2025年、中国・厦門を拠点とする新興ブランドevolveが、初の製品となるパフォーマンスロードフレームセット「CIMA」を発表した。これは、ElitewheelsとCybreiの創設者という業界経験者が3年の歳月をかけて開発したものであり、既存の市場秩序に挑戦する野心的な製品である。
見た目や構造、ハンドルなど全体的な構成はTARMAC SL8、Madone Gen8のフルエアロフォイルとエアロボトル、シートチューブとシートステーはSuper Six EVO。最先端のバイクの長所が融合したかのような設計だ。
CIMAは、UCIの最低重量規定である6.8kgを容易に下回る超軽量設計(Mサイズ未塗装で650g)と、トップクラスの空力性能、そして卓越した剛性を両立させることを目指している。
その性能を客観的に証明するため、イギリスのSilverstone風洞実験施設やドイツのZedler Institutといった権威ある第三者機関による徹底的な検証データを公開するという、異例の戦略をとっている。
そして、業界のベンチマークであるTARMAC SL8を用いた比較検証も行われ、空力と剛性においてTARMAC SL8を凌ぐ結果を残した。さらに、フレームセット価格33.5万円という戦略的な価格設定で、ハイエンド市場に新たな価値基準を提示するCIMAの真価を、本記事で解剖する。
データが示すCIMAの性能
CIMAの性能評価は、メーカーの主張だけでなく、客観的な数値データに基づいて行われるべきである。本章では、evolveが公開したホワイトペーパーと第三者機関によるテストレポートを基に、空力性能、重量、剛性の三つの核心的要素を詳細に分析する。
空力性能の徹底解剖
現代のロードレースにおいて、空力性能は勝敗を分ける決定的な要因である。evolveはCIMAの開発において、単なる部分最適化ではなく、自転車全体を一つのシステムとして捉える包括的なアプローチを採用した。
この手法は、スペシャライズド、トレック、キャノンデール、キャニオンなど世界トップレベルのメーカーがハンドル、ホイール、ボトルなどを全てパッケージングした「バイクシステム」として空力性能を高めるアプローチと同一である。
設計思想とCFDシミュレーション
開発の初期段階で、計算流体力学(CFD)シミュレーションが多用された。解析の結果、シートチューブとシートポスト周辺が空力改善の鍵となる領域であることが特定された。これを受け、Di2バッテリーをシートチューブ内に統合することで、よりスリムで空気抵抗の少ないチューブ形状を実現した。
この設計は、重量削減と空力性能の向上を両立させるための重要な決断であった。また、過度な重量増を避けつつ空力効果を最大化するため、風が直接当たるフレーム前方は断面積の小さいナロー形状が採用されている。
Silverstone風洞実験データ分析
CFDによるシミュレーションの妥当性を検証するため、evolveはイギリスのSilverstone Sports Engineering Hub(SSEH)で風洞実験を実施した。この施設はブリティッシュ・サイクリングなどトップチームが使用することで知られ、そのデータの信頼性は極めて高い。
evolveが幅広いヨー角(-20°から+20°)にわたる生のCdA値(空気抵抗係数と前面投影面積の積)を公開したことは特筆に値する。これは、単一のワット削減値(前方のみ等)だけを提示する多くの競合他社のマーケティングとは一線を画す。
この透明性は、データリテラシーの高い専門家層からの信頼を獲得するための意図的な戦略であり、様々な風向きにおけるバイクの挙動を詳細に分析することを可能にする。
実験では、主要な競合製品(ホワイトペーパー内で「S*** Model-8」と表記され、Specialized Tarmac SL8と広く解釈されている)との比較が行われた。
風洞実験におけるセッティングは以下の通り。
- TARMAC SL8 (0W):Traditional round water bottle, KREUZA one-piece handlebar, computer, Roval Rapide CLX II wheelset, Continental Grand Sport Race 28c tires
- CIMA (-1.24W):Traditional round water bottle, KREUZA one-piece handlebar, computer, Roval Rapide CLX II wheelset, Continental Grand Sport Race 28c tires
- CIMA (-4.74W):Kreuza aero water bottle, KREUZA one-piece handlebar, computer, Roval Rapide CLX II wheelset, Continental Grand Sport Race 28c tires
カッコ内の数値は、TARMAC SL8を基準とした空力性能の改善結果。
以下の表は、その結果をまとめたものである。
| 構成 | 加重平均 CdA (m^2) | 45km/hでの空気抵抗 (W) | 40km走行時の時間短縮 (秒) |
|---|---|---|---|
| evolve CIMA M / KREUZAエアロボトル x2 | 0.08010 | 95.8 | 48 |
| evolve CIMA M / ボトルなし | 0.08106 | 98.2 | 24 |
| evolve CIMA M / 標準ボトル x2 | 0.08224 | 98.4 | 18 |
| S*** Model-8 54 / ボトルなし | 0.08241 | 98.6 | 18 |
| S*** Model-8 54 / 標準ボトル x2 (ベースライン) | 0.08351 | 99.9 | 0 |
ベースとなるTARMAC SL8(標準ボトル)を基準とすると、CIMA(標準ボトル)は-1.5W空力性能が優れている。そして、CIMA(AEROボトル)は-4.1W空力性能に優れている。これは、全Yaw角を対象にした時速45kmにおける加重平均計算値である。
このデータから導き出される最も重要な結論は、CIMAが専用のKREUZAエアロボトルを2本装着した際に、ボトルを全く装着していない状態よりも優れた空力性能を発揮するという点である。
ベースラインとなるTARMAC SL8(標準ボトル2本)と比較して4W以上の抵抗を削減し、40kmの距離で48秒もの時間短縮を実現する計算となる。これは、レース終盤でボトルを捨てる必要がないばかりか、ボトルが空力的なアドバンテージになることを示唆している。
統合されたエアロコンポーネント
CIMAの空力性能は、フレーム単体だけでなく、統合設計されたコンポーネントによってもたらされる。KREUZA Apex一体型ハンドルバーは、NACA(アメリカ航空諮問委員会)由来の翼断面形状を持ち、重量を300g未満(380x110mm)に抑えつつ、180 N/mmという高い剛性を実現している。
数値流体力学 (CFD) 解析を使用して最適化されており、最薄部の厚さはわずか16mmで、空気抵抗を4.5ワット削減する。
KREUZA Slice エアロダイナミックウォーターボトルは、先進的なカーボン強化ナイロンで設計され、軽量性、高い強度、空力効率の完璧なバランスを実現している。標準的な丸型ボトルと比較して時速45kmで2.6ワットのパワーを節約できることが実証されている。
重量は84gでレースに十分な軽さ、日常使用に十分な強度でありながら、620mlと十分な容量を提供する。
本ボトルを固定するためのKREUZA Slice エアロダイナミックウォーターボトルケージは、エアロ性能と日常の信頼性を両立させるために設計された。重量は32gと超軽量でありながら、標準式のボトルとの互換性もある。
さらに、フォーク裏に隠れるように設計された専用のタイミングチップホルダーは、CdA値を約0.0008削減する効果がある。これらの細部へのこだわりが、システム全体としての空力性能を向上させている。
重量と素材工学の結晶
CIMAのもう一つの際立った特徴は、その驚異的な軽さである。Mサイズの未塗装フレーム重量はわずか650gであり、これは現行のディスクブレーキ対応エアロロードフレームの中で最軽量クラスに位置する。
650gフレームの実現技術
この軽量化は、最先端の素材と製造プロセスによって達成された。主要な素材として、東レの高性能カーボンファイバー「T1100」と高弾性率の「M40」が使用されている。T1100はピナレロのDOGMA F、M40はCANYON CFRやMadone Gen8など最高峰のバイクに使用されている。
さらに、evolveが独自に開発した特殊配合樹脂は、従来の樹脂と比較して剛性を12%向上させるとされる。製造工程では、フレーム内部の平滑性を高め剛性を向上させるラテックス製インナーフィルムと、樹脂の含有量を精密に制御する真空アウターフィルムが採用されており、品質の安定化に寄与している。
各コンポーネントの重量実測値
公称値だけでなく、塗装後の実測重量を把握することは、実際のバイク構築において重要である。以下の表は、Mサイズのフレームセット「Mist」カラーにおける各コンポーネントの重量内訳を示している。
| コンポーネント | 重量 (g) |
|---|---|
| フレーム (塗装済、小物なし) | 704.5 |
| フォーク (コラム未カット) | 367.5 |
| シートポストセット | 141.0 |
| フレームセット合計 (ハンドルバーなし) | 1393.2 |
| フレームセット合計 (ハンドルバーあり) | 1727.4 |
未塗装の公称重量650gに対し、塗装や細かなパーツを含むフレーム単体重量が704.5gであることは、非常に現実的かつ正直な数値と言える。2025年の上海サイクルショーでは、このフレームをベースにした完成車が4.95kgという驚異的な重量で展示され、その軽量化ポテンシャルの高さが示された。
剛性と耐久性の客観的評価
超軽量フレームにおいては、剛性と耐久性が犠牲にされがちであるが、evolveは第三者機関による厳格なテストでこれらの性能を証明している。
Zedler Institutによる剛性試験結果
evolveは、自転車の性能試験において世界的な権威であるドイツのZedler InstitutにCIMAの評価を依頼した。ドイツの厳格なエンジニアリング基準による認証は、特に欧州の専門家層に対して、製品の構造的信頼性をアピールする強力な手段となる。
CIMAは、同機関の最も厳しい安全基準である「Advanced 2022-11」テストに合格している。さらに過酷なマウンテンバイク用のテストもクリアしている。
性能に関するテスト結果は以下の通りである。特にボトムブラケット(BB)周りの剛性値は、パワー伝達効率に直結する重要な指標となる。
| テスト項目 | 測定値 | 単位 |
|---|---|---|
| ヘッドチューブ剛性 (LKS) | 53 | N/mm |
| ボトムブラケット剛性 (TLS) | 147 | N/mm |
| フォーク横剛性 (GST) | 48 | N/mm |
特筆すべきは、BB剛性(TLS)が147 N/mmという極めて高い数値である点だ。これは、スプリントや急な登坂といった高負荷時においても、ライダーのパワーをロスなく推進力に変換することを示す。
別の手法によるBBの剛性比較において、CIMAは29.4 N/mm、Tarmac SL8は27.4 N/mmでCIMAのほうが剛性が+2.0 N/mm高い結果だった。ただし、TARMAC SL8はしなやかさや、脚当たりの良さがウリであるため必ずしも剛性が高いほうが優れていると一概には言えない。
ヘッドチューブの剛性ににおいて、CIMAは12.3 N/mm、TARMAC SL8は14.3 N/mmとTARMAC SL8のほうが剛性が+2.0 N/mm高い結果だった。ヘッドチューブの剛性は、操作性に影響するため基本的にには剛性が高いほうが安定性が向上する傾向にある。
CIMAのこの高い剛性は、フレームの主要な応力領域に高弾性カーボンファイバーを戦略的に配置することで達成されている。
長期使用を想定した先進的仕様
CIMAは、レース性能だけでなく、長期的な所有とメンテナンス性も重視している。ヘッドセットには、固体ポリマー技術により高い耐久性を誇るCeramicSpeed製のSLT (固体潤滑技術)ベアリングを標準装備している。1個あたり2万円のヘッドベアリングで上下で4万円である。
CeramicSpeed SLTヘッドセットベアリングを使用する理由は、生涯にわたって持続するパフォーマンスである。固体潤滑剤がベアリングのレースウェイに浸透し、摩擦を減らして定期的なグリース塗布の必要性を排除する。
自己修復セラミックコーティングがボールトラックを保護し、比類のない耐久性と耐摩耗性を提供し、ほこり、水、汚染に対する究極の保護を実現している。
CeramicSpeed SLTベアリングは、負荷時のフレームの揺れを最小限に抑え、テクニカルなコーナーや難しい登り坂でも安定性とコントロール性を確保し、肝心な場面で確かなパフォーマンスのアドバンテージを提供している。
ボトムブラケットには、整備性と互換性に優れるBSA(JIS)ねじ切り規格を採用。さらに、リアディレイラーハンガーにはSRAM UDH(ユニバーサル・ディレイラー・ハンガー)を採用しており、破損時の交換が容易である。
これらの仕様は、シビアコンディションで使用するライダーや、プロメカニックなど経験豊富なサイクリストから高く評価される選択である。
ジオメトリとサイジング戦略
フレームの性能を最大限に引き出すには、ライダーに合った適切なジオメトリが不可欠である。CIMAは、レース志向のジオメトリを採用しつつ、幅広いサイズのライダーに一貫したハンドリング性能を提供するための工夫が凝らされている。
全サイズで一貫した走行性能
CIMAはXSからXLまでの6サイズ展開で、適応身長は146cmから202cmまでと幅広い。特筆すべきは、サイズごとにフォークオフセット(XS/S/Mで44mm、ML/L/XLで40.2mm)とBBドロップ(XS/Sで74mm、M/MLで72mm、L/XLで70mm)を変化させている点である。
これにより、どのサイズのフレームでもトレール値が57mmから63mm(XSのみ70mm)の範囲に収まり、体格に関わらず、設計者が意図した俊敏で安定したハンドリングを体験できる。
Mサイズ(スタック544mm、リーチ384mm)のジオメトリは、Tarmac SL8(56サイズでスタック565mm、リーチ393mm)と比較しても非常にアグレッシブなレースポジションを想定しており、その設計思想が競技志向であることが明確に示されている。
メリットとデメリット
これまでの分析を踏まえ、evolve CIMAの持つ明確な利点と、潜在的な欠点を整理する。
メリット
- 卓越した性能対価格比: トップレベルの性能(空力、重量、剛性)を、主要な競合他社よりも大幅に低い価格で提供する。
- 透明性の高いデータ: Silverstone風洞実験やZedler剛性試験など、自社試験ではなく第三者機関による検証データを完全に公開し、高い信頼性を確保している。
- 最先端の素材と製造技術: T1100カーボン、M40X、特殊樹脂、高度な成形プロセスを採用し、製品の品質と性能を最大化している。
- プレミアムコンポーネントの標準装備: CeramicSpeed製ヘッドセットベアリングなど、通常はアップグレードとなる高品質な部品を標準で採用している。
- メンテナンス性に優れた規格: BSAねじ切りBBやSRAM UDHなど、実用的で整備しやすい規格を採用し、長期的な所有をサポートしている。
デメリット
- ブランド認知度と再販価値: 新興ブランドであるため、確立されたブランドと比較してブランドイメージや中古市場での再販価値が低いと見なされる可能性がある。
- デザインに関する評価: ダウンチューブに配置されたスローガン(”Boundaries Get Faded While Passion Ignites.”)が、デザイン的に好まれていない可能性がある。
- 限定的なディーラーネットワーク: 直販モデルが中心であり、購入前の試乗や対面でのサポート機会が限られる。
まとめ:CIMAは誰のためのフレームか
evolve CIMAは、客観的かつ透明性の高いデータによってその卓越した技術力を証明した、極めて高性能なフレームセットである。
空力、重量、剛性の各指標において、市場のトップベンチマーク製品に匹敵、あるいは凌駕する性能を、より戦略的な価格で実現している。これは、パフォーマンスロードバイク市場における新たな価値提案と言えるだろう。
このフレームセットが最も適しているのは、ブランドの威光や再販価値よりも、検証可能な性能指標(ワット、グラム、N/mm)を優先する、データドリブンなサイクリスト、エンジニア、そしてアーリーアダプターである。
自らバイクを組み上げ、技術仕様を深く理解し、確立されたブランドの枠を超えて真の性能的優位性を求めるライダーにとって、CIMAはこれ以上ない選択肢となる。
確立されたブランドの神話よりも、検証可能なデータを信じるサイクリストにとって、evolve CIMAは、パフォーマンスロードバイク市場の勢力図を塗り替える可能性を秘めた、無視できない選択肢である。
次世代の価値基準を体感すべき時が来たのだ。
evolve CIMAは日本での購入先が限られているが、ベックオンで取り扱いがある。以下のページから問い合わせることができる。
電話:06-6120-3939(担当:金森)



























