台湾の気鋭バイクブランドDARE(ディア)が「Penta-Attack, All-Function Optimized(5つの要素を攻撃的に最適化した万能機)」というコンセプトを掲げて市場に投入したエアロロードバイクがPA-AFOだ。
PA-AFOが現代のロードバイク市場においてどのような立ち位置を占め、どのようなライダーにとって最適な選択肢となり得るのか、その展望について客観的に見ていく
DARE PA-AFOの性能を支える技術的背景を、公式データ、第三者機関によるテスト、そして素材科学の観点から深く掘り下げる。マーケティング上の主張を排除し、客観的な事実と数値に基づいてその実像に迫った。
設計思想:「万能性」を追求した空力性能
DAREが提唱する「Penta-Attack, All-Function Optimized (PA-AFO)」というコンセプトは、単なる宣伝文句ではない。
それは、エアロダイナミクス、剛性、軽量性、快適性、そしてインテグレーションという、相反する5つの性能要件を、いかにして高い次元で両立させるかという設計思想そのものの表明だ。
現代の高性能バイク開発における核心は、一つの性能を突出させることではなく、これらの要素間のトレードオフをいかに巧みに管理するかにある。PA-AFOの設計は、このトレードオフに対するDAREの回答であり、その具体的な現れがAETチューブ形状だ。
PA-AFOのフレーム形状の核となるAET (Aero-optimized Tube)は、翼断面形状の後端を切り落とした「カムテール」形状を基本としている。この設計は、現代のエアロロードにおける標準的なアプローチであり、明確な工学的意図を持っている。
後端を切り落とすことで、純粋な翼断面形状に比べてわずかな空力性能を犠牲にする代わりに、大幅な軽量化、断面積の最適化による剛性の向上、そして実走行で頻繁に遭遇する横風(高ヨー角)状況下での安定性向上という、複数の実用的な利点を獲得している。
これは性能を捨てるのではなく、ある状況でのわずかな損失を、より広範な状況での大きな利益に転換する、計算された妥協とも言いかえられる。
フレーム素材と構造:剛性と軽量性の両立
PA-AFOのフレームは、東レ社製のT1000、M40J、T800Sといった弾性率の異なる複数のカーボンファイバーを戦略的に配置することで、その設計思想を物理的に具現化した。単一素材では達成不可能な性能バランスを、異弾性カーボン繊維の適材適所なレイアップ(積層)によって実現している。
この素材選択こそが、「万能性」という抽象的な概念を具体的な走行性能へと変換する鍵になっている。具体的には、ペダリングパワーを最も効率的に伝達する必要があるボトムブラケット(BB)周辺、ダウンチューブ、チェーンステーには、極めて高い弾性率を誇るM40Jが重点的に使用される。
これにより、ライダーの踏み込みに対して遅延のない鋭い反応性が生まれる。一方で、フレーム全体の構造的完全性とねじれ剛性を担うヘッドチューブやトップチューブには、強度と弾性のバランスに優れたT1000が用いられ、安定したハンドリングに寄与する。
そして、意図的に「しなり」を持たせることで快適性を向上させたいシートステーやシートチューブ上部には、中弾性率で強度の高いT800Sが採用されている。これにより、路面からの微振動を効果的に吸収し、長距離での疲労を軽減する。
このように、PA-AFOの乗り味は、素材の特性と配置によって精密に設計されている。
データで見るPA-AFO
以下の表は、それらのデータを統合し、PA-AFOの客観的な性能プロファイルを提示している。
項目 | 仕様 |
---|---|
公称フレーム重量 | 745g (Size M, 塗装済み) |
フォーク重量 | 380g (コラム未カット) |
シートポスト | VETOX-AERO (約195g) |
フレーム素材 | T1000 / M40J / T800S |
BB規格 | BB86 Press-Fit |
最大タイヤクリアランス | 30mm (公称) / 32mm (実測) |
ジオメトリ (Size M) | Stack: 545mm / Reach: 387mm |
Frame size
|
2XS | XS | S | M | L | XL | 2XL |
Height (cm)
|
149I157 | 157I165 | 163I173 | 170I182 | 174I185 | 183I192 | 184I196 |
ST length
|
390 | 420 | 450 | 480 | 507 | 540 | 550 |
Effective TT
|
498 | 512 | 523 | 541 | 555 | 575 | 590 |
HT length
|
85 | 94 | 110 | 124 | 149 | 171 | 195 |
RC length
|
410 | 410 | 410 | 410 | 410 | 410 | 410 |
Wheelbase
|
968 | 969 | 975 | 974 | 987 | 997 | 1011 |
HT angle
|
70.25° | 71.2° | 72° | 73° | 73° | 73.5° | 73.5° |
ST angle
|
74.5° | 74° | 74° | 73.5° | 73.5° | 73° | 73° |
BB drop
|
77 | 77 | 74.5 | 74.5 | 72 | 72 | 72 |
Reach
|
361 | 367 | 374 | 381 | 389 | 397 | 405 |
Stack
|
493 | 505 | 520 | 539 | 560 | 583 | 606 |
Standover
|
691 | 720 | 741 | 772 | 795 | 815 | 836 |
FK length
|
375 | 375 | 375 | 375 | 375 | 375 | 375 |
インプレッション
意外と硬くないんですよね!
スクルトゥーラより溜めがあってリズムがとりやすい。
ガツッと踏み込むと、ヘッドとBB周りのボリュームを活かしてギュイーンと進んでくれる感じです。
一言で表すなら ”パリッ、モニュ” です!
石井雄悟
PA-AFOどない?
と聞いたところ、こんな答えが帰ってきた。早い人は、何乗っても速い。
石井雄悟選手がいう、「パリッ、モニュ」という乗り心地の表現を解析すると、初動は「パリッ」とした乾いた剛性感を感じられるが、さらにパワーを追加していくと「もにゅ」という柔らかさや、しなやかさのバネ感を受け止めつつ進むということだろう。
PA-AFOの走行性能において駆動剛性が非常に高いという。BB86規格と高弾性M40Jカーボンで強化されたダウンチューブおよびチェーンステーの設計は、踏み込んだ瞬間にパワーロスなく推進力に変換することを目指して設計が行われている。
特に、静止状態からのスプリントや、急勾配でのダンシング時に恩恵は顕著だという。これは、前章で述べた素材配置の戦略(M40Jの重点配置)が、直接的に体感性能(鋭い反応性)へと結びついていることを示している。
一方で、剛性は諸刃の剣にもなる。大径のヘッドチューブと一体型ハンドルステム(ACEステム)がもたらす高いフロントエンド剛性は、高速コーナーリングや急な下りでのブレーキング時に、ライダーに絶大な安心感と正確無比なハンドリングを提供する。
しかし、この高い剛性は、「路面の荒れた区間では、微細な振動が腕にダイレクトに伝わりやすい」という影響を及ぼす可能性がある。これは、PA-AFOの設計が、駆動系の剛性を最優先しつつ、快適性をシートポストやタイヤクリアランスといった他の要素で補うという、明確なヒエラルキーに基づいていることを示唆している。
空力性能と巡航維持:実世界でのアドバンテージ
AETチューブ形状とケーブル類を完全に内装したインテグレーテッドデザインは、特に35km/hを超える速度域での巡航において、その真価を発揮する。
一度スピードに乗せると、その速度を維持するのが非常に楽であることや、単独走行時の向かい風の中でも、速度の低下が少ないように感じるといった特徴に見られる。これは、風洞実験で示される理論上の空力性能が、実際の走行環境においても有効に機能している可能性がある。
さらに、翼断面の後端を切り落としたカムテール形状は、横風(ヨー角が発生する状況)を受けた際の安定性に大きく寄与する。突風にあおられてもハンドルが大きく取られることがなく、挙動が穏やかで予測しやすい特徴がある。
この特性は、特に断面積の大きいディープリムホイールと組み合わせた際に、ライダーの心理的負担を軽減し、より安全で高速な巡航を可能にする重要な要素となっている。エアロ性能を追求しつつも、実用上の安定性を犠牲にしないという、設計思想のバランス感覚がここに現れている。
快適性と操作性:長距離ライドの評価
PA-AFOの快適性を語る上で、専用設計のVETOX-AEROシートポストは欠かすことのできない中心的な要素だ。この特徴的なD字断面のシートポストは、後方に向けて意図的に「しなる」ように設計されており、高剛性なフレームから伝わる路面の細かな衝撃や振動を効果的に吸収・減衰させる。
「意外と硬くない」と石井選手が言うように、エアロロードらしからぬマイルドな乗り心地というライドフィールは、その功績の大部分はこのシートポストにあるようだ。この機構により、PA-AFOはスプリント性能と巡航性能を損なうことなく、長距離ライドにおける快適性を確保している。
このバイクの「万能性」を支えるもう一つの柱が、公称30mm、実測で最大32mmという懐の深いタイヤクリアランスだ。これにより、ライダーは路面状況やライドの目的に応じて、タイヤの選択肢を大幅に広げることができる。
例えば、28mmや30mmのワイドタイヤを装着し、空気圧を低めに設定することで、荒れた舗装路での快適性とグリップ性能を劇的に向上させることが可能となる。
この柔軟性により、PA-AFOは純粋なロードレースだけでなく、石畳を含むクラシックレースや、週末のエンデュランスライドまで、一台で幅広い用途に対応できる真のオールラウンダーとしての性格を強めている。
統合システムとメンテナンス性
ACEインテグレーテッドステムに代表されるケーブル類の完全内装システムは、PA-AFOのクリーンで流麗な外観と、空気抵抗の低減に大きく貢献している。このシステムは、現代のハイエンドバイクにおける美的および性能的な要求に応えるための、いわば標準装備だ。
しかし、この洗練された外観と引き換えに、メンテナンス性は著しく犠牲になっているのが実情である。
ハンドルやステムの交換、ブレーキホースやシフトケーブルの交換作業が非常に煩雑で、ポジション調整を行うだけでも、専門的な知識と特殊な工具、そして多くの時間を要する可能性がある。
これは、日常的に自身でメンテナンスを行うユーザーや、頻繁にポジション変更を試みたいライダーにとっては、購入前に必ず認識しておくべき重要なトレードオフである。この点は、性能と利便性の間でどのようなバランスを求めるかという、ユーザー自身の価値観が問われる部分でもある。
メリットとデメリット
これまでの技術分析と実走レビューを基に、DARE PA-AFOの持つ明確な長所と、購入を検討する上で考慮すべき短所を客観的に整理する。これらの要素は独立しているのではなく、バイクの設計思想と市場での立ち位置から必然的に生じる、相互に関連したものだ。
-
メリット
- 優れたコストパフォーマンス: 欧米のトップブランドが展開する同等性能のフラッグシップモデルと比較して、著しく競争力のある価格設定がなされている。これは、性能を一切妥協したくないが、予算も重視するという、合理的な判断を下すユーザーにとって最大の魅力となる。
- 高度にバランスされた走行性能: 鋭い加速を生む高い駆動剛性、高速巡航を容易にする実用的な空力性能、そして専用シートポストとワイドタイヤクリアランスがもたらす驚くほどの快適性を、極めて高いレベルで両立している。「一台であらゆる状況をこなしたい」という現代のサイクリストの要求に見事に応えている。
- 実用的な汎用性: 最大32mmというタイヤクリアランスは、このバイクの用途を劇的に広げている。これにより、純粋なレースから長距離のグランフォンド、さらには多少のグラベル(砂利道)を含むような冒険的なライドまで、幅広い用途に対応可能となる。これは、単なるエアロロードの枠を超えた価値を提供する。
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デメリット
- 複雑なメンテナンス性: 性能と美観を追求した結果であるフル内装ケーブルシステムは、その代償としてメンテナンス性を著しく低下させている。ポジション調整や部品交換の際に専門的な手間と時間を要するため、自身でメンテナンスを行うユーザーにとっては、無視できない障壁となり得る。
- フロントエンドの硬質感: 高い剛性がもたらす正確なハンドリング性能と引き換えに、路面状況によってはフロントからの突き上げが硬質に感じられる場合がある。快適性を最優先するライダーは、衝撃吸収性に優れたハンドルバーを選択したり、タイヤの空気圧を最適化したりといった対策を講じる必要がある。
- ブランドの市場価値: DAREは性能面で評価を得ているが、ブランドの歴史や中古市場におけるリセールバリューという点においては、長年の実績を持つ欧米の老舗ブランドに一歩譲る可能性がある。これは、長期的な所有を考えた際の経済的側面として考慮すべき点だ。
まとめ:DARE PA-AFOの総合価値
DARE PA-AFOは、「万能」という極めて困難な目標に対し、巧みなエンジニアリングと戦略的な妥協点の設定によって、非常に高いレベルで応えた一台だ。
それは、物理法則を覆す魔法のバイクではない。むしろ、現代の自転車工学における性能間のトレードオフを深く理解し、「主要性能を最大化しつつ、避けられない欠点を巧みに管理する」という、極めて現実的かつ知的なアプローチの成功例と言えるだろう。
高弾性M40Jカーボンによる駆動系の剛性、AETチューブ形状による実用的な空力性能、そしてVETOX-AEROシートポストという切り札によって実現された後部の快適性。これらの要素が融合し、PA-AFOを単なるエアロロードでも、純粋なクライミングバイクでもない、「高性能オールラウンダー」という独自の地位に押し上げている。
フロントエンドの硬質感やメンテナンスの煩雑さといった欠点も確かに存在するが、それらはこのバイクが持つ優れたパフォーマンスと、それを実現するための工学的選択の結果であり、多くのユーザーにとっては許容可能なトレードオフとなり得る。
結論として、DARE PA-AFOは、ブランドの威信や歴史といった情緒的な価値よりも、純粋な性能対価格比と技術的実体を重視する、知識豊富なサイクリストにとって、現在市場に存在する最も魅力的な選択肢の一つだ。
最新のテクノロジーを、正当な評価と価格で手に入れたいと考えるエンジニア、アーリーアダプター、そして勝利を目指す真摯なレーサーにこそ、このバイクの真価は深く理解されるだろう。
PA-AFOは、台湾の自転車ブランドが、もはや単なる製造拠点ではなく、世界のハイエンド市場をリードする設計・開発拠点として確固たる地位を築いたことを、明確に示す一台である。
DARE PA-AFOが気になる方は、石井雄悟選手が勤務している「走輪LABO」大阪鶴橋店まで。
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- 住所: 大阪市生野区鶴橋 5-21-23
- 電話番号: 06-6626-9929
- 営業時間: 11:30〜20:00
- 定休日: 水曜日
- 担当:石井、堀川
