キャノンデールが第5世代のSuperSix EVOで到達したのは、空気抵抗、重量、剛性という個別の要素を極限まで磨き上げつつ、それらを一つの生命体のように調和させるエンジニアリングの極致だ。
この視点からこのバイク開発をみていくと、単なる軽量化や空力向上といった次元を超えた、物理法則への深い洞察が見えてくる。
私たちはしばしば、パーツ単体の性能や軽量化に目を奪われがちだが、Gen 5の本質は「ライダーを含めたトータル・パフォーマンスの最適化」という設計思想に集約されているように思える。
それは、風洞実験室のデータシートの上だけで速いバイクではなく、実際のレースにおける「決定的な瞬間」にライダーを勝利へと導くための道具という位置づけだ。
SuperSix EVO Gen5のホワイトペーパーに記された数理モデルや風洞実験データ、剛性データなどを網羅的に分析し、SSE Gen5の進化に迫った。
Gen 5開発の設計思想
キャノンデールの設計思想は、パフォーマンスを支配する「パワー方程式」を数学的かつ物理的な基盤として、すべての抵抗要素を最小化することにある。
古くは、SYSTEMSIXの開発において空力開発の達人である、デイモン・リナード氏があらゆる要素を突き詰め、最小化にこだわった経緯がある。その開発手法は過去の記事で詳細にまとめている。


時代は変わり、Gen 5の開発チームは、重量や空力を個別の目標として切り離すのではなく、スピードを最大化するための総合的な変数として捉えた。それぞれのプラットフォームに応じて、固有のニーズ毎に優先順位のバランスを最適化していった。
この思想の核心にあるのは、1998年に Martin らによって定義された以下のパワー方程式だ。
この式において、左辺はライダーがペダルから入力するパワーに駆動系の効率係数を掛け合わせたものだ。
右辺は克服すべき 5 つの抵抗要素、すなわち空気抵抗(P_Aero)、転がり抵抗(P_RR)、ホイールベアリング抵抗(P_WB)、位置エネルギーとしての登坂抵抗(P_PE)、そして加速に伴う運動エネルギー抵抗(P_KE)の総和である。

Gen 5の開発において、エンジニアはこれらの変数を徹底的に精査した。特に興味深いのは、空気抵抗が速度の3乗に比例して増大するという物理的事実に基づき、時速15kmという低速域からすでに空気抵抗が全抵抗の大部分を占めることを再認識した点である。

これは、空力性能がエリート選手のスプリントのためだけにあるのではなく、すべてのライダーの「巡航効率」に直結することを意味している。
一方で、登坂路における重量の重要性も軽視されていない。

勾配がきつくなるにつれて登坂抵抗(P_PE)が支配的になるが、プロレベルのライダーは高いパワーウェイトレシオによって登りでも高い速度を維持するため、登坂中であっても空力性能の恩恵は有効であり続ける。
Gen 5は、この「軽さと空力の相反する要求」を、用途に応じた柔軟な設計アプローチで解決しているのである。

このアプローチは非常に合理的であると言える。これまでのバイク開発では「軽さは正義」という風潮があったが、現代のレースはより高速化し、ダイナミックな展開を見せている。
Gen 5の設計思想は、こうした現代の競技特性を科学的に解釈し、ライダーがどのような地形でも妥協することなく、最速の選択肢を選べるように配慮されている。
“既に限界”のGen 4から

Gen.4は売れに売れた。
Gen 5の開発背景には、完成度が極めて高かったGen 4の成功と、そこからさらに「物理法則の境界線」を押し広げようとする飽くなき挑戦がある。
Gen 4はブランドにとって大きな飛躍であり、軽量なレーシングシャシーと専用エアロロードに匹敵する空力性能をすでに高いレベルで融合させていたが、Gen 5ではシートポストの断面を除くほぼすべての要素がゼロから見直された。
この改善のプロセスは、F1 マシンの開発における「マージナル・ゲイン」の積み重ねに例えることができる。
例えるなら、Gen 4が荒削りなダイヤモンドの原石を高い精度でカットした状態だとするならば、Gen 5はそのカット面の一つひとつをナノレベルで研磨し、光の屈折(空気の流れなど)を完全に制御しようとしたモデルである。
最も困難だったのは、すでにUCIの重量制限である6.8kgに近い位置にいたGen 4から、空力性能を向上させつつさらに重量を削るという矛盾した課題である。
これを解決するために、設計者は「簡単に得られる改良余地」が残されていないことを認め、すべての構成要素の相互作用を再定義することから始めた。

Gen.4 特にフォークの”肩”の部分の形状をよく見てからGen.5を見てほしい。
例えば、フロント周りの空気抵抗を減らすためにフォークから余分な素材を徹底的に削ぎ落とし、ヘッドチューブとクラウン部をシステム全体で最適化することで、システム全体の空力を損なうことなく軽量化を実現している。
これは、単一のパーツを軽くするのではなく、複数のパーツが重なり合う「界面」の無駄を排除した結果である。私がこのバイクを初めて目にしたとき、そのスリムなヘッド周りに「機能美」の極致を感じたのは、この徹底した無駄の排除が視覚的にも現れていたからであろう。

このフォルムで真っ先に思い浮かんだのがピナレロのDOGMA Fだ。フロント周りが非常によく似ており、美しい造形がそこにあった。
開発はどのように行われたのか?
Gen 5の開発は、CFD(数値流体力学)による数万回に及ぶバーチャルな試行錯誤と、風洞実験による厳格な実証、そしてプロチームからのフィードバックという、三位一体のループによって進められた。
特に CFDは、設計案を素早く反復検証し、目に見えない気流の剥離や渦の発生を可視化することで、精密な最適化を可能にする鍵となった。
開発プロセスの特徴は3つに集約される。
一つ目は、バーチャル・プロトタイピングの深化だ。CFDを用いて、フレームチューブの断面形状だけでなく、ライダーが乗車した状態や、ボトルを装着した状態での気流の挙動をシミュレーションした。これにより、実走行に近い条件下での最適解を導き出している。
二つ目は、風洞実験によるゴールドスタンダードの追求だ。風洞は変数を正確にコントロールできる「正解」の場所である。CFDで得られた結果を風洞で検証し、シミュレーションの精度を高めると同時に、ヨー角ごとのドラッグデータを詳細に採取した。

三つめは、ヨー角ごとの加重抗力の導入だ。実際のロードライディングでは風向は常に変化する。キャノンデールは、自動車業界でも用いられるアプローチを採用し、実走行環境における風向の確率分布を数学的にモデル化した。
これを風洞データと組み合わせることで、単一の方向からだけでなく、統計的に最も遭遇しやすい風の角度において最速となるように設計を最適化している。
他社ブランドの開発手法や解析を通じて多くのバイクを見てきた中でも、これほどまでに客観的なデータと数学的なモデルに基づき、主観を排除してパフォーマンスを追求した事例はスペシャライズド、TREK、キャニオンなど数社しかない。
まさに「科学が形になったバイク」と呼ぶにふさわしい。
バイク形状はどのように決定されたか
SuperSix EVO Gen 5のシルエットは、空気の流れを操るための機能的な必然性から導き出されている。
各チューブの断面形状は、構造的な要求(剛性や重量)と局所的な空気の流れを完璧に調和させるために定義された「トランケーテッド・エアロフォイル形状」を採用している。
形状決定における技術的なロジックの決定はいくつかの段階を踏んで進められた。
まずは、NACAプロファイルの再解釈を行った。本来の NACA エアロフォイル(翼型)形状をベースにしつつ、後端(場合によっては前端も)を大胆に切り詰め、新しい曲率へと置き換えている。
これにより、翼型が持つ優れた空力特性を維持しながら、フレームとしての側面積を抑え、横風による不安定さを解消している。
そして、アスペクト比の最適化が行われた。チューブの幅と深さのバランス(アスペクト比)を適切に保つことは、重量増を抑えつつ剛性を確保するために不可欠である。
薄すぎる形状は剛性不足を招き、それを補うためのカーボン積層が増えてしまうが、Gen 5では絶妙なバランスを実現している。
TARMAC SL8の開発でも話題になったフロントエンドの最適化はSSE Gen 5でも行われている。
バイクの中で最もクリーンな気流を受けるフロントエンドを徹底的に刷新している。フォーク、ヘッドチューブ、クラウンは、空気抵抗を最小限に抑えるために一体のシステムとして彫り込まれている。
フォークの先から、ヘッドチューブがスペーサーと交わる上部まで流れるように一体化している。
この形状設計を例えるなら、最新鋭の潜水艦のハイドロダイナミクスに近い。滑らかでありながら、特定のポイントでは鋭く、エネルギーを最小限の損失で逃がすための意図が随所に感じられる。
実際にフレームを手に取ってみると、ダウンチューブの複雑な曲面が、単なるデザインではなく、ボトル装着時を見据えた「整流板」として機能していることが手に取るようにわかる。
空力性能はどのように高められたか
Gen 5の空力向上は、個別のパーツの改良ではなく、フレーム、フォーク、バー、ホイール、シートポスト、そしてボトルに至るまでを一つの空気力学的ユニットとして捉える「システム・アプローチ」によって達成された。
これにより、バラバラのパーツを組み合わせただけでは到達できない、高い次元での効率性を実現している。
空力性能向上の具体的なメカニズムは次のように構成されている。
継続採用されたV字型のステアラーチューブにより、ケーブルを内部に収めながら、ヘッドチューブの前面投影面積を劇的に縮小した。これは、従来の円形ステアラーでは不可能だった「スリムなフロントプロファイル」を実現するための画期的なイノベーションである。
同じく継続採用されたグリッパーエアロボトルとレグリップケージは、ボトル自体をフレームの断面形状の一部として設計することで、ボトルを装着していない状態よりも、装着している状態の方が空力的に有利になるように最適化されている。
これらの要素が組み合わさることで、SuperSix EVO は純粋なエアロロードバイクである SystemSix に肉薄する空力性能を手に入れた。
Gen4からGen5への改善データを見た際、最も驚いたのは「軽さを維持したまま、空力ゲインを得た」という点である。通常、空力と軽さはトレードオフの関係にあるが、Gen 5はその壁を打ち破っている。
CdAが0.003改善
Gen 5における CdA(空気抵抗係数×前面投影面積)の0.003という改善は、一見すると小さな数値のように思えるかもしれないが、ロードレースの世界では「決定的な差」を意味する。
この数値は、時速45kmで走行する際に約12Wのパワー削減に相当し、これはゴールスプリントで車輪半分以上の差を生み出すのに十分なエネルギーである。CdAが0.003改善した具体的な理由は、主に以下の3つの進化に集約される。
- 前面投影面積(A)の絶対的な縮小:デルタステアの導入により、ヘッドチューブの横幅を極限まで絞り込むことに成功した。空気抵抗(Drag)は前面投影面積に正比例するため、フロントエンドのスリム化は CdA 削減に最も直接的かつ強力な影響を与える。
- 形状効率の精密なブラッシュアップ:CFD解析の反復により、各チューブの接合部やフォークのクラウン周りの気流の剥離(セパレーション)を最小限に抑えた。空気がフレームの表面を「撫でるように」流れることで、圧力抗力が大幅に減少している。
- 相互干渉ドラッグの解消:ボトルとフレーム、あるいはコクピットとステアラーといった、パーツ同士の「境界」で発生する乱流を、システム全体での最適化によって排除した。一つのパーツが他方のパーツを空力的に補完し合うように設計されたことで、システムとしてのCdA値が低下した。
この0.003という改善を、「目に見えない微風の追い風を常に受けている状態」と表現したい。
ライダーが意識することなく、機材そのものが物理的なアドバンテージを稼ぎ出してくれるのである。特に、長時間にわたる単独逃げや、風が吹き荒れる平坦路において、この「小さな数値の積み重ね」は、ライダーのメンタル面での支えにもなるだろう。
重量削減はどのように行われたのか?
Gen 5の軽量化は、単なる肉抜きではなく、新開発のカーボンレイアップと構造設計の革新によって成し遂げられた。最上位グレードである LAB71 において、塗装済み56cmサイズで728g という驚異的なフレーム重量を実現している。
これは、UCIの最低重量制限を大幅に下回るポテンシャルを秘めた数値である。
重量削減を支える技術的な柱は以下の通りだ。
LAB71専用に開発されたシリーズ0カーボンは、特殊なカーボンファイバーとナノ樹脂のレイアップを採用している。この素材は極めて高い引張強度と圧縮強度を誇り、従来よりも少ない材料で必要な剛性と強度を確保できる。
構造効率の向上として、フレーム断面におけるアスペクト比を適切に管理することで、補強のためのカーボン量を最小限に抑えている。これは、形状そのものが強度を持つ「卵の殻」のような設計思想である。
徹底した部位別の軽量化も行われている。
フォークはCFDを通じて、強度に影響しない領域から素材を徹底的に削ぎ落とした。コックピットのSystemBar Road SL は、先代の415gから、265g(SL)へと、150gもの大幅な軽量化を実現している。
シートポストもさらなる薄型化により、空力と軽量化を両立した。感銘を受けるのは、この軽量化が「剛性や安全性を犠牲にしていない」点である。
過酷な疲労試験や衝撃試験をクリアしながら、これほどまでの数値を叩き出すことは、キャノンデールのカーボン成形技術が新たなステージに到達したことを物語っている。
実際に持ち上げてみると、その「中身が詰まったような密度の高さ」を感じさせつつ、指一本で支えられるほどの軽さに、畏怖の念すら覚えるだろう。
剛性は全グレードで共通化
「どのエボに乗っても剛性は同じ」
一見すると、ハイエンド購入者は疑問に思い、エントリー購入者は喜ぶかもしれない。
しかし、Gen 5の開発における最も「哲学的な」こだわりがここにある。すべてのモデルグレード(LAB71、Hi-MOD、Carbon)において、同一の剛性ターゲットを設定しているのだ。
これは、素材や価格に関わらず、すべてのライダーがキャノンデールの理想とする「究極のライドフィール」を体験できるようにという配慮から来ている。剛性共通化の具体的なアプローチは以下の通りである。
同一の剛性値とハンドリング特性を実現しており、3種類のカーボンレイアップにおいて、ヘッドチューブ剛性やボトムブラケット剛性に差を設けていない。
高価なグレードとの違いは「重量」のみであり、ペダルを踏み込んだ際の反応性や、コーナーでの操作性はグレード間で完全に一貫している。
キャノンデールが提唱するプロポーショナル・レスポンスを実現している。ライダーの体格に合わせて、サイズごとに剛性をスケーリングしている。
例えば、大柄なライダーが乗る61サイズと、小柄なライダーが乗る44サイズでは、かかる負荷が異なる。キャノンデールは、すべてのライダーに「その人にとっての最適」を提供するために、サイズごとにカーボンの積層構造を調整している。
素材による差別化も行われている。剛性を変えずに重量を変えるために、上位グレードほど高弾性なカーボンファイバーを使用している。これは「同じ硬さのバネを、より軽い素材で作る」という非常に高度な素材工学を必要とするプロセスである。
わたしの見解としては、この方針は非常に高いユーザー満足度を生むと考えている。
多くのメーカーが、上位グレードと下位グレードで剛性を変え、「走りの質」に差をつけてしまう中で、キャノンデールは「どの EVO を選んでも、それは紛れもなく最高峰の EVO である」というメッセージを発信しているからだ。
実際に、前作のエントリーグレードのCarbonモデルに乗っても、その「芯の通った剛性感」と「リニアな加速」は LAB71 のそれと酷似しており、ブランドの誠実さを肌で感じることができる。
走りの質
スペック上の数値も重要だが、レーシングバイクにとって最も大切なのは「ライダーがその性能を信じ切れるか」という官能的な側面である。Gen 5に乗った際、私はその「直感的な操作性」に驚かされた。
まるで自分の神経がタイヤの接地面まで伸びているかのような、超現実的な安定感と俊敏さのブレンドである。

特に印象的だったのは、高速での下りにおける安定感の高さだった。デルタステアによるフロント周りの不安がGen 4に乗っていた時もあったのでなおさらだが、Gen 5で更なる最適化が功を奏しているのか、ダウンヒルでもステアリングに微塵の不安も感じなかった。
また、登坂時の反発の良さも特筆すべき点だ。ペダルに力を込めた瞬間、バイクが「待ってました」と言わんばかりに前方へと弾け飛ぶ(ような)感覚は、まさにGen 5で進化した快感の一つである。
また、主観的な意見ではあるが、コックピットのエルゴノミクスは、長時間のライドにおける疲労を劇的に軽減してくれる。
路面からの微細な「ノイズ」を消し去り、必要な「インフォメーション」だけを伝えてくれるその特性は、まさにプロフェッショナルが求める究極の対話性能と言えるだろう。補足しておくと、新品のタイヤを下したばかりなのでタイヤの性能もあったかもしれない。
これこそが、単なる機械としての速さを超えた、キャノンデールが追求する「スピードの官能」である。
まとめ:SuperSix EVO Gen 5が切り拓く新時代
SuperSix EVO Gen 5は、単なる機材の更新ではなく、これまでのバイク開発で当然とされていた常識、価値観、考え方が根本から劇的に覆る「転換点」を象徴するバイクである。
空気抵抗、重量、剛性という本来は相反する要素を、極限まで高い次元で調和させたその姿は、エンジニアリングの勝利そのものだ。
科学が証明するスピードとして、パワー方程式を基礎とした妥協なき開発が、ライダーを物理的な限界から解放してくれる。個別のパーツではなく「一つのシステム」として設計することで、CdA 0.003という驚異的な空力ゲインと 728g の超軽量性を両立した。
Gen 5は全ライダーへの約束として、プロポーショナル・レスポンスによる剛性の最適化とグレード間の特性共通化により、すべてのライダーに世界最高峰の体験を提供する。
プロフェッショナルなライダーであれ、タイムを追い求める愛好家であれ、Gen 5はその期待を裏切ることはないだろう。このバイクは、私たちが「スピード」という言葉に抱く概念を根本から変えてしまう力を持っている。
次にペダルを踏み出したとき、あなたは昨日までの自分とは違う「未知の領域」に足を踏み入れていることに気づくはずだ。Gen 5と共に、サイクリングの未来が、今ここに走り出したのである。
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