決戦用で使用する製品とは違い長期的に高い回転性能を維持している。
これまで、様々なBBを使用してきたが耐久性、性能、作り込み全てが良い。ベアリングメーカーがスピンアウトしたBIKONEならではだ。他社製品は自転車メーカーが作ったBBだ。全く違う作り込みに驚くはずだ。
整備性とアフターサポート
ベアリングはユーザー交換可能であり、BIKONEは6805セラミックサービスキット(約26,000円、3年保証、セラミックベアリング2個+シール+カバー)やスチールベアリング単品(約3,100円)、専用工具を販売している。
カップは生涯保証が付帯する。ベアリングを消耗品として交換しながらカップを使い続けられる設計は、長期的なランニングコストを抑える合理的なアプローチと言えるだろう。
湿潤環境での使用に備え、予備シール2組が標準付属する点も実用的だ。ただし、長期耐久データ(たとえば湿潤下1万km級の使用報告)はまだ蓄積が少なく、CeramicSpeedのような100万km耐久試験に相当する公開データは存在しない。
産業用ベアリングメーカーが自転車に殴り込んだ理由
BIKONEは、スペイン・サラゴサに本拠を置く多国籍ベアリングメーカーFersa Groupの一員として生まれた自転車用ボトムブラケット(BB)専門ブランドだ。
自転車部品メーカーがベアリングを調達して組み立てるのが業界の常識だが、BIKONEはその逆をいく。ベアリングそのものを知り尽くした産業用メーカーが、内側から外側へ設計するという逆転の発想で自転車市場に参入した。
自動車(商用車・乗用車のアクスル、ギアボックス、ホイールエンド)、産業機械、風力発電、鉄道向けの精密ベアリングを半世紀以上にわたって手掛けてきた。
BIKONEのBB開発は、「大半のBBは自転車部品メーカーが作るが、ベアリングの専門家ではない。ならばベアリングという内側から外側へ設計するアプローチはどうか」という着想からスタートしている。
ブランド名BIKONEは、Fersaの主力技術である複列円錐ころ軸受Bikonicos(スペイン語で2つの円錐ベアリングの組み合わせ)に由来し、産業レベルの精度と耐久性を自転車BBに注入するという意味を込めている。
回転の哲学:BBに何を求めるのか
BIKONEのBBはマージナルゲインの投資に値するものなのか。
BBに58,700円を投じる行為は、冷徹な費用対効果分析の前では正当化しにくいかもしれない。独立試験が示す通り、BB単体でのセラミック化による摩擦低減はコンマ数ワット~約1Wに過ぎない。
同じ予算をタイヤ(転がり抵抗で2~5Wの差がつきうる)やチェーン潤滑(1~3W改善の可能性)に回す方が、純粋なワットあたりの投資効率は高い。
しかし、BBの価値は摩擦低減だけにあるのではない。DCTechによる異音解消と剛性感の向上、77gという軽量性、プロ供給機材と同一品を使うという所有体験、そしてベアリングエンジニアが本気で作ったという技術的バックストーリー。
これらを含めた総合的な満足度に対して58,700円が妥当かどうかは、ライダー個人の価値観に帰着する。

ベアリングという部品は、自転車の中で最も地味で、最も見えにくく、しかし最も根源的な回転機構だ。ペダルを踏むたびにライダーの力を受け止め、回転に変換し、チェーンへと伝達する。
その変換効率の最後のコンマ数ワットに意味を見出すか否かは、速さの追求がどこまで細部に宿るかという問いでもある。
まとめ:BIKONE BSA Road Ceramic Aero UAEを選ぶべきか
BSAねじ切りフレームのエアロロードまたはTTバイクに乗り、最軽量級のBBを求め、DCTechによる異音対策と剛性感に価値を見出し、コンマ数ワットのマージナルゲインとUAEチームエミレーツが求めたBBがRoad Ceramic Aero UAEだ。
BBという目立たない部品に5万円超を投じる行為は、自転車の奥深さに足を踏み入れた者だけが理解できる世界だ。
BIKONEは、その世界に産業用ベアリングの知見と、フリースピン神話への挑戦状を携えて参入した。設計思想の誠実さは評価に値する。
高負荷で回転性能を求めるならBIKONEだ。そこで回転の質を感じ取れたなら、Ceramic Aero UAEへの投資は後悔しない選択になるだろう。


















