自転車競技は空気抵抗との戦いだ。空気抵抗を減らすために、集団はまるで生き物のように形を変えていく。自然界の法則とうまく付き合うために、ライダーたちは様々な隊列を作り出すのだ。
バイクが進む際の抗力のうちおよそ8割は空気の抵抗だという。そのため、自転車競技の戦術のなかで特にドラフティングの効果は大きい。自分よりも前に走っているライダーの後ろにつくと、前方のライダーよりも小さな力でバイクを進めることができる。
非常に大きな力を持っているドラフティングは、自転車競技の勝敗を大きく分けるほどだ。実際にトライアスロンレースでは、10メートルルールが適用されライダーは前のライダーとの間に少なくとも10メートルの車間距離を保ねばならない。
では、実際に何メートルまでなら、ドラフティングの効果が得られるのだろうか。本当に10メートルの車間距離でドラフティングの効果が消失してしまうのだろうか。SWISS SIDEのエアロダイナミクスチームは、ドラフティングの効果を定量化するためにCFD解析と風洞実験を実施した。
CFD研究では、スーパーコンピューターを駆使し、2人のライダーが0.1mから20メートルまで異なる車間距離を保った場合のシミュレーションモデルを作成した。このシミュレーションが興味深いのは2つある。
- ドラフティングしているライダーの抗力低減を計測
- 先頭ライダーの抗力低減を計測
それぞれの空気抵抗を測定している。
CFD解析では、時速45kmでのバイクとライダーの空気抵抗は、およそ250W(転がり抵抗やドライブトレインの損失など他の抵抗は含まない)だった。同じライダーが10cmしか離れていない、”最も接近した状態”はおよそ90.1W(39.5%)の空気抵抗削減だった。
「90ワット」これは非常に大きなアドバンテージだ。現代の超ハイエンドエアロロードや超ハイエンドエアロホイールが”1W”のしのぎを削っている最中、「ドラフティング」という無料のテクニックは90Wもの効果を生み出している。
そして、驚くべきことにツキイチのドラフティングライダーがいることによって、先頭ライダーのドラッグも10.9W(4.4%)削減している。実は、後ろでツキイチのライダーがいる方が、単独で走るよりも空気抵抗が小さくなるという結果だった。
「ツキイチやめてくれませんか」
というのは、本来得られるはずの4.4%の空気抵抗削減が無くなっているに等しい。とはいえ、最後にちょい刺しされても、たまったもんじゃないのだが。
先頭ライダーとドラフティングライダーとの車間距離はおよそ5メートルあれば、ドラッグ低減の恩恵を受け続けられる結果が出ている。次にかなり離れていると感じる車間距離10メートルでも、33.5W(13.4%)の空気抵抗の低減が生じる。
ということは、トライアスロンの車間距離のルールである10メートルでも非常に有意なドラフティング効果がまだ存在しているのだ。すこしカンの良い方は気づかれているかもしれないが、これらのシミュレーションは条件を簡略化するために無風状態を想定しており、実際の複雑な風向きではまた結果が異なる。
次は、実際に風洞実験室で2人のライダーの間に10センチの車間距離を開けた場合の影響をシミュレーションしている。この場合、先行ライダーは大型(背の高い)ライダー、ドラフティングライダーは中型ライダーだ。また、先頭のバイクはホームトレーナーベースを使用して配置している。
ドラフティングライダーの空気抵抗は、時速45kmで65%という驚異的な減少を示している。CFDで算出した(39.5%)よりも大幅に抗力が減少している。これは、ドラフティングライダーよりも先頭ライダーのほうが大きく、さらにホームトレーナーによって人工的な遮蔽物が追加されたことが原因だ。
この2つの要因が、ドラフティング効果を明らかに向上させている。使用したAero Podは、ドラフティングライダーの局所的な対気速度を26km/hと測定しているが、これは測定された抗力低減と完全に相関関係にある。
つまり、考えているよりもドラフティングの効果は非常に大きい。ライダーとライダーが接近した場合、後続ライダーは50%以上のドラッグ低減が可能だ。実際にトライアスロンのルールである10メートルの車間距離”程度”では、ドラフティングを防ぐには不十分である。実際には13%程度のドラッグ低減にとどまっている。
現実的には20メートルあれば十分な距離であり、ドラフティングの効果はなくなる。また10メートルから20メートルまでの範囲では、気象条件や風の状況に依存することになるという。
これらのドラフティングの特性を知っておけば、ロードレースで優位に走ることが可能だろう。しかし、これだけドラフティングの効果が大きいことを知ってしまうと、「ツキイチ」「脚ため」「先頭交代拒否」になり、たるんだつまらないレースをしないようにしなければならない。
この空気抵抗差、集団心理、自身の脚力状況をうまく理解し、レース運びを巧みにしてほしい。
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