ドイツのバイクメーカーCanyonとスイスのコンポーネントメーカーDT Swissが4年の歳月をかけて共同開発したCANYON Grail CF SLX 8 w/ RIFTは、単なる新モデルの投入ではない。
これは、グラベルレースの未来像を具体的に提示する戦略的製品である。このバイクは、荒れた路面での快適性向上という二次的な目的ではなく、制御性と疲労軽減を通じて純粋な速さを追求する手段として、サスペンションを性能の中核に据えている。
889,000円という価格設定で市場に投入されたこのマシンは 、40mmトラベルのF 132 ONEフォークと空力的に最適化されたCF SLXカーボンフレームを統合し、グラベルレースにおけるパフォーマンスの定義そのものを問い直す。
CANYON Grail CF SLX 8 w/ RIFT: 技術詳細
CANYON Grail CF SLX 8 w/ RIFTは、単一のコンポーネントの集合体ではなく、フレーム、サスペンション、コンポーネントが一体となって機能するよう設計されたシステムである。
本章では、その技術的基盤を構成する各要素を分解し、客観的なデータに基づいてその設計思想と特性を詳細に分析する。
カーボン階層とフレームの特性
Grailの心臓部であるフレームは、Canyonが長年培ってきたカーボン成形技術と、現代のグラベルレースが要求する空力性能、そして実用性を融合させたものである。しかし、その設計には先進性と同時に、現行プラットフォームの制約も内包されている。
Canyonは、製品ライン全体で明確なカーボン素材の階層戦略を採用している。標準的な「CF」、軽量高剛性の「CF SLX (Super Light Extreme)」、そしてプロレース仕様の最上位モデル「CFR (Canyon Factory Racing)」である。
Grail RIFTは、その中間グレードであるCF SLXフレームを基盤としている。このフレームは、ヘッドチューブやボトムブラケット周辺に高弾性カーボンファイバーを使用することで、高い剛性と反応性を実現している。
最上位のCFRフレームは、CF SLXからさらに118g軽量化され、BBおよびヘッドチューブ周りの剛性が10%向上している。このモデルにCF SLXフレームを選択したことは、トッププロだけでなく、資金力のあるレーサーにも先進的なサスペンション技術を提供するという戦略的意図を示唆している。
空力性能と統合ストレージ
第2世代のGrailフレームは、風洞実験を経て開発されたエアロチューブ形状を採用しており、旧モデルと比較して時速45kmで9.1ワットの空力削減を達成したと公表されている。
この空力性能は、フレームに統合された「Aero LOAD System」によってさらに強化される。ダウンチューブ内蔵の「LOAD Down Tube Storage」と、オプションの専用フレームバッグ「LOAD FidLock QuickLoader」は、単なる収納機能ではなく、バイク全体の空力特性を向上させる要素として設計されている。
特にFidLockバッグを装着した場合、バイクの空力性能は1.5ワット向上するとされている。これは、収納ソリューションがもはや後付けのアクセサリーではなく、初期設計段階から空力性能パッケージの一部として組み込まれていることを示しており、エンデュランスロードやグラベルレースにおける最新の設計トレンドを反映している。
タイヤクリアランスの不均衡
本機の設計における最も重要な技術的制約は、フレームとフォーク間のタイヤクリアランスの不均衡である。
フレームのリア側は最大42mm幅のタイヤに対応する一方 、フロントに搭載されたDT Swiss F 132 ONEフォークは公称で最大50mm、プロライダーのセッティングでは最大57mm (2.25インチ) のタイヤを装着した事例も報告されている。
この約10mm以上のクリアランス差は、フォークの持つポテンシャルを最大限に引き出そうとするライダーに、フロントが広くリアが狭い、いわゆる「マレット」セットアップを強いることになる。
これは、ステアリングのグリップ向上に寄与する可能性がある一方で、フレームプラットフォームがフロントエンドの革新に追いついていないことを示唆している。市場がよりワイドなタイヤへと移行する中で 、リア42mmというクリアランスは、すでに時代遅れとの指摘もある。
ジオメトリとハンドリングへの影響
サスペンションフォークの導入は、バイクのジオメトリに根本的な変化をもたらす。F 132 ONEフォークのアクスル・トゥ・クラウン長(肩下寸法)は435mmであり 、一般的なリジッドグラベルフォーク(約395-400mm)よりも大幅に長い。
この差は、フレーム全体を後方に傾け、ヘッドチューブ角とシートチューブ角を約1.5度から2.0度寝かせ、ボトムブラケット高を上昇させる。
結果として、ハンドリング特性は高速域での安定性が増す一方で、低速でのテクニカルな登坂などでは、ステアリングの応答性が鈍化する挙動を示す可能性がある。以下のジオメトリ表は、各サイズの詳細な寸法を示している。
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参考適正身長 in cm
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≤ 169 | 167 – 175 | 172 – 181 | 179 – 187 | 185 – 193 | 190 – 199 | ≥ 196 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
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サドル高 in mm (a)
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623 – 723 | 653 – 753 | 683 – 783 | 713 – 813 | 743 – 843 | 773 – 873 | 803 – 903 |
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シートチューブ長 in mm (b)
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420 | 450 | 480 | 510 | 540 | 570 | 600 |
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トップチューブ長 in mm (c)
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533 | 550 | 564 | 586 | 609 | 623 | 648 |
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ヘッドチューブ長 in mm (d)
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123 | 129 | 145 | 163 | 187 | 207 | 230 |
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ヘッド角 (e)
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69,5° | 71° | 71,5° | 71,5° | 71,5° | 71,8° | 71,8° |
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シート角 (f)
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73,5° | 73,5° | 73,5° | 73,5° | 73,5° | 73,5° | 73,5° |
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チェーンステー長 in mm (g)
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425 | 425 | 425 | 425 | 425 | 425 | 425 |
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ホイールベース in mm (h)
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1.021 | 1.024 | 1.034 | 1.057 | 1.080 | 1.092 | 1.118 |
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スタック in mm (i)
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545 | 556 | 573 | 591 | 613 | 633 | 655 |
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リーチ in mm (j)
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372 | 385 | 394 | 411 | 427 | 435 | 454 |
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スタンドオーバーハイト in mm (k)
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745 | 766 | 789 | 813 | 838 | 863 | 901 |
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BB下がり in mm (l)
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75 | 75 | 75 | 75 | 75 | 75 | 75 |
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スタック+ in mm
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625 | 632 | 652 | 669 | 692 | 713 | 735 |
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リーチ+ in mm
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405 | 420 | 439 | 456 | 472 | 489 | 508 |
コンポーネントシステム構成
Grail CF SLX 8 w/ RIFTのコンポーネント構成は、そのレース志向を明確に示している。ドライブトレインからホイールセット、コックピットに至るまで、パフォーマンスを最大化するための選択がなされているが、一部の独自仕様パーツは長期的なメンテナンス性に課題を残す。
| コンポーネント | 仕様 |
|---|---|
| フレーム | Canyon Grail CF SLX Carbon, Aero LOAD System |
| フォーク | DT Swiss F 132 ONE, 40mm travel, PUSHCONTROL remote lockout |
| リアディレイラー | SRAM Force XPLR Etap AXS E1 46t |
| クランク | SRAM Force XPLR AXS E1 with Quark Powermeter |
| ボトムブラケット | SRAM Pressfit DUB Wide |
| チェーン | SRAM Force E1 |
| カセット | SRAM Force XPLR XG-1371 E1 10-46t |
| シフト/ブレーキレバー | SRAM Force AXS HRD |
| ブレーキローター | SRAM Paceline |
| ホイールセット | DT Swiss GRC1400 Spline, Carbon |
| タイヤ | Pirelli Cinturato Gravel RC |
| コクピット | Canyon Cockpit CP0039 |
| ハンドルバーテープ | Canyon Ergospeed Gel |
| サドル | Fizik Vento Argo X3 |
| シートポスト | Canyon SP0096-01 |
ドライブトレインには、SRAMのグラベル専用コンポーネントであるSRAM Force XPLR Etap AXS E1が採用されている。1×12速システムと10-46Tのワイドレンジカセットは、シンプルな操作性と高いチェーン保持性能を両立し、過酷なグラベルレースの要求に応える。
ホイールには、空力性能と耐久性を兼ね備えたDT Swiss GRC1400カーボンホイールが装着されており、フレームのエアロ思想と一貫性のあるアッセンブルとなっている。
一方で、Canyon独自の統合型カーボンコクピット「Canyon Cockpit CP0039」は、空力性能とエルゴノミクスに優れる反面、ステム長やハンドル角度の調整範囲が極めて限定的である。
DT Swiss F 132 ONE サスペンションフォーク
CANYON Grail CF SLX 8 w/ RIFTの性能を定義づける最も重要な要素は、DT Swissと共同開発されたF 132 ONEサスペンションフォークである。
このフォークは、単なる快適性向上のための装備ではなく、速さを追求するための工学的ソリューションとして設計されている。その内部構造と革新的な機能は、グラベル用サスペンションの新たな基準を打ち立てる可能性を秘めている。
開発背景と設計目標
F 132 ONEフォークは、2021年に開始されたCanyonとDT Swissによる4年間の共同開発プロジェクトの成果である。開発の根本的な目標は、既存のマウンテンバイク用フォークを短縮・流用するのではなく、グラベルライディング特有の要求にゼロから応える専用設計を行うことにあった。
特に重視されたのは、グラベル路面で支配的な高周波振動を効果的に減衰させるための「スモールバンプ・センシビティ(微細な凹凸への追従性)」である。これは、大きな衝撃を吸収する能力よりも、長時間のライディングで蓄積する疲労を軽減し、トラクションを維持することに主眼を置いた設計思想である。
内部構造の徹底解説
F 132 ONEは、その軽量な外観とは裏腹に、DT Swissが誇る先進的なサスペンション技術が凝縮されている。Plaingainダンパー、PUSHCONTROLロックアウト、そしてLINEAIR SLエアスプリングという3つの核心技術が、その卓越した性能を実現している。
Plaingain ダンパー
ダンピングを司る心臓部には、「Plaingain」と名付けられた軽量油圧ダンパーカートリッジが採用されている。DT Swissはこの名称を商標登録しており、その独自性を示している。
このダンパーは、フォークレッグ下部のダイヤルで9段階のリバウンド調整が可能である。詳細な内部構造図は公開されていないが 、「カートリッジ式」であること、そして「ポジションセンシティブ(ストロークの位置に応じて減衰力が変化する)」設計であることが明かされている。
これは、ストロークが進むにつれて圧縮減衰力が増加し、40mmという短いトラベルでも底付き感のない、プログレッシブなフィーリングを生み出すことを目的としている。
Plaingainという名称は、MTB用フォークに見られる複雑な多段階コンプレッション調整を排し、軽量性と低フリクション、信頼性に特化したシンプルな構造を示唆している。
PUSHCONTROL リモートロックアウト
本フォークの最も革新的な機能が、特許出願中の「PUSHCONTROL」リモートロックアウトである。
ドロップハンドルバーのどの位置からでも操作可能なこのレバーは、従来のロックアウト機構とは一線を画す。内部に搭載された回転式ラチェット機構により、レバーを一度押すとロック、もう一度押すとアンロックというトグル式の操作を実現している。
このロックアウトは極めて強固で、750N以上の力が加わらない限り作動しないブローオフバルブを備えている。しかし、この革新的な操作性には重大なトレードオフが存在する。
従来の2ポジションレバーが提供していた明確な触覚的・視覚的フィードバックが失われ、ユーザーはフォークを押し込んで状態を確認する必要がある。
LINEAIR SL エアスプリング
エアスプリングには、DT SwissのMTB用ハイエンドフォーク(F 232 ONEなど)で実績のある「LINEAIR」テクノロジーをグラベル用に最適化した「LINEAIR SL」が採用されている。
これは、ポジティブ側とネガティブ側のエアチャンバーがバイパスポートを介して自動的に均圧されるデュアルチャンバーシステムである。
フォークが完全に伸びた状態ではネガティブ側の圧力がポジティブ側より高くなるように設計されており、これにより動き出しの抵抗(静止摩擦)が大幅に低減され、卓越したスモールバンプ・センシビティが実現される。
この特性は、グラベル路面からの微細な振動を吸収し、トラクションを確保すると同時に、長距離走行におけるライダーの累積疲労を軽減するという、本フォークの主要な設計目標を達成するための鍵となっている。
サスペンションセットアップ
サスペンションのサグだしは、体重ごとに目安となるエアボリュームが決められている。体重+装備での実際の重量を元にサスペンションの設定を行う。
障害物走破性能テスト
サスペンションフォークの価値は、主観的な快適性だけでなく、客観的な効率性の向上によっても示されるべきである。DT Swissは、F 132 ONEがもたらす物理的なアドバンテージを定量化するため、自社内のパフォーマンステストセンターで厳密な比較テストを実施している。
DTSWISSのサスペンションテスト
DTSWISSは、障害物を乗り越える際に発生する運動エネルギーの損失を、サスペンションがどれだけ低減できるかを明らかにした。
障害物との衝突時、進行方向とは逆向きに「水平方向の力」が発生する。これはライダーの推進力を奪うブレーキ力として作用するため、この力を最小化することが、より少ないエネルギーで速度を維持する鍵となる。
DT Swissは、サスペンションの役割を単なる衝撃吸収による快適性の向上だけでなく、「運動量保存による効率性の向上」と捉えている。この科学的アプローチに基づき、製品の性能を客観的なデータで裏付けている。
実験方法とデータ計測
実験では、地面に固定された障害物をライダーが通過する際のデータが記録された。比較対象として、F 132 ONEサスペンションフォークと、サスペンション機構を持たないリジッドフォークが用いられた。
さらに、タイヤ幅(40mmと50mm)と走行速度(15 km/hと25 km/h)を変化させ、複数の条件下で計測が行われた。
データ計測には、DT Swissが独自に開発した高解像度の測定用ハブが使用された。この特殊なハブは、前輪アクスルにかかる垂直および水平方向の荷重をリアルタイムで精密に記録することができる。
これにより、障害物との衝突時に発生する水平方向のピーク荷重を正確に捉えることが可能となった。
結果:サスペンションの定量的効果
テスト結果は、サスペンションの有効性を明確な数値で示した。
最も顕著だったのは、40mmタイヤを装着したリジッドフォークが、いずれの速度においても最大のピーク荷重を記録した点である。これに対し、同じ40mmタイヤを装着したF 132 ONEは、リジッドフォークと比較してピーク荷重を約60%も低減した。
具体的には、15 km/hの低速域では、F 132 ONEと40mmタイヤの組み合わせが最も低いピーク荷重を示し、リジッドフォーク比で63%の低減を達成した。一方、25 km/hの高速域では、F 132 ONEとより太い50mmタイヤの組み合わせが最も効果的であり、リジッドフォーク比で53%の低減となった。
これらの結果は、サスペンションフォークが障害物からの衝撃エネルギーを吸収し、ライダーの前進を妨げる水平方向の力を劇的に減少させることを定量的に証明している。
これは、ライダーがよりスムーズに、かつ体力を消耗することなく荒れた路面を走破できることを意味する。F 132 ONEは、快適性だけでなく、明確な走行効率の向上をもたらすのである。
競合製品との比較分析
グラベル用サスペンションフォーク市場において、F 132 ONEは独自のポジションを築いている。以下の比較表は、主要なグラベルサスペンションフォークの競合製品との技術仕様の違いを明確に示している。
| モデル | 公称重量 (g) | トラベル量 (mm) | ダンパー技術 | ロックアウト方式 | 肩下寸法 (mm) | 最大タイヤクリアランス (mm) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| DT Swiss F 132 ONE | 1340 | 40 | Plaingain (油圧カートリッジ) | リモート (PUSHCONTROL) | 435 | 50 |
| RockShox Rudy Ultimate XPLR | 1230 | 30 / 40 | Charger Race Day | クラウン / リモート | 425 / 435 | 50 |
| Fox 32 Taper-Cast Factory | 1226 | 40 / 50 | FIT4 / GRIP | クラウン | 435.5 / 445.5 | 50 |
| Lauf Grit SL | 850 | 30 | リーフスプリング (非減衰) | なし | 411 | 45 |
この比較から、F 132 ONEが決して最軽量の選択肢ではないことがわかる。実際、主要な競合製品よりも100g以上重い。
その価値は、重量ではなく、Grailプラットフォームとの深い統合、独自のPUSHCONTROLロックアウト、そしてグラベルに特化したとされるチューニングにある。
これは、単体のコンポーネントとしてではなく、バイク全体のシステムとして性能を最適化するアプローチであり、Canyonのビジネスモデルと親和性が高い。2026年にアフターマーケットでの販売が開始されるまでは 、この「システム」としての優位性がその存在意義を支えることになるだろう。
インプレッション
工学的な設計思想と技術仕様が、実際の走行でどのような体験をもたらすのか。本章では、実際に舗装路から簡易なシングルトラック、グラベルを走り多様な条件下でのGrail RIFTのパフォーマンスを多角的に評価した。
特に、サスペンションがもたらす恩恵と、それに伴うトレードオフに焦点を当てる。
多様な路面での走行性能
Grail RIFTの真価は、滑らかな舗装路を離れ、荒れた地形に足を踏み入れた瞬間に明らかになる。サスペンションフォークは、単なる快適装備ではなく、速度と制御性を維持するための能動的なデバイスとして機能する。
制御性と快適性
このバイクの評価は、フォークが荒れた路面を滑らかにする能力だ。細かな凹凸が続く洗濯板のようなダートから、岩が点在するテクニカルな下りまで、F 132 ONEは路面からの衝撃を効果的に吸収する。
これにより、手や腕への負担が劇的に軽減され、ライダーはより長くエアロポジションを維持することが可能となり、長距離ライドの終盤でも疲労が軽減される。
この主観的な感覚は、DT Swissが実施した「ロールオーバーテスト」のデータによっても裏付けられている。このテストでは、リジッドフォークと比較して最大で63%のピーク衝撃力を削減したと主張されている。
この疲労軽減効果は、単に快適性が向上するだけでなく、ライダーがより安定してペダルに力を加え続けることを可能にし、結果として持続的なスピード向上に直結する。
性能のトレードオフ:登坂と下り
サスペンションの搭載は、明確な性能上のトレードオフを生む。
F 132 ONEフォークの重量は約1340gであり、Grailの標準的なリジッドフォーク(約380g)と比較して約960gの重量増となる。この重量増は、特に長時間の登坂において明確に体感される不利な要素である。
しかし、その代償として得られる下りやテクニカルセクションでの恩恵は絶大である。サスペンションによるトラクションと制御性の向上は、ライダーに高い自信を与え、より速いスピードでの走行を可能にする。
このサスペンションは、「技術を補う装置」の可能性を秘めている。リジッドフォークでは躊躇するようなラインも攻めることができる。Grail RIFTは、グラベルレースにおけるパフォーマンスの評価軸を、登坂での単純なパワーウェイトレシオから、コース全体を通した総合的な走破能力へとシフトさせる。
このバイクに乗るライダーは、長い登りで数十秒を失う代わりに、その後の荒れた下りでそれ以上のタイムを挽回する可能性がある。したがって、このバイクは、純粋なクライマーよりも、テクニカルなスキルを活かせるパワフルなオールラウンダーに適した機材と言える。
メリットとデメリット
CANYON Grail CF SLX 8 w/ RIFTは、グラベルレースの最前線に投入された革新的なマシンであるが、その性能は明確な長所と短所の上に成り立っている。購入を検討するライダーは、これらの要素を総合的に評価する必要がある。
- メリット
- 卓越した制御性と快適性: サスペンションフォークは荒れた路面からの衝撃を劇的に吸収し、ライダーの疲労を軽減する。これにより、テクニカルなセクションでの速度維持と制御性が大幅に向上する。
- 統合されたパフォーマンスシステム: フレーム、フォーク、コクピットが一体として設計されており、優れた空力性能と統一感のある美しい外観を実現している。
- 効果的なロックアウト機構(正常作動時): PUSHCONTROLリモートは、舗装路でのスプリントや登坂において、リジッドフォークのような強固なプラットフォームを提供し、効率的なペダリングを可能にする。
- 多用途性: フェンダーやバイクパッキング用のケージマウントが装備されており、純粋なレースだけでなく、アドベンチャーライドにも対応する拡張性を備えている。
- デメリット
- 顕著な重量増: リジッドフォーク仕様と比較して約1kgの重量増は、特に長時間の登坂において明確なハンディキャップとなる。
- フレームとフォークの不均衡: リアのタイヤクリアランスが42mmに制限されているのに対し、フロントフォークは50mm以上に対応しており、バイク全体の潜在能力を最大限に引き出すタイヤ選択を妨げている。
- メンテナンスの複雑性と独自パーツ: ケーブルのフル内装化と独自規格のコンポーネントは、特にヘッドセット周りの日常的なメンテナンスを複雑かつ高コストなものにしている。
まとめ:グラベルレースの未来を定義する一台か
CANYON Grail CF SLX 8 w/ RIFTは、グラベルレースバイクの次なる進化の方向性を示す、先駆的でありながらも未完成な一台である。
このバイクは、「サスペンションは快適性のための装備」という従来の固定観念を覆し、荒れた路面で速く走り続けるための積極的なパフォーマンス・エンハンサーであることを明確に証明した。
これにより、パフォーマンスのパラダイムは、単なる軽量性への固執から、速度、制御性、そしてエネルギー温存という、より包括的なバランスへと移行し始めるだろう。
本機は、グラベルテクノロジーの最先端を体現している。
しかし、その最初のバージョンは、タイヤクリアランスの不均衡やロックアウト機構の耐久性といった、無視できない妥協点を抱えている。したがって、このバイクが最適な選択となるのは、特定のタイプのレーサーに限られる。
すなわち、テクニカルで要求の厳しいコースを得意とし、純粋な登坂能力よりも下りや荒れた平坦路でのスピードを重視し、そして高度に統合されたシステムの高いメンテナンス負担を受け入れる覚悟のあるライダーである。
結論として、Grail RIFTは全てのグラベルライダーにとっての「究極の一台」ではないかもしれない。しかし、このバイクが打ち立てた新たなベンチマークは、今後のグラベルレースバイクの設計に大きな影響を与えることは間違いない。
サスペンションがグラベルレースの未来に不可欠な要素となることを、この一台は明確に予見させている。




































