新型 TREK初の3Dプリントサドル Aeolus RSL AirLoom インプレッション

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TREKが発表したAeolus RSL AirLoomは、3Dプリントサドル市場における重要な一歩を示す製品である。

同社初の3Dプリントサドルは、独自の特許出願中「切頂八面体」ラティス構造を採用している。これは単に市場に参入するためでなく、レース性能とデータに基づいた快適性のバランスを再定義する試みである。

本記事は、OCLVカーボン構造とAirLoom技術の背後にある工学的原理を分析する。そして、実際に長距離で使用し性能を評価し、競合製品との比較を通じて、その市場での位置付けを明確にしていく。

ライダーとバイクの接点となる技術を理解しようとするサイクリストに向けて、TREK初の3Dプリントサドルを試した模様をお伝えする。

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AirLoomテクノロジーの解剖

この章では、TREK Aeolus RSL AirLoomを構成する素材、設計思想、そして製品を特徴づける中核的な3Dプリント技術について、工学的な視点から詳細に分析する。各要素がどのように連携し、サドル全体の性能に貢献しているのかを明らかにする。

設計思想とOCLVカーボン構造

本製品は、TREKの最高峰レースグレードであるRace Shop Limited(RSL)プラットフォームを基盤としている。これはLidl-TREKのようなプロチームからのフィードバックを基に開発された。

シェルと7x10mmのオーバーサイズレールは、TREK独自のOCLV(Optimum Compaction, Low Void)カーボンで一体成型されている。この構造は、剛性を最大化し重量を最小限に抑え、パワー伝達のための安定した基盤を提供することを目的としている。

このフルカーボン構造は、本質的に剛性の高い設計に、いかにして快適性と柔軟性をもたらすかという工学的な課題を生む。この課題への答えがAirLoomラティスである。

シェル自体は剛性を最優先に設計されているため、サドルのクッション性と柔軟性はすべてこのラティス構造が担う必要がある。つまり、このサドルは「支持基盤(シェル)」と「快適性システム(ラティス)」の機能を明確に分離するという設計思想に基づいている。

これは、シェルのしなりとフォームの圧縮が協調して機能する従来のサドルとは根本的に異なるアプローチである。

核心技術:3Dプリント「切頂八面体」ラティス

image: TREK

AirLoomパッドは、エラストマーポリウレタン(EPU)製の3Dプリントラティスである。その核心は、特許出願中の「切頂八面体(truncated octahedron)」セル形状にある。TREKのエンジニア、Kayla O’Neillが主導した開発チームは、多数のセル形状をテストした。

その結果、この形状が荷重に対して最も一貫性のある線形の「ばね定数」を示すことを発見した。これは、よく調整されたマウンテンバイクのサスペンションに似ており、フォーム素材に見られる急な「底付き感」を防ぐ効果がある。

負荷に応じて最適な剛性感に調整されている。 image: TREK

この技術により、部位ごとに硬さを調整する「ゾーナルチューニング」が可能になった。坐骨下は硬くして支持性を高め、軟部組織が当たる部分は柔軟にして圧力を逃がす設計となっている。

image: TREK

競合製品の開放的なハニカム構造とは異なり、AirLoomはより密度が高く、「パンチング加工」のような外観を持つ。この切頂八面体構造の採用は、単なる見た目の選択ではない。それは、意図的な工学的判断の結果である。

サドル位置によって3Dプリントの密度を変更している。

この形状は、重量比強度が高く、空間を効率的に充填する特性で知られている。これにより、TREKは従来のサドルに慣れたユーザーにとって違和感の少ない「フォームのような感触」を実現した。

これは、3Dプリント技術への移行をスムーズにするための戦略的な選択である。

さらに、この高密度な構造は、競合の開放的なラティス構造よりも耐久性が高く、洗浄が容易である可能性が高い。このことから、TREKは開放的なラティス構造がもたらす目新しさよりも、ユーザー体験と長期的な実用性を優先したことがうかがえる。

公称重量と実測重量の比較分析

TREKはRSL AirLoomの公称重量を135mm幅で162g、145mm幅で164g、155mm幅で167gと発表している。サドル後部にはBlendrマウントが標準装備されているが、これらを抜いた状態での重量表記である。

重要なのは、フォームパッドを採用した従来のAeolus RSLが155mm幅で146gと、AirLoomモデルより軽量である点だ。AirLoomは前モデルより重い。

この事実から、Aeolus RSL AirLoomの価値提案は「軽量化ではない」ことがわかる。その本質は、約20gから30gというわずかな重量増と引き換えに得られる、快適性と圧力分散性能の大幅な向上にある。

この製品は、純粋な重量削減よりも、長距離ライドでの快適性の欠如やサドルソア(化膿や股ズレ)といった問題を解決したいと考えるライダーを対象としている。

TREKのプロライダーたちが「サドルソアがなくなった」「坐骨の痛みが消えた」と証言していることからも、この製品が重量と快適性のトレードオフにおいて、後者を明確に優先していることがわかる。

製品仕様詳細

以下の表は、TREK Aeolus RSL AirLoomの主要な技術仕様をまとめたものである。製品の技術的特徴を客観的に把握するための基準だ。

項目 仕様 出典
シェル素材 OCLVカーボン  
レール素材 OCLVカーボン  
レール寸法 7x10mm(オーバーサイズ)  
パッド技術 AirLoom 3Dプリントラティス (EPU)  
長さ 250mm  
135mm, 145mm, 155mm  
公称重量 162g (135mm), 164g (145mm)  
実測重量 166g (145mm, Blendrマウント省)  
価格 59,900円(税込)  
付属品 Blendrアクセサリーマウント  
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実走インプレッション:理論と体感の融合

この章では、前章で分析した技術仕様が、実際の走行においてどのような性能として体感されるのかを検証する。理論と現実の乗り心地がどのように結びついているのかを明らかにする。

第一印象とセットアップの要点

このサドルは、従来モデルから形状が改良されている。特に、より細くなったノーズと、ウィング部への滑らかな移行が特徴で、内腿の擦れを軽減する効果が報告されている。TREKは初期設定として、サドル前方を2度下げることを推奨している。

サドル角度を2°下げることが推奨されている。image: TREK

7x10mmのオーバーサイズカーボンレールを採用しており、フルカーボン構造の強度と耐久性を確保している。楕円形状のため、カーボンレール用のサドルクランプが必要になる。安定したカーボンレールの土台の上に快適な3Dプリントのサドルボディが組み合わされている。

快適性の再定義:長距離ライドでの圧力分散

このサドルの最大の特徴は、長距離ライドにおける卓越した快適性である。特に、数時間後に発生しがちな坐骨への継続的な圧力や、軟部組織の痛みがなかった点は強調してもしきれない。

最初のテストとして7時間のライドを行ったが、圧迫に関する問題は一切発生しなかった。ロード環境でも快適性が顕著にわかるが、卓越した座り心地の良さはグラベルでもその真価を発揮している。

プロライダーのHaley Hunter-Smithは、Unbound Gravelのような過酷なレースを含む1年間の使用後、「サドルソアも、坐骨の痛みも、軟部組織の痛みもなくなった」と証言している。

How Trek engineers made the ultimate lattice saddle | Trek Race Shop
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これらの報告は、AirLoomラティスの工学的な主張を裏付けるものである。この技術がもたらす「漸進的な沈み込み(progressive squish)」が効果的に圧力を分散し、ホットスポットの形成を防いでいる。

このサドルの最大の利点は、長時間の運動における快適性の維持能力にある。ライド中に圧縮され支持性を失いがちなフォーム素材とは異なり、EPUラティスは一貫して伸縮と反発を繰り返し、能動的なサスペンションとして機能する。

この「生きている」ような感覚は、サドルが単なる静的な台座ではなく、ライダーの動きや路面からの振動に適応する動的なインターフェースであることを意味し、優れた長時間性能につながっている。

パフォーマンスへの貢献:安定性とパワー伝達

Aeolusサドルは、ライダーが攻撃的で空力的な前傾姿勢を取ることをサポートするよう設計されている。全長にわたるカットアウトは軟部組織への圧力を最小限に抑え、よりパワフルな骨盤の前傾回転を可能にする。

高強度での加速時やエアロポジションを維持する際に「安定している」と明らかに感じられる。また、ラティス構造はペダリングに伴うわずかな左右の動きにも追従し、摩擦を低減する効果もある。

Aeolus AirLoomは、快適性とパフォーマンスの間に相乗効果を生み出している。圧迫点や痛みを効果的に排除することで、ライダーは快適性を求めて頻繁にポジションを変える必要なく、パワフルで空力的な姿勢をより長時間維持できる。

この安定性は、より一貫性のある効率的なパワー出力に直結する。このサドルは、攻撃的なポジションを単に「我慢できる」ものにするのではなく、「持続可能」なものに変える。これは競技者にとって決定的な違いである。

つまり、快適性が安定性を生み、その安定性が持続的なパワーにつながるという、受動的ではない能動的なパフォーマンス向上効果をもたらしている。

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競合製品との比較

この章では、TREK Aeolus RSL AirLoomを、ハイエンド3Dプリントサドル市場における主要な競合製品と比較し、その独自性と市場での位置付けを明らかにする。特にSpecializedのMirrorシリーズとFizikのAdaptiveシリーズとの比較を通じて、技術、性能、戦略の違いを分析する。

TREK Aeolus AirLoom vs. Specialized Mirror

S-Works Power EVO with Mirror インプレッション 3Dプリントサドルの次なる進化
Specializedの新型サドル「S-Works Power EVO with Mirror」を徹底分析。47,000本のストラットがもたらす快適性と、形状変更が実現する動的性能を、圧力データと実走レビューから解き明かす。

SpecializedのPower with Mirrorシリーズは、このカテゴリーの主要な競合製品である。AirLoomの感触はS-Works Powerに似ている。しかし、デザインには明確な違いがある。

Mirrorはより開放的なラティス構造を持つことが多いのに対し、AirLoomは伝統的なパンチング加工サドルのような外観を持つ。形状についても、AirLoomは内腿の擦れを軽減するためにノーズを細くした進化形であるのに対し、SpecializedはMirrorサドルでより広いノーズを採用する傾向がある。

TREKの戦略は、洗練と価格競争力にあるように見える。Specializedが非常に柔らかく「クッション性が高い」と評される快適性を追求して市場を開拓したのに対し、TREKはAirLoomをより硬質でレース志向の「フォームのような」感触に調整した。

さらに、Eliteモデルを29,900円という競争力のある価格で提供することで、Specializedのプレミアム価格帯を下から突き、より広い市場セグメントを獲得しようとする直接的な競争戦略が見て取れる。

これは、性能の感触と市場シェアの両方を狙った、二面的なアプローチである。

TREK Aeolus AirLoom vs. Fizik Adaptive

FizikのAdaptiveシリーズも、同じくCarbon社のDLS技術を用いて製造された主要な競合製品である。Fizikのサドルは、より開放的なハニカム状のラティス構造が特徴で、これが汚れやすいという指摘もある。

AirLoomの高密度な外観は、これと明確な差別化要因となっている。興味深いことに、Fizikのハイエンドモデルの一部も非標準の7x10mmレールを採用しており、Aeolus RSLと同様に互換性がある。

このFizikとの比較は、最終製品の性能が、基盤となる3Dプリント技術そのものよりも、ブランドの設計思想や工学的選択(セル構造、ゾーナルチューニング、シェル設計)によっていかに決定されるかを浮き彫りにする。

両社は同じ技術的基盤から出発しながら、異なる特性を持つ製品を生み出している。TREKの切頂八面体と高密度なデザインは性能と実用性の融合を重視しているのに対し、Fizikのより開放的なラティスと独特の形状は異なるライダーの好みに応えようとしている。

両ブランドの最上位モデルが7x10mmレールという共通点は、これが強度確保のためにカーボンレール製造プロセス自体から推奨される仕様である可能性を示唆している。

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メリットとデメリット

これまでの技術分析と実走レビューに基づき、TREK Aeolus RSL AirLoomの利点と潜在的な欠点を客観的に要約する。これにより、購入を検討するユーザー自身が、自身のニーズと照らし合わせて総合的な判断を下すための材料にしてほしい。

メリット

  • 卓越した長距離快適性: AirLoomラティスは、圧迫点やサドルソアを効果的に排除し、数時間にわたるライドでも一貫したサポートを提供する。
  • パフォーマンス志向のサポート: 安定した基盤を提供し、ライダーが攻撃的でパワフルなポジションを長時間維持することを可能にする。
  • 洗練された形状: 細身のノーズを持つ最新のAeolus形状は、内腿の擦れを効果的に軽減し、動きの自由度を向上させる。
  • 優れた製品ラインナップ: ProモデルとEliteモデルの存在により、先進的な3Dプリント技術をより競争力のある価格で利用できる。
  • 実用的なデザイン: 競合製品と比較して、密度の高いラティス構造は洗浄が容易で、耐久性にも優れている可能性がある。

デメリット

  • レール寸法: 7x10mmのオーバーサイズカーボンレールは新しいシートポストクランプやシートポストが必要になる場合がある。
  • 重量増: AirLoomバージョンは、従来のフォームRSLモデルよりもわずかに重く、純粋な軽量化を追求するユーザーにとっては妥協点となる。
  • 高価格: RSLモデルの価格は59,900円と、大きな投資を必要とする。
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まとめ:次世代サドルへの投資価値

TREK Aeolus RSL AirLoomは、単なる3Dプリントサドル市場への後発参入品ではない。それは、妥協のないレース用の剛性と、動的で持続的な快適性との間のギャップを埋めることに成功した、緻密に設計されたソリューションである。

その核心的な強みは、切頂八面体ラティスの洗練された応用にあり、これが独特の支持性と予測可能な乗り心地を提供している。

7x10mmレールは慎重に検討すべき実用上の設計である。対象となる、絶対的な軽量性よりも持続可能な快適性とパワー出力を優先する競技志向のサイクリスト、エンデュランスライダー、そして技術志向の愛好家にとって、Aeolus RSL AirLoomはパフォーマンスへの賢明で価値ある投資となるだろう。

攻撃的なポジションと長距離の快適性との間の妥協を排除したいライダーにとって、Aeolus AirLoomシリーズは真剣な検討に値する。購入前には、シートポストクランプの互換性を確認することが不可欠である。

TREK正規販売店を訪れ、AirLoom技術の独特な感触を直接体験し、30日間満足保証を活用して、自身の身体とライディングスタイルに完璧に合うサドルを見つけることを推奨する。

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