シクロクロス界は長らくA. Dugast、FMB、Challengeといったブランドが支配してきた。これらの製品は、そのしなやかさとグリップ性能で業界のベンチマークとされてきたのである。
この文脈において、VittoriaによるA. Dugastの買収は極めて重要な転換点となった。この統合により、Vittoriaが持つ広範な研究開発能力、製造規模、そしてチューブレスに関する専門知識が、手作りの品質で名高い小規模な職人ブランド「A. Dugast」に注入されることになった。
A. Dugast Small Bird Tubeless-Ready(以下、Small Bird TLR)は、このシナジーから直接生まれた製品として位置づけられる。それは、伝説的な「デュガス・フィール」を、現代的で使いやすく、技術的に進化したフォーマットへと体系化する試みである。
本記事の中心的な論点は、A. Dugast TLRが単に「クラシックなタイヤのチューブレス版ではない」という点にある。
むしろそれは、高TPIコットンチューブラーの性能特性(しなやかさ、路面追従性)と、現代のチューブレスシステムに特有の構造的・素材的な要求(空気保持性、ビードの安全性、フックレスリムへの対応)を融合させるために、ゼロから設計されたタイヤである。
ケーシングアーキテクチャー – しなやかさと路面追従性の基盤
240 TPIコットンケーシング: 「チューブラーフィール」の核心
A. Dugast Small Bird TLRの性能の根幹をなすのは、240 TPI(Threads Per Inch)のコットンケーシングである。この仕様が持つ意味を解き明かすことが、本製品を理解する鍵となる。
剛性が高く追従性に劣る低TPIのナイロンケーシングとは対照的に、細いコットンの糸を高密度に織り込むことで、極めて柔軟な構造が生まれる。この「しなやかさ」こそが、不整地における低い転がり抵抗と、コーナリングや障害物乗り越えの際に、より大きく安定した接地面積を維持する。
この設計思想は、ハンドメイドチューブラーの世界から直接受け継がれたものであり、加硫処理された一般的なチューブレスタイヤとの明確な差別化要因となっている。
直接的な競合製品であるChallengeのH-TLR(Handmade Tubeless-Ready)ラインが300から320 TPIのケーシングを採用していることからも、両社が同様の素材を用いて「しなやかさ」という性能を追求していることがわかる。
ネオプレン保護コーティング: 耐久性のための必須技術
天然素材であるコットンは、シクロクロスという競技環境に遍在する水分や泥による摩耗に対して軟弱である。この課題に対応するため、ケーシングには厚さ0.1mmのネオプレン(シリカ)コーティングが施されている。
このコーティングは疎水性の保護膜として機能し、ケーシングが水分を吸収して重量が増加したり、繊維が弱体化したりするのを防ぐ。
これにより、伝統的にデリケートとされる素材が、その本質的な柔軟性を損なうことなく、過酷なレースシーズンを通して信頼性の高い性能を発揮できるようになり、運用寿命が大幅に延長される。
インナーシールド: トレッド下の耐パンク性能
Small Bird TLRは、保護のための強化された追加シートである「インナーシールド」を内蔵している。これは、トレッドの真下に配置された柔軟な耐パンクベルト層であり、ChallengeのPPS(Puncture Protection Strip)のような保護層に類似する技術だ。
ここでの技術的な追及は、鋭利な物体に対する有効な耐性を確保しつつも、高TPIコットンケーシングがもたらす「しなやかさ」という最大の利点を打ち消してしまうような、硬く柔軟性のない層を作り出さないことにある。
インナーシールドは、純粋なパフォーマンス(最大限のしなやかさ)とレース当日の実用性(耐パンク性能)との間の妥協点を見出すための設計思想を体現している。
チューブレスシステムの「チューブラー化」
高TPIコットンケーシングに保護コーティングと内部シールドを組み合わせるという設計は、業界全体の顕著なトレンドを浮き彫りにする。それは、チューブラータイヤの特性を意図的にチューブレスフォーマットへ再設計するという動きである。
これは単にインナーチューブを排除するということではなく、最近までチューブラータイヤを接着して使用することでしか得られなかった乗り心地を再現することに主眼が置かれている。
従来の加硫チューブレスタイヤは、耐久性と信頼性に優れる一方で、エリートレーサーが最重要視する性能特性である「しなやかさ」や路面からのフィードバックに欠けることが多かった。
この課題に対する解決策として、A. DugastやChallengeのような職人ブランドは、自社のコアコンピタンスであるハンドメイドの高TPIケーシングを、チューブレス製品の基盤として活用している。
しかし、未加工のコットンケーシングは多孔性であり、水分に対して軟弱なため、そのままではチューブレス用途には適さない。
したがって、A. DugastのネオプレンコーティングやChallengeのシール加工ケーシングといった技術は、単なる付加機能ではなく、この「チューブラー化」というコンセプトを実現可能にするための必須技術なのである。
Small Bird TLRのケーシングアーキテクチャーは、この大きなトレンドの縮図であり、初期のチューブレスタイヤが持っていた「丈夫だが硬い」というパラダイムから、「しなやかだが要求の厳しい」高性能レースタイヤという新たなカテゴリーへの移行を象徴している。
トレッドデザインとコンパウンド
機能的なトレッド形状: 二重目的のデザイン
Small Bird TLRのトレッドは、オールコンディションタイヤの古典的な設計思想に基づいている。中央部には低いスタッドが配置され、転がり抵抗を抑制する一方、ショルダー部のノブは中央の2倍の高さを持ち、非常に柔らかいラバーミックスで作られている。
これにより、コーナリングで極限のグリップを発揮する。
A. Dugastによればこの設計は、流体力学と土質力学の観点から分析できるという。低く密集したセンタートレッドは、硬い路面で半連続的な接地面を形成し、エネルギー損失を最小限に抑える。
対照的に、高く間隔の広いショルダーノブは、泥や砂、浮き土といった柔らかい表層を貫通して下の硬い層に食い込み、機械的なグリップを生み出すように設計されている。
この特性により、本製品はより転がり抵抗の少ないA. Dugast Typhoonと、本格的なマッドタイヤであるRhinoとの「完璧なミックス」と評されている。
3Cフォーミュレーション
本製品は「3C Formulation」を採用している。3Cフォーミュレーションは、単一のコンパウンドを混合したものではなく、3つの異なる特性を持つラバーコンパウンドを戦略的に配置したものだ。
- ベースコンパウンド: ノブの基底部に配置される、硬く剛性の高いコンパウンド。高いコーナリング負荷がかかった際のノブの変形(ヨレ)や根本からの引き裂きを防ぎ、構造的な支持と耐久性を向上させる。
- センタートレッドコンパウンド: 中央ノブの表面に使用される、中程度の硬度のコンパウンド。低い転がり抵抗と高い耐摩耗性に最適化されている。
- ショルダーコンパウンド: ショルダー部の高いノブの表面に使用される、非常に柔らかく反発の遅いコンパウンド。ヒステリシスロスが大きく、摩耗が早いという代償を払ってでも、多様な路面で化学的・機械的グリップを最大化するように設計されている。
この積層アプローチにより、タイヤの断面全体にわたって性能特性を精密に調整することが可能となり、スピードとグリップという本質的に相反する要求を両立させることができるのである。
Vittoriaのマテリアルサイエンスがもたらす影響
たとえVittoriaのフラッグシップであるグラフェン注入の4Cコンパウンドでなくとも、洗練された3Cコンパウンドの採用は、A. DugastブランドにとってVittoriaの研究開発能力に直接起因する、技術的向上を意味する。
これにより、同ブランドはケーシングとトレッドパターンだけに焦点を当てる伝統的なアプローチから、先進的なマテリアルサイエンスを含む、より包括的なアプローチへと移行した。
歴史的に、A. DugastやFMBのような伝統的なハンドメイドタイヤメーカーは、主にケーシングの構造とトレッドの接着技術で知られていた。コンパウンド技術は比較的シンプルで、研究開発の主要な焦点ではなかった。
対照的に、Vittoriaはマテリアルサイエンスに多大な投資を行い、グラフェンの使用を開拓し、グリップ、スピード、耐パンク性といった性能指標を定量的に向上させるための複雑な4C積層技術を開発してきた。
Small Bird TLRに採用された「3C Formulation」は、Vittoriaのコンパウンド中心の哲学がA. Dugastの製品ラインに注入されたことを示している。伝説的なDugastのケーシングが乗り心地を提供し、Vittoria由来のコンパウンドがグリップと転がり効率における測定可能な性能向上をもたらす。
これは買収がもたらした重要な二次的効果であり、将来のA. Dugast製品がVittoriaのマテリアルサイエンスをさらに統合し、両ブランドの最高級製品間の境界を曖昧にしつつ、ハンドメイドスタイルタイヤの性能の限界を引き上げる可能性を示唆している。
特殊な取り付け方法
A. Dugastのチューブレスタイヤの取り付けは特殊だ。コンプレッサーやエアチャンバー式ポンプで一気に空気を送り出すとタイヤが破損する恐れがある。ポイントは1.5barほど空気を入れた後、手でビードを上げる必要がある。
もう一度言う、「手でビードを上げる」必要があるのだ。
- タイヤの片側をリムにはめる。
- もう一方をリムにはめる。
- バルブコアを抜き、シーラントを入れる。
- 1.5barほど空気を入れる。
- 手でビードを上げていく。
- 空気を入れる
これまでIRC SERAC CXなどの加硫タイヤの場合は、空気の圧力でビードを上げる荒業でも問題は無かった。しかし、A. DugastのTLRタイヤはひと手間加える必要がある。一気に空気を入れてビードを上げようとすると、トレッドに空気が入り込んで膨らんでしまう問題が起きる。
理由はしなやかな多孔性のケーシングにある。シーラントで微細な穴がふさがる前に大量の空気を入れてしまうとケーシングから空気がすり抜け、トレッド手前まで届き、そのままトレッドを膨らませてしまうのだ。シーラント発売当時手順を守らず、何万円もするタイヤを台無しにしたユーザーは多い。
取り付け手順は必ず守るようにしよう。
リムインターフェイスと保護システム
ザイロンビード: チューブレスの安全性を支える礎
Vittoria製のDugastタイヤには「簡単な装着と空気保持のためのザイロンビード」という構造がある。ビード素材として、より一般的なアラミド(ケブラー)ではなくザイロンを選択したことは、極めて重要な技術的判断である。
ザイロンは、並外れて高い引張強度と極めて低い伸び率を特徴とする高弾性率の合成ポリマーである。チューブレスシステム、特にフックレスリムにおいて、空気圧によるビードの伸びを防ぐことは、安全性と空気保持性の両面で最優先事項となる。
伸びないビードは、リムのビードシートとの間に一貫してタイトな「はめあい」を保証する。これが気密シールを形成し、タイヤの脱落を防ぐ主要なメカニズムなのである。
ビードシールド: 重要な応力集中点の補強
Small Bird TLRは、「ビード上の追加レイヤー」である「ビードシールド」を特徴とし、さらなる保護を提供する。これは、ビード束とともに成形されたチェーファーストリップ、あるいは補強層として分析できる。
その機能は二つある。
第一に、ビード周りを包むデリケートなケーシングプライを保護し、タイヤレバーなどによる装着時の損傷を防ぐこと。
第二に、シクロクロス特有の極低圧(しばしば1.7 bar未満)で走行する際に発生するリム打ち(スネークバイトやビード落ち)によるビード周辺の摩耗や損傷から保護する耐摩耗層を提供することである。
フックレスと低圧走行への技術的対応
ザイロンビードとビードシールドの組み合わせは、単なる機能の羅列ではなく、現代シクロクロスが突きつける特有で過酷な要求、すなわちフックレスリムと極低圧走行の組み合わせに対する、的を絞った技術的解決策である。
フックレスリムの設計は、タイヤを所定の位置に保持するために、タイヤビードの直径と強度に完全に依存している。ビードが少しでも伸びれば、破滅的な故障につながる可能性がある。ザイロンビードは、このリスクに対抗するための最も堅牢なソリューションである。
一方で、シクロクロスのレーサーはグリップのための接地面積を最大化するために、他のどの競技でも安全とは見なされないほどの低圧で走行する。この低圧は、木の根や岩への衝突、あるいは再乗車時にタイヤがリムに底付きするリスクを著しく増大させる。
これら二つの要因が組み合わさることで、ビード部には極めて高い応力がかかる環境が生まれる。標準的なビードでは、フックレスリムの圧力下で伸びてしまったり、低圧での衝撃によって損傷したりする可能性がある。
ザイロンビードがフックレスリムの安全要件に対応し、ビードシールドが低圧走行時の衝撃損傷リスクに対応する。これらが一体となって、しなやかなハンドメイドスタイルのタイヤを、現代の機材とレース技術の現実に耐えうるだけの堅牢性を持たせるためのシステムを形成している。
これは、このスポーツ特有の技術的課題に対する、A. Dugastの深く実践的な理解を示している。
システムインテグレーション – フックレス対応、空気圧、寸法
フックレスリムへの明確な対応
Vittoriaの公式製品ページではフックレス互換性の欄が空白になっているが、製品説明では、このタイヤが「フックレス対応」であり、「フックレスリムでの使用が承認されている」と明確に述べられている。
タイヤがフックレスリムでの使用を承認されるためには、そのビードの設計と直径が、安全で確実な装着を保証するための厳格なETRTO(European Tyre and Rim Technical Organisation)規格に準拠している必要がある。
前述のザイロンビードの採用が、この互換性を可能にする重要な要素である。これは、現代的なホイールセットを持つ潜在的な購入者にとって、極めて重要な情報である。
システムの最適化: リム幅と空気圧
本製品は、UCIの幅規制に準拠するため、内幅21mmのリム用に設計されている。これは、UCI公認レースにおける最大タイヤ幅33mmという規則に直接対応するものである。より広いリムに装着するとケーシングが広がり、33mmの制限を超える可能性がある。
21mmリムにタイヤプロファイルを最適化することで、Vittoria/Dugastはレーサーにレギュレーション順守のための信頼できる基準を提供している。
最大空気圧3.5 bar / 51 psiという仕様は、ビードを上げる際や舗装路走行のための安全上の上限値であり、実際のレースで使用する空気圧は、コースコンディションやライダーの体重に応じて、1.5~2.0 barの範囲といった、これより大幅に低い値となる。
技術仕様と重量
以下の表は、主要な技術データを包括的にまとめたものである。各仕様が実際の性能において何を意味するのかという詳細な解釈を加えた。
| 特徴 | 仕様 | 技術的洞察 |
| サイズ (ETRTO) | 700x33c (33-622) | UCI公認シクロクロスの標準規格。現代的なリムでレギュレーションに適合するよう最適化されている。 |
| 重量 | 400 g | 保護機能を内蔵したチューブレスレディ・レースタイヤとして競争力のある重量。軽量性と耐久性のバランスが取れている。 |
| ケーシング | 240 TPI コットン (ネオプレンコーティング) | しなやかで「チューブラーライク」な乗り心地の基盤。ネオプレンは天然コットン繊維を風雨から保護するために不可欠である。 |
| コンパウンド | 3C Formulation | 中央部の低い転がり抵抗とショルダー部の高いコーナリンググリップを戦略的に両立させたマルチコンパウンドトレッド。 |
| ビード | ザイロン、フォールディング | 高強度で伸びの少ないビード素材。特にフックレスリムにおいて、安全で確実なシールを確保するために極めて重要である。 |
| 保護機能 | ビードシールド、インナーシールド | 耐久性への二重アプローチ。低圧時の衝撃からビードを補強し、トレッド部分をパンクから保護する。 |
| リムタイプ | チューブレスレディ (TLR) | 空気保持にシーラントが必須。多孔性のコットンケーシングは、シーラントをシステムの構造的構成要素とする。 |
| フックレス互換性 | 対応 | 現代的なフックレスリム設計で安全に使用するためのETRTO規格を満たすよう設計されている。 |
| 最大空気圧 | 3.5 bar / 51 psi | 装着時および輸送時の安全上限値。レース時の空気圧はこれを大幅に下回る。 |
| 推奨リム内幅 | 21mm | タイヤのプロファイルを最適化し、公称33mm幅を達成することでUCI規則への準拠を確実にする。 |
システムの完全性 – シーラントの決定的な役割
アンモニア非含有の厳守: ケーシングの完全性維持
Vittoriaのシーラントに関する資料では、アンモニアを含まず、同社のコットンケーシングタイヤに適していることが確認されている。この要件には、化学的および材料科学的な明確な理由がある。
アンモニアは、ラテックスベースのシーラントにおいて、液体ラテックスの早期凝固を防ぐための保存料としてしばしば使用される。
しかし、アンモニアはアルカリ性であり、ハンドメイドのコットンケーシングに使用されている天然ゴムやラテックスコーティングを化学的に攻撃し、時間とともに分解、層間剥離、そして最終的な破損を引き起こす可能性がある。
Small Bird TLRのように、ケーシングの完全性が性能と安全性に直結するタイヤにとって、アンモニアフリーのシーラントを使用することは、単なる推奨事項ではなく、早期のタイヤ故障を防ぐための厳格な要件なのである。
パンク修理剤だけではないシーラント
高TPIのコットンケーシングは、加硫処理されたブチル/ナイロンケーシングに比べて本質的に多孔性である。標準的な加硫チューブレスタイヤでは、シーラントの主な役割はパンクを塞ぐことにある。
しかし、Small Bird TLRのようなハンドメイド・チューブレスレディタイヤでは、シーラントは二重の機能を果たす。
その第一の役割は、コットンケーシング全体に存在する微細な孔を塞ぎ、タイヤが空気圧を保持するための気密膜を形成することである。第二の役割がパンク修理となる。
この根本的な違いは、シーラントの選択、量、そしてメンテナンスが、加硫タイヤと比較して、このタイヤの基本的な機能にとって遥かに重要であることを意味する。本製品は、タイヤとシーラントが不可分な一つのシステムとして見なされなければならない。
「ハイメンテナンス・ハイリワード」というパラダイム
厳格なシーラント要件とケーシング固有の多孔性は、A. Dugast TLRを主流のチューブレスタイヤとは異なるユーザーエクスペリエンスのカテゴリーに位置づける。
それは、チューブラータイヤが持つ「ハイメンテナンス・ハイリワード(手間はかかるが、それに見合う高い見返りがある)」というパラダイムにより近いものである。
一般的な加硫ケーシングを用いたチューブレス製品は、一度セットアップすれば、その後はあまり手がかからないことが多い。シーラントの種類にそれほど敏感ではなく、長期間にわたって空気を保持する。
対照的に、A. DugastやChallengeのH-TLRタイヤは異なる挙動を示す。特定のシーラントを要求し、ラテックスチューブと同様に空気の抜けが早い場合があり、初期のセットアップがより困難なこともある。
このユーザーエクスペリエンス、すなわち走行前の空気圧チェック、慎重な材料選択(接着剤/シーラント)、そして利便性よりも性能の最大化を優先する姿勢は、レーシングチューブラーの所有体験と全く同じである。
したがって、Small Bird TLRは標準的なチューブレスタイヤの直接的な代替品ではない。
それは、チューブレスの利点(パンクのシーリング、容易なタイヤ交換)を享受しつつ、チューブラーシステムに匹敵する優れた乗り心地と性能を達成するためなら、より手間のかかるメンテナンスルーチンを受け入れる用意のある、特定のユーザー、すなわち熱心なレーサーのための製品なのである。
Small Birdの適した条件
日本国内のほとんどのCXレースでSmall Birdが適している。具体的には、りんりんポート土浦(織田聖選手がSmall Birdを使用し優勝)や、芝メインで一部が土のコースに適している。ドロがひどくならなければ、基準として使用するタイヤと言える。
少し前まではA. DusgatといえばTyphoonが標準タイヤだった。今でも海外のレースはTyphoonが主流だが、日本と海外とではコース、土、ドロなど環境が大きく異なる。日本のレースではTyphoonよりもSmall Birdが適している場合が多いようだ。
海外のA. Dugastのプロライダーによるタイヤ使い分け方法を調べたことがあるが、TyphoonとSmall Birdの扱い方は根本的に異なるようだ。
Typhoonは「タイヤプリントを綺麗に残す」走り方、Small Birdは「サイドを食い込ませる」走り方が得意だという。
それぞれ使ってみて私なりに解釈すると、Typhoonはバイクを立てて(タイヤも垂直)走らせることで伝統的なトレッドパターンをフルに引き出して使用する事が出来るようだ。Typhoonで走った後には、綺麗なトレッドパターンが残るのがベストだという。
対してSmall Birdは中心のノブが小さく、低い。対してサイドに行けば行くほどノブが大きく、高くなる。そのため、バイクを倒して曲がるようなMTB的な使い方をするとSmall Birdのタイヤ性能をより引き出せる。
では、直線ではどちらのほうが速いのだろうか。意外なことにTyphoonのほうが直進するときに軽さがあるという。私には違いがわからなかったが、以前TOYOフレームをお借りした際に、竹ノ内選手と走らせて頂いたことがあるのだが、同じようなことをおっしゃっていた。
「Small BirdよりもTyphoonのほうが軽く感じる」と。VittoriaやDugastによるタイヤの使い分けチャートとは異なる感覚を、トップ選手達は持っている様だ。
そして、DugastにはDugastの走らせ方があるという。何度使っても、私にはまだわからない。その領域まで達していないわけだが、苦し紛れに例えるとしたら、DugastはLightweightを走らせるような難しさがある。直進するとき、コーナーリングの時、「Dugastの走らせ方」が要求されるのだ。
それは、チューブラー、チューブレスどちらでも同じだった。ただ、このタイヤを扱うことができれば、速さを手に入れられる。残念ながら、私はまだその領域にまで達していない。とはいえ、シクロクロスをやるなら、一度はDugastを使わずしてシクロクロッサーとは言えない、というタイヤなのだ。
まとめ: A. Dugast Small Bird TLRは誰のためのタイヤか
A. Dugast Small Bird TLRは、職人技によるケーシング技術と現代的なタイヤ工学が見事に融合した成果物である。それは、高く評価されてきたハンドメイド・コットンチューブラーの乗り心地を、最新のリムテクノロジーと互換性のある、機能豊富なチューブレスシステムへと見事に昇華させている。
その主な強みは、比類なき路面追従性とグリップを提供する卓越したしなやかさと、直線でのスピードとコーナリングでの信頼性を巧みに両立させたトレッドデザインにある。Vittoriaのコンパウンドサイエンスと堅牢なビード技術の統合により、本製品はレースでの使用に耐えうる、手強い選択肢となっている。
最終的に、本製品は日常的なオールラウンダーとしてではなく、専門的なレース機材として位置づけられるべきである。
それは、究極の乗り心地と性能を最優先し、それに伴う特定のメンテナンス要件(シーラントの選択、空気圧の監視)を管理する準備ができている、競技志向のサイクリスト、プロ、あるいは見識のある専門家にとって理想的な選択肢である。
Small Bird TLRは、接着剤の手間をかけることなく、チューブラーに限りなく近い体験を提供する、「チューブラー化」されたチューブレスタイヤの現在の頂点を表している。
























