平均出力が6.9%増加した―――。
ケルンスポーツ科学大学のアキム・シュミット博士がヨーロッパスポーツ科学学会 (European College of Sport Science: ECSS) で発表した論文によると、ソールスターインソールに変えただけで平均出力が6.9%上昇するという興味深い実験結果が報告されている。
なお、シューズに標準付属しているインソールから変えた場合だという。
被験者は年齢やパフォーマンスレベルの異なる25人のサイクリストが対象だった。ソールスターは主に個人単位で選手をサポートしており、新城幸也選手が使用していることでも有名だ。そして、他にも以下の名だたる有名選手が(契約うんぬんはあると思うが)愛用しているインソールとして知られている。
- ワウト・ファンアールト
- フィリップ・ジルベール
- アンドレ・グライペル
- ファビアン・カンチェラーラ
- ジョン・デゲンコルブ
- ローレンス・スィーク
インソール自体はシューズ内部に敷くため、選手が走っているときにブランドやモデルを確認することはできない(サポート外の製品を使っていてもバレない・・・)。フレームやホイールといった機材はひと目で使っているモデルがわかってしまうがインソールはそうもいかない。
実際に新城幸也選手がメリダのフレームを使っていることは知っていたが、使っているインソールがソールスターであることは知らなかった。
同じようにファビアン・カンチェラーラ選手が現役時代にソールスターを使用していたということや、フィリップ・ジルベール選手が使用していたということも知らなかった。それほどインソールという存在は影が薄いが、一方でライダーが生み出したパワーをシューズやペダルに伝達するための縁の下の力持ちとして重要な役目も担っている。
今回の記事は、ソールスターインソールを実際に購入しインプレッションを行った。本当に平均出力が6.9%も向上するのだろうか。これまで愛用してきたカスタムメイドのシダスやスペシャライズドのRETULインソールとの比較検証を行った。
追記:いまではすべての種目でソールスターを使用
2021年4月にソールスターを1枚購入したのだが、かなり調子が良かったため今ではシューズごとに使用できるように合計3枚使用している。2024年の現在までまる3年使用しているがインソールがカーボンのためまったくヘタれて来ることもなかった。
インソール20年分。フルカスタムsidas各種、super feet各種、Retul二枚、ソールスター、んで結論は決して足型にフルカスタムしたものが良いとは限らない。
理由などをまとめ中。 pic.twitter.com/7Q53QpskIS— IT技術者ロードバイク (@FJT_TKS) April 19, 2021
では記事の続きをどうぞ。
出力は上がるのか
先に結論を書こうと思う。
ソールスターに変更したところで出力は上がらなかった。
理由の1つとして、これまで使っていたインソールがシダスのフルカスタムメイドとスペシャライズドのRETULインソールであるため、十分に足に合っていた(十分に運動をサポートできていた)と解釈している。
可能性の1つとして考えられることは、シューズに付属のインソールからソールスターに変更した場合は出力がアップするかもしれない。しかし、それはソールスターに限った話ではなくシダスのインソールやRETULインソールであったとしても、同じ効果が得られるのかもしれない。
「何を基準として」ということを考えた場合、「平均出力が6.9%アップする」という夢のような宣伝文句を額面どおりに受け入れることは少々軽率だと考えている。すべてを台無しにしてしまうことを書いているし、確かに出力は上がらなかった。
しかし、実のところシダスのカスタムメイドやRETULのインソールに戻ることはなかった。
実はいま、私のシューズには長らく使用してきたフルカスタムインソールではなく、ソールスターのインソールが入っている。その理由や長年愛用していたフルカスタムインソールに戻らなかった理由を1つ1つ書き残そうと思う。
「ただ1つ」のポジションとは?
ソールスターのインソールは、足を「ただ1つのポジション」に導くように設計されている。
ソールスターが考える足の最適なポジションというものは「ただ1つだけ」であるということだ。また、「サイクリングに限る」という前提条件もあり、ランニングやマラソンに使ってはならない理由も設計思想にある。
では、ソールスターがうたう最適な「1つのポジション」とはどのような状態を示しているのだろうか。
ソールスターはインソールをフィッティングしてきた長年の研究成果から、最大の安定性を得られる位置である「ニュートラル・ゼロ・ポジション」に足を配置することが最適だという結論を導き出した。
まず、「ニュートラル・ゼロ・ポジション」とはどのような状態なのか。このポジションを理解するためには、サイクリングというスポーツ特有の「固定器具で制限された範囲内で動作を繰り返す」ということをまず理解する必要がある。
サイクリングは他のスポーツとくらべて、身体の動作が制限される。まずライダーの脚がペダルに固定される。そればかりか、サドル位置やハンドルもミリ単位で細かく決定され、制限されたシステム内で動作を繰り返し継続し続ける必要がある。
それゆえソールスターのインソール設計の根幹には、「足とペダル」や「骨盤とサドル」といった身体の一部と機材が固定されたシステムを考慮して設計されている。主な役割としては、それぞれのジャンクション部分を安定させるサポートの役割だ。
そしてウォーキングやランニングとは異なり、サイクリングはかかとからつま先にかけて足裏全体が曲がる(反る)ような動きは少ない。また、ペダリングは回転運動であるため地面からの衝撃がほぼ生じない。したがって、ランニングで発生する地面からの突き上げによる衝撃をインソールが吸収する必要もない。
しかし、別の要素が重要になる。サイクリングで重要なのは、脚がいかに横に逸れずにまっすぐ上下できるかだ。足首周りで考えると「回内足」と「回外足」を抑制できるかというポイントがある。
回内足とは、足首の関節が内側にねじれて足首が内側に過度に傾いた状態の足を表している。回外足とは、足首が外側に過度に傾いた状態の足を表している。このようなねじれた状態でペダルを踏み込んでも力が逃げてしまうばかりか、本来の力を最大限に引き出せるわけがない。
これら力が逃げてしまう不安定さには、ソールスターのインソール内部に配置されたコア芯材が活躍する。ペダリング運動中に足がペダルに並行になるよう、安定したサポートを行う仕組みだ。結果的に脚全体の動きが改善され、ペダリング中の膝の軌道がまっすぐになり、より高い出力を生み出せるようになる。
これら足首のねじれを抑制し、安定したポジションに導くためにソールスターには3つの仕組みがある。1つめはかかと関節のサポート、2つめが前足部のサポート、3つめが親指関節のいちを下げる仕組みだ。
- かかと関節のサポート:かかと部分は医学的に考えられたサポートを有する。後部の足の形の崩れ(回内化)を防いで脛骨の筋肉の後部をサポートする。足が直線になるため、圧力がかかっても足が曲がったり、内部で回転してしまうことを防ぐ。
- 前足部のサポート:前足部の両端が持ち上がるため、足のグリップが常に生じるようになる。また、側部のサポートを行うことにより、前部の足の崩れ(回外化)を防ぐ。動力の伝達において理想的な足の位置になる。
- 足の親指関節を下げる:親指の中足指節関節を通常よりも低い位置に配置するため、足がペダルにより近づく効果がある(特に薄く作られている)。結果的にペダル軸への距離を短くなり動力伝達効率が高まる。
これら3つのポイントをソールスターはスタビリゼーション・デルタと呼んでいる。足が本来あるべきポジションに誘導され、収まるようにセットアップされる。
これらすべての要素は、サイクリングという「制限された範囲内の運動」を効率的に行うために考え出された構造だ。そのため、ランニング用やマラソンのインソールとは根本的に異なる設計思想であることも納得できる。
ただ、この設計思想には疑問も残る。
というのも、誰一人として同じ人間が存在しないことと同じように、足の形も千差万別であるはずだ。しかしながら、どのような足であってもソールスターが提唱するスタビリゼーション・デルタは合致するのだろうか。
足の形は千差万別、のはずだが
「足の型は人それぞれ全く違う」という身体的な都合と、「足の最適なポジションはただ1つ」というソールスター都合の定義は、一見すると矛盾している。だからこそ、千差万別の足の型に対して、最適なポジションを出すためには足型に合わせた「フルオーダーメイドインソール」が必要であると考えるのが普通だ。
実際に、シダス、RETUL、スーパーフィートといったメジャーインソールブランドの上位モデルが、熱成形とバキューム方式を用いたフルカスタム方式を採用している。ソールスターも同じような道を”踏んで”いってもよいはずだ。
これらの「誰でも思いつきそうな方針」をソールスターが考えていないわけがない。「足裏の型」に合わせたカスタムインソールと、ソールスターのインソールで機能している「スタビリゼーション・デルタ」や「ニュートラル・ゼロ・ポジション」に導くための既成形状はそもそも根本が異なっている。
シダスやRETULのインソールを作る場合、専用の椅子に腰掛け、脚がブラブラできるほど力の抜けた状態で足裏の型を専用のバキューム装置で型どることから始まる。取得した足型に対して、様々な素材と厚みで作られたインソールを熱でふにゃふにゃにしたあとは、足型にはめ込んでコールドスプレーで冷却し元の硬さに戻す。
実は、上記の方法で2021年の2月にシダスのフルカスタムメイドインソールを作った。しかし、どうしても膝が内側に入ってしまい親指側にシムを入れ膝がまっすぐに入るように調整をする必要があった。
カスタムインソールは確かに足裏にピッタリとフィットする。しかし、実際に「器具で制限された範囲内の運動」を行うと、私の場合はシムを入れてカントをつけて再調整をしなければならなかった。それに対して、ソールスターはどうだったのか。
ソールスターはあらかじめスタビリゼーション・デルタが既成されている。その効果か追加でシムを入れる必要がなくシューズを履いていない状態(床とインソールだけ)で踏み込んでも膝が内側に入っていくような動きはしなかった。
ソールスターが提唱する「サイクリングに限ってはすべての足の最適なポジションは同じ」に導かれた結果になった。
ソールスターのインソールを装着すると、どんな形状の足も独自の3点支持によりニュートラル・ゼロ・ポジションに収まる。それは、ソールスターの既成形状によってもたらされた結果だ。対して、「足裏をかたどった形状」は、持ち上げる部分や、下げる部分という概念がなく「足裏に隙間なくフィットする」ことが主だ。
ソールスターの既成形状はすでにカーボンファイバーの型も決まっているためほとんど変形しない。一方でカスタムインソールは熱成形で足裏の型をそっくり再現する必要があるため、ふにゃふにゃの状態から硬化してもある程度の柔らかさ残る。
そのため、シューズを履いていない状態で荷重をかけると容易に変形してしまう欠点もある。
また、カスタムインソールは足裏に形を合わせたがゆえ、シューズとインソールの間には必ず空間が発生してしまう。RETULやシダスのカスタムインソールは、この隙間を埋めるようにインソールが経年変化し徐々にシューズ側の型に変形していく場合がある。
もちろん、ソールスターも何年もハードに使用すれば1年も持たないかもしれない。実際にソールスターはプロ選手が使った場合は1年程度しか持たないということがはっきりと明記されている。
ただ、使った感覚ではカーボンファイバー製のコア芯材を用いているため、ベース部分の変形はカスタムインソールよりも大幅に少なくなっている
では、ソールスターから元に戻すと・・・
新しい機材や気に入った製品を使うと、気分や気持ちも高揚し3割増しの性能を感じてしまう。実際には効果がないのにもかかわらず、いわゆるプラシーボ効果によって良いと思い込んでしまう自体もおこりうる。
であれば、「これから使い続ける」と心に決めたソールスターから、これまで「良いと思っていた」シダスやスーパーフィート、最も長く使ったRETULインソールに先祖返りした場合はどのように感じるのか。
一通りローラー上でトレーニングを行ってみて感じたことを箇条書きにした。
- 出力:変化なし。
- シューズとの一体感:RETULインソール > ソールスター > スーパーフィート > シダスフルカスタム
- クッション性:RETULインソール > スーパーフィート > ソールスター > シダスフルカスタム
- 足首の安定性:ソールスター > スーパーフィート > シダスフルカスタム
- 膝の安定性:ソールスター > スーパーフィート > シダスフルカスタム
- 足裏の接地感:シダスフルカスタム > ソールスター > スーパーフィート
- ダイレクト感:ソールスター > シダスフルカスタム > スーパーフィート > RETULインソール
- お気に入り度:ソールスター≒RETULインソール
- ロードバイクに使うなら:ソールスター
- CXに使うなら:ソールスター
- MTBに使うなら:ソールスター
厳密にいうと、RETULインソールの作り方はシダスそのものだ。しかし、シダスフルカスタムはダイレクト感を引き出すために、ソールを限りなく薄くしている。対して、RETULインソールはコンフォートな厚みだ。したがって、インソールの厚みもさまざまな使用感に対して大きな影響を与えている。
結論としては、合わないインソールは速攻で捨ててしまうが、ソールスターに限ってはそうではなかった。ただし、実はいまでも履き始めは違和感がある。特に真ん中に配置されている盛り上がり部分に対してだ。
10分ぐらいすると違和感は消えてなくなる。最後に、使い続けて気づいたことを箇条書きにした。
- GARMINのPCO(プラットホームセンターオフセット)が3mmほど改善した。
- パワーフェーズは改善しなかった。
- カスタムインソールは不要だ。
- 形状が崩れないカーボンインソールは良い。
- 真ん中の変な突起物が良い仕事をする。
また、あえて書いておくが6.9%も出力が上がることは期待しないほうがいい。人によっては上がるかもしれないが、すでに十分な性能を持つインソールを使用している場合は効果を見込めないだろう。
ラインナップ
ソールスターは3つのラインナップがある。実際に試履きした感じとしてはソールスターコントロールで十分だ。正直な感想としては、ワールドツアープロサイクリストが使っている「ソールスターブラック」を一般的なサイクリストが使う必要はないと思うのが率直な印象だ。
とはいえ、大容量の競輪選手や国内トップスプリンターに限ってはブラックを強くおすすめしたい。
- ソールスタ―コントロール:パフォーマンスを重視したサイクリストのために開発されました。パワー伝達の改善と快適性の向上に重点を置いています。
- ソールスタ―ブラック:最高品質のカーボンコアを使用したソールスタ―ブラックは、妥協のない安定性を提供します。数多くのワールドツアープロサイクリストが選ぶインソールです。
- ソールスタ―ツアー:ツーリングライダー向けに開発された柔軟性も兼ね備えたカーボンコアを搭載。ウォーキングのための快適性も増し、ツーリングをサポートします。
まとめ:万人受けしないが合えば最高の1枚
インソールで悩ましいのは、カスタムインソールで「最高の足裏フィット感」を得るのが良いのかそれとも、ソールスターの既成品タイプが合うのか人それぞれ判断が分かれるところだ。私はこれまで一貫してカスタムインソールを使用してきた。自分の足型に合わせて、世界で一枚のインソールを作る。
合わないはずがない。そう思ってきた。
しかし、既成品のソールスターを使って気づいたことは足裏に寸分の狂いなくフィットする方式が万能ではないということだった。必要に応じて薄く、必要に応じて高く、一見すると不必要な場所に突起物を設けたり、土踏まずを覆い隠すほどの壁を設けられている。
既成だからこそ実現できる意味のある形が「スタビリゼーション・デルタ」だ。
最後に、既成品がよい、カスタムメイドが悪い、という話ではないということだけ付け加えておきたい。足裏が1つとして同じでないように、個人が最適だと思うインソールもまた無数にある。たまたまこれまで使っていたRETULインソールやスーパーフィートよりもさらにしっくりとくるインソールに出会っただけの話だ。
インソール、クリート位置、サドル高、ポジションには答えがない。出会わなければ、知らなければ一生巡り会えない「沼」だ。もしかしたら、ゴールかもしれないソールスターがあと数年すればまた別の解が出てくるかもしれない。
これらの前置きをしつつ1ついることは現時点での最高到達点、いまの私にベストなインソールがソールスターだ。