「ROVAL RAPIDE CLX III」は、現代のホイールエンジニアリングにおける一つの到達点だ。同時に設計哲学の大きな転換点を示唆するプロダクトでもある。
RAPIDE CLX IIIの最大の特徴は、従来の「フロント・シャロー(浅)/リア・ディープ(深)」というエアロホイールの定石を覆し、「フロント・ディープ(51mm)/リア・シャロー(48mm)」という逆説的なリムプロファイルを採用した点にある。
これに、新開発のカーボンスポーク、改良されたDT Swissハブ内部構造、そして安全性を重視したフックドリムテクノロジーを組み合わせることで、システム重量を前作比で約215g削減し、1,305gという驚異的な数値を達成した。
なぜROVALが「マレット」とも呼べるこの構成を選択したのか。
その空力的・力学的根拠を深掘りするとともに、これまで使用してきたハイエンドの競合製品(Enve SES, CADEX, DTSWISS ARC, BONTRAGER AEROLUS, Princeton CarbonWorks, Zipp)との詳細な比較を通じて、本製品がホイールの未来に与える影響をレビューしていく。
スピードの錬金術、現代ホイールの課題
エアロダイナミクスと軽量化の二律背反
過去数十年間、ロードバイクホイールの開発は、物理学的なトレードオフとの戦いであった。
平地を高速で巡航するためには、空気抵抗(Drag)を減らす必要があり、そのためにはリムハイト(リム高)を高くしてスポーク長を短くし、乱流の発生を抑える「ディープリム」が有利となる。
しかし、リムを高くすれば使用するカーボン材料が増え、必然的に重量が増加する。重量増は、登坂時の抵抗となり、さらに回転慣性の増大によって加速性能を鈍らせる。
1990年代から2000年代初頭にかけては、軽量化こそが正義とされ、ロープロファイルリムが全盛であった。
しかし、2010年代に入り、パワーメーターの普及と風洞実験の一般化により、「一定速度以上では重量よりも空気抵抗の方がタイムに与える影響が大きい」という事実が科学的に証明された。
これにより、市場は一気にエアロホイールへと傾倒した。Zipp 404やEnve SESシリーズなどが台頭し、リムハイト50mm~60mmが「オールラウンド」の新基準となったのである。
ハンドリングという第三の変数
しかし、リムハイトの増大は新たな問題を引き起こした。「横風安定性」の欠如である。リムの側面が帆のような役割を果たし、横風を受けた際にステアリングが取られる現象が発生する。
特にフロントホイールは操舵軸を中心に回転するため、横風によるヨーモーメントが直接ハンドル操作に干渉し、ライダーに恐怖感を与え、結果として出力を抑制させる要因となる。
ROVALは前作「RAPIDE CLX(初代およびII)」において、この問題に対し「フロントリムを極端に太く(外幅35mm)、かつハイトをリアより低くする(F:51mm / R:60mm)」というアプローチで解答を示した。
太いリムは、風の剥離を遅らせ、横風の影響をマイルドにする効果がある。そしてリアを深くすることで、システム全体の整流効果を稼いでいた。これが従来の「最適解」であった。
RAPIDE CLX IIIが提示したパラダイムシフト
2025年、ROVALはこの自ら確立した「正解」を否定するような製品を投入した。新型RAPIDE CLX IIIでは、フロントの51mmハイトと極太シェイプは維持しつつ、リアのリムハイトを60mmから48mmへと-12mmも大幅に削減したのである。
「エアロダイナミクスを追求するなら、リアはディスクホイールに近づくほど(深くするほど)良いはずだ」という直感に反するこの設計は、ROVALのエンジニアチームが発見した新たな知見に基づいている。
それは、「空気抵抗削減効果はフロントホイールに依存する」というデータである。
この発見は、ホイール設計におけるリソース配分の優先順位を根本から覆すものである。もしリアホイールの深さが空力にさほど寄与しないのであれば、そこにある余分なカーボン素材は単なる「重り」でしかない。
RAPIDE CLX IIIは、リアホイールの空力的役割を見切り、徹底的な軽量化と加速性能の向上へと舵を切った。これは、エアロホイールとクライミングホイールの境界線を完全に消滅させる試みと言える。
マレット理論の物理学
RAPIDE CLX IIIの核となる設計思想「フロント・ディープ/リア・シャロー」の構成は、流体力学および力学の観点からみると理にかなっているのだろうか。
「90%ルール」の流体力学的背景

なぜ、フロントホイールが空力性能の90%を決定づけるのか。その理由は、自転車とライダーが空気中を移動する際の「気流の質」の違いにある。
フロントホイール(きれいな空気)

フロントホイールは、乱れのない新鮮な空気(層流に近い状態)に最初に衝突するコンポーネントである。ここで生じる気流の剥離や乱流は、そのまま後方のフォーク、ダウンチューブ、ライダーの脚、そしてリアホイールへと連鎖的に影響を及ぼす。
したがって、フロントホイールでの整流(Leading Edgeの処理)は、システム全体のドラッグ(抗力)を決定づける最も重要なファクターとなる。
リアホイール(汚れた空気)
対照的に、リアホイールに到達する空気は、すでにフロントホイール、フレーム、そして激しく動くライダーの脚によって撹拌され、極めて乱流の強い状態にある。流体力学的に、すでに乱れた気流の中にある物体の形状を最適化しても、層流中に比べて抗力削減の効果は限定的である。
ROVALのエンジニアは、Win Tunnel(自社風洞施設)での923回に及ぶシミュレーションとCFD解析を通じて、リアリムを60mmから48mmに下げても、システム全体の抗力値(CdA)はほとんど変化しないことを確認した。
むしろ、リアを深くすることによる「セーリング効果(横風を受けて推進力に変える効果)」のメリットよりも、表面積増大による摩擦抵抗や重量増のデメリットが上回る分岐点が、想定された実戦環境(平均速度、ヨー角分布)において存在したと考えられる。
慣性モーメントと加速性能
リアリムを48mmに低減した最大の恩恵は、重量削減、それも「外周部重量」の削減にある。
物理学において、回転体の加速にくさは「慣性モーメント」で表される。円環状のリムの場合、慣性モーメントは質量(m)と半径(r)の二乗に比例する。
RAPIDE CLX IIIでは、システム全体で215gの軽量化を達成しているが、その多くはリアリムとスポークの変更によるものである。ハブ中心部の軽量化とは異なり、リムという回転中心から最も遠い部分の軽量化は、加速時のエネルギー効率を劇的に改善する。
アタックへの反応
ロードレースにおける勝負所、ヘアピンカーブからの立ち上がりや、急勾配でのアタックにおいて、ライダーは数秒間で数百ワットの出力を急激に上げる必要がある。慣性モーメントが低いホイールは、この入力に対して即座に回転数を上げることができる。
ROVALが謳う「爆発的な加速」は、この物理法則に裏打ちされた表現である。
登坂性能
低速域(登坂)では空力の影響が減り、重力の影響が支配的になる。1,305gという重量は、純粋なヒルクライムホイール(例:ROVAL Alpinist CLX IIの約1,265g)と比較しても遜色ないレベルである。
つまり、RAPIDE CLX IIIは「平坦用」と「山岳用」のホイールを使い分ける必要性を過去のものにしたと言える。
横風安定性のメカニズム
フロントリムを51mmのまま維持し、さらに35mmという極太幅を採用している点は、ROVAL独自のハンドリング哲学を象徴している。
通常、リムハイトが高いほど横風を受けた際の側面投影面積が増え、ハンドルを取られやすくなる。しかし、重要なのは面積だけでなく「圧力中心」の位置と、気流の剥離特性である。
ROVALのワイドフロントリムは、タイヤよりもリム幅を広く取る(約120%~)ことで、タイヤサイドを流れる空気がリムから離れず、リム表面に沿って流れる時間を長くする。これにより、急激な失速を防ぎ、横風に対する挙動を「唐突な突き」から「穏やかな押し」へと変換する。
一方、リアホイールを浅くしたことは、横風を受けた際にバイク全体にかかる横力の総量を減らす効果がある。従来の「フロント浅・リア深」理論では、リアの深いリムが風見鶏のように機能し、車体後部を風下に流すことで直進安定性を保つとされていた。
ROVALがこのセオリーを捨てたことは、現代のフレーム設計(エアロロード自体の側面投影面積の増大)や、フロントホイールの形状最適化によって、リアの風見鶏効果に頼らずとも十分な安定性が確保できるという自信の表れと解釈できる。
マテリアルサイエンス
RAPIDE CLX IIIの性能を支えているのは、形状設計だけではない。素材工学と製造技術の進化が、この設計を実現可能にした。
ROVAL Aero Composite Spokes(カーボンスポーク)
CLX IIIにおける最大の技術的トピックの一つが、Arris Composites社と共同開発されたカーボンスポークの採用である。
構造的優位性
従来のスチールスポーク(例:DT Swiss Aerolite)は、ステンレス鋼を鍛造して扁平加工したものである。これに対し、CLX IIIのカーボンスポークは、カーボン繊維を一方向に引き揃えたコンポジット材である。
- 引張強度: ROVALの主張によれば、強度は従来比で20%向上している。
- 剛性: カーボン繊維はスチールに比べて弾性率が高く、伸びにくい。これにより、駆動剛性(ペダリングパワーの伝達)と横剛性(コーナリング時の安定感)が大幅に向上する。スチールスポーク特有の「ウィップ(しなり)」が排除され、踏み込んだ瞬間にバイクが前に出るダイレクト感が生まれる。
- 重量: 1本あたりの重量はスチールよりも軽く、外周部に近い質量の削減に寄与する。
メンテナンス性とエアロ形状
他社(Lightweight, MAVIC等)の一体成型ホイール(リム・スポーク・ハブが接着されており交換不可)とは異なり、RAPIDE CLX IIIのカーボンスポークは、ハブとリムに対して機械的に締結されており、破損時の交換が可能であるように設計されている。
また、スポーク自体の断面形状もエアロダイナミクスに最適化されており、回転時にスポークがかき回す空気抵抗の低減に寄与している。
ハブ・アーキテクチャ:DT Swiss 180 EXP
ハブには、信頼と実績のあるDT Swiss製の内部機構が採用されているが、そのシェルはROVAL専用設計である。
- Ratchet EXPシステム: フリーボディ側のベアリングをラチェット機構の内側に配置することで、アクスル(車軸)の支持剛性を高めつつ、部品点数を削減し軽量化を実現したシステム。36Tのスターラチェットは、10度のエンゲージメント角を持ち、脚を止めた状態からの再加速時に素早い掛かりを提供する。
- SINCセラミックベアリング: DT Swissの最高級グレードであるSINCセラミックベアリングを標準装備。極めて真円度の高い窒化ケイ素ボールと、それに最適化された鋼球レースの組み合わせにより、転がり抵抗を極限まで低減している。プロレースにおける数万回転という累積において、このわずかな抵抗差はワット数の節約につながる。
リムテクノロジー:Hooked RimとFlatStop
業界の一部(Zipp, Enveなど)がフックレスリムへと移行する中、ROVALは頑なにフックドリムを採用し続けている。そしてCLX IIIでは、これをさらに進化させた「FlatStop Bead Hooks」を導入した。
私情をはさんではならないと思うが、ロード用に限ってはフックドに大賛成である。安心してチューブレスタイヤを使えるし、クリンチャーも試せる。一時期はフックレスに押されていたが、これからはフックドが主流になっていくだろう。現にENVEはフックドに回帰し始めた。
フックドリムの戦略的意義
フックレスリムは製造コストが安く、軽量化しやすいというメーカー側のメリットが大きいが、ユーザー側には「タイヤ選択の制限(フックレス対応タイヤ必須)」「空気圧制限(最大5bar)」という制約を課す。
特に、プロトン内で発生したフックレスリムにおけるタイヤ脱落事故は、安全性の懸念を広げた。ROVALがフックドリムを維持したことは、以下の点で極めて強力な競争優位性となる。
- 安全性: ビードフックが物理的にタイヤを保持するため、高圧運用や衝撃時の脱落リスクが低い。
- 汎用性: クリンチャータイヤ(チューブ入り)の使用も容易であり、非チューブレスタイヤを含めたほぼ全ての市販タイヤを使用できる。
- 高圧対応: 5barを超える空気圧を好むライダー(体重の重いライダーや、路面状況が良いコース)にとって、フックレスの制限は致命的だが、ROVALなら問題ない。
FlatStopテクノロジー
リムのフック部分の形状を工夫し、リム打ちパンクに対する耐性を高めた技術。リム端面を鋭利にせず、広く平らな面を持たせることで、タイヤが押しつぶされた際にチューブやタイヤサイドを切断しにくくしている。
ROVALによれば、パンクに至るまでの荷重閾値が39%向上している。これは、実質的に「より低い空気圧での運用が可能になる」ことを意味し、快適性とトラクションの向上に寄与する。
ハイエンドホイール戦争の勢力図
RAPIDE CLX IIIの立ち位置を明確にするため、主要な競合製品との比較分析を行う。価格帯はいずれも3000ドル~4000ドルオーバーの超ハイエンド帯である。
| 特徴 | Roval Rapide CLX III | Enve SES 4.5 (2025/Pro) | Zipp 454 NSW | Princeton CarbonWorks Peak 4550 Evo |
| リムハイト (F/R) | 51mm / 48mm (マレット) | 50mm / 56mm | 53-58mm (Sawtooth形状) | 45-50mm (波状形状) |
| 重量 (セット) | 1,305g | ~1,432g | 1,358g – 1,428g | 1,275g – 1,345g |
| リム内幅 | 21mm | 25mm | 23mm | 21mm |
| リム外幅 (Max) | 35mm (Front) | 32mm | 28mm | 28.2mm |
| リムタイプ | Hooked (FlatStop) | Hookless (一部Hooked回帰) | Hookless | Hooked (Hole-less) |
| スポーク | Carbon (Arris) | Steel (Sapim CX-Ray) | Steel (Sapim CX-Ray) | Steel (Sapim CX-Ray) |
| ハブ | Roval (DT180 EXP) | Enve Innerdrive | Zipp Cognition V2 | Tactic / DT180 / CK |
対 Enve SES 4.5:ワイドリムの哲学対決



Enve SES 4.5は、長らくこのカテゴリのベンチマークであった。最大の特徴は内幅25mmという圧倒的なワイドさである。
- Enveの哲学: リム内幅を広げることでタイヤの実効幅を広げ、エアボリュームを増やし、転がり抵抗と振動吸収性を最適化する。グラベルロードに近いアプローチ。
- ROVALの哲学: 内幅は21mmに留め、タイヤ幅(26-28mm)とリム外幅(35mm)の関係性(空力)を最優先する。
- 比較: 乗り心地と荒れた路面での走破性ではEnveに分がある。しかし、重量面ではRAPIDE CLX IIIが100g以上軽く、登坂やアタックのキレではROVALが勝る。また、Enveはフックレス(最近のプロモデルでフック復活の動きもあるが)であるのに対し、ROVALのフックドはタイヤ選択の自由度が高い。
Zipp 454 NSW:バイオミミクリー vs 構造工学
Zippの454 NSWは、ザトウクジラのヒレを模した「Sawtooth」リムが特徴で、横風安定性を形状の複雑さで解決しようとしている。
- Zippの哲学: 複雑なリム形状による整流効果と、Cognitionハブの低抵抗クラッチによる効率化。フックレスによる軽量化。
- ROVALの哲学: シンプルだが極太のリム形状による整流と、素材(カーボンスポーク)による剛性強化。
- 比較: Zippも軽量(1358g)だが、フックドでありながらさらに軽い(1305g)ROVALのエンジニアリングは驚異的である。Zippのフックレスは、推奨タイヤと空気圧の管理が厳格であり、ユーザーフレンドリーさではROVALに軍配が上がる。
対 Princeton CarbonWorks Peak 4550:新興勢力との激突

Ineos Grenadiersが使用していたことで知られるPrincetonは、ROVALにとって最も技術的かつ直接的なライバルかもしれない。



- Princetonの哲学: 波状リムによる強度と空力の両立。ハブの選択肢が豊富(Tactic Racingハブなら世界最軽量クラス)。リムテープ不要のホールレスベッド。
- 比較: Peak 4550 Evolutionはスペック的にRAPIDE CLX IIIと非常に近い(フックド、軽量、ミッドハイト)。しかし、RAPIDE CLX IIIは大手メーカーの強みである「専用設計のカーボンスポーク」を採用しており、完組ホイールとしてのトータルパッケージの完成度(剛性バランスなど)で差別化を図っている。Princetonはスチールスポークが主流であるため、剛性感ではRAPIDEが上回る可能性がある。
プロフェッショナルのケース

2024年および2025年シーズンのプロレースシーンにおいて、RAPIDE CLX IIIの投入はチームの戦略に大きな影響を与えている。特にSpecializedが機材供給を行う「Soudal Quick-Step」と「Red Bull Bora Hansgrohe」の運用実態は、このホイールの真価を物語っている。
レムコ(Soudal Quick-Step)の選択
ベルギーの若き英雄であり、タイムトライアル世界王者、そしてグランツールコンテンダーであるレムコ・エヴェネプールは、典型的な「機材へのこだわりが強い」ライダーである。
彼のような軽量級オールラウンダーにとって、RAPIDE CLX IIIは「魔法の弾丸」となる。
- 平坦: 51mmのフロントリムが、単独逃げの際に空気抵抗を削減する。
- 山岳: 1,305gの軽さが、超級山岳でのアタックの鋭さを保証する。
- 下り: ワイドなフロントリムによる安定性が、時速100kmに迫るダウンヒルでのライン取りを正確にする。
彼が使用するS-Works Tarmac SL8には、RAPIDE CLX IIIが標準装着される。かつてのように「平坦はRAPIDE、山岳はAlpinist」と使い分ける必要がなくなり、メカニックの負担軽減と、レース中の不測の事態(山岳ステージの平坦区間での横風など)への対応力が向上した。
ログリッチ(Red Bull Bora Hansgrohe)の戦略
ベテランのログリッチもまた、RAPIDE CLX IIIの恩恵を受ける一人である。彼のライディングスタイルは、極限まで体力を温存し、ラスト数キロの激坂で爆発的なスプリントを見せるものである。
このスタイルには、巡航時のドラッグ削減(CLX IIIのフロント)と、急加速時の低慣性(CLX IIIのリア)の両方が不可欠である。
スプリンターの選択:RAPIDE CLX Sprint
一方で、ティム・メルリエ(Soudal Quick-Step)のようなピュアスプリンターには、同時発表された「RAPIDE CLX Sprint」が用意されている。
- 構成: フロント63mm / リア58mm。重量1,395g。
- 目的: 絶対的な最高速と、ゴールスプリント時の2000ワット近い出力に耐えうる剛性。
スプリンターがあえて「重い」こちらのモデルを選ぶという事実は、逆に言えば「一般のライダーやオールラウンダーにとって、RAPIDE CLX IIIがいかにバランスの取れた最適解であるか」を逆説的に証明している。
CLX IIIは、スプリントモデルほどの剛性は不要だが、軽さと空力の両方が欲しい99%のライダーに向けた製品なのである。
実走インプレッション
横風環境下での「ヒステリシス」
風洞実験データにおける「抗力(Drag)」だけでなく、ライダーが体感する「操縦性」において重要なのが、横風に対する挙動である。
風が吹き付けた瞬間、ホイールには横力が発生するが、その力が急激に立ち上がるか、緩やかに立ち上がるかで、ライダーの恐怖感は全く異なる。RAPIDE CLX IIIの極太フロントリムは、この力の変化を非常に滑らかにする特性がある。
前作CLX IIの横風安定性は非常に優れており、フロント形状を継承したCLX IIIも同様の、あるいはリアが軽くなったことでヨー慣性モーメントが減少し、より軽快な補正舵が可能になっている。
剛性感:カーボンスポークの功罪
カーボンスポークは、基本的に乗り味を「硬質」にする傾向がある。基本的には、だ。しかし、VONOA第四世代に代表されるスポークは非常にしなやかだ。
そのうえ、入力に対する反応が即座に返ってくる。ダンシングでの振りが軽い。カーボンスポークは、路面からの突き上げがダイレクトに伝わりやすいがそれがない。時代は変わったのだ。スチールスポークのように乗りやすいカーボンスポークホイールがここにある。
ROVALは28mmタイヤでの運用を前提としており、タイヤのエアボリュームで”さらに”微細な振動を吸収させる設計思想である。したがって、適切な空気圧(例えば4~5bar前後)で運用すれば、さらに乗り心地が良くなる。その上、カーボンスポークの反応性を享受できるだろう。
SPRINTかRAPIDEか
汎用的に1本で何でもこなすことを考えると、SPRINTよりもRAPIDEのほうが使い勝手が良い。それでも、飛び道具的にフロントにSPRINTを1本持っておくという手もある。ただし、予算が限られている場合は、オールラウンドに使用できるRAPIDEを選択する事が無難だろう。
よほど明確な理由(ゴールスプリント勝負で必ず勝ちたい)がなければSPRINTを使用するよりも、RAPIDEの登る、走る、この2つのバランスの良さが光るだろう。

コストパフォーマンスの再考
価格は前後セットで税込484,000円と、自転車用ホイールとしては極めて高額である。しかし、「1セットで全てのコースに対応できる」という汎用性を考慮すれば、費用対効果はかなり良いという見方もできる。
平坦用のディープリムと山岳用の軽量ホイールを2セット揃えるコストと手間を考えれば、RAPIDE CLX III一本に集約することは、ホビーレーサーにとって合理的な選択肢となり得る。
適したレーススタイルは
ひと昔前であれば、「ヒルクライムもクリテリウムも」なんてインプレッション書いてしまうと多方面からお叱りの言葉が飛んできた。しかし、現代のホイールは違う。「軽さ」と「空力」が本当に組み合わさり、50mmハイトで1,200g台のホイールも登場してきた。
RAPIDE CLX IIIは優れた空力性能を備えながらも、重量は1,305g程しかない。これがどれだけ軽いかというと、前世代の軽量ホイールと言われたALPINIST IIの1,265gと比べてもその差は34gしかない。
軽量ホイールとエアロホイールの境界線が曖昧になっていく状況で、「速さも軽さも」という欲張りな要求が現実世界で成立するようになった。そうなってくると「適したレース」という縛りの境界線も段々と薄れてくる。
通常であれば、「〇〇のレースに適したホイール」なんて書き方をするのだが、RAPIDE CLX IIIに限っては「真のオールラウンドホイール」と定義できる。1,305gはヒルクライムでも重くない。むしろ、高速化するヒルクライムレースではエアロ効果を十分に発揮できる。
アップダウンが多く、レース展開も厳しいツール・ド・オキナワ、ニセコクラシックであっても十二分にその性能を発揮できる。エアロと軽量性は緩急に富んだロードレースを考えると好都合だろう。
言わずもがな、国内のJBCFや草レースであっても十分すぎる程の性能がある。この1本で、全てが完結してしまう。逆に言えば、現時点での最適解、誰が使ってもハズレの無い鉄板ホイールかもしれない。
どんな状況でも速く走ることを考えると、RAPIDE IIIはこれ以上に無い選択である。現段階で最も使える、使いたいホイールだ。
まとめ:ホイールの「終着駅」か?
毎週、このホイールと走りに行くのが楽しい。走りで満足できる数少ないホイールである。どんなに軽く、性能が良くても、性能とライダーの好みが合わないと退屈なホイールになる。RAPIDE IIIはそれがない。
最後に結論に移ろう。ROVAL RAPIDE CLX IIIは、単なるモデルチェンジではない。それは、「エアロか軽量か」という長年の議論に終止符を打つ、極めて野心的なプロダクトである。TARMAC SL8で到達した「エアロも軽さも」を実現した唯一のホイールである。
- 逆転の発想: 「リアは浅くていい」という割り切りは、空力データの冷静な分析と、実走性能(加速・ハンドリング)への深い理解から生まれたブレイクスルーである。
- 技術の集大成: カーボンスポーク、最新ハブ、フックドリムの融合は、性能、安全性、ユーザビリティの全ての面で妥協がない。
- 市場への影響: 今後、他社も追随して「前後異径・フロントディープ」の構成を採用する可能性が高い。RAPIDE CLX IIIは、今後のホイールトレンドを決定づけるパイオニアとなるだろう。
前作のRAPIDE CLX IとIIは走りが全く好みではなかった。あまりにも合わず、インプレの記事さえ書かなかった。それが第三世代ではどうだろう。弱点という弱点が無いばかりか、望んでいた作り、期待以上の走りをする。
これは、ホイールの終着駅だ。
言い過ぎかもしれないが、逃げ道を用意しておくとRAPIDE 4が出たらまた話は変わるだろう。「現時点では」という前置きをしつつも、非常に優れたホイールである。いま、一番気に入っているホイールだ。
プロフェッショナルにとっては勝利のための機材であることには変わりがない。アマチュアにとっては「言い訳のできない」究極の機材である。ROVAL RAPIDE CLX IIIは、ロードバイクという乗り物が到達した、物理学とエンジニアリングの美しい結晶なのだ。






























