今年一番の目標にしていたレースだった。
優勝者に贈られるのは、モノホンのアルカンシェル。レインボーの縞模様が意味するものは単なる栄誉ではない。その一年間、地球上で最も速かった者だけに許される「色」だ。
「グランフォンド」という名がつきながらも、正式名称は「2026 UGFWCS Road Race」。ローリングスタートも何もない、純粋なロードレース。号砲と同時に順位を競う、剥き出しの勝負だ。
世界という変数
ニセコクラシックは個人的にかなり相性が良い。
競技時間は4時間超の長丁場で、耐久系の自分に向いているらしい。2019年3位、2022年優勝、2023年4位。しかし、これはあくまでも日本人だけの成績だ。今回は世界選手権。世界各地から各国上位25%に入った選手だけが集結する。
私のカテゴリの総出走者数は154名。その80%が外国人選手だった。
下馬評では、フランスのJohnny Hoogerland選手が頭一つ抜けていると事前に話題になっていた。ツール・ド・フランス出場、世界選手権出場、フランス選手権優勝。私の年代なら解説不要だろう。
他にも2010年冬季オリンピックのスピードスケート出場歴を持つBenjamin PENAUD選手など、現役時代に世界のトップを走った猛者たちが「まだやるぞ」と集まってきている。かつて世界の頂点に立った人間は、その記憶を手放せないのだろう。
彼らもまた、あの場所に戻りたくてペダルを踏み続けているのだ。
日本からの出場には、まずツール・ド・ふくしまで上位に入らなければそもそも出場権がない。所属チームのメンバーも5名ほどが権利を得られなかった。結局、松木さん、苗村さん、私の3名で挑むことになった。
140kmの戦いに向けた身体づくり
140km、獲得標高2,500mのレースに耐えるため、普段から150〜200kmのトレーニングを積んで臨んだ。CTLは130、ガーミン戦闘力12,000、FTPは4.95W/kg程度。暑熱順化は100%に仕上げた。
練習はほとんど松木さんと毎週走り込んだ。ロードのブランクは結構空いていたが、昨年12月から松木さんと二人で地道に距離を踏んできた。ロングでは井上さんに引きずり回されるというプレイを繰り返し、おそらくアマチュアとしては日本のトップクラスのオッサンたちと走れる恵まれた環境だった。
一人では決して届かない場所に、仲間の背中が引き上げてくれる。準備とは、そういうものだと思う。
補給戦略:5,280kcalを入れる
レース前日の食事はカーボローディングを兼ねて、糖質150gを3食で合計450g、約1,800kcal。当日の補給計画は以下の通りだ。
| 当日の朝 | 糖質100g、モルテンバイカーブ50g |
| スタート前 | ビーツ、カフェイン200mg、シトルリン、アルギニン、β-アラニン、クレアルカリン、糖質50g |
| レース中 | ドリンク950ml×2(糖質130g)、ジェル糖質150g、カフェイン100mg+糖質50g |
当日の糖質摂取量は660gで約2,640kcal。2日間で5,280kcalほどを体に詰め込んだ。
2019年からハイカーボ戦略を採用しているが、私の場合は1時間に150g程度の糖質を摂っても問題ない。ただし、これは個人差が大きい。一概にどれぐらいが良いとは言えない領域だ。
日本であって日本ではない
スタートラインに並ぶと、日本人が一人もいない。
日本語で話す声も聞こえない。周囲にはオランダ、イギリス、ベルギー、オーストラリアの選手がひしめいている。1時間前から並ぶのだから皆気が早い。有力選手のゼッケン番号はだいたい覚えてきたが、とにかく皆デカい。
ほとんどの選手が180〜190cmはある。腕や足には色とりどりのタトゥー。彼らの文化だから違和感はない。ただ、同じサイクリストなのにバイクのサドル高も異次元に高く、威圧感というより、ただ圧倒された。
ここは、日本のはずだけど?
プレッシャーに飲まれる私を見かねたのか、このひ上位に食い込む高杉選手が檄を飛ばしにきてくれた。日本語で声をかけてくれてどこか懐かしく感じて、久しぶりに日本人に会った気がして、ちょっと泣きそうになった。
それでも緊張して「ありがとう!」とだけしか言えなかった。
スタート位置は2列目。号砲が鳴る前に面食らったのは、選手と選手のホイールの間にフロントホイールをグリグリとねじ込んでくる光景だった。
シクロクロスで慣れてはいたが、ロードでこれは初体験だ。接触して落車しないかという恐怖が一瞬よぎる。シクロクロスをやっていて本当に良かったと思った瞬間だった。集団の密度は国内レースの倍以上に感じた。
走り出した瞬間、裏切られた。 良い意味で。
スタート直後、かなり緊張していた。
しかし走り出してみると、逆の意味で裏切られた。常時速いが、とても走りやすいのだ。各国の上位で選ばれた選手たちの走り方はめちゃくちゃキレイで、前とのギャップを全く作らない。良い意味でギチギチ。
レース後に松木さんとも話したが、下手な国内のJBCFやアマのレースより圧倒的に走りやすいと。変な走りをする選手が一人もいない。罵声も一度も聞かなかった。日本のレースには時折いるオラオラ系の謎の罵声選手が、ここには一切存在しなかった。
スタート前は陽気にお喋りしていた海外勢はどこかに消え、集団の中には静かな風とギアの音だけが存在していた。
かけられる声も「ヘイ」「ゴー」ぐらいのものだ。本当に走りやすくて、感動してしまった。速さの中にある静謐。世界の一流が集まると、混沌ではなく秩序が生まれる。選ばれた者だけで構成された集団は、速さの中に不思議な静けさを宿していた。
一本目の登り:疑心暗鬼
序盤、中国の選手と高杉選手が逃げを試みるが、吸収を繰り返す。集団のスピードはずっと高い。平均40km/h、下りでは80km/hに達する。
登りは身構えていたが、体の調子は良く、むしろ周りが遅く感じた。周りが遅く感じる日は、たいてい調子が良い。ただ、後半の勝負どころまで脚を残すべく、無駄足は一切使わず超省エネで挑む。これは井上さんと練習したときに言われたこと。そういうのは守る。
一本目の登りは40分ほど。ここも身構えていたが、かなりスローなペースで進んでいく。パワーは240Wほどしか出ていない。本当にこんなスローペースで行くのか。30分ほど登っても疑心暗鬼は消えなかった。
自分としてはかなり楽だったものの、警戒して先頭付近に位置取りしていた。
30分ほど経って、「これはシメシメ」と思った。楽をしようと少し後ろに下がった。その瞬間、前方でペースアップが見えた・・・。
列車は待ってくれない
まずい、と思って追いかけたが、前に20〜30人いて出られない。すぐに平坦で1列棒状になり食らいつくも、前の5〜6人が中切れし始める。追い抜いて単独で登りを駆け上がるが、20名ほどの先頭集団はどんどん遠ざかっていく。
このとき1分間で8.5W/kg。
ほぼ全力でダッシュし続けたが、下りに入ってしまった。この展開はまずい。下りでは集団のほうが圧倒的に速い。最後の列車に乗り遅れ、単独になった。
ロードレースにおいて「位置取り」は呼吸と同じだ。止めた瞬間、死ぬ。30分間の安寧が、ほんの一瞬の油断で崩壊する。
一本目の登りで感じた余裕は、実力の証明ではなくある意味罠だった。調子が良いときほど人は隙を作る。フィジカルが整っていても、判断が一つ狂えば全てが瓦解する。それがロードレースという競技の残酷さなのだろう。
追走
千切れたイタリア、クロアチア、ドイツ、日本の選手たちが後ろから合流し、15名ほどの第二集団が形成された。先頭は20名。かなり分が悪い。
ただ、追いつこうという意思はあった。40分のダウンヒルが始まる。しかしこの下りがとんでもなく速い。80km/h。中切れが起きる。かなりの人数に抜かれたが、平坦に入る頃には一つの集団にまとまり、15名ほどで前を追いかける展開になった。淡々と、ペースで。
120km地点
あっという間に120km地点、勝負どころと決めていた区間に差し掛かる。ペースアップを警戒していたが、意外にも遅いペースだった。4.9倍でも楽に感じる。途中までクロアチアの選手が前を引いてくれていたが、申し訳なくなって後半は自分が前に出て引き続けた。
ただ、この後の展開を考えると、海外勢のパワー系おっさんたちの中でゴール直前はズブズブになる。
人数を減らしておきたいところだった。
脚を残しつつ後半で少しペースアップ。後ろを見ると、まだ20名ほどいる。気づかなかったが、日本人選手もかなり残っていたようだ。もう少し協調できていたら、と後から思えば走り方を間違えていたかもしれない。
ピークまでは7割ほどのパワーで登った。脚を残していたので、ゴールまで余裕を持って進められる。もう上位争いはできない。「出し切って終わろう」と先頭固定で走っていると、イタリア、フランス、クロアチアの選手が声をかけてきて先頭でローテに加わってくれた。
彼らが片言で言っていることは、なんとなくわかった。たぶん「いこうぜ」みたいな感じだったと思う。言葉が通じなくても、ペダルを踏む意思は通じる。国籍も言語も違う人間が、同じ苦しみの中で自然と隊列を組む。ロードレースには、そういう瞬間がある。
「日本頑張れ!」主語が、日本。
先頭集団は19名ほど。私のいる集団は20位争い。もはやこの順位には意味がない。ならば、レースを楽しむことにした。一つでも順位を上げるために抜け出そうと決めた。残り数キロは微妙に登る区間がある。
ここで抜け出せれば。
残りのホームストレート、ローソン手前まで単独で走りきりたいと思い、何度かペースアップを試みる。1回、2回、3回。全て後ろにつかれる。これはダメだ、と思いつつも、沿道いっぱいの観客の声援が耳に飛び込んでくる。
「日本頑張れ!」
「日本頑張れ」なんて応援されること、おそらく今後の人生で1回もないだろう。主語が「日本」だ。自分の名前でもなく、チーム名でもなく、日本。140kmを走り続けてきた身体に、その言葉は不思議なほど深く沁みた。
3発目のアタックで体力を消耗し、直線で10名ほどに抜かれた。案の定、ズブズブになって28位。
2026 UGFWCS Road Race 結果:28位
28位、TOP +3:40秒
この順位には意味がない。しかし、少しの可能性を求めて何度も抜け出そうと動いた。ぶら下がっていたらもう少し順位は良かったかもしれない。でも、何も残らなかったかもしれない。
下馬評どおり、フランスのJohnny Hoogerland選手が優勝した。年齢は同じだが、過去にツール・ド・フランスの山岳賞を獲ったような人間と一瞬でも走れたこと。それは、おそらく今後の人生でもう二度とないだろう。
ロードレースは不確定方程式
しかし、ロードレースとは難しいものだと改めて思った。変数が多すぎる。いくら調子が良くても、位置取り、一瞬の判断、ペース配分、心理的要素、そしてもちろんフィジカル。あらゆる要素が複雑に絡み合い、順位を決めていく。
一つ一つの判断の積み重ねが、最終的な数字になる。
140kmの道のりの中で、正解は一度も提示されない。答えのない問いを、脚が回る限り問い続ける。それがロードレースだ。最適解は事後にしか見えず、走っている最中は常に不完全な情報の中で決断を迫られる。
レースとは、走りながら考え、考えながら走る哲学的行為なのかもしれない。
28位には何の意味もない。でも、この日の経験は、いままでに経験したことのない素晴らしい体験だった。世界のアマチュアトップと同じ道を、同じ風を受けて走った。ロードレースから少し遠ざかっていたが、またすぐにでも走り出したいと思うほどだった。
また来年、この地に戻ってこようと思う。
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