Specializedが最新フラッグシップロードレーシングシューズの「S-Works Ares 2」をリリースした。
S-Works Ares 2は、これまでのモデルと比較して、最大 7 ワットのパワー向上と、前足部の圧力を44%削減するという。Ares 1で採用していたソックスメッシュタイプから、タン構造の合成素材を採用したシューズに原点回帰している。
今回のインプレッションでは、S-Works Ares 2を実際に試しながら分析した。前作Aresからのデザイン進化や、S-Works Torchとの関係についても検証していく。実際のフィット感、ライド時における快適性、パワー伝達性能、足の安定性、通気性なども評価した。
進化ではなく革新:Ares 2 vs Ares 1
S-Works Ares 2は、前作のAresから大幅な進化を遂げていた。単なるマイナーチェンジではない。SpecializedはAresコンセプトを根本から見直すことで、Ares 1の課題を解決し、究極のレースシューズとして新たな方向性を確立している。
最も目立つ変更点の1つは、アッパーの構造だ。Ares 1は、ソックスのようなフィット感を提供する独自のニットとメッシュ構造が特徴だった。Ares 2はこれを完全に廃止した。伝統的かつ昔ながらの、タン構造のアッパーと合成素材を採用している。
この変更は、幾つかの実用的な利点をもたらした。Ares 1は履きにくさがあったが、Ares 2では容易かつスピーディーに履けるように改良されている。
そして、ニット生地と異なり、合成素材は汚れを拭き取りやすく水を吸収しない。特に重要なのは、この素材の変更で耐久性が向上したことだ。Ares 1はその素材が故早期に摩耗したり、破れなどの問題があったという。Ares 2はこれらの問題を解決している。
フィット感の哲学も進化している。Ares 2は、Retülの10万件を超える足型スキャンデータに基づいて開発されている。新設計のワイドなBody Geometryラストは、その研究開発のたま物だ。
これは、Ares 1の幅の狭さや、締め付け感が強い特徴とは対照的だ。筆者が愛用していたシマノS-PHYRE SH-RC903 WIDEよりも若干幅広く感じる。海外では、Ares 2にワイドバージョンが用意されているが、日本での展開はない。ノーマルタイプでも十分広いからだろう。
ヒールカップのデザインも一新された。Ares 2は、対称型の外部ヒールカウンターを採用している。安定性を追求した伝統的な形だ。Ares 1の低めのヒールデザインから置き換えられている。ヒール上部の厚みも増しており、ヒールが上がることを効果的に防止することを目的としている。
両世代とも、三角形のクロージャーパターンを採用したデュアルダイヤルBOAシステムを採用している。Ares 2は金属製BOA Li2ダイヤルにアップグレードされており、便利なポップリリース機能を備えている。
Ares 2のクロージャーシステムは、より洗練されており甲全体に圧力を均一に分散する。分散具合を表現するとしたら、例えばS-PHYRE SH-RC903系は「指2本で甲を押さえている」ような感覚だったのに対して、Ares 2は「手のひら全体で甲を抑えている」感覚だ。
Ares 2はAres 1の後継モデルというよりも、S-Works Torchのアップデートと表現した方が適切かもしれない。もしくは、S-Works Torch “WIDE”だ。
Ares 2のこの進化は、ベースとなるカーボンアウトソールが似ていること、S-Works Torch採用されたワイドな Body Geometry ラストコンセプトの採用、Ares 1の独自のブーツ構造(ソックス風、タン無し)から伝統的なアッパー(タン有り)への構造変更に起因している。
S-Works Torchと基本的な要素を共有しつつも、Ares 2は絶対的な足全体のホールド性能、安定性を追求するという、はっきりとしたポイントで差別化を図っている。
かかとからアキレスけんにかけて、密度が高いパッドを採用し、独自の三角形クロージャー構成を活用することで、スプリンターやパワフルなライダーが満足できるようなシューズに仕上がっている。
Ares 1とAres 2の間で実施された大幅な改良は、Specializedの意図的なシューズ戦略を示していると思う。これらの変更は、Ares 1の課題だった、耐久性への懸念、履きにくさ、フィット感の問題に対する解決策といえる。
Specializedは、Ares 1への問題に対して迅速な対応を行ったと思う。
そうすることで、S-Works Torchから採用され成功したワイドラストや、ソールプラットフォームを採用し、Aresの特徴でもあった三角形のクロージャーパターンを洗練させた。
Specializedは「Ares」をS-Worksラインアップにおける絶対的な「パワー伝達装置」として位置付け、Aresを再定義している。
戦略的かつ、既存のシステムの融合は、Ares 1の「意図」とTorchで成功した構造を効果的に融合させている。それは、Specializedの最上位のロードシューズとしての地位を、正当化するのが目的だろう。
Key Feature | S-Works Ares 1 | S-Works Ares 2 |
ラスト幅 |
標準 S-Works(一部の人には狭く感じる) |
新設計のボディジオメトリラスト(前足部が広い) |
アッパー素材 |
Dyneema補強入りニット |
合成皮革 |
ヒールカップデザイン |
一体型、 対称型 |
対称型、拡大された外部カウンター |
クロージャータイプ |
BOA Li2 |
BOA Li2 |
履きやすさ |
難しい |
容易 |
耐久性 |
摩耗しやすい | 摩耗しにくい |
価格 | – | ¥56,100(日本が安すぎ、海外は¥90,000) |
デザイン:テクノロジー、素材、ボディジオメトリ
S-Works Ares 2の核心には『剛性』と『効率性』の2つがある。このシューズは、パワーを最大限伝達するためにユニディレクショナルカーボンアウトソールを採用している。このソールはS-Works Torchと類似している。
製造時の余分なレジンを最小限に抑えるカーボン、剛性を維持する「Iビーム」構造を採用している。Specializedはこのソールに最高レベルの剛性指数15を付与しているが、これはブランド独自のスケールである点に注意が必要だ。
シマノのシューズも剛性指数12であるが、同じ土俵で比較できるものではなく基準がない。
Ares 2は頑丈な構造ながら、重量は競争力のある263グラム(サイズ44)に抑えられており軽量性を実現している。
アッパーは、S-Works Torchと同じ新素材で作成されている。これらの素材は、構造的な特性だけでなく、実用的な利点も考慮して選択されている。具体的には、清掃が容易で、足入れがスムーズであり、時間の経過とともに足の形状になじみながら不要な伸びが発生しにくい特徴がある。
摩耗やストレスの多い部位(かかと、つま先部分、クランク付近の足先内側)には、樹脂素材で戦略的に補強が施されている。
足を固定するのは、マイクロ調整機能と便利なポップリリース機能を備えたデュアルダイアルのBOA Li2フィットシステムだ。これらの金属製ダイアルは、三角形のクローズシステムを操作する。
この設計は、アッパーと足との接触面積を増加させ、足を保持する圧力を均一に分散させることで、局所的な足の”アタリ”を最小限に抑えることを目的としている。
しかし、Ares 2の最大の特徴は、ほとんどのハイエンドSpecializedシューズと同様に、Body Geometryシステムの統合にある。この人間工学に基づいたシューズ構造は、10万件を超えるRetül 3D足スキャンやSpecializedの研究を通じて最適化されている。
これらのBody Geometry機能は、快適性の向上、パワーの強化、足のフィット感の改善を目的としている。注目すべきは、『7ワットのパワー向上』という内容だ。
実際にワットが向上するのかは、インプレッションでお伝えする。
履き心地:フィット感、感触、一日中続く快適性
S-Works Ares 2 を履いたときに最も感じられた変化は、新しいボディジオメトリーラストの効果だ。これまで4足のSpecializedシューズを使用してきたが、従来のシューズと比べて、つま先部分が大幅に広くなっている。
ノーマルモデルでS-PHYRE SH-RC903のWIDE並み、使い込んでいない状態でも幅が広く感じたため、実際はそれよりも広いかもしれない。
このボリュームの増加により、つま先が自然に広がり、圧迫されることなく足がベタ踏みできる。この設計は、前足部の圧力を44%軽減することや、長時間のライドや激しいライド中のしびれや足の局所的な”アタリ”など、一般的な不快感を軽減することを目的としている。
広くなった足の前方向を補完するように、ミッドフットとヒール全体に極めて安定した、ガチッとロックされたようなフィット感を実現している。
これは、スプリント時やハードな使い方を行った際に、ヒールが浮き上がるのを防ぐ目的があり、拡大された外部ヒールカウンターや、圧力を均一に分散する三角形のBOA Li2クロージャーシステムの組み合わせにより実現されている。
足がペダルにしっかり固定され、接続された状態を保つために足を安定化させるというAres 2の目標が伝わってくる。
Ares 2の快適性は非常に良いと思う。以前のSpecializedシューズよりも、箱から出して履いた直後の快適性が格段に優れていると感じた。というのも、これまでのシューズは慣らして、使い込むことでフィットするものがほとんどだった。
しかし、Ares 2は驚くほど柔軟で、足に無理に形を合わせるのではなく、足に自然にフィットするシューズだ。BOAワイヤーは、局所的に圧力が生じるものが多いが、クロージャーシステムはそれを回避している。
そのため、長時間走行時の快適性も良好で、剛性が高いシューズながら6時間以上のロードトレーニングでも足が痛くなりにくい。長時間乗車時の快適性はレーシングシューズらしからぬ優しさがある。
ただし、踏み込むと直ちに硬いとわかる剛性の高さがある。
フィット感は個人差があると思う。特にインソールは好き嫌いが分かれる。カスタムインソールの追加は必須だ。インソールは、個人ごとのフィット感に重要であるため、交換をおすすめしたい。
フィットの微妙な違いは幅にある。Ares 2は、標準の幅設定でも、以前のSpecializedモデルよりも明らかに広く、特に前方部が広い。これにより、狭すぎたり締め付けが強すぎると感じていた人にとって、画期的な選択肢となる可能性がある。
逆に、この広いボリュームは、本当に足の幅が狭い方や、全体的にボリュームが小さい足を持つライダーにとっては逆に問題になる可能性があるということだ。アッパー素材は耐久性があるが、Ares 1のニット素材に比べると自然なフィット感に欠ける。
そのため、足幅が狭いライダーは、過度に締め付けたり、アッパー素材が不快にたわむことなく、十分なフィット感と安定性を得るのに苦労する可能性があるだろう。
ただ、これらはAres 2の設計におけるトレードオフの関係にある。
Retülのデータを活用し、平均的な足形に対応し、大多数のライダーの圧力ポイントを軽減するラストを設計することで、Specializedはこれまで以上に多くのライダーに対して、快適にフィットするシューズ生み出したことは間違いない。
しかし、統計データからシューズの幅を最適化するアプローチは、必然的に、足幅が狭いライダーのフィット感を犠牲にするリスクを伴っている可能性がある。
パワーを路面に伝える:実際のパフォーマンス
S-Works Ares 2は、パフォーマンスを最優先に設計されているシューズだ。最大負荷下での効率的なパワー伝達と安定性を重視している。非常に硬いユニディレクショナルカーボンソールは、人間の踏力程度では変形することはない。
Ares 2をはけばわかるが、変形によるエネルギー損失がないことが伝わってくる。この剛性は、シューズの最大の特徴であるシューズと足が一体化するフィット感と組み合わさっている。
シューズ内の足の動きをほぼ完全に排除し、拡大されたカウンターにより踵が上がることを抑制している。Ares 2はライダーとペダルシャフトの接続感が極めて高く感じ、パワーが即座に推進力に変換されるように感じた。
この安定性は、スプリントなど全力で踏み込んだときに特に顕著だ。ヒールカップの確実な保持とクロージャーシステムの包括的な巻き込みが、爆発的な加速、スプリント、登坂時のダンシング時も、シューズの中で足を安定させる。
Ares 2で「7ワットのパワー向上」という大胆な主張は、空力特性ではなく、「乳酸しきい値の向上」に起因するようだ。ボディジオメトリーの特徴である新しいラストや、アーチサポートの相乗効果によるものらしい。
そして、安定性の向上、締め付けによる圧力分布を最適化することで、ペダリング中の足と脚の安定化に対して、必要な筋力を削減するという。この効率の向上により、これまでと同じペダリングでも、更に多くのパワーを生成でき、乳酸しきい値を実質的に引き上げるという。
ただ、Ares 2は構造と確実なフィット感により卓越したパワー伝達を提供することは間違いようだが、7ワットもパワーが向上したかは確認できなかった。
通気性について
S-Works Ares 2は高いホールド性能とパワー伝達において優れた性能を発揮する。しかし、通気性の優先順位はそれほど高くないようだ。
アッパーは主に合成素材で構成されている。これはAres 1で使用されていたニットやメッシュ生地、またはS-Works Ventのような気温が高い条件に対応するシューズのような、広範囲にせん孔されたアッパーに比べて通気性が低い素材だ。
説明文には、「通気性がある」と記載されているが、せん孔パターンやメッシュインサートの具体的な詳細は、ほとんど言及されていない。
S-Works Ventのような通気性に特化したシューズと対比すると、通気性に関してはAres 2の特長ではないことを示唆している。Ares 2は、本質的に通気性の低いアッパー素材に変更しているため、通気性は夏の使用をみて追加レビューしたい。
Ares 1の通気性に優れたニット構造から、Ares 2の構造化された合成素材への変更は、設計上のトレードオフを表している。耐久性、清掃のたやすさ、防水性、および高いホールド性能は、シューズ内の空気の流れを高めることよりも優先されている。
4月から6月の穏やかな気候であればよいが、日本のような非常に暑く湿度の高い条件下で頻繁に走行するサイクリストにとっては、通気性の問題が顕在化する可能性がある。
600ドル、ただし日本は激安価格。
Ares 2は海外では600ドル、およそ9万円もするシューズとして話題になっている。
日本ではわずか56,100円、現在のレートでは390ドルである。ほとんどバーゲンセールなのだ。したがって、海外の「性能が高いが、値段も高い」という評価とは少々異なる。
Specialized S-Works Ares 2は、ここまで紹介してきた通り、確実なフィット感とパワー伝達の究極のシューズとして、Specializedのトップグレードに位置付けられている。強みは明確に定義されており、パフォーマンス志向のライダーなら一度は履いてみたいと思うだろう。
ただし、これらの強みは、56,100円という価格と天びんにかける必要があり、高いパフォーマンスの正当性が求められる。例えば、シマノS-PHYRE SH-RC903は¥56,650だ。Specializedジャパンは、明確にこの価格レンジを狙ってきているのかもしれない。
価格に対する評価は、ライダーの優先事項に依存すると思う。競技志向のレーサー、スプリンター、絶対的な足の安定性、最大出力時の安定性、直接的なパワー伝達を最優先するライダーにとって、Ares 2はコストにもかかわらず魅力的な選択肢になると思う。
ライダーの足形に広く適合し、狭いシューズでの不快感を解消される場合、快適性の向上は更に魅力を高めている。Ares 1に比べて耐久性が向上した点も、前モデルと比較してみれば新たな価値を追加している。
ただし、通気性を重視するライダー、非常に狭い足を持つライダー、または予算が限られているライダーの場合、Ares 2の価値は明確ではなくなる可能性がある。
まとめ:最高の接続性とパフォーマンスを求める方に
Specialized S-Works Ares 2は、卓越した足首の固定力、安定性、パワー伝達を約束する、高度に作り込まれたトップクラスのロードレースシューズだ。そして、従来のSpecializedシューズとは異なるフィット感であるため、S-Works Ares 2を試着することを強くおすすめする。
Ares 2は、耐久性、使いやすさ、特に新しいBody Geometryラストを採用した平均的な幅から広い足を持つライダーにとっての快適性において、Ares 1から大幅な改善が図られていた。
ペダルとの確実な接続性を追求する競技サイクリスト、シューズへのパフォーマンスを重視するライダーにとってみれば、日本の価格は十分に説得力があると言える。
Ares 2は、緻密に設計された強力なパフォーマンスシューズだ。これまでSpecializedシューズに合わなかったライダーも、ようやくその高性能を享受できるだろう。