「走るホイール」の正体:物理学、感性、そしてプラシーボの交差点

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自転車業界において、「走るホイール」という言葉ほど魅力的でありながら、その実体が掴みどころのない概念は存在しない。

サイクリスト、そして業界のマーケッターたちが口にする「走る」という表現は、単なる物理的な速度だけを指しているだけではないようだ。

それは、ペダルを踏み込んだ瞬間の反応性、巡航時の維持のしやすさ、コーナリングでの安心感、そしてライダーの鼓動を高めるサウンドや視覚的要素までを含んだ、複合的な体験の総称なのだろう。

多くのサイクリストは、機材に対して「魔法」を求めている。ペダルをひと踏みしただけで、まるで背中を押されたかのような推進力を得たいと願っているのだ。

しかし、そんな夢のような機材は存在しない。

「走るホイールとは何か」という問いに対する回答は、物理学的なのか、ライダーの深層心理に迫る心理学なのか、それとも―――。

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物理学の「聖三位一体」とその崩壊

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自転車のホイールが前進する際に直面する物理的な壁は、大きく分けて三つ存在する。空気抵抗(エアロダイナミクス)、重力(重量)、そして転がり抵抗(フリクション)である。長きにわたり、これらはトレードオフの関係にあると考えられてきた。

しかし、現代の「走るホイール」の定義は、これらの要素が複雑に絡み合ったシステム全体の効率性へとシフトしている。

空気抵抗 vs 重量: 永遠のトレードオフと「ティッピング・ポイント」

【なぜ?】タイヤ空気圧を上げ過ぎると、転がり抵抗が増す【実験結果あり】
はじめに結論は「空気圧を上げすぎると抵抗が増してしまう」という事実だ。それ以上、それ以下でもない。今回のタイヤ空気圧に関する記事が、どのように迎え入れられるかは正直わからない。何年か前に当ブログで紹介した「転がり抵抗を比較 23Cと25Cのタイヤは違うのか?」にも登場したローリングレジスタンスという考え方に、プラスアルファして「ローリングインピーダンス」という考え方が登場する。少々難解ではあるが、...

長きにわたり、サイクリストたちは「軽さは正義」というドグマに支配されてきた。特にヒルクライムにおいて、回転体重量(リムやタイヤなど、ハブから遠い部分の重量)の削減は、加速性能と登坂能力の向上に直結すると信じられてきた。

物理学的に見れば、重力に逆らって物体を移動させる際、軽量なホイールが有利であることは疑いようのない事実である。軽量なホイールは慣性モーメントが小さく、ペダルを踏み込んだ瞬間の「回転上昇」が速い。

この軽快な加速感は、ライダーに「このホイールは走る」という強烈な印象を与える。

しかし、近年の計算流体力学(CFD)の進化と風洞実験の蓄積は、この常識に修正を迫っている。多くのシナリオにおいて、空気抵抗(エアロダイナミクス)の削減は、軽量化によるメリットを凌駕するからだ。

ティッピング・ポイント(分岐点)の特定

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「重さ」と「エアロ」のどちらを優先すべきかという問いに対し、現代の研究は明確な分岐点を示唆している。一般的に、プロライダーのような高出力(ハイパワー)で走行する場合、その速度域が高いため、空気抵抗の影響が支配的となる。

彼らにとって、エアロダイナミクスの恩恵が重量のデメリットを上回る勾配の分岐点は約7.5%~8%であるとされる。つまり、これ以下の勾配であれば、多少重くてもエアロ性能に優れたディープリムホイールの方が、タイム上は「速い」ことになる。

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一方で、アマチュアライダーの場合、平均速度が低いため、空気抵抗の影響は相対的に小さくなる。しかし、それでも分岐点は約4.5%~5%の勾配に存在すると分析されている。

これは、激坂を含むコースでない限り、多くのサイクリングシーンにおいて、エアロダイナミクスが重量よりも重要であることを意味している。Wheelscienceのレポートによれば、70kgのライダーが200ワットで出力する場合、勾配が4.5%に達するまではエアロホイールの方が有利であるという結果が出ている。

慣性モーメントと加速の錯覚

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ここで重要なのは、「速さ」と「速く感じる」ことの乖離である。

軽量なホイールは加速が良いが、巡航速度に達した後の維持(速度維持性)においては、ある程度の質量を持ち、エアロダイナミクスに優れたホイールの方が、フライホイール効果と低い抗力係数(CdA)により、少ないワット数で速度を維持できる。

「走るホイール」の第一のパラドックスはここにある。

「漕ぎ出しの軽さ(フィーリング)」は必ずしも「到達時間の短縮(実測タイム)」を保証しないのである。しかし、人間は「変化」に敏感な生き物であるため、定常走行時の数ワットの節約よりも、加速時の軽快さを強く知覚してしまう傾向がある。

これが、軽量ホイールが依然として市場で高い人気を誇る理由の一つであると言えるだろう。

富士ヒルなど、ハイスピードでレースが展開される場合、軽量ホイールよりも空力性能に優れたエアロホイールを用いたほうが速い。とはいえ、レース直前の1gを削るライダーには、そう簡単に聞き入れてもらえないのだが。

「ホイールが軽ければ速い」は本当か?ロードバイクの神話を解体する
「ホイールが軽ければ速い」は本当か?回転重量と静的重量の物理学を計算式で解明。空力、実走データ、ライダーの体感を横断的に分析し、性能向上の真実を専門家、エンジニア向けに詳述する。

リム形状の進化: トロイダルからUシェイプへ

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かつてエアロホイールといえば、鋭利なV字型のリム断面が主流であった。しかし、現代の「走るホイール」は、より丸みを帯びたUシェイプやトロイダル形状を採用している。これは単なる流行ではない。

横風安定性と「セーリング効果」

Vシェイプは正面からの風には強いが、横風を受けた際に気流が剥離しやすく、ハンドリングが不安定になる欠点があった。

対して、トロイダル形状や最新のUシェイプ(例:Zipp NSW、ENVE SES、ROVAL RAPIDE)は、横風を受けた際にも気流をリム表面に沿わせ続け、剥離を遅らせることができる。

これにより、二つのメリットが生まれる。

  • スタビリティ(安定性): 横風でハンドルを取られにくいため、ライダーはエアロポジションを維持しやすくなる。結果としてシステム全体の空気抵抗が下がる。特に体重の軽いライダー(68kg以下など)にとって、ディープリムにおける横風安定性は死活問題である。
  • セーリング効果: 特定のヨー角(風向き)において、ホイールが帆船の帆のような役割を果たし、推力を生み出す現象が発生する。

ENVEやZIPPなどのトップブランドは、タイヤとリムの境界における気流の乱れを最小限に抑えるため、タイヤ幅に合わせてリム幅を最適化する「システム設計」を推進している。

タイヤよりもリムがわずかに広い状態が、空気抵抗削減において理想的とされる「105%ルール」などがその一例である。かつての「ナローリムに細いタイヤ」という常識は、「ワイドリムに最適な幅のタイヤ」という新たな常識へと置き換わった。

リムとタイヤの段差をなくすことで、空気の剥離を防ぎ、ドラッグを低減させるのである。

特性 Vシェイプ(旧来型) Uシェイプ/トロイダル(現代型)
正面空気抵抗 優秀 優秀
横風耐性 弱い(ハンドルを取られやすい) 強い(気流が剥離しにくい)
剛性バランス 縦剛性が過剰になりがち バランスが取りやすい
タイヤ適合 ナロータイヤ向け ワイドタイヤに最適化

転がり抵抗とインピーダンス: 「硬い=速い」の終焉

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「走るホイール」を語る上で、近年最も劇的なパラダイムシフトが起きたのが、タイヤ空気圧と路面抵抗の関係である。かつては、細いタイヤ(19mmや23mm)に高圧(8bar以上)を入れることが常識とされていた。

実験室の鉄製ドラム上でのテストでは、空気圧が高ければ高いほど、タイヤの変形によるエネルギーロス(ヒステリシスロス)が減り、転がり抵抗係数(Crr)が低下するためである。ヒステリシスロスとは、タイヤのゴムが変形し、元に戻る際にエネルギーが熱として失われる現象を指す。

インピーダンス・ロスと振動の壁

しかし、SilcaのCEOであり元ZippのエンジニアであるJosh Poertnerらの研究により、実走環境ではこの法則が当てはまらないことが証明された。路面は完全な平滑ではなく、アスファルトの粒状など無数の微細な凹凸が存在する。

高圧のタイヤはこれらの凹凸を吸収できず、バイクとライダー全体を上下に振動させる。この振動によって失われるエネルギーは「インピーダンス・ロス」または「サスペンション・ロス」と呼ばれる。

ある一定の空気圧(ブレークポイント)を超えると、タイヤの変形ロス減少によるメリットよりも、車体の振動によるエネルギー損失(インピーダンス)の方が大きくなり、総抵抗は急激に増大する。

このブレークポイントを超えた高圧状態では、ワット数の損失は指数関数的に増加し、例えば0.7 Bar高すぎるだけで9ワットもの損失が発生する可能性がある。

プロトンの変化:ワイドタイヤと低圧化

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つまり、「乗り心地が良い(振動を吸収している)」ことは、物理的にも「速い」ことと同義になりつつあるのだ。これは、海外の大柄で体重もあるトッププロが、幅広のタイヤ(28mm~30mm以上)と低圧(3.5~4.0bar程度)を選択している事実によっても裏付けられている。

例えばポガチャルは、28mmタイヤをわずか約3.8-4.0barで使用し、主要レースで勝利を収めている。

これは、振動がライダーの筋肉疲労を早めるという生理学的な知見とも合致する。振動は筋肉の収縮タイミングを狂わせ、エネルギー代謝を早めてしまう可能性がある。長距離を走るプロレースでは、振動をいなすホイールが、レース後半まで足を残せる「走るホイール」なのかもしれない。

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剛性の哲学と「反応性」の正体

「このホイールは硬いから走る」

「柔らかくて進まない」

サイクリストの会話において、剛性(Stiffness)は頻繁に登場するキーワードである。しかし、剛性とは単一の指標ではなく、複雑なベクトルを持った物理量である。

そして、人間の感覚器は、この物理量を「反応性」として解釈する。

剛性の種類とその役割

技術的には、ホイールの剛性は以下の三つに大別される。

  • ねじれ剛性: ハブにトルク(駆動力)がかかった際の、ハブとリムの間のねじれに対する抵抗。ペダリングの力がチェーンを通じてスプロケットを回し、ハブシェルを回転させようとする際、スポークが伸びてリムが追従するまでのタイムラグに関係する。駆動効率に直結する。
  • 横剛性: ダンシングやコーナリングで車体を傾けた際の、横方向の変形に対する抵抗。ハンドリングの切れ味や、ブレーキシューへの接触(リムブレーキの場合)に関わる。
  • 縦剛性: 路面からの突き上げに対する縦方向の変形抵抗。乗り心地(快適性)に関わる。

ラテラル剛性と「進む感覚」

一般的にライダーが「反応が良い」「進む」と感じるのは、高い横剛性とねじれ剛性を持つホイールである。

スプリント時や急勾配でのダンシングでは、バイクを左右に激しく振るため、横剛性が不足していると、リムが左右に振れて力が逃げるような感覚(パワーロス)を覚えたり、最悪の場合はブレーキパッドにリムが接触して物理的なブレーキがかかってしまう。

CADEXなどの現代的なホイールメーカーは、特にこの横剛性を重視し、パワー伝達効率の向上を謳っている。CADEXのテストデータによれば、ラテラル剛性が高いホイールほど、ライダーの入力に対するエネルギーロスが少ないとされる。

プレーニング理論: しなりは味方か?

一方で、「剛性は高ければ高いほど良い」という単純な図式に異を唱える理論も存在する。

Bicycle Quarterlyの編集長であるJan Heineが提唱する「プレーニング(Planing)」理論である。筆者も古くからこの理論を支持している。その根底には、完全剛体のLightWeightやCOSMIC CARBON ULTIMATEがどうしても「走らない」と感じており、究極の回転体のどれもが合わないのだ。

フレームとホイールの「バネ」としての機能

この理論によれば、適度なフレームやホイールの「しなり(Flex)」は、エネルギー損失ではなく、エネルギーの貯蔵と放出のサイクルとして機能する。ペダリングは円運動であり、踏み込み(ダウンストローク)で最大のトルクが発生する。

ガチガチに硬いフレームやホイールは、このピークトルクに対して「レンガの壁」のように反発し、ライダーの筋肉に過度な負荷をかける。シューズソールがレンガになっているランニングシューズをはいて走ることを想像してみてほしい。

対して、適度にしなるシステムは、ピークトルクを受け止めて一時的に変形(エネルギーを蓄積)し、ペダリングの死点(トルクが抜けるポイント)に向かってそのエネルギーを放出する。

これがライダーのリズムとシンクロした時、ボートが水面を滑走(プレーニング)するように、少ない疲労で高い出力を維持できるという。最近のVONOA Gen4系のカーボンスポークを採用したホイールがこれだ。Nepest NOVAやROVAL RAPIDE IIIが該当する。

剛性と疲労のトレードオフ

超高剛性なホイールは、短時間のクリテリウムやトラック競技、あるいは体重がありパワーのあるスプリンターには最適かもしれない。しかし、ロングライドや軽量なライダーにとっては、過剰な剛性は脚を削る(疲労を早める)要因になり得る。

「ウィップ(ムチ)のような加速」を感じさせるホイールこそが、一部のライダー、特にリズムで登るクライマーやロングライダーにとっての真の「走るホイール」と感じる場合がある。

これは、数値上の剛性データだけでは測れない、バイオメカニクス(生体工学)との相互作用の領域である。

スポークテンションとバランスの妙

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ホイールの剛性と耐久性を決定づける隠れた主役が、スポークテンションのバランスである。

よくある誤解として、「スポークテンションを極限まで上げれば、ホイールの剛性は上がる」というものがある。しかし、材料力学的には、金属のヤング率(弾性率)は張力の大小によって変化しないため、降伏点を超えない限り、テンションの高さ自体は剛性に直接影響しない。

Wheel Flexibility as a Function of Spoke Tension: sheldonbrown

重要な事なので2回書くが、「降伏点を超えない限り、テンションの高さ自体は剛性に直接影響しない。」

テンションの均一性と「死んだ」ホイール

重要なのは、テンションの絶対値よりも左右のバランスと均一性である。テンションが低すぎると、負荷がかかった際にスポークが完全に緩んでしまい(非線形領域に入り)、その瞬間に剛性が急激に低下する。

これがホイールが「腰砕け」になる現象である。

また、テンションのばらつきは、特定のスポークへの応力集中を招き、破断や振れの原因となる。熟練のホイールビルダーは、スポークのねじれを取り除き、テンションを均一化することで、長期間フレが出ず、入力に対してリニアに反応するホイールを作り上げる。

結線(ソルダリング)とスポークパターン

スポークテンションは剛性に影響しない、結線も効果なし。 ディモン・リナードのホイール論
エアロダイナミクスの話題を追いかけていると、決まって登場するのがエアロダイナミクスエンジニアのデーモン・リナード氏の名前である。リナード氏の名を知らずして、現代の「エアロロード」は語れない。リナード氏が現代のエアロロードを作り上げたと言っても過言ではないのだ。リナード氏は、元Cerveloのエアロダイナミクスエンジニアだ。リナード氏が歩んできた「エアロロード(エアロを追求してきた道のり)」は実に華...

スポークの交差部分をワイヤーで縛り、ハンダ付けする「結線(ソルダリング)」は、競輪やクラシックなホイールビルディングで見られる手法である。

これにより剛性が上がると言われるが、実際には静的な剛性よりも、スポーク同士の微細なズレを防ぐことによる「カチッとした」フィーリングの変化や、異音防止の効果が大きいとされる。

ラジアル組み(交差なし)は軽量で空力に優れるが、トルク伝達(ねじれ剛性)には不向きである。そのため、リアのドライブサイドには必ずタンジェンシャル組み(交差組み)が採用される。

現代の完組ホイールは、左右のスポークパターンや本数を変えることで、左右のテンションバランスを是正し、システムとしての剛性を最適化している。

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ハブという心臓部と回転の質

ホイールの中心で回転し続けるハブは、まさに心臓部である。ここでは「抵抗(ドラッグ)」と「エンゲージメント(掛かり)」という二つの相反する要素がせめぎ合っている。多くのライダーはハブの回転性能にこだわるが、その実態は複雑である。

エンゲージメント論争: 瞬間的な掛かり vs 巡航性能

ハブのフリーボディがホイールに動力を伝え始めるまでの「遊び」の角度をエンゲージメント角(Points of Engagement: POE)という。

Chris King(72ノッチ/RingDrive)やIndustry Nine(Hydra/690ノッチ!)などは、極めて細かいノッチ数を持ち、ペダルを踏んだ瞬間に動力が伝わる「即応性」を売りにしている。

例えばIndustry NineのHydraは0.52度ごとに噛み合うため、ペダルの遊びはほぼゼロである。これは、瞬時の加速が求められるテクニカルなMTBコースや、コーナーの立ち上がりが連続するクリテリウムにおいて、ライダーにダイレクトな接続感と安心感を与える。

ドラッグ(抵抗)とのトレードオフ

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しかし、物理的なトレードオフが存在する。接点(爪やラチェット)が増えれば増えるほど、空転時(コースティング)の接触摩擦抵抗(ドラッグ)は増大する傾向にある。爪が常にラチェットリングを擦りながら回転するため、足を止めた時の減速感が強くなる可能性がある。

DT Swissのスターラチェットシステム(特に標準の18Tやアップグレードの36T/54T)は、適度なエンゲージメント角を保ちつつ、面で接触する構造により高い耐久性と、比較的低いドラッグを実現しており、多くのプロロードレーサーが愛用している。

ロードレースにおいては、常にペダリングしている時間が長く、極端な即応性よりも回転のスムーズさと信頼性が優先される場合が多いからだ。

ブランド/モデル 特徴 エンゲージメント メリット デメリット
Industry Nine (Hydra) 超多ノッチ 690 POE (0.52°) 究極の即応性 構造が複雑、ドラッグ微増
Chris King (RingDrive) 独自リングドライブ 72 POE (5°) 高剛性、独特のサウンド 定期的なメンテが必要、高価
DT Swiss (Star Ratchet) 面接触ラチェット 18T-54T (20°-6.7°) 信頼性、低抵抗、整備性 標準(18T)は掛かりが遅い
Onyx (Sprag Clutch) スプラグクラッチ 無限 (0°) 無音、超低抵抗、即応 重い

GOKISOの哲学: 究極の回転体

GOKISOホイールインプレッション 究極の回転体の真実
GOKISOホイールに興味があるサイクリストは多いだろう。理由として国内のレースでの露出度が最近高いことも影響してきている。乗鞍ヒルクライムやツール・ド・おきなわといったビックレースでの結果と相まって、高度な技術が詰め込まれた究極のハブは、おのずと注目度も高くなってくる。ただ、GOKISOホイールに興味のあるサイクリストが気になっていることは「他のホイールとどれほど違うのか?」という事ではないだろ...

日本のGOKISOは、この「回転」に対して、航空機エンジニアリングの視点から狂気的とも言えるアプローチをとっている。彼らのハブは、路面からの衝撃がベアリングを変形させないよう、ハブ内部に弾性体サスペンション構造を持たせている。

さらに、超精密な切削加工によって真円度を高め、ベアリングの予圧を極限まで排除している。一般的なハブは、クイックリリースやスルーアクスルで締め付けると軸が圧縮され回転が渋くなることがあるが、GOKISOはその応力さえも計算して設計されている。

その結果、GOKISOホイールは、あたかも「氷の上を滑るような」感覚をもたらすと評される。重量は決して軽くはないが、転がり抵抗の極小化によって、足を止めても減速しないという、物理的かつ官能的な「速さ」を実現している。

これは、軽量化至上主義に対する強烈なアンチテーゼであり、「走るホイール」の定義が一つではないことを証明している。彼らのデータによれば、特に高負荷・高トルク時において、一般的なハブとの回転抵抗の差が顕著になるという。

Onyxの無音革命: スプラグクラッチ

一方、アメリカのOnyx Racing Productsは「スプラグクラッチ」という機構を用い、無限のエンゲージメントポイント(即時接続)と、完全な無音、そして極めて低いドラッグを両立させている。

通常のハブにある「爪がラチェットを弾く抵抗」が全くないため、空転時の減速感が皆無に近い。この「抵抗のなさ」は、ライダーに「いつまでも転がり続ける」という感覚を与え、心理的な余裕と実質的な速度維持をもたらす。

無音であることは、森の中や静かな道を走る際に、タイヤの音と風の音だけを感じられるという、他にはない没入感を提供する。

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インターフェースとしてのタイヤとリム

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ホイール単体で「走り」は完結しない。地面と接する唯一の部品であるタイヤと、それを支えるリムのインターフェースこそが、最終的な走行性能を決定づける。

チューブラー vs クリンチャー vs チューブレス: 歴史的変遷と現状

かつてプロレースの世界では、「チューブラータイヤ」が絶対的な標準であった。タイヤとチューブが一体化し、リムに糊で貼り付けるこの方式は、軽量で、リム打ちパンクに強く、しなやかな乗り心地を提供した。

特に、万が一パンクしてもタイヤがリムから外れにくく、しばらく走行できる安全性はプロにとって重要だった。しかし、取り付けの手間やパンク修理の困難さから、アマチュアには敬遠されがちであった。

その後、取り扱いが容易な「クリンチャー」が普及したが、構造上リムのサイドウォールを厚くする必要があり、重量増と耐熱性(リムブレーキの摩擦熱)の問題があった。

チューブレスの革命

現在、プロ・アマ問わず急速に普及しているのが「チューブレス(およびチューブレス・レディ)」である。シーラント剤を使用することで微細なパンクを自己修復し、インナーチューブがないためリム打ちパンクのリスクが激減する。

これにより、前述した低圧運用が可能になり、転がり抵抗とインピーダンスロスの低減を実現した。

MavicがUST(Universal System Tubeless)規格で先行し、現在はETRTO規格に基づき各社が互換性を高めている。チューブレス化は、転がり抵抗の低減、快適性の向上、グリップの向上という「走るホイール」の要件を全て満たす技術的ブレイクスルーとなった。

フックレスリムの台頭と安全性

クラス世界最速!CADEX 50 ULTRA DISC インプレッション!
CADEX 50 ULTRA DISCは、スポーク交換ができるホイールで到達しうる最高到達地点にいる。実験では、数値上、データー上、どれをとっても頭一つ抜きん出た性能だ。Lighweightに近い硬さと、走りの軽さが特徴で、50mmハイトながら60mmに負けない空力性能を備えている。剛性、重量、空力性能、価格とどの切り口で考えても競争力がある。価格は高い。しかし、いまだ据え置きであり、米国の価格は...
ポガチャルとツールを制した ENVE SES 4.5 新型 ENVEハブ インプレッション!
ポガチャルが使い、ツールドフランスを制したホイール。この、だれもが理解しやすくありふれた表現だけでは、ENVE4.5を説明するには不十分だ。ENVEの機材パフォーマンスが高いことは、EDGE時代からのホイールが証明している。最近になってポガチャルが使っているだとか、ツールを勝ったというのはENVE4.5を語る上で些末な話に過ぎない。EDGE時代からリムは優れており、ENVE以上に優れたリムを見つけ...
新型 ENVE SES 6.7ホイールインプレッション!クラス世界最速のエアロホイール!
新型ENVE SESは「現実世界で最速」を目指したホイールだ。4種類のモデルは全て前後異型リムを採用している。グラベル、ヒルクライム、ロードレース、トライアスロンとあらゆるカテゴリに対応するシリーズだ。ディスクブレーキ専用、かつフックレスでチューブレス対応になっている。また、推奨タイヤ幅はSES6.7以外は27mm以上だ。価格は50万円近いが、作り込みをみると「これぞENVE」といえる仕上がりだ。...

さらに近年、ENVEやZipp、Giantなどは「フックレス(Hookless)」リムを推進している。タイヤのビードを引っ掛ける「フック」を排除し、リムサイドを垂直にした形状である。

  • メリット: 製造プロセスが単純化され、リムを軽量かつ強固に作れる。リム幅を広げやすく、タイヤとリムの段差が減りエアロ性能が向上する。
  • デメリット: タイヤの保持力に関する懸念や、使用できるタイヤの制限(フックレス対応タイヤ必須)、空気圧の上限(5Bar以下)が厳しい。

フックレスリムは、低圧・ワイドタイヤ運用を前提とした設計であり、まさに現代の「走るホイール」のトレンドを象徴している。しかし、安全マージンやタイヤの相性については、ユーザー側にも正しい知識が求められる専門性の高い領域でもある。

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官能性能とプラシーボ効果

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物理的な性能がいかに優れていようとも、人間が「遅い」と感じれば、そのホイールは評価されない。逆に、物理的な差が僅かでも、ライダーの脳が「速い」と認識すれば、パフォーマンスは実際に向上することがある。

これが官能性能とプラシーボ効果の領域である。

音響心理学: 音は速さだ

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「走るホイール」とは、速く走るだけでなく、速く走っていると感じさせるホイールでもある。ここで音響心理学が重要な役割を果たす。音は、製品の品質や性能を判断する重要なシグナルとなる。

爆音ハブの心理効果

Chris Kingの「怒れる蜂(Angry Bee)」のような独特の高周波サウンドや、Campagnolo、ENVE、Industry Nineなどのラチェット音は、ライダーに「高性能な精密機械を使っている」という満足感を与える。

また、ラチェット音が大きいことは「強力なバネが爪を押し付けている=駆動剛性が高い=パワーを逃さない」という連想を無意識に抱かせ、ペダリングに対する信頼感を増幅させる効果がある。

逆に、静かなハブは「ステルス性」や「抵抗のなさ(フリクションレス)」を連想させ、スムーズな走りを意識させる。

一部のライダーにとって、この音は歩行者へのベル代わり(警告音)としても機能し、実用的な側面も持つ。

カーボンリムの「共鳴音」

<p.ディープリムホイールが発する「ゴォォォ」「シュコーー」という独特の風切り音。これはリム内部の空洞が共鳴箱となり、路面ノイズや気流の乱れを増幅することで発生する。

この音は、速度が上がれば上がるほど顕著になるため、ライダーに対して「自分は今、猛スピードで走っている」という聴覚的なフィードバックを与える。これがアドレナリンの分泌を促し、結果としてパフォーマンス(出力)が向上する可能性がある。

Escape CollectiveやSilcaのPoertner氏も指摘するように、この音は特定の周波数で共鳴する物理現象でありながら、サイクリストにとっては「速さのサウンドトラック」として機能し、モチベーションを高める重要な要素なのである。

「着衣認知」と高価な機材

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心理学における「着衣認知」という概念は、身につけるものが着用者の心理プロセスや能力発揮に影響を与えることを示している。

実験では、同じ白衣でも「医師のコート」と言われて着た被験者は、「画家のコート」と言われた被験者よりも注意力が向上したという結果がある。

これをサイクリングに当てはめると、「プロ仕様の高級カーボンホイール」や「ツールドフランスで勝利した機材」を装着したサイクリストは、無意識のうちに「自分は速いアスリートである」という自己認識を持ち、よりアグレッシブな走りや高い集中力を発揮する傾向になる。

「10万円のホイールより30万円のホイール」や「中華ホイールよりもアメリカやフランスのホイール」の方が「速く感じる」のは、物理的な性能差だけでなく、この心理的なブースト効果(プラシーボ)が少なからず寄与している。

機材への投資は、自分自身のモチベーションとアイデンティティへの投資でもあると言えるのではないだろうか。美しいカーボン織目、洗練されたデカールデザイン、ブランドの持つストーリー。これら全てが、ライダーを精神的に「速く」する。

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クラフトマンシップ ~手組みと完組の狭間で~

最後に、ホイールがどのように作られるか、という点に触れておきたい。「走るホイール」は、設計図だけでなく、組み立ての精度によって完成する。

手組み vs 機械組み

市場には、工場で機械によって組まれた「完組ホイール」と、職人が手作業で組んだ「手組みホイール」が存在する。

一般的に、完組ホイール(Mavic, Campagnolo, Shimanoなど)は、リム、スポーク、ハブを専用設計できるため、軽量化や剛性バランスの最適化(例:2:1スポークパターン)において有利である。

一方、手組みホイール(またはプロショップによる調整)の真価は、その精度と調整にある。機械組みのホイールは、コストダウンのためにスポークテンションの許容範囲が広い場合がある。

対して、熟練のビルダーは、スポーク一本一本のテンションを均一にし、かつ「ストレスリリーフ(馴染み出し)」を徹底的に行う。

ストレスリリーフの神話と真実

ホイールを組む際、スポークを揉んだり、体重をかけたりして「馴染み」を出す工程がある。これを「ストレスリリーフ」と呼ぶ。かつては「スポークの上に乗って踏みつける」といった荒技も存在したが、現代のビルダーはより繊細な手法をとる。

この工程を適切に行うことで、初期振れを防ぎ、長期間にわたってテンションが維持される「枯れた(安定した)」ホイールが出来上がる。FFWDなどのメーカーは、マスター・ホイールビルダーによる手作業での仕上げを売りにしている。

どれほど高価なパーツを使っても、組み立てが甘ければ、そのホイールはすぐに「走らないホイール(振れやすく、反応が鈍い)」へと劣化してしまうのである。

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まとめ:「走るホイール」の正体

以上の多角的な分析から、「走るホイール」の正体は単一の要素ではなく、物理的性能と感覚的体験の高度なバランスの上に成り立つものであることがわかる。

物理的側面として、もはや「軽さ」だけでは不十分である。エアロダイナミクスと、ワイドタイヤ+低圧による振動減衰(インピーダンスの低減)が、現代の「速さ」の核心である。

剛性は高ければ良いわけではなく、パワーロスを防ぐ横剛性と、脚を残すための適度なしなりの調和が求められる。

感覚的側面として、反応性は軽量なリム、高いラテラル剛性、適切なハブエンゲージメントが生む「漕ぎ出しの軽さ」は、ライダーに快感とリズムを与える。音と外観として、風切り音やハブのサウンド、美しいビジュアルは、心理的な「着衣認知」効果を通じて、ライダーの潜在能力を引き出す。

そして、哲学的側面もある。

「走る」とは、ライダーと機材の対話である。GOKISOのように回転を極める道もあれば、Zippのようにシステム全体の効率を追求する道もある。重要なのは、ライダー自身の目的(レース、ロングライド、グラベルなど)と、機材の設計思想が合致していることだ。

機材を選定、あるいは評価する際、スペックシートの数字(重量やリムハイト)だけに囚われてはならない。「どの速度域で走るのか?」「路面状況は?」「ライダーの出力特性は?」というコンテキスト(文脈)の中に、そのホイールを位置付ける必要がある。

ヒルクライムレース(勾配8%以上)であれば、やはり軽量性が支配的となる。しかし、平坦基調のロードレースやロングライドにおいては、エアロ性能と振動吸収性に優れたホイールが、物理的にも生理的にもライダーを速く、遠くへと運ぶ。

そして忘れてはならないのが、「そのホイールで走りたいか?」という情動である。

実際、これが一番重要かもしれない。最近中華ホイールばかり使っていたが、ROVAL RAPIDE CLX IIIを使って本当に素晴らしいと思った。このホイールを使いたいが為に、走り出したいという衝動に駆られる。

物理法則を超えて、ペダルを踏むたびに高揚感を与えてくれるホイールこそが、あなたにとって最高の「走るホイール」となるだろう。それは、データには表れない「魂」の部分であり、自転車というスポーツが持つ根源的な喜びそのものなのである。

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