クロスカントリー(XC)マウンテンバイクの分野において、スペシャライズドのEPICシリーズは長年にわたりベンチマークとして存在してきた。
その最新世代であるS-Works EPIC 8は、単なるモデルチェンジではなく、XCレースのあり方そのものを変革する可能性を秘めた一台である。
ワールドカップ開幕戦で表彰台を独占した事実が示すように、その圧倒的なパフォーマンスの根幹をなす技術的革新、特にRockShoxの電子制御サスペンションシステム「Flight Attendant」のXC専用チューニングなども探っていく。
そして、最適化されたジオメトリ(フレームの寸法や角度の設計思想)とフレームキネマティクス(サスペンションが動く際のリンクやピボットの幾何学的な動き)について詳細に分析する。
0.002秒単位で路面状況に適応し続けるインテリジェントなシステムは、もはやライダーの感覚や手動操作を超越した領域でバイク性能を最適化する。本レビューは、筆者自身によるS-Works EPIC 8の購入、およびトレイルライドから実戦レース投入までの広範なテストに基づき、その実力を客観的に評価した。
さようなら、Brain
改良ではなく、進化である。
S-Works EPIC 8は、前モデルから大幅な変更が施された。バイクのキャラクターやパフォーマンスを根本から変革する改良である。スペシャライズドが長年信頼してきた技術を一部廃止するという決断も下された。
その一つが、スペシャライズド独自のサスペンション技術であった『Brain』の廃止である。 Brainサスペンションシステムは、ライダーのペダリング入力とトレイルの凹凸を機械的に区別する慣性バルブ(衝撃や慣性力で作動する弁)を特徴とし、ペダリング効率を高めるEPICの代名詞であった。
しかし、Brainシステムは構造上、ある程度の初期作動の硬さが残り、サスペンションが実際に動き出すまでにわずかな遅延が生じるという特性があった。
Brainを廃止した主な理由は、RockShox社の電子制御サスペンションシステム「Flight Attendant」を新たに搭載したためである。このシステムは、Brainと同様に路面からの入力を判別するが、電子制御により比較にならないほど精密かつ迅速な判断と調整を可能にし、格段に優れた性能を発揮する。
Flight Attendantは、フロントフォークに内蔵された加速度センサーをはじめとする各種センサーが0.002秒ごとに地形やライダーのパワーデータを分析する。状況に合わせてサスペンション設定をリアルタイムで電子制御する仕組みだ。
Flight Attendantの搭載により、より精密で高性能なサスペンション制御が実現可能となり、結果として機械式のBrainシステムは不要と判断された。Flight Attendantの具体的な機能については、別途詳細なレビュー記事で解説している。

120mmサスペンション
EPIC 8は、サスペンショントラベル(サスペンションが伸縮する最大長)を前後ともに120mmに変更した。
これは前世代EPICの100mmから大幅なトラベル量の増加である。新しいEPIC 8は、前世代のダウンカントリー(XCバイクとトレイルバイクの中間的なカテゴリーで、下り性能を強化したモデル)向けモデルであったEPIC EVOと同じトラベル量となった。
この戦略的なトラベル量の増加は、現代のワールドカップXCコースのテクニカル化に対応するためである。コースは年々難易度を増し、ジャンプセクションやドロップオフが増え、より過酷になっている。
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ダウンヒルのような急峻な下り区間も盛り込まれる一方で、厳しい登坂能力も依然として求められる。 そのため、バイクとライダーの双方に、より高いコントロール性と安定性が要求されている。
事実として、スペシャライズドのファクトリーチームは、EPIC 8が登場するまで、EPIC WC(ワールドカップモデル)ではなく、より長い120mmトラベルを持つEPIC EVOを選択するケースが多かった。
男女を問わず、多くの所属選手が120mmサスペンションでヘッドアングル(フロントフォークの傾斜角度)がより寝ている(角度が小さい)EPIC EVOを使用していた。 EPIC 8が全く新しい設計とジオメトリに刷新された背景には、このような現場からの強い要望があったものと推察される。
新しいジオメトリ哲学
より長く、より緩やかで、より適応性が高い。これがEPIC 8のジオメトリ設計の核心である。
EPIC 8のジオメトリは、現代のXCバイク設計トレンドを明確に反映しており、前作とは大きく異なる設計思想が採用されている。具体的には、フレームリーチ(BB中心からヘッドチューブ上端中心までの水平距離)を延長し、それに合わせて短いステム(ハンドルバーを取り付ける部品)を使用する設計である。
スペシャライズドはこのジオメトリ設計を「Progressive XC Race Geometry」と呼んでいる。
特徴的なのは、ヘッドチューブ角度が従来よりもかなり緩やか(寝ている)点である。フレームに設けられたフリップチップ(ジオメトリ調整機構)を変更することで、ヘッドアングルをHigh設定で66.4度、Low設定では65.9度に変更可能になっている。
筆者はこれまでSサイズのEPICに乗ってきたが、現代のジオメトリ思想と試乗結果を踏まえ、EPIC 8ではMサイズを選択した。結果としてこのサイズアップは正解であった。詳細は後述するトレイルでの実走インプレッションで紹介する。
シートチューブ角度(BB中心とシートチューブ上端中心を結ぶ線の角度)は、従来よりも急こう配(立っている)設計である。フリップチップにより、約75.5度から76度の範囲で調整可能だ。大きく変更されたリーチは、前作から各サイズで約5mm延長されており、Mサイズで約450mm、Lサイズでは約475mmに達する。
重要な追加機能として、リアサスペンションのショックマウント部分にフリップチップが搭載された。
この機能により、ライダーはハイとローの2種類のジオメトリ設定を切り替えることができる。これにより、ヘッドチューブ角度とシートチューブ角度がそれぞれ0.5度変化し、ボトムブラケット(BB)の高さは5mm調整される。
このジオメトリとトラベル量の進化は、スペシャライズドが従来の高性能XCバイクであるEPICと、よりアグレッシブな下り性能を持つEPIC EVOの特性を巧みに融合させたことを示している。
かつてEVOモデルの特徴であった長いトラベルと、よりプログレッシブなジオメトリ(特にリーチが長くヘッドアングルが寝た設計)は、現代のレースプロファイルに適応するために、XCレースバイクに求められる必須のデザイン要素となりつつある。
以前のEPIC EVOは、テクニカルなコースでXCレーサーに選ばれることが多かった。新しいEPIC 8は、その哲学を標準モデルで体現していると言える。
一方、EPIC 8と同時にラインナップされる新しい「EPIC 8 EVO」は、130mmトラベルのフロントフォークを採用し、さらに「ダウンカントリー」領域へと踏み込んでいる。これにより、新型EPIC 8は純粋なXCレースプラットフォームとしての性格を明確に確立した。
表1:EPIC 8 vs. 前世代S-Works EPIC(100mm) – 主要ジオメトリの違い(サイズ:ミディアム)
軽量化へのこだわり
S-Works EPIC 8のフレームセットは、前世代比で76グラムの軽量化を達成している。S-Worksフレーム(サイズM)の公称重量は1,795グラムである。この重量削減は、後述するSWATダウンチューブストレージなどの機能を追加しながら達成された点に留意する必要がある。
軽量化は、ショックマウント上部をフレームに直接統合する方式の採用、チューブ形状の最適化(特にダウンチューブは異径で太い部分がある)、チタン製ピボットハードウェアの使用、カーボンファイバー製ショックヨーク(ショックとフレームを繋ぐ部品)など、細部にわたるエンジニアリングによって実現されている。
S-Works EPIC 8の完成車重量(サイズMまたはL)は、具体的な仕様やペダルの有無により、約10.00kgから10.49kgの範囲となる。これはクロスカントリー(XCO)レースバイクとしては非常に軽量な部類に入る。
注意すべき点として、RockShox Flight Attendantシステム(電子制御サスペンション)のショックと関連ハードウェアは、標準的な機械式ショックと比較して約100グラムの重量増となる。Flight Attendant搭載のS-Worksフレーム重量が2,040gであるのに対し、通常のショックを搭載したフレームは1,795gであると公表されている。
統合機能:SWAT 4.0、ステアリングストップ
実用性や機能面でも大きな改良が施されている。
SWAT 4.0(Storage, Water, Air, Tools:収納、水分、空気、工具の頭文字)ダウンチューブストレージが、すべてのEPIC 8モデルに標準装備された。
このシステムは、ハッチ式の開閉機構を採用し、人間工学に基づいたレバーで容易に取り外しが可能である。また、防水性と振動防止性を備えており、ハッチの底面にはタイヤプラグや修理ツール、CO2シリンダーなどが収納可能となっている。
レーシングバイクであるS-Works EPIC 8にSWATストレージ機能を組み込んだことについては、賛否両論があるかもしれない。それでも、スペシャライズドがレーシングバイクのS-Works EPIC 8にSWATを搭載した意図は何であろうか。
これは、レースバイクに対する設計の優先順位が変化していることを示していると考えられる。なぜなら、XCレースバイクは伝統的に、重量削減や無駄な部品の排除を最優先に追求してきたからであり、SWATのような機構は重量増につながるため不要と考えられてきた。
SWATの採用は、統合型ストレージの利便性と、それがもたらす潜在的なパフォーマンス向上を狙ったものであろう。例えば、サドルバッグやライダーの背負うバックパックを省略することで、身体にかかる荷重を軽減したり、快適性や空力性能を向上させたりする目的が考えられる。
SWAT 4.0をS-Works EPIC 8にも採用したのは、SWATシステム自体の追加重量よりも、利便性や上記のようなメリットが上回るという戦略的判断の結果であろう。
特に、海外で人気の高いステージレース(例:CAPE EPIC)や長距離トレーニングライドにおいて、この点は重要となる。 結果として、S-WorksフレームがSWATの追加にもかかわらず76グラム軽量化されている点は、エンジニアリングの努力の現れと言える。
ヘッドセットエリアにはステアリングストップ(ハンドルの切れ角を制限する機構)を採用している。ハンドルを一定以上切ると、トップチューブ手前でハンドルが物理的に止まる。これにより、クラッシュや転倒時にハンドルバーやコントロールレバー類がトップチューブに衝突し損傷するのを防ぐ。このリミッターは取り外しも可能である。
S-Worksモデルでは、ワイヤレスコンポーネントの使用を前提にケーブルルーティングが最適化されている。リアブレーキホースはヘッドセット上部を通るように設計された。SRAMのAXSワイヤレスドライブトレインとAXSドロッパーポスト(無線で作動する可変シートポスト)に適合するようにフレーム設計が行われている。
表2:S-Works EPIC 8 主要仕様
ビーストの心臓部:電子サスペンション
S-Works EPIC 8のサスペンションシステムは、その最先端部分であり、コントロール性と快適性において大きな飛躍を遂げている。
サスペンションには、RockShox社のFlight Attendantシステムのクロスカントリー(XCO)バージョンが初めて搭載された。この高度なワイヤレス電子システムは、地形、上昇や下降の加速度に応じて、フォークとショックのコンプレッションダンピング(圧縮側の減衰力)設定をリアルタイムで自動調整する。
これは、SRAMのAXSワイヤレス技術を活用し、複数の入力ソースからデータを収集することで実現されている。入力ソースの情報としては、ライダーがクランクに入力したパワー情報、AXSディレイラーのギア位置、地形情報(サスペンション内のバンプセンサーによる路面凹凸検知)およびピッチ検出アルゴリズム(車体の傾斜角度を検知する計算方式)から構成される。
このシステムは「Adaptive Ride Dynamics」アルゴリズムを採用している。これは、ライダーのライディングの癖やパワー出力ゾーンを学習し、データベースを構築する。
過去7回のライドデータを蓄積することで、より正確な傾向を算出し、それに基づいて最適なサスペンションポジションを判定していく。トレイルのあらゆる状況で緻密な判断を行い、サスペンション性能を最適化するのである。
Flight Attendantは、これ以外にも以下の3つの主要モードで動作する。
- Open: サスペンションの衝撃吸収性を優先するモード。荒れた下りや振動の多い状況に最適で、柔らかくアクティブな乗り心地を提供する。
- Magic Middle(マジックミドル): スペシャライズドのRide Dynamicsチームがカスタムチューニングした設定。圧縮ダンピングのチューニングにより、サスペンションシャフトの低速域ではペダリングをサポートし効率を向上させる一方、ハードで高速な衝撃に対してはシームレスにサスペンションが開いて衝撃を吸収する。このモードは、効率とコントロールのバランスを重視し、ほとんどのレース状況でのデフォルト設定として設計されている。
- Sprint-On-Lock(またはLock/Sprint): スプリントや滑らかな登り坂で最大パワー伝達を実現するため、非常に堅固でほぼロックアウト状態(サスペンションがほとんど動かない状態)のサスペンションプラットフォームを提供する。
RockShox社は、Flight Attendantシステムが90分のXCレースでライダーの速度を1.8%向上させ、96秒のアドバンテージをもたらすと主張している。
その応答性の高さを示す例として、プロライダーのニノ・シューター選手が、「手動の4倍以上の頻度でシステムがモードを切り替えるのを体験した」と語っている。
システムにはオーバーライド機能も搭載されており、ライダーはコントローラー操作によって瞬時に好みのモードを選択できる。システムのサーボモーター(小型電動モーター)が作動すると、「ジッ」というかすかな作動音が聞こえることがある。
また、特にロックアウト状態に設定を変更した際に、ごくわずかな反応遅延が生じることがある。
Flight Attendantシステムは市販もされているが、S-Works EPIC 8に搭載されているものは、スペシャライズドのRide Dynamicsチームによって専用にカスタムチューニングが施されている。彼らは、RockShox SIDLuxe UltimateリアショックとSID Ultimateフォークの両方に、独自設計のバルビング(オイルの流れを制御する弁構造)を搭載した。
キネマティックの全面刷新
S-Works EPIC 8は、サスペンションのキネマティック(リンクやピボットの幾何学的な動きと力学)も全面刷新されている。これにより、ペダルボブ(ペダリング時にサスペンションが無駄に伸縮する現象)を前モデル比で20%削減し、衝撃吸収性能は12%向上している。
シートステイの柔軟性に依存するシングルピボット設計(リアサスペンションの主要な回転軸が一つである構造)を維持しつつも、より長いロッカーリンク(リアショックを作動させるためのリンク部品)を採用している。
特に重要な点としては、メインピボット(フレームとリアスイングアームを繋ぐ主要な回転軸)の位置を最適化し、サグポイントでのアンチスクワット特性(ペダリング時にリアサスペンションが沈み込むのを抑制する効果)を約100%に高めている点が挙げられる。
前作のアンチスクワット値が約90%であったのに対し、EPIC 8では約100%に引き上げられた。この「10%」という数値は小さく見えるかもしれないが、ペダリングに対するサスペンションの反応がよりニュートラルになり、パワー伝達効率の向上に貢献する。
改良されたキネマティクスは、前世代のEPICや旧EPIC EVOと比較して、ペダリング時に発生するサスペンションの不要な動き(ペダルボブ)を20%削減した。 同時に、前世代モデルよりも12%多くの衝撃と振動を吸収するように設計されている。
この二重の改善は、ライダーの疲労を軽減し、結果としてレース後半などでの持続的なパワー発揮能力の向上にも繋がる。
『効率』を再定義する
効率とは何か。
EPIC 8の開発では、この「効率」という概念を再定義することから始まった。 EPIC 8をトレイルで走らせると、あらゆる地形で安定感があり、バランスの取れたトラクションと俊敏性、高い反応性が感じられる。特にリアのトラクション性能の良さが顕著である。
RockShox SIDLuxeリアショックは、通常ボトムレストークン(エアスプリングの容量を調整し、プログレッシブ特性を強める部品)を使用しない大容量エアスプリングを採用している。
これにより、よりフラットでリニアなスプリングカーブ(サスペンションのストローク量に対する反発力の変化特性)を実現している。これに加え、大きな衝撃時に過度の沈み込み(ボトミング)を防ぐため、大型のゴム製バンパーが内部に採用されている。
この組み合わせにより、サスペンションストロークを有効に活用しつつ、大きな衝撃に対する優れたサポート性能を実現している。
実体験として、トレイルでジャンプした際に飛距離が足りず、リアショックをフルボトムさせてしまったことがあった。しかし、リアショック内部の大型バンパーに緩やかに底付きし、大きな衝撃を回避できた。EPIC 8に乗り始めてから、荒れたトレイルやドロップ、ジャンプといったセクションも自信を持って走行できるようになった。
実際に使い込んでいくと、Flight AttendantとスペシャライズドによるカスタムRide Dynamicsチューニングの融合は、真に知的なサスペンションシステムへと進化していると実感する。
Flight Attendantを用いることで、ライダーはこれまで以上に「速く走る」という本質的な行為に集中できるようになったからである。
XCレース中は、しばしばVo2MAX領域(最大酸素摂取量領域)や無酸素運動領域で活動する。このような極限状態では、脳への酸素供給量が低下し、認知能力が一時的に低下することが知られている。
厄介なのは、その状況下でも、下りのライン選択や障害物の処理など、複雑な判断を瞬時に行う必要がある点だ。その上で、サスペンションのロックアウトやモード切り替えといった操作も要求される。
EPIC 8は、これまでライダーが行っていたこれらの状況判断や操作の一部を肩代わりしてくれる。これにより、ライダーの認知負荷を軽減し、サスペンションの状態管理を、これまで不可能だったレベルで自動化しているのである。
システムが行う調整の量は膨大で、ライダーが手動で再現するのはもはや不可能な領域に達している。サスペンションの最適化判断は、1秒間に最大500回も行われているとされる。
これらの、従来とは全く異なる技術革新により、「効率」そのものの概念が再定義されたのである。ペダルボブの最小化は依然として重要な要素であるが(20%削減という主張に示されている通り)、同時に12%改善された衝撃と振動の吸収能力は、ライダーの「疲労軽減」という新たな主要因として位置付けられている。
この新しい視点は、快適性とコントロール性の向上を通じてエネルギー消費を抑制し、結果として長時間にわたり高いパフォーマンスを維持できるという形で、「効率」の定義そのものを拡大解釈している。
トレイルからの衝撃入力が軽減されたライダーは、レース後半でもより高い出力を維持しやすくなる。 この恩恵は、実際にレースを走ると明確に体感できる。わずかなペダルボブの減少や、身体への衝撃の低減が複合的に作用し、身体パフォーマンスをこれまで以上に長時間維持しやすくなるのである。
この包括的な効率の視点は、増大したトラベル量やインテリジェントなサスペンションシステムが、ライダーの身体的および認知的能力を可能な限りフレッシュな状態に保つ手助けをすることを示唆している。それゆえ、集中力を維持した状態で長時間走行できることが、総合的なパフォーマンス向上に繋がるのである。
トレイルでの走り:登り、下り、平たん
XCレースバイクの真価は、多様な地形に対してどれほど高いパフォーマンスを発揮できるかにかかっている。S-Works EPIC 8は、その多面的な能力により、様々な条件やコンディションに対応する。実際にS-Works EPIC 8で登り、下り、平たん路を走行し、その真価を検証した。
登坂能力:効率がスピードに直結
EPIC 8の登坂能力は際立っている。
洗練されたキネマティクス、Flight AttendantシステムのAdaptive Ride Dynamics、Magic MiddleモードやLockモードが提供する安定したペダリングプラットフォーム、そしてS-Worksフレーム固有の高い剛性が組み合わさることにより、卓越したペダリング効率を実現している。
パワーをかけると、Flight Attendantは瞬時にサスペンションの動きを制御し、不要な沈み込みを抑える。
約76度という急こう配のシートチューブ角度、比較的短いヘッドチューブ、そしてRoval Control SL統合コクピットの-12度ステムが実現するアグレッシブなライディングポジションは、力強く効率的な登坂姿勢に貢献する。
Flight AttendantがMagic MiddleまたはLockモードを選択すると、S-Works EPIC 8はあたかも電動アシスト付きのLevo SL eMTBのように軽快に加速する。滑らかな路面での登坂性能に加えて、テクニカルな登り返しでもバランスを崩しにくく、荒れた不整地でのグリップと快適性も向上していると感じられた。
下り坂の優位性:トレイルを下る自信
120mmのサスペンショントラベルと、よりプログレッシブでスラックな(寝たヘッドアングルを持つ)ジオメトリ(特にフリップチップをLowポジションにした際の65.9度のヘッドアングル)の組み合わせは、一昔前のダウンヒルバイクに匹敵する安定感をもたらす。
EPIC 8は、高速なダウンヒルセクションでも冷静さを保つことができ、テクニカルなダウンヒルにおいても限界に挑戦する意欲をかき立てる。ダウンヒル性能は格段に向上しており、信じられないほど安定している。
ダウンヒル性能は圧巻で、筆者が何度も走り込んでいる馴染みのトレイル(下り区間約6分)の自己ベストタイムが、従来の5分30秒から4分40秒へと、約50秒も短縮された。
高い走破性と、まるで路面を舐めるように進む安定感は、下りにおいても臆することなくスピードを上げる自信を与えてくれた。 その大きな役割を担っているのは、カスタムチューニングされたRockShox SID UltimateフォークとSIDLuxe Ultimateショックを採用した高性能サスペンションである。
これらが路面からの衝撃を効果的に吸収する。そして、フォークの剛性が、全体的な安定性と正確なライン保持に貢献している。
ハンドリングダイナミクス:機敏性と安定性の融合
重要なハンドリング性能についても触れておく必要がある。
XCバイクは効率性だけでなく、次々と現れるコーナーを素早く駆け抜けるためのコントロールテクニックが要求され、また狙ったラインを正確にトレースする精度も不可欠である。 ハンドリング性能とライダーのスキルは、レースの勝敗を分ける重要な要素となる。
EPIC 8はハンドリングにおいて、高速走行時の安定性を確保しつつ、タイトでテクニカルなセクションを走破するための機敏性も犠牲にしていない。スペシャライズドは「シャシーの横方向およびねじれ剛性の高さ」を強調しており、これらが精密なハンドリングに直結していると考えられる。
最新のジオメトリ
ジオメトリは現代のXCバイクトレンドに沿ったものである。
長いフロントセンター(BB中心から前輪軸までの水平距離)を持つフレームには、短いステムを組み合わせる。これにより、安定性を確保しつつ、競技用XCバイクに不可欠な鋭敏で反応の良いハンドリングを維持するように設計されている。
Torque Cap(トルクキャップ:フロントハブとフォークエンドの接触面積を増やし剛性を高める規格)対応のフロントホイールは、フォークとの一体感と高いねじれ剛性を生み出している。Roval CONTROLの一体型カーボンコクピットは非常に剛性が高く、縦方向のしなりはほとんど感じられない。
これにより、遊びが極めて少なく、正確無比で繊細なコントロールが可能となる。この丁寧に設計されたパッケージは、冷静にトレイルを疾走できる独自のハンドリング特性を実現している。
EPIC 8は、XCレースバイクに期待される伝統的な俊敏なレスポンスを備えつつも、まるでトレイルバイクのような新たなレベルの安定性と落ち着きを融合させている。 旧世代のXCバイクのジオメトリデザインは、高速域になると不安定さが増す傾向があった。
EPIC 8は、大幅に緩やかになったヘッドアングル(65.9度~66.4度)と長いリーチ(Mサイズ:450mm、Lサイズ:475mm)により、本質的に安定性と下りでの自信を高めている。 EPIC 8には、高速時でも「落ち着き」や「安定性」がある。
バイクは、テクニカルなXCコースを攻略するために不可欠な「精密なハンドリング」と「タイトなセクションでの機敏性」の両方を維持している。 この融合により、ライダーはレース中に現れる狭いセクションで求められる鋭いハンドリングを損なうことなく、挑戦的なセクションであっても自信を持って挑むことができる。
最適化されたフレーム剛性(過度に剛性を上げすぎないようにバランスが取られている)と、衝撃吸収能力の向上は、この「落ち着き」と「攻撃性」のフィーリングに大きく寄与している。
S-Works ビルド:最高級コンポーネントの集合体
『S-Works』はスペシャライズドの製品ラインナップにおいて最高峰に位置付けられている。それゆえ、アッセンブル(完成車に組み付けられる部品)されるコンポーネントも最高級品である。S-Works EPIC 8は、フラッグシップレースマシンとしての地位を明確に反映し、ほぼ完璧と言えるコンポーネントパッケージを採用している。
ドライブトレインは、SRAMの最高峰モデルであるXX SL Eagle AXS Transmission(T-Type)を採用している。これは、大きな負荷がかかった状態でも信頼性の高い変速性能で知られている。クランクセットには、同じくSRAMのQuarq XX SL Eagle Power Meter(パワーメーター内蔵クランク)が標準装備される。

ブレーキはSRAM Level Ultimate Stealth 4-Pistonブレーキが搭載される。4ピストンブレーキの採用は、バイクのダウンヒル性能向上と、ますます過酷になるXCコースで要求される一貫した制動力に対応するためである。
Level Ultimateは軽量でありながら優れた制動力とモジュレーション性能(ブレーキ入力に対する制動力の調整しやすさ)を備えたプレミアムブレーキである。ただし、近年のワールドカップシーンでは、SRAMを使用する多くのプロライダーが、より制動力の高いSRAM Motiveブレーキへ移行する傾向が見られる。
筆者もMotiveブレーキへの換装を検討している。Motiveはブレーキパッドの面積がCODEシリーズと共通化されており、Levelよりも大きなパッドを使用することで、ストッピングパワーのさらなる増加が期待できる。
ローターサイズは通常、フロントが180mm、リアが160mmに設定されている。Levelブレーキでは1.8mm厚のローターが一般的であったが、Motiveブレーキの登場に伴い、より放熱性に優れるとされる2.0mm厚のローターが積極的に採用されているようである。
SRAM Levelブレーキは、一部のライダーにとってはデッドストローク(レバーを引いてから実際にブレーキが効き始めるまでの遊び)がやや大きいと感じられる場合があるため、ブレーキのフィーリングに敏感な方は注意が必要だ。
コクピットは特徴的な一体型ハンドル、Roval Control SL統合カーボンコクピットだ。この一体型ハンドルバーとステムユニットは、非常にスリムかつ軽量であり、バイクのダイレクトなハンドリングフィールに貢献している。
Mサイズの標準ステム長は60mmで、ハンドルバー幅は760mm(筆者は720mmで使用)である。-12度という大きなネガティブライズ(ステムの角度が下向き)を採用しており、非常にアグレッシブでレース指向の低いライディングポジションを提供する。
XCレース特有のこの大きなネガティブライズは上体を低くするため、ライダーの好みや体格に合わせて調整が必要になる可能性がある。
ホイールはRoval Control SLだ。ペアで約1,240グラムと非常に軽量でありながら、滑らかな走行性能と優れた耐久性を備えている。Rovalのカーボンリムは高い剛性と強度を誇り、リム打ちなどの強い衝撃に対しても破損しにくい特性を持つとされる。
これらのコンポーネント選択は、重量を最小限に抑えつつ、パフォーマンスとコントロールを最大化することに焦点を当てた結果であろう。SRAMのワイヤレスAXSテクノロジーのシームレスな統合を活用することで、全体としてクリーンな外観と機能的なシナジー(相乗効果)を実現している。
S-Works EPIC 8のビルドが特徴的なのは、SRAM AXSやSRAM傘下のROCKSHOXコンポーネントによるエコシステム(連携する製品群)の構築である。
AXSのワイヤレスシフト機能を超えた広範な統合は、AXSドライブトレイン、AXSドロッパーポスト、AXS搭載のFlight Attendantサスペンションシステム、そしてQuarqパワーメーターが緊密に連携することで実現される。
それぞれのコンポーネントが、より深く相互接続されることで、データ駆動型のインテリジェントマシンとして仕上がっている。
フロントサスペンションに搭載されたFlight Attendantが司令塔となり、AXSパワーメーターとディレイラーからリアルタイムで取得したデータを基に、自動でサスペンション調整を行う。
Quarq TyreWizタイヤ圧力センサーもホイールに取り付けられており、SRAM AXSモバイルアプリにタイヤ圧データを送信する機能も搭載されている。
S-Worksフレーム自体が、これらのワイヤレスドライブトレインやワイヤレスドロッパーシートポスト用に最適化されている。機械式ケーブルの配線スペースを最小限に抑えることで、ワイヤレス優先の設計パラダイムをさらに強調している。
これにより、S-Works EPIC 8は、電子エコシステムが高性能バイクに深く統合された、市場でも数少ない先進的な例の一つとなっている。
後編の『SPECIALIZED S-WORKS EPIC 8 インプレッション 最先端テクノロジーと最速の設計思想:後編』は、実際にレースやトレイルでEPIC 8を乗り込んだインプレッションをお届けする。
