「空力」と「軽さ」至上主義以前の世界で、サイクリストを魅了していたもの

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VXRSにスーパーレコード、Lightweightと組み合わせて乗っていた時代。

空力と軽さ、この2つだけでロードバイクの性能が評価されるようになった。

物理法則は絶対的な数値として表すことができる。それゆえ、無機質な序列でロードバイクが評価されていく。

現代のロードバイク開発は、風洞実験や負荷試験などが行われ、F1さながらの開発競争が繰り広げられるようになった。新製品が登場すれば、すぐさまGST風洞施設に突っ込まれ、空力性能が評価され性能が明らかになる。

数値は残酷である一方で、誰もが理解できる絶対的な指標でもある。物事を公平かつ理解しやすくする手助けをし、性能の優劣を明確にするのだ。

メーカーが「世界最速のバイクです」だとか、「ホイールの回転が最も長く続きます」と、どんなにプロモーションで煙に巻こうとしても、真実かどうかを誰もが判断できるよい時代になったと言ってもいい。

この時代の流れが変わる事は今後もないだろう。しかし、ふと思うことがある。空力と重量だけが発言力をもつ「それ以前」の世界では、いったいどんなバイクがサイクリストの心を揺さぶっていたのか―――。

あるバイクと過ごした時代を思い返しながら、掘り起こしていく。

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走らせる快感

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作曲家の坂本龍一さんは、良いメロディが思い浮かぶと性的な興奮が生じたらしい。この逸話は出所が不明確で、都市伝説や作り話かもしれないが、自らが産み落としたメロディに対して、感動のその先、生物としての喜びにまで達するのだ。本能にまで訴えているといっていい。

過去に、これと近い感覚が得られたバイクがあった。TIME VXRSとZXRSだ。

Tarmac SL2とSL3を乗り継いできて、TIME ZXRSに乗った時の衝撃は忘れられない。順序的にはVXRSを後に乗ったのだが、カンパニョーロ スーパーレコードとLightWeightの限定ホワイトに、当時は主流だったコンチネンタルのチューブラータイヤコンペティションを合わせた。

今では信じられない話かもしれないが、海外プロも、国内のホビーレース、ヒルクライムや実業団であっても、決戦用タイヤはチューブラーのコンペティション一択の時代があった。

TIMEがTVT時代の特徴を残すVX SPECIAL PROボンジュールレプリカから、ソジャサンが放出した非売品RXR Chronoまで様々なTIMEバイクに乗った。

TIMEのVXRSとZXRS、この2台の「乗り味」は特別だった。乗るたびに、踏むたびに、快感に近い走り方をする。現代の言い方をすると「アガる」のだ。

このバイクには空力や軽さといった要素はそれほど強くなかった。ただ、走った時の振動の無さ、踏み込んだ時にわずかな貯めの後、遠くに伸びていくような走りが明確に感じられた。「魔法の絨毯」や「TIMEらしさ」という言葉が生まれたのも理解できる。

そこには、「40km/h以上で巡行が楽に」「空気の壁を抜けるような」「登りでギアが一枚軽くなる」といったような類の感覚の話は存在しなかった。

バイクから返ってくる反応そのものが、ライダーの中に走る喜びを生み出していたのである。

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昔気質の最先端バイク

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現代のバイクにおいて、数値では表せないような、性的な興奮を覚えるようなバイクは存在していないのだろうか。この”性”能を残しているバイクは確かに存在している。以前乗った、Aethosがその1台だ。

Aethosは生き物のように呼吸するフレームだ。またがって踏み込んでいくと、数メートルも進めば質の違いに気づく。お世辞にも人気があるとは言えないAethosは、実際に試乗して購入した人が多いだろう。本質と乗り味がわかる玄人好みだと言っていい。

モノも良く、走りの質は最高レベルながら、Tarmac SL7発表後に間を空けず登場し、主張が少ないカラーリングで登場以降はそれほど人気が出なかった。しかし、バイクとしての出来、乗り心地と、快感に近い走りの良さがある。

Aethosの性能について、見た目や、カタログ、インプレッションでその走りの良さを伝えるのは至難の技だと思う。軽さは目を引いたが、空力が良いわけではない。ましてや乗り心地や走りの質などは、乗って体感せねばわからない。

この類のバイクは、実物を手に取り、乗らずして良さが伝わらないのだ。それでも、Aethosから感じ得たあらゆる体験を、文章に落とし込むとしたら次のようになる。

路面の起伏を吸い込むように滑るタイヤ、踏み込むほどに優しく響くカーボンの唸り、風を不器用に切りながらも、まるで風そのものになるような軽やかさ──、

Aethosは、ロードバイクの概念を「五感で味わう芸術品」へと昇華した。唯一無二の存在である。表現するならこの言葉がふさわしい。

感覚の話は、このように抽象的な表現の領域から出ることが難しい。

Aethosは「乗り心地」の革命を起こしたが、TIMEにのめり込んだ身としては懐かしく思えた。Aethosは路面を撫でるように走る技術がある。ピーターデンク氏によって仕組まれた、特異なカーボン形状が微細な振動を選別する。

道路の「粗さ」を「質感」に変換するフィルター機能のようだ。

生き物のようなフレームの柔軟性は、路面との濃密な対話を実現する。Aethosは路面を『征服』せず、『共鳴』するのだ。そのとき、汗の塩味が、なぜか甘く感じるほどの没入感がある。

Aethosは、バイオリン奏者が300年のストラディバリウスを抱くときの緊張感と満足感を、ライダーに与える。

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まとめ:魅了していたもの

TIMEのバイクやAethosは空力や軽さの時代だからこそ、現代に教えてくれることがある。速さの哲学だ。「速さとは、時間ではなく密度である」と。

気分と心拍数が上がるような身体への訴え、峠の頂上で自転車を降りずにそのままバイクと共に佇みたくなるほどの達成感、路面と身体の対話に耳を澄ませ、風の抵抗を愛撫に変える技術。機械的な性能を、人間的な温もりで包む。

このようなバイクを選ぶことは、単なる「購入」ではない。招き呼んでいるのだ。速度計の数値ではなく、頬を伝う汗の軌跡で「価値」を語り始める。走りで感性にまで訴えかけるバイクは確かに存在している。ただ、いまはもう、絶滅しつつあるのかもしれない。

Bicycleレストアフリーク[雑誌] エイムック
BiCYCLE CLUB 編集部(編集)

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