2025年6月5日、マウンテンバイクコンポーネントの頂点に君臨するシマノXTRが、M9200シリーズとして7年ぶりのフルモデルチェンジを果たした。
この発表は、フルワイヤレス電動変速の採用という大きな変革を伴い、激しさを増す現代のMTBレースシーンと、要求の高いトレイルライディングの双方に対応すべく、信頼性、扱いやすさ、そして何よりもタフネスを徹底的に追求した結果だ。
この新世代XTRの核心技術を、各コンポーネントごとに詳細に分析する。
リアディレイラー:変速性能と堅牢性の新基準
新型XTR M9200シリーズのリアディレイラーは、ワイヤレス電動変速Di2を搭載したRD-M9250と、E-MTB専用設計のRD-M9260がラインナップされる。
両者ともに、シマノが長年培ってきたディレイラー技術の粋を集め、過酷な環境下での確実な作動と、予期せぬトラブルからの迅速な復帰能力を重視した設計思想が貫かれている。
RD-M9250-GS / RD-M9250-SGS:ワイヤレスDi2の進化
RD-M9250は、シマノMTBコンポーネント初の完全ワイヤレスDi2リアディレイラーであり、ケーブルレス化によるクリーンな外観とセットアップの自由度向上を実現した。
変速性能は、従来のDi2で定評のあった速さと正確性に加え、M9200シリーズではさらに磨きがかかっている。ライダーがトレイルのあらゆる状況に即座に対応できるよう、応答性と信頼性を新たな次元へと引き上げることを目指している。
主要技術:SHIMANO SHADOW ES と自動衝撃回復機能
RD-M9250は、ディレイラー本体の突出を抑え、障害物との接触リスクを低減する「SHIMANO SHADOW ES (Extreme Stability/Engagement)」デザインを採用している。
これは、従来のSHADOW RD+コンセプトをさらに進化させ、ウェッジシェイプ(楔形)デザインによって前方からの衝撃を受け流しやすくし、岩や木の根への引っ掛かりを最小限に抑えることを目的としている。
万が一、大きな衝撃を受けた際には、「自動衝撃回復機能(Automatic Impact Recovery Function)」が作動する。
これは、ディレイラーが衝撃を吸収するように後方へスイングし、その後自動的に元のギア位置に復帰する機械的および電子的制御システムであり、ライダーは走行を継続できる可能性が高まる。
このSHADOW ESデザインと自動衝撃回復機能の組み合わせは、シマノが「堅牢性」をM9200の主要テーマの一つとして掲げていることの現れだ。従来のメカニカルディレイラーでは衝撃による変形や破損が走行不能に直結しやすかったのに対し、M9250ではシステム自身がダメージを回避し、機能を維持しようとする点が革新的だ。
これは、特にエンデューロレースのような予測不能な状況下での信頼性向上に大きく寄与するだろう。システムは依然として従来のディレイラーハンガーを「身代わり地蔵」として利用しており、ディレイラー保護とフレーム保護のバランスを取っている。
新デュアルスプリングスタビライザー解説
M9250では、従来のクラッチ式チェーンスタビライザーに代わり、新開発の「デュアルスプリングスタビライザー」が採用された。これは、Pナックル(ディレイラーの主要な回転軸部分)内のクラッチ機構を廃し、2つのスプリングを用いてケージに強力かつ安定したテンションを与えるシステムだ。
シマノによれば、これにより約72%高いチェーンテンションを実現し、チェーンラップ(チェーンがスプロケットに巻き付く量)を向上させ、チェーンの暴れや脱落を効果的に抑制するとしている。
また、この新システムはメンテナンスフリーであり、経年劣化も少ないと謳われている。クラッチの廃止は大きな設計変更であり、メンテナンス性の向上、部品点数の削減による軽量化の可能性、そしてPナックル部分のスリム化によるSHADOW ESデザインへの貢献が挙げられる。
構造と素材:バッテリー保護、プーリー設計
RD-M9250のバッテリー(BT-DN320、305mAh)は、ディレイラーの内部に安全かつ確実に格納され、外部の衝撃から保護される設計となっている。バッテリーカバーは衝撃で破損してもバッテリー自体は脱落しにくい構造だ。
プーリーは、異物の侵入を防ぎ耐久性を高めるため、ソリッド(穴なし)デザインの13Tが採用されている。ケージプレートにはカーボンファイバーが使用され、Pナックルやバッテリードア、カバーの一部には衝撃を隠蔽しやすい樹脂素材が用いられている 。
バッテリー内蔵はSRAM AXSと同様のアプローチだが、シマノは保護性能をより重視しているように見受けられる。
ソリッドプーリーは泥詰まりや小枝の挟み込みリスクを低減する。素材選択においては、軽量性と堅牢性、そしてダメージを受けた際の見た目の問題を考慮した現実的な判断がなされている。特に樹脂パーツの採用は、擦り傷が目立ちにくく、交換も比較的容易であるため、実用上のメリットが大きい。
ケージ長と対応スプロケット
RD-M9250には2種類のケージ長が存在する。
GS(ミディアムケージ)は9-45Tカセットスプロケット (CS-M9200-12のコンパクトオプション) に対応し、より大きなグラウンドクリアランスを確保する。SGS(ロングケージ)は、よりワイドレンジな10-51Tカセットスプロケット (CS-M9200-12の標準オプション) に対応する。
GSケージと9-45Tカセットの組み合わせは、SGSと10-51Tの組み合わせと比較して、ディレイラー地上高が約23mm向上し、システム全体で約70-78gの軽量化が可能とされている。
9-45TカセットとGSケージの組み合わせは、特にグラウンドクリアランスが重視されるエンデューロや、軽量化が求められるXCレースにおいて魅力的な選択肢となる。
ギアレンジは500%と、10-51Tの510%と比較してわずかな差であり、多くのライダーにとって許容範囲だろう。シマノが9Tトップを採用してきたことは、コンポーネント全体のコンパクト化と軽量化への明確な意志表示と解釈できる。
この選択肢の提供は、シマノが画一的な解決策ではなく、ライディングスタイルや優先順位に基づいた具体的な選択肢を提供していることを示している。
表1:RD-M9250 仕様一覧
モデル | ケージ長 | 対応カセット | 最大ロースプロケット | 最小トップスプロケット | 公称重量 (RD単体) | 実測重量 (RD + バッテリー) | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
RD-M9250-GS | GS (ミディアム) | CS-M9200-12 (9-45T) | 45T | 9T | 389g | 412 g | 高グラウンドクリアランス |
RD-M9250-SGS | SGS (ロング) | CS-M9200-12 (10-51T) | 51T | 10T | 391 g | 416 g | ワイドレンジ対応 |
定格容量: 305mAh 9 / 航続距離目安: 約338-340 km |
RD-M9260-11L / RD-M9260-12:E-MTB専用設計
RD-M9260は、E-MTB(電動アシストマウンテンバイク)の特有の要求に応えるために設計された有線接続のリアディレイラーだ。
E-bikeのメインバッテリーから直接電力を供給されるため、ディレイラー個別のバッテリー充電は不要となる。RD-M9250と同様の堅牢な構造とSHIMANO SHADOW ESデザイン、自動衝撃回復機能を受け継いでいる。
主要技術:ダイレクトワイヤード、AUTO SHIFT / FREE SHIFT
RD-M9260の最大の特徴は、E-bikeシステムとの連携機能である。シマノのE-MTBシステム(STEPSなど)と組み合わせることで、「AUTO SHIFT(オートシフト)」および「FREE SHIFT(フリーシフト)」機能を利用できる。
AUTO SHIFTは、ペダリング中にケイデンスやトルク、速度を検知し、最適なギアへ自動的に変速するインテリジェント機能だ。FREE SHIFTは、ペダリングを停止した惰性走行中や下り坂でも変速操作を可能にし、トレイルの状況変化に即座に対応できる。
E-MTBにおけるこれらの自動・半自動変速機能は、ライダーの操作負荷を軽減し、よりライディングに集中できる環境を提供する。特にFREE SHIFTは、コーナー出口や急な登り返しなど、ペダリングを再開する直前に適切なギアを選択できるため、スムーズな加速と効率的なパワー伝達に貢献する。
これらの機能は、E-MTB特有の高トルク下での変速精度や耐久性との両立が重要であり、シマノがモーターとドライブトレイン双方のコンポーネントを制御することで、この点で優位性を持つことを示している。
構造と耐久性、対応ドライブトレイン
RD-M9260は、12速のHYPERGLIDE+に対応するRD-M9260-12と、より耐久性を重視した11速のLINKGLIDEドライブトレインに対応するRD-M9260-11Lの2種類が用意される。
LINKGLIDEは、E-MTBの高負荷に耐えうるよう設計された高耐久コンポーネント群であり、RD-M9260-11Lとの組み合わせは、特に長寿命を求めるユーザーに適している。両モデルともロングケージ(SGS)のみの設定となる。
E-MTB向けにHYPERGLIDE+とLINKGLIDEの選択肢を設けた点は、シマノのユーザーニーズへの配慮を示す。HYPERGLIDE+は変速性能と軽快さを、LINKGLIDEは圧倒的な耐久性を提供する。特にLINKGLIDEは、メンテナンス頻度を抑えたいユーザーや、ハードな使用が想定される場合にメリットが大きい。
RD-M9260がSGSケージのみである点は、E-MTBではワイドレンジカセットが標準的であること、また、LINKGLIDEカセットのギア構成を反映していると考えられる。
表2:RD-M9260 仕様一覧
モデル | 対応ドライブトレイン | リアスピード | ケージ長 | 最大ロースプロケット | トータルキャパシティ | 公称重量 | 主な特徴 |
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RD-M9260-12 | HYPERGLIDE+ | 12速 | SGS (ロング) | 51T | – | 372 g | AUTO SHIFT, FREE SHIFT, E-bikeバッテリー直結 |
RD-M9260-11L | LINKGLIDE, HG 11-speed | 11速 | SGS (ロング) | 50T | 39T | 372 g | AUTO SHIFT, FREE SHIFT, E-bikeバッテリー直結, 高耐久 |
スプロケット CS-M9200-12:HYPERGLIDE+の真髄
CS-M9200-12カセットスプロケットは、シマノが誇るHYPERGLIDE+テクノロジーの最新進化形である。
HYPERGLIDE+は、特殊な歯先形状とシフトランプにより、ペダルにトルクがかかった状態(高負荷時)でもスムーズかつ迅速なアップシフトおよびダウンシフトを可能にする技術として知られている。
M9200では、この歯先形状がさらに最適化され、変速の滑らかさ、スピード、そして耐久性を維持しつつ、特に高負荷下でのシフトパフォーマンスが向上した。
歯先形状と高負荷時変速効率の進化
CS-M9200の新しい歯先形状は、チェーンがスプロケット間を移動する際のエンゲージメントとディスエンゲージメントをより精密にコントロールする。これにより、ライダーが強くペダルを踏み込んでいる最中でも、チェーンは素早く確実に次のギアに移動し、パワーロスや不快なショックを最小限に抑える。
この「スムーズな変速」は、テクニカルな登りや、レース中の急な加速局面で大きなアドバンテージとなる。HYPERGLIDE+の「高負荷時でも変速可能」という特性は、特に競技志向のライダーや、パワーのあるE-MTBライダーにとって極めて重要である。
M9200でのさらなる進化は、競合製品に対するシマノの回答とも言える。カセットの「高負荷時のシフト性能向上」という主張は、Di2ディレイラーの能力をより良く受け止め、迅速かつ強力なシフトにもかかわらず耐久性と滑らかさを目指すことを意図しているのかもしれない。
ギア構成(10-51T / 9-45T)と素材構成
CS-M9200-12は、2種類のギア構成で提供される。標準的な10-51T (10-12-14-16-18-21-24-28-33-39-45-51T) は510%のギアレンジを誇り、幅広い地形で汎用性の高いパフォーマンスを発揮する。
一方、コンパクトな9-45T (9-11-13-15-17-19-21-24-28-33-39-45T) は500%のギアレンジを持ち、RD-M9250-GS(ミディアムケージ)リアディレイラーと組み合わせることで、軽量化とグラウンドクリアランス向上に貢献する。
素材構成は、重量と耐久性のバランスを最適化するため、スチール、チタン、アルミニウムが戦略的に使用されている。具体的には、10-51Tではロー側3枚がアルミニウム、続く4枚がチタン、トップ側5枚がスチール。
9-45Tではロー側2枚がアルミニウム、続く5枚がチタン、トップ側5枚がスチールとなる。スパイダーアームはアルミニウム製である。素材のハイブリッド構成はXTRカセットの伝統であるが、M9200ではその配分や細部の設計に手が加えられている。
これは耐久性向上と軽量化の両立をさらに推し進める狙いだろう。
特に、摩耗しやすいアルミ製ローギアの耐久性向上はユーザーにとって実質的なメリットとなる。9Tトップの採用は、より小さなチェーンリングの使用を可能にし、さらなる軽量化やチェーンリングの保護にも繋がるが、一方でチェーンの摩耗速度や駆動効率への影響も考慮する必要がある。
MICRO SPLINE フリーハブ
CS-M9200-12は、引き続きシマノ独自のMICRO SPLINEフリーハブ規格に対応する。これにより、10Tや9Tといった小径トップギアの使用が可能となっている。9-45Tカセットの取り付けには、9Tコグと一体化した専用ロックリング工具(TL-LR021)が必要となる。
MICRO SPLINEの継続採用は、既存ユーザーのハブ互換性を維持する点で評価できる。ただし、9-45Tカセットの専用ロックリング工具は、ショップやユーザーにとって新たな工具投資を意味する可能性がある。この点が普及のハードルとならないか注視が必要だ。
表3:CS-M9200-12 仕様一覧
モデル | ギア構成 | ギアレンジ | 素材構成 (ロー側から) | 公称重量 | 実測重量 | フリーハブ | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
CS-M9200-12 | 10-12-14-16-18-21-24-28-33-39-45-51T | 510% | Al x3, Ti x4, Steel x5 | 369 g | 367 g | MICRO SPLINE | 標準レンジ |
CS-M9200-12 | 9-11-13-15-17-19-21-24-28-33-39-45T | 500% | Al x2, Ti x5, Steel x5 | 327 g | 322 g | MICRO SPLINE | コンパクト、軽量、専用ロックリング工具(TL-LR021)要 |
クランクセット:剛性と軽量性の調和
XTR M9200シリーズのクランクセットは、エンデューロ向けのFC-M9220とクロスカントリー(XC)向けのFC-M9200の2種類が用意され、いずれもシマノ独自のHOLLOWTECH IIテクノロジーを採用している。
HOLLOWTECH IIは、中空鍛造アルミニウムクランクアームにより、軽量性と高剛性、強度を高次元でバランスさせる技術である 。M9200シリーズでは、この実績ある技術を基盤としつつ、各用途に最適化されたスピンドル設計やQファクターが採用されている。
FC-M9220:エンデューロを制する高剛性設計
FC-M9220は、エンデューロレースの過酷な要求に応えるべく、XTR史上最も堅牢なクランクセットとして開発された。エンデューロライディング特有の大きな衝撃や高負荷に耐えうる設計が施されている。
HOLLOWTECH II構造とエンデューロ専用スピンドル
中空鍛造アルミニウム製のクランクアームは、HOLLOWTECH IIテクノロジーにより最適化された剛性と重量バランスを持つ。特筆すべきは、エンデューロ特有の大きな衝撃や高負荷に耐えるために採用された、より太く強化されたスチール製スピンドル(アクスルシャフト)だ。
これにより、大入力時のパワー伝達効率と、着地やヒット時の耐久性が大幅に向上しているとシマノは主張する。クランクアームの固定方法は、従来の自己拡縮ボルトとプリロードカラーの組み合わせから、M9100世代以前の2本のピンチボルトで固定する方式に戻った。
エンデューロ用クランクにおいて最も重要な要素の一つは、繰り返される衝撃やねじれに対する剛性と耐久性である。FC-M9220が「XTR史上最も堅牢」と謳われる背景には、この強化スピンドルの存在が大きい。
スピンドル径は24mmを維持しつつ、肉厚を増すことで対応していると考えられる。ピンチボルトへの回帰は、一部のユーザーやメカニックからは作業性の観点で歓迎されるかもしれない。
Qファクター、チェーンライン、素材、クランク長
FC-M9220のQファクターは176mm、チェーンラインは55mmに設定されている。素材は前述の通りアルミニウム。クランク長は160mm、165mm、170mm、175mmの4種類が用意される。
Qファクター176mmは、エンデューロバイクのワイドなリアエンドやタイヤクリアランスに対応しつつ、多くのライダーにとって馴染みのあるスタンス幅を提供する標準的な値と言える。
チェーンライン55mmは、Boost規格(リアOLD 148mm)フレームとの最適化を意味し、M9200シリーズ全体で統一されている。160mmという短いクランク長の選択肢は、ペダルヒットのリスクを軽減したいライダーや、より高いケイデンスを好むライダーにとって有益である。
シマノは、エンデューロセグメントにおける進化するライダーの好みとバイクジオメトリに対応しており、特に短いクランクオプションでその姿勢を示している。
FC-M9200:XCレースのための軽量化追求
FC-M9200は、クロスカントリーレースでの勝利を目指すライダーのために、軽量性と剛性の最適なバランスを追求したモデルである。
HOLLOWTECH II構造とXC専用スピンドル
FC-M9220と同様にHOLLOWTECH II技術による中空鍛造アルミニウムクランクアームを採用しつつ、XC用途に最適化された軽量スピンドルを搭載する。このXC専用スピンドルは、エンデューロ用と比較して軽量化を優先しつつも、XCレースに必要な十分な剛性と強度を確保している。
FC-M9200は、ペダリング効率を最大化し、登坂性能や加速性能の向上に貢献することを目指している。シマノは、FC-M9200が「剛性と軽量性のバランスを最適化し、XCライドなどの用途に理想的」であると述べている。この最適化は、ライダーのパワーを無駄なく推進力に変換するために不可欠だ。
Qファクター、チェーンライン、素材、クランク長
FC-M9200のQファクターは168mmと、FC-M9220よりも8mm狭く設定されている。これは、よりエアロダイナミックなフォームや、ペダリング効率を重視するXCライダーの要求に応えるためである。
チェーンラインはFC-M9220と同じく55mm。素材はアルミニウム。クランク長は165mm、170mm、175mmの3種類がラインナップされる。Qファクター168mmは、特に競技志向のXCライダーにとって、パワー伝達効率と空力性能の向上に繋がる可能性がある。
選択肢から160mmが外れている点は、XCレースでは極端に短いクランク長の需要がエンデューロほど高くないという判断かもしれない。
表4:FC-M9220 / FC-M9200 仕様一覧
モデル | 用途 | Qファクター | チェーンライン | スピンドル | クランク長 (mm) | 公称重量 (アームのみ) | 実測重量 (170mmアーム + 32Tチェーンリング) | 素材 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
FC-M9220 | エンデューロ/トレイル | 176 mm | 55 mm | エンデューロ専用強化スチール |
160, 165, 170, 175 |
– | 530 g | アルミニウム (HOLLOWTECH II) |
FC-M9200 | クロスカントリー | 168 mm | 55 mm | XC専用軽量 | 165, 170, 175 26 | – | 733 g | アルミニウム (HOLLOWTECH II) |
ブレーキレバー:エルゴノミクスとコントロール性の革新
XTR M9200シリーズのブレーキレバーは、ライダーの手の自然な動きに追従し、より直感的で確実なコントロールを実現するために、エルゴノミクスが大幅に改良された。エンデューロ/トレイル向けのBL-M9220と、XC向けのBL-M9200がラインナップされる。
BL-M9220:エンデューロ/トレイル向け次世代コントロール
BL-M9220ブレーキレバーは、テクニカルなセクションや高速ダウンヒルでの絶対的なコントロールを目指し、人間工学に基づいた設計が施されている。
ERGO FLOWテクノロジーと進化したSERVO WAVE
「ERGO FLOW」テクノロジーの採用により、レバーのピボットポイントがハンドルバーに5mm近づけられ、さらにレバーブレードには約5度の上向きスイープが与えられた。
これにより、ブレーキング時の指の自然な軌道にレバーが追従し、特に下り坂でのアグレッシブなライディングポジションにおいて、ライダーの手とレバーの一体感を高め、コントロール性を向上させる。
また、シマノ独自の「SERVO WAVE」機構も最適化され、少ないレバーストロークで強力な制動力を発揮しつつ、コントロール性に優れたプログレッシブなパワーデリバリーを実現する。このレバーデザインの変更は、長時間のブレーキングにおける手の疲労軽減にも貢献すると考えられる。
新低粘度ミネラルオイルと素材・調整機能
M9200シリーズブレーキシステム全体で採用されている新しい低粘度ミネラルオイルは、BL-M9220においても、様々な温度条件下で安定した制動力と一貫したレバーフィールを提供する。
レバーブレードは耐久性の高いアルミニウム合金製で、シマノの実績ある鍛造プロセスによって製造されている。ツールレスリーチアジャスト機能も搭載され、グローブをしたままでも容易にレバー位置の微調整が可能である。
また、I-SPEC EV対応により、シフターとの一体化によるコックピット周りの最適化も可能だ。
BL-M9200:XCレース用軽量設計
BL-M9200は、クロスカントリーレースにおける軽量性と応答性を最優先に設計されたブレーキレバーである。
ERGO FLOWと軽量構造
BL-M9220と同様に「ERGO FLOW」テクノロジーが採用され、自然な指の動きに合わせたレバー操作が可能となっている。
しかし、BL-M9200の最大の特徴はその軽量性にある。レバーブレードにはカーボンファイバーが、マスターシリンダーボディにはマグネシウム合金が使用され、徹底的な軽量化が図られている。
これにより、バイク全体の軽量化に貢献し、登坂性能や加速性能の向上を目指すXCレーサーにとって大きなメリットとなる。
新低粘度ミネラルオイルと最適化された制動力
新しい低粘度ミネラルオイルは、BL-M9200においても安定した制動性能を発揮する。XC用途に最適化された2ピストンキャリパー(BR-M9200)との組み合わせにより、軽量でありながらもレースで必要とされる十分な制動力とコントロール性を提供する。
BL-M9200はSERVO WAVE機構を持たないシンプルな構造で、よりダイレクトなブレーキフィールを好むライダーに適している可能性がある。
表5:BL-M9220 / BL-M9200 仕様一覧
モデル | 用途 | 主要テクノロジー | レバー素材 | マスターシリンダー素材 | 調整機能 | 対応オイル | 公称重量 (片側) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
BL-M9220 | エンデューロ/トレイル | ERGO FLOW, SERVO WAVE, I-SPEC EV | アルミニウム合金 | アルミニウム | ツールレスリーチアジャスト, フリーストロークアジャスト | シマノ低粘度ミネラルオイル | 112 g |
BL-M9200 | クロスカントリー | ERGO FLOW, I-SPEC EV | カーボン | マグネシウム | ツール式リーチアジャスト | シマノ低粘度ミネラルオイル | 65 kg |
ブレーキキャリパー:制動力と安定性の再定義
XTR M9200シリーズのブレーキキャリパーは、新しい低粘度ミネラルオイルと改良されたシール構造により、あらゆる温度域で一貫したピストンリターン速度と安定したバイトポイント(ブレーキが効き始める点)を実現することを目指している。
エンデューロ向けの4ピストンキャリパーBR-M9220と、XC向けの2ピストンキャリパーBR-M9200が用意される。
BR-M9220:4ピストンによる絶対的制動力
BR-M9220は、M9200ファミリーの中で最も強力な制動力を発揮する4ピストンキャリパーであり、エンデューロやオールマウンテンライディングにおける究極のパワー、一貫性、コントロールを提供する。
4ピストン設計と最適化された剛性
対向4ピストン設計(デュアルディアメーター)は、強力なストッピングパワーと優れたモジュレーション(制動力の調整しやすさ)を両立する。
キャリパーボディはワンピース構造を採用し、剛性を最適化しつつ軽量化も図られている 。これにより、ハードなブレーキング時でもキャリパーのたわみを抑え、安定した制動性能を維持する。この剛性の高さは、特に長い下りやテクニカルなセクションでの信頼性に直結する。
新ミネラルオイル対応シールとパッドテクノロジー
新しい低粘度ミネラルオイルの性能を最大限に引き出すため、ピストンシールも改良され、あらゆる温度やトレイルコンディションで信頼性の高いバイトポイントを確保する。
また、ブレーキパッドの取り付け方法や形状も見直され、振動によるラトルノイズ(カタカタ音)が解消されている。フィン付きメタルパッドとの組み合わせで、優れた放熱性と耐フェード性能を発揮する。
BR-M9200:2ピストンによる軽量性と応答性
BR-M9200は、ワールドカップXCサーキットのような軽量性が最優先されるシーンで、最適なパフォーマンスを発揮するよう設計された2ピストンキャリパーである。
2ピストン設計と軽量化
対向2ピストン設計は、XCレースに必要な十分な制動力を確保しつつ、システム全体の軽量化に大きく貢献する。キャリパーボディの素材にはマグネシウムが使用されることもあり、さらなる軽量化が追求されている。
この軽量性は、バイクのハンドリングの軽快さや登坂性能の向上に繋がり、コンマ1秒を争うレースにおいてアドバンテージとなる。
新ミネラルオイル対応と耐熱性ピストン
BR-M9220と同様に、新しい低粘度ミネラルオイルと改良されたシールにより、安定したブレーキ性能を提供する。
ピストンには耐熱性に優れた樹脂素材が採用され、長時間のブレーキングによる熱ダレを抑制し、安定した制動力を維持する。XCレースでは、テクニカルな下りでの確実な制動力と、繰り返されるブレーキングに対する信頼性が求められるが、BR-M9200はこれらの要求に応える設計となっている。
表6:BR-M9220 / BR-M9200 仕様一覧
モデル | 用途 | ピストン数 | キャリパー素材 | ピストン素材 | 対応オイル | 主な特徴 |
---|---|---|---|---|---|---|
BR-M9220 | エンデューロ/トレイル | 4ピストン | アルミニウム (ワンピース) | セラミック | シマノ低粘度ミネラルオイル | 高出力, 高剛性, アンチラトルパッド |
BR-M9200 | クロスカントリー | 2ピストン | マグネシウム / アルミニウム | 樹脂 (耐熱性) | シマノ低粘度ミネラルオイル | 軽量, 高応答性 |
対M9100シリーズ
M9200シリーズの最大の進化点は、やはりフルワイヤレス電動変速の導入である。
これにより、ケーブル取り回しの制約から解放され、クリーンなバイクアピアランスとセットアップの自由度が向上した。変速性能においては、Di2化により、M9100メカニカルよりも高速かつ正確なシフトが可能になっている。
特に高負荷時のシフト品質や、過酷な状況下での一貫性は電子制御の恩恵が大きい。ブレーキシステムは、M9100で一部ユーザーから指摘のあったバイトポイントの不安定さが、M9200では新しいオイルと設計により大幅に改善され、より信頼性の高いものへと進化した 。
クランクセットは、M9100の基本設計を踏襲しつつ、エンデューロ用とXC用でスピンドル設計を明確に差別化し、それぞれの用途に最適化されている。一方で、M9200 Di2リアディレイラーはM9100メカニカルよりも重量が増加しているが、ケーブル類がなくなるため、システム全体での重量差は僅少である。
対SRAM Eagle AXS Transmission
M9200 Di2は、SRAM Eagle AXS Transmissionの強力なライバルとして登場した。
変速スピードに関しては、M9200 Di2がTransmissionよりも速いようだ。特に連続シフト時の速度差は顕著だ。シフターのエルゴノミクスについては、M9200のパドル式シフターが従来の機械式に近いフィーリングで、SRAMのPODコントローラーよりも自然で操作しやすいと感じるかもしれない。
ディレイラーの取り付け方法については、M9200が従来のディレイラーハンガー方式を継続するのに対し、Transmissionはフレームダイレクトマウント方式を採用している。ハンガー方式はフレーム適合性が広く、ハンガーが破損することでフレームやディレイラー本体を保護する役割も期待できるが、剛性面ではダイレクトマウントに劣る可能性がある。
Transmissionは、その堅牢な取り付け構造により、衝撃に対する絶対的な強度や変速の安定性で有利とされる場面もある。一方で、M9200のSHADOW ESデザインと自動衝撃回復機能は、衝撃を「受け流す」思想であり、よりコンパクトな設計を可能にしている。
バッテリー寿命に関しては、M9200 Di2がTransmissionよりも若干優れている可能性が示唆されている。また、M9200は既存のシマノ12速メカニカルコンポーネント(チェーン、カセット)との互換性が高く、アップグレードパスが広い点も特徴である。
XTR M9200シリーズのメリット・デメリット
シマノXTR M9200シリーズは、多くの技術革新と改良が施された一方で、いくつかの考慮すべき点も存在する。以下にその主要なメリットとデメリットをまとめる。
- メリット
- 卓越した変速性能:ワイヤレスDi2による極めて高速かつ正確なシフティング。特にシフターの多段階クリックやホールドによる連続シフト。
- 向上した堅牢性と信頼性:SHADOW ESデザインと自動衝撃回復機能により、ディレイラーの耐衝撃性が大幅に向上。新しいデュアルスプリングスタビライザーはメンテナンスフリーで高いチェーン保持力を提供。
- 進化したブレーキシステム:新しい低粘度ミネラルオイルと改良されたレバー・キャリパー設計により、一貫したバイトポイントと強力かつコントローラブルな制動力を実現。ERGO FLOWレバーはエルゴノミクスに優れる。
- 幅広い選択肢とカスタマイズ性:XC用とエンデューロ/トレイル用で最適化されたコンポーネント群(クランク、ブレーキ、リアディレイラーケージ長、カセットギア構成)。E-Tubeアプリによる詳細なシフト設定カスタマイズ。
- E-MTBへの高度な対応:RD-M9260によるAUTO SHIFT/FREE SHIFT機能、LINKGLIDEによる高耐久ドライブトレインの選択肢 。
- 既存システムとの一部互換性:M9100系のチェーンやカセットとの互換性が一部維持されており、アップグレードパスが存在する。
- デメリット
- 高価格帯:XTRグレードの常ではあるが、特にDi2コンポーネントは非常に高価であり、多くのライダーにとって導入のハードルが高い。
- 最速シフト設定時の懸念:リアディレイラーの最速シフト設定では、変速品質の低下、作動音の増大、ドライブトレインへの高負荷による早期摩耗の可能性がある。
- 新規格と専用部品:新しい低粘度ミネラルオイルは旧システムと互換性がなく、9-45Tカセットには専用工具が必要。
- 重量:Di2リアディレイラーはメカニカル版より重いが、システム全体ではケーブル除去により相殺される部分もある。しかし、絶対的な軽量性を追求するユーザーには気になる点かもしれない。
- ディレイラーハンガー方式の継続:フレームダイレクトマウント方式と比較して、剛性面での潜在的な不利や、ハンガーの精度管理の重要性が残る。ただし、これはフレーム互換性の広さというメリットの裏返しでもある。
まとめ
発表されたシマノXTR M9200シリーズは、7年ぶりのフルモデルチェンジに相応しい、野心的な進化を遂げたフラッグシップコンポーネント群だ。
最大の注目点は、MTBコンポーネントとしてはシマノ初となる完全ワイヤレスDi2電動変速システムの導入であり、これにより変速性能は新たな次元に到達した。電光石火のシフトスピードと、あらゆる状況下でライダーの意図を正確に反映する応答性は、特に競技シーンにおいて大きなアドバンテージとなるだろう。
堅牢性の追求もM9200の重要なテーマであり、SHADOW ESデザインや自動衝撃回復機能、新開発のデュアルスプリングスタビライザーといった革新的な技術がリアディレイラーに投入された。
これにより、過酷なトレイルライディングにおける信頼性が大幅に向上している。ブレーキシステムも、新しい低粘度ミネラルオイルの採用と人間工学に基づいたレバー設計により、コントロール性と一貫性において大きな飛躍を遂げた。
特に、長年の課題であったバイトポイントの不安定さが解消された点は高く評価できる。
XCとエンデューロ/トレイルという異なるライディングスタイルに対応するため、クランクセットやブレーキ、カセットに至るまで専用設計のコンポーネントが用意されたことも、ユーザーの多様なニーズに応えるシマノの姿勢を示している。
E-MTBへの対応も強化され、AUTO SHIFTやFREE SHIFTといったインテリジェントな機能は、E-MTBライディングの可能性をさらに広げるだろう。
一方で、非常に高価であること、最速シフト設定時のドライブトレインへの負荷、新規格オイルの非互換性といった点は、ユーザーが留意すべき事項である。しかし、これらの点を差し引いても、XTR M9200シリーズが提供する圧倒的なパフォーマンスと革新性は、マウンテンバイクコンポーネントの新たなベンチマークを打ち立てたと言えるだろう。
MTB機材から始まるシマノ将来展望
XTR M9200シリーズで示された技術的方向性は、今後のシマノMTBコンポーネント全体の進化を示唆している。
完全ワイヤレスDi2テクノロジーは、将来的にはXTやSLXといった下位グレードにも展開される可能性が高い。これにより、より多くのライダーが電動変速の恩恵を受けられるようになるだろう。
また、E-MTBにおけるAUTO SHIFTやFREE SHIFTのようなインテリジェント機能は、AI技術の進化と共にさらに洗練され、より直感的でストレスフリーなライディング体験を提供することが期待される。現に、シティサイクルではシマノからAi技術の発表があった。
堅牢性に関する技術、特に自動衝撃回復機能やメンテナンスフリーのスタビライザーは、あらゆるグレードのコンポーネントにおいて重要な要素となるだろう。
素材科学の進歩と組み合わせることで、さらなる軽量化と高耐久性を両立した製品が登場するかもしれない。ブレーキシステムにおける低粘度ミネラルオイルの採用は、シマノの油圧ディスクブレーキ全体のスタンダードとなる可能性があり、これにより全ラインナップでブレーキ性能の一貫性が向上することが期待される。
XTR M9200は、単なるフラッグシップモデルの更新に留まらず、シマノが描く次世代マウンテンバイクコンポーネントの未来像を提示したと言えるだろう。その影響は、今後数年間の製品開発に大きな影響を与え続けるに違いない。