2003年に初代Madoneが誕生してから19年。新型Madoneが7世代目として、「The Ultimate Race Bike-究極のレースバイク-」として様々な新技術を搭載して姿を現した。
歴代のMadoneといえば、ISO SPEEDやOCLV800といった新しい技術が登場するたびに盛り込まれてきた。7世代目のMadoneも同様に、空力性能を飛躍的に向上させる「ISOFLOW」が搭載された。これまでのバイクと外観は異なり、まるで未来から来た宇宙船のような斬新な形状をそなえていた。
だれもが釘付けになる独特な形状、風洞実験で判明した前作比19Wの空力改善、これまでのバイクといったい何が異なっているのか。多くの疑問と、多くの謎を秘め、ついに登場した究極のレースバイク新型Madoneの7世代目にせまった。
開発思想
7世代目の新型Madoneの開発に求められていたことはシンプルだった。同社のプロチームであるトレック・セガフレードのプロライダーから強い要望、“さらに速く、そして軽く”だ。どのメーカーであってもこの開発傾向は変わらない。理由は物理的法則の空力、重量が全てを左右しているからだ。
速く楽に走ることのできる空力性能、登りを駆け上がる軽さ。一見すると簡単に表現できるこの性能は両立することが難しい性能である。だからこそ、新型Madoneも純粋な「速さ」と「軽さ」を突き詰めた。ただ、TREKはありきたりな方法と発想にとらわれなかった。
TREKが他社と異なっているのは、新しいカーボン素材や独特の機構を大胆に製品に採用していることだ。6世代目のMadoneはエアロロードながら乗り心地やフレックスを変更できるISO SPEEDを搭載した。6.5世代目ではOCLV800を採用し軽量化を果たした。
大手メーカーになると、保守的な製品ばかり生み出しがちになる。しかし、TREKは新しい素材や、速く走れる機構が開発できれば大胆な構造であっても採用するという挑戦的な製品開発を今でも続けている。今回の7世代目Madoneもその流れは受け継がれていた。
新型Madoneの開発において、アワーレコードを樹立した世界最速のTTバイク「SPEEDCONCEPT」の開発で用いた技術と風洞実験を踏襲し、エアロダイナミクスを最適化した。7世代目は乗り心地を維持しながら、新たな「ISOFLOW」と一体型ハンドルバーを採用した。
使用する素材は軽量で強度の高いOCLV800カーボンを採用し、バイクのトータル重量は300g軽くなり、空力は19Wのパワーが節約されたことによって1時間あたり60秒短縮(時速45キロ走行時、第6世代のMadoneと比較)する新次元の速さを手に入れた。
この飛躍的な性能向上の一翼を担い、7世代目の目玉技術である「ISO FLOW」とはいったいどのような役割と性能を備えているのだろうか。
ISOFLOW
「ISO FLOWの穴は意味があるのか」
ぽっかりと空いた空洞を見たときに、真っ先に思い浮かぶ疑問だ。懐疑的になるのも無理はない。これまで見たことがない形状と構造に対しては、誰しもが同様の疑問に行き着く。このISO FLOWの役目はフレーム後方に生じる「空気の流れが遅くなる」部分を解消するためにある。
空気は粘性流体であるため、流体の中を動く物体(例えば、空気中のホイールやバイク)には圧力抵抗と摩擦抵抗が発生する。これら2つの力の組み合わせを空気抵抗と呼んでいる。摩擦抵抗と圧力抵抗はそれぞれ以下のように定義されている。
- 摩擦抵抗:流体と物体表面の間の摩擦による空気抵抗
- 圧力抵抗:流れの剥離によって生じる空気抵抗
摩擦抵抗は、流体の粘性によって生じる物体表面の摩擦だ。流体と物体が接する面積が広いほど摩擦抵抗が大きくなる。また摩擦抵抗は物体境界面の速度勾配に比例して大きくなる(ニュートンの粘性法則)。
圧力抵抗は、物体の正面と背面の圧力差によって生じる抵抗だ。物体から境界層が剥離することによって、物体の背面は「負圧」になり圧力抵抗が発生する。形状を流線型し境界層を剥離しにくい乱流境界層に遷移させることで圧力抵抗を低減できる。
ISOFLOWの役割は、前方から来た速い空気の流れを負圧になりやすいフレーム後方部分に送り込むことで圧力抵抗を減らしている。
ボントレガーが行ったホイールの風洞実験は、負圧の空気の流れを可視化している。EASTON、ZIPP、BONTRAGER3社のホイール別に「Tire Leading」はホイール前方、「rim leading」はホイール後方を示している。
色の違いは空気の流れの速さを示している。青の領域は空気の流れが遅く風速0km/hに近づいていく。赤の領域は空気の流れが速く風速32km/h相当だ。そして黒い矢印のポイントは空気の流れが分離(リムから空気が分離)する部分だ。
3社の結果でEASTONリムの負圧領域が多く最も空力が悪い。ホイールから空気の流れが分離するタイミングが早い段階で発生している。空気の流れは後ろに大きく伸び、青い領域が増えている。この低速の領域(2次元の解析上で面積が広い部分)は進行方向とは逆方向にリムを引っ張って(drag)しまう。
そう、”drag”だ。
風洞実験のデーターでしばしばお目にかかる「drag = ひっぱる」という状態だ。dragを別の表現で表すとしたら、「リムから離れない、空気の遅い流れ」と言い換えられる。進もうとする物体に対して、物体よりも遅いスピードでその場にとどまろうと居座り(重りになって)抵抗になる。
これがPressure drag(圧力抗力)だ。空気抵抗の主な原因になっている。
ISO FLOWの空洞は、前方から来た速い空気の流れをそのままフレーム後方に受け流し、空気が滞留している遅い流れの負圧領域(フレーム後方で生じる)を吹き飛ばすことができるのだ。
「ISO FLOWの空洞は意味があるのか」という問いに対しては、フレーム後方に生じている遅い空気の流れ(圧力抵抗)を加速させる効果がある、というのが答えだ。実際のシミュレーションと風洞実験において、ISOFLOWの穴があることで空気の流れの差が少なく乱流が発生しにくい結果が出ている。
風洞実験結果
6世代目のMadoneと7世代目のMadone(通常と新型ハンドル)を比較した風洞実験は上図のとおりだ。白色の7世代目Madoneと新型ハンドルの組み合わせは、6世代目のMadoneをあらゆるYaw角で超えている。
7世代目のMadoneは通常ハンドルの状態でも6世代目のMadoneを超えている。純粋にフレームの空力性能だけでCdAが減少していることの現れだ。ハンドルはまっさきに空気が衝突する部分で空力改善が最も見込める部分だ。
過去にVENGEのローンチ時にも話題に上がっていた「ハンドル部分の空力改善は非常に大きい」という話のとおり、7世代目のMadoneにおいて一体型ハンドルが刷新された。6世代目で採用されていたつなぎ目も排除されており、部品点数も少ないため軽量化を達成している。
エアロダイナミクス19Wの削減
第7世代Madoneは前作と比べて約19Wの空力改善(時速45km)を達成している。これは、バイクで7.9W、ライダーで約9.3Wという内訳だ。ライダーの空力改善の要因としては、ハンドル幅の設計変更にある。
ハンドルはブラケット幅が3cm狭くなっており、ライダーのポジションが改善されるため空気抵抗を受けにくくになるため、エアロ性能が向上に寄与している。19Wの節約は、1時間あたりおよそ60秒短縮できる。
ハンドルバー
フレームサイズ | ハンドル幅(mm)ドロップ | ステム長(mm) |
47 | 380 | 80 |
50 | 400 | 90 |
52 | 400 | 90 |
54 | 420 | 90 |
56 | 420 | 100 |
58 | 420 | 100 |
60 | 440 | 110 |
62 | 440 | 110 |
- リーチ: 80mm
- ドロップ: 124mm
- ブラケットの左右幅はドロップ部より3cm狭い
Madoneハンドルは大幅に改良された。浅めのリーチとフレアを採用し人体により適した構造になった。そしてここまで紹介してきた通り優れた空力性能を備えている。ドロップ部は幅広でコントロール性を重視しており、幅の狭いブラケットは空力性能を重視している。
シートポスト
特徴的な7世代目のMadoneで目を引くのは、崖の上に反り立つようなシート部分だ。一見すると華奢な構造に見えるが、適度な”しなり”を持たせているため、乗車時の衝撃を緩和している。剛性は前作のISOSPEEDを一番硬くしたフレックスと同じくらいで、エアロロードながらも乗りやすい剛性に設計されている。
各サイズのフレームに付属するシートポストのサイズは異なっており、47-54サイズにはショートシートポストが付属し、56-62サイズにはトールシートポストが付属する。シートポストのオフセットは0mmだ。
シートポストの高さ調整方法は、シートポストのウェッジアセンブリーを裏返すことで、1本のシートポストでシート高をより広範囲で調整できる。シートポストはフレームと同じ色で、フレームのペイントに合わせて塗装されている。
ジオメトリ
カラー
カラーは「Deep Carbon Smoke」「Viper Red」「Azure」「Metallic Red Smoke to Red Carbon Smoke」「Quest Smooth Silver」の5種類だ。
重量
MY23 Madone SLR Model | kg |
Madone SLR 6 | 7.75 |
Madone SLR 6 eTap | 8.03 |
Madone SLR 7 | 7.48 |
Madone SLR 7 eTap | 7.76 |
Madone SLR 9 eTap | 7.36 |
価格
MY23 Madone SLR Model | 円 |
Madone SLR 6 SHIMANO 105 | 1,155,000 |
Madone SLR 7 SHIMANO ULTEGRA R8170 | 1,305,700 |
Madone SLR 9 SHIMANO DURA-ACE R9270 | 1,668,700 |
Madone SLR 9 eTap SRAM RED | 1,756,700 |
まとめ:TREK史上、究極のレースバイク
7世代目のMadoneは”The Ultimate Race Bike”として、いままで見たことがない造形と革新的な新技術を搭載し登場した。空力性能が高止まりするエアロロードバイクにおいて、革新的かつ斬新的なISOFLOWで”吹き飛ばす”ことによってDragを削減した。
これまで各社がフレームの形状を最適化することによって空力性能の改善を画策してきたが、TREKは前方から流れてくる速い空気の流れを有効活用するという新しい手法だった。そして、ついにUCIの新レギュレーションに準拠したフレームとして設計された。
重量面でいえば規定の下限重量である6.8kgに程遠いが、優れた空力性能とフレーム構造を考えてもそれほど重いバイクではない。ただし、ライバルのTARMAC SL7の重量が6.8kgということを考えると500g前後の重量差は大きいといえる。
7世代目のMadoneは純粋な重量対決ではAEROADやTARMAC SL7に劣るものの、新UCIレギュレーションを採用していることから、圧倒的な空力性能を備えている可能性がある。まずは世界最速級のCANYON AERAOD CFRの空力性能をどこまで超えられるかだ。
これから各社がUCI新レギュレーションに準拠したバイクを数多くリリースしてくるだろう。新旧との間には設計の自由度に天と地との差がある。TREKのように、どれだけうまく利用するかは各社の腕の見せ所だ。
TREKは斬新な構造と、新しい発想で7世代目のMadoneを生み出した。その性能はいずれ第三者機関のテストで明らかになるだろう。UCIの新レギュレーションをもとにしたエアロロロードの最速への戦いは、新型Madoneから始まっていくのかもしれない。