書籍「サイクリストのためのストレングスとコンディショニング」を読んだ感想

スポンサーリンク

「ボディコンディショニングで本当に速く走れるようになるのか?」

まず浮かんだ疑問だった。新刊、「サイクリストのためのストレングスとコンディショニング」のタイトルに対して率直そう思ってしまった。本書をどこまで読み進めてみても、ジムでよくみかけるマシンを使ったトレーニングや、バーベルを使ったスクワットといったおなじみの話はほとんど出てこない。

ジムで行う内容は、全176ページの内容のうち最後2ページに「フリーウェイトかマシンか」というコラムが登場する程度なのだ。では、それ以外のページにはどのような内容が記されているのか。パワーメータを使ったトレーニングでもなければ、いわゆる筋トレ(レジスタンストレーニング)でもない。

本書には、「自分自身の体をコントロールするための方法」が事細かに記されている。

体の使い方一つでエアロダイナミクスは向上する。

体の使い方一つでエアロダイナミクスは向上する。

「自分の体なのだから、当然思い通りにコントールできるにきまっている。」確かにその通りだ。間違いではないし、否定しない。そう思うことは自由だ。そして、そう思い込みたいという気持ちもわかる。なぜなら、私自身がそうだったからだ。痛い目を見て初めて気づくように、「気づく」という状態を経験しなければ、「気づいていない」ということに気づけないのだ。

本書の第一章は「アセスメント」という項目から始まる。自分の体を使って体を動かしてみることから始めていく。コントロールできている部分とそうでない部分を見極める(気づく)ところから始めるのだ。紹介されているアセスメントは、グレート・ブリテン・サイクリング・チームの全選手の強化プログラムに採用されている。

著者であるマーティン・エヴァンス氏は、ブリティッシュ・サイクリングで主任ストレングス&コンディショニングコーチとして勤務している。

著者情報:マーティン・エヴァンス
2003年にスポーツおよび運動科学の学士号を首席で取得。イングランドスポーツ研究所(EIS)では上級ストレングス&コンディショニングコーチとして、また同研究所内のブリティッシュ・サイクリングでは主任ストレングス&コンディショニングコーチとして勤務。このとき彼が考案したストレングス&コンディショニングの戦略は、グレート・ブリテン・サイクリング・チームの全選手の強化プログラムに採用された。また、彼自身も主要なスタッフとして金メダルを目指す選手たちを支え、2012年のロンドンおよび2016年のリオオリンピック&パラリンピックに挑んだ。現在はイングランドサッカー協会のウィメンズ・フィジカル・パフォーマンス主任を務め、すべての女子代表チームのコンディショニング戦略を監督。またEISでも勤務を続け、さまざまな分野のスポーツ科学に精通する医療スタッフとして活動。自転車やサッカー以外にも、世界レベルでの水泳、トライアスロン、ラグビーなど、多様なスポーツ界で選手を指導している。

GBサイクリングチームといえばウィギンスが所属していた。ウィギンスがトニー・マルティンをタイムトライアルで破った話も出てくる。もちろん、ウィギンスもストレングス&コンディショニング行っていた。

もう一人の著者であるフィル・バート氏は、2006年からブリティッシュ・サイクリングで、主任理学療法士として携わっていた。最先端の手法を用いて2008年の北京オリンピック、2012年のロンドンオリンピック、2016年のリオオリンピックでチームを指揮した。そして、バイクフィッティングの世界的権威であり、リトゥール・ワールド・ボード・アドバイザーズやサイクルフィット・シンポジウム組織委員会に名を連ねている。

そして、本書の日本語訳を監修したのは西薗良太氏だ。もはや西薗氏に関する説明は不要であろう。とはいえ、「監修者はじめに」が大変興味深い内容なので以下に掲載する。

監修者はじめに:
元プロロードレーサーの西薗良太と申します。2011~17年の間で選手をやっていました。引退後は大学院に進学し、現在では研究者として働いている身ですが、現役時代はどうやったら海外の選手たちの圧倒的な力に伍することができるのか? どうやったら自分の力を最大限引き出すことができるのか? ということを考え続けてきました。
その中の原体験として、2012~13年頃でのストレングス・コンディショニング(S&C)トレーニングの利用があります。プロ2年目頃にパワーがつき、走行距離も急増して身体の不調が増えてきました。今思うと怪我寸前、そして実際に軽度の故障を抱えていた私は、現ハムスタースピンの福田昌弘氏他から示唆を受け、S&Cトレーニングの重要性に気づき、アドバイスを受けながら色々と取り組むようになりました。その際に、日本語の文献で参考にできるものはなく、英語のWebや書籍などから断片的に情報をかき集める必要があったのが思い出されます。
過去10年間でサイクリストは闇雲に乗ればよいという考え方はずいぶんと後退しました。それはパワーメータなどを利用したトレーニング方法の考え方が英語圏から広く浸透し、その実施ノウハウがアマチュアレベルにも蓄積されてきたからだと思います。そして今回本書の翻訳を公開することで、そういった考え方の中に、オフバイクS&Cトレーニング──自転車に乗らずに行うS&Cトレーニング──を日本語で付け加えようとしています。いうなればこの本は、私が2012年頃に探していた技術へのショートカットです。
『ロードバイク スキルアップトレーニング』福田昌弘・著(日東書院本社 2018)にその可能性は既に示されていますが、2010年頃からこの手法の源流となっていたブリティッシュサイクリングのS&Cコーチのフィル・バートとマーティン・エヴァンス両氏は、奇しくも同じ2018年に、彼らが連盟内で使っていたS&Cトレーニングのフレームワークについて詳細に説明した本書の原書を出版しました。より教科書的で彼らが基づいている考え方に言及がある本書には、邦訳出版の価値があるものと考え、最先端のトピックをオムニバス的にまとめた『世界最高のサイクリストたちのロードバイク・トレーニング』(東京書籍)に続いて監訳を手掛けました。
オリンピック延期にまでなったコロナ禍の中、今後外出が難しくなるシチュエーションというのもまた出てくるのかもしれません。また、悪天候や怪我の際など自転車競技者が自転車に乗れない状況は案外とあります。
そんなときにも本書は役に立つでしょう。
日本で自転車競技に取り組む選手や指導者、そして健康のために身体を鍛える全ての皆様に本書がお役に立てれば幸いです。

パワートレーニングでもなくレジスタンストレーニングでもない。ストレングス・コンディショニングトレーニングの最先端の内容と情報が詰まった書籍が日本語で読めるのだ。西薗氏の記した文章の中に重要なキーワードがある。その内容をあらためて抜粋しよう。

過去10年間でサイクリストは闇雲に乗ればよいという考え方はずいぶんと後退しました。それはパワーメータなどを利用したトレーニング方法の考え方が英語圏から広く浸透し、その実施ノウハウがアマチュアレベルにも蓄積されてきたからだと思います。そして今回本書の翻訳を公開することで、そういった考え方の中に、オフバイクS&Cトレーニング──自転車に乗らずに行うS&Cトレーニング──を日本語で付け加えようとしています。

自転車に乗るために必要な体の動きや使い方、そして必要な筋肉を身に着ける方法を本書は指南している。内容はどれも自宅で試せる内容ばかりで、器具や設備を使うことはほとんどない。必要なのは自分自身の体と、コントロールできていると勘違いしている自分の思い込みを取り払うことの2つだ。

何事にも共通しているが、変化はすぐに現れるわけではない。パワーが徐々に向上していくことと同じように定期的に本書の内容を継続して実施していく必要がある。本書に書かれているコンディショニングを正しく行っていけば、自転車の上でも自転車以外の生活でもずっと快適に過ごすことができる。

「オフバイク」のトレーニングは競技時期によって異なる。

「オフバイク」のトレーニングは競技時期によって異なる。

本書の対象は、初心者から実践的な選手だ。医学的な理由(身体に何らかの怪我)がある場合
や、既に高いレベルの筋力トレーニングやコンディショングに取り組んでいる人は対象にならない。意外かもしれないが、本書を必要としない対象はGBサイクリングチームレベルだと思う。

アセスメントに対応するエクササイズは多くの写真で構成されている。本書がよいところは、「過去のジムトレーニングの経験は不要」ということだ。今すぐ白紙でストレングス・コンディショニングトレーニングを始めることができる。

本書「サイクリストのためのストレングスとコンディショニング」は発売日に入手したものの、すぐに記事化できなかった。理由は本書の内容にある。単なる読み物であれば、会社の移動時間に掻い摘みながら読める。そういう意味でいくと、本書は読み物ではない。いわゆる筋トレ本でもない。

体系的に1章から順番に「自分の体を使って」読み進めていく必要がある。読み物としてではなく本の内容を理解しながら自分自身の体に出力していく必要がある。5章にたどり着くためには1章から順番に「できる」「できない」をひとつづつ確認し、「できた」状態になったら次へ進む必要がある。

「できる」、「できない」を発見し改善していくためのアプローチを手助けする。そのための手綱を引くのが本書の役割だ。そしてすべての内容は、自宅に居ながらにして実践できる。本書を一通りできるようになるまで、ジムは解約してもよいかもしれない。

自転車を速く走らせるためのアプローチはなにもパワーメータを利用したトレーニングだけではない。いままで行うことすら考えなかった、自転車を降りて実践するトレーニングの詳細が詰め込まれている。

  • 1章:アセスメント
  • 2章:可動域改善エクササイズ
  • 3章:サポートを利用した状態でのコントロール能力改善を目指したエクササイズ
  • 4章:サポートを利用しない状態でのコントロール能力改善を目指したエクササイズ
  • 5章:挑戦しよう

西薗氏が現役時代に追い求め、模索し、研究していた内容がここにあるのだ。

スポンサーリンク

まとめ:新しい速さへのアプローチ

体の使い方を変えればTTポジションも効率的になる。

体の使い方を変えればTTポジションも効率的になる。

S&Cトレーニングは、西薗氏や福田氏がいち早く取り入れ注目してきたものの、それほど日本のサイクリストに普及していないのはなぜだろうか。単純に情報不足なのか、もしくは知らなかった、必要がないと思っていたのか、それとも理解が及んでいなかったのか。おそらく単純にその存在を知らなかったことと、だれもがすぐ試せるわかりやすいパワーメータの存在がこれまで大きかったのだろう。

本書の内容に触れていくと、「パワーメータなんて要らない」という風潮があった時代を思い出す。距離をやたら乗り込む練習が主流だったころはそれが当たり前の考えだった。S&Cトレーニングは数値化できない内容であるものの、自分のからだを用いることで「できる」「できない」の明確な気づきが得られる。

そして、できないことを正面から受け止め克服し改善し続ける。その繰り返しだ。自身の弱点は何なのか。本書に従っていけば発見できるだろう。S&Cトレーニングがこれから世間に受け入れられるためには、ある程度の時間が必要だと思う。だからこそ本書には、私たちがまだ知らない、取り組めていない未開拓の内容や情報で埋め尽くされている。パワー一辺倒になりつつある現代のトレーニングに一石を投じる内容とともに。

本書の間違った使い方と考え方もあえて書き添えておきたい。ストレングス・コンディショニングトレーニングは冬のオフシーズンに実施する内容だと斜にとらえてしまうことだ。もう一つは上級者や選手だけが行うものだと思い込んでしまうことだ。

本書は、冬のオフトレをサポートするような本ではない。自転車に乗らない休息日や、乗る前の、乗った後に継続的に取り組むべき内容だ。そして、常に体を観察しどのような動きが「できているか」や「できていないか」を発見する手助けになる指南書である。

サイクリストのためのストレングスとコンディショニング
フィル バート(著), マーティン エヴァンス(著), 西薗 良太(監修), 西薗 良太(翻訳)
東京書籍 (2020-07-06T00:00:01Z)

¥3,080

Ads Blocker Image Powered by Code Help Pro

広告ブロックが検出されました。

IT技術者ロードバイクをご覧いただきありがとうございます。
皆さまに広告を表示していただくことでブログを運営しています。

広告ブロックで当サイトを無効にして頂き、
以下のボタンから更新をお願い致します。