泥で滑って、転んで、絶望したけど、気付いたこと

わたしは泥が苦手である。さらにいうと、トラクションのかけ方がいまだにわからない。というのも、雨のコンディションやスリッピーな路面で圧倒的に遅れてしまうのだ。大野ダムは悲惨な順位で幕を下ろした。わたしには難しいコースだった。

しかし、そんなことを言っても始まらない。泥への耐性をつけるなら、やはり泥を走るのが最短の道であろう。というわけで、転びながら、こけながらとある泥で濡れた登り道をインターバルすることにした。幾度となく。

わたしはシーズン初めの普段の練習からスリックタイヤを使っている。ノブが付いていると、サポート的にノブが食いついてくれて走れてしまうからだ。やはり、ズルズルと滑るスリックタイヤはテクニックを要求される。もちろん、スリックタイヤは実際のレースでの出番がほとんどない。

したがって、使い潰すつもりで使っている。という事も理由の一つだ。あるセクションに入った時、どうしても登れなかった。確かにこの日「実業団選手」とロードを走って限界付近まで追い込んで、フラフラになった事も理由かもしれない。

結果的には2気圧のわたしが実業団選手と呼ばれる(オフシーズン中の)人たちに競り勝ったわけだが、代償は大きかった。とは言いつつも、メインはトレイルを走るわけだから、セーブして走れば良いだけで言い訳はできない。何回も何回も走り、失敗する。ある時登れた時があった。何が原因で登れたのか不思議になった。

理由は重心とペダリングにあった。重心が後ろすぎてリアがめり込みすぎている。どちらかといえば、BBよりも前、わずかにヘッドチューブ寄りに重心を移動させる。そして、グイッと体重でトルクをかけないようにサドルにすわり移動する量と後輪のトラクションをうまく合わせる。

この「うまく合わせる」というのができるできないの違いで、テクニックに差が出てくる。スリッピーな泥でもうまく「トラクション」をかけて進む人、そうでない人が居るのはそのためだ。スリックタイヤでも、きちんとトラクションをかけられれば進むことができる。

補助輪があれば自転車が乗れるように、マッドタイヤなら泥も走れる。ただ、重要なのは補助輪が無くても自転車に乗れることであって、マッドタイヤでなくとも泥を走れなくてはならない。

最後は泥の調査だ。滑った場合と、登れた場合どのような違いがあるのか調査した。サンプル数が少なく精度の高い結果とは言い難いが一つの傾向が見えてくる。左の穴が深いくぼみが大きい方が登れた時だ。右のくぼみが浅いのが登れなかった時だ。同じ力で押した時に指が入っていく量が大きい。

確かに地形や泥の質の問題も考えられ一概に言うことはできない。ただ、オフロードを走る時によく聞く「タイヤを転がすように」が左の穴が深い方である。コロコロと泥の上を走れせる事により、惰性で無用な力を泥に及ぼさずに進む。

悪いイメージの走り方は後輪が泥にハマって空転を繰り返す車だ。どんなにタイヤを回せど前に進まない。まるで哀れなハムスターのように回転を続ける。それでは1ミリも前に進まないし、その場から動けない。しかし、後部から何人かの屈強な男たちがエイヤと押せばコロリと泥沼を抜ける。

なぜだろうか。単純に言えば「タイヤの回転と物体の移動量が合致する」からだ。物体が止まろうとする力と、回転するホイールとのパワーがアンマッチし、タイヤが滑り前に進まない。ただ、自転車の場合は泥にハマるまで、進んでいるわけだから泥に突入する時のスピードは速い方が良い(ただし早ければいいってもんじゃない)。

これらのバランスがうまく備わった時泥の悪路でも走れていく。泥を走る為には慣性をうまく使い、走る必要がありそうだ。もう一つ理解したことがある。上達する為には、頭で考えるよりも、泥を何度も走って失敗して転ぶことだ。要するにからだで覚えることが先だ。

どうしても理屈っぽく理解しようとしてしまうが、体で理解する方がよほど有益である。まずは試して何度も失敗する。そして、できた時の良い感覚を何度も繰り返し体で覚える。それらの繰り返しが一つのテクニックを生み出し、1秒の差をつけていく。やはり、理論よりも実践あるのみだ。

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