人は、一度手放したものを、どれくらいの時間で取り戻せるのだろうか。
ワールドマスターズゲームズ(WMG)プレ大会のXCOが、ゆぶねで開催された。結果はカテゴリ2位、総合3位。
1年3ヶ月ぶりにMTBに跨り、レース前日に「突貫工事」で感覚を呼び戻したおじさんにしては、上出来と言っていいのかもしれない。だが、この日のレースは結果以上に、「失われた感覚」と「積み上げたフィジカル」がせめぎ合う、自分自身との対話の時間だった。
コース:エリートと同じフルコース、牙をむく根っこ
ゆぶねのコースは、エリートと同じフルコースを使用する。
急勾配と細いシングルトラックが主体で、登りにも下りにも根っこが大きく成長している。さらに前日にCJのレースが行われた影響か、路面は掘り返され、ところどころにツルツルに磨かれた根が露出していた。
追い打ちをかけるように、当日の朝に会場へ向かう際、フロントガラスには霧雨。駐車場の芝も濡れて嫌な予感がする。朝の試走では下りセクションで転倒し、正直に言えば「今日は走るのをやめようか」という考えが頭をよぎった。
しかし不思議なもので、走り出すと身体は少しずつ、かつての走り方を思い出し始める。記憶は頭ではなく、身体のどこかに眠っているのだろう。
ぶっつけ本番という選択
ロードに捧げたシーズン
今年は「ロードが一段落するまではMTBに乗らない」と決めていた。年明けからずっとロードの練習を積み重ね、その結果、MTBに打ち込んでいた頃よりも明らかにパワーは上がっていた。ならば作戦は明快、登りでアドバンテージを稼ぐ。
だが、MTBがフィジカルだけで走れる競技ではないことは、誰よりも自分がよく知っている。
パワーは必要条件であって、十分条件ではない。仕事や週末のスケジュールが噛み合わず、MTBに乗れたのはレース前日。整備も前日にようやく終わるという有様だった。1年3ヶ月ぶりのMTB。
正直、マジで怖い。
仲間
前日は、井上さんとロード練習をこなしたあと、山を下って良平さん、カズさんとトレイルで合流した。
これ以上ない方々から手ほどきを受けての突貫工事。ロードにもMTBにも、こうして背中を押してくれる仲間がいる。自分は本当に恵まれていると、心から感じた。感謝しかない。
戻らない「中心」の感覚

昔は毎週菖蒲谷を走り込んでいた。
それでも、サスペンションをプッシュしてフロントを上げる動作、リアを抜く動作の感覚がどうしても戻らない。一本橋もまともに渡れない……(笑)
帰宅してからは、スタンディングの練習、一本橋の往復、フロント上げ、リア上げ、両輪上げ、バイクを傾けて曲がる動作。付け焼き刃でも、やらないよりはマシだ。地味な練習をひたすら繰り返した。

真ん中に乗ってる感覚が戻らない。
それでも、バイクの中心に乗る「あの感覚」だけは戻ってこなかった。菖蒲谷を走り込んでいた頃の自分はとうにいなくなり、そこにはMTB初心者おじさんが爆誕していた。
技術とは、積み上げるものであると同時に、手入れをしなければ静かに風化していくものでもある。ロードで得たものの代わりに、MTBで何かを失っていた。
その事実を、レース前夜に突きつけられ、まじでDNSしたい気分だった。
機材とセッティング

バイクはS-WORKS EPIC 8に、SPECIALIZEDが「地球上最速」と謳うRoval Control World Cupの組み合わせ。機材に言い訳はできない。あまり参考にはならないかもしれないが、どんなセッティングで走ったのかを記録として残しておく。


| 項目 | セッティング |
|---|---|
| フレーム | S-WORKS EPIC 8 |
| ホイール | Roval Control World Cup |
| フロントタイヤ | Continental Dubnital Race Rapid 2.4 |
| リアタイヤ | Continental Trinotal Race Rapid 2.4 |
| 空気圧 | F 1.18bar / R 1.24bar |
| サスペンション | F 60PSI / R 120PSI |
サスペンションのリバウンドを詰める時間も手間もなく、試せたのはタイヤ空気圧だけ。トラクションが抜ける場面があったため、0.03barだけ下げたところで感触が良くなり、そのまま本番を迎えた。わずか0.03bar。
だが、濡れた根の上では、その小さな差が路面との対話を変える。
そして最悪なことに、サドルが割れてしまい、座るたびにバキバキと凹む。予備のサドルはない。このまま出走するしかなかった。
出ようと決めていたレースではあったが、調整もテーパリングも一切なし。レース前にもかかわらず、普段通りのロード高強度練習を続けた。
- 土曜日:獲得標高2000mのロード練習
- 日曜日:180kmのハイスピードライド
- 月曜日:峠TTのあと、カズさん・良平さんとMTB練習、夜はMTBでスキル練習
ようするに、やっつけ工事である。
レース:全開で逃げ、そして捕まる・・・
作戦はひとつ
カテゴリは複数あるが、スタートは一斉。
つまりカテゴリに関係なく、全体の中でどれだけ走れるかが問われる。スタートリストには、さいちんさん、白石さん、村田さんといった全日本タイトルホルダーの名前が並び、さらに石川さん、吉本さんら強豪MTBライダーがずらりと揃っていた。
前日にMTBに乗り始めたばかりのおっさんが、まともに勝負して話になるはずがない。だから作戦はひとつだけ。疲労はあるがパワーは出せる。スタートから全開で登り、アドバンテージを稼いで誰よりも早く下りに入り、苦手な下りで追いつかれないようにすること。
ライン取りは試走で良平さんから受けたレクチャーどおりに。ただ、掘り返された根の区間ではどうしてもスリップし、試走の段階で何度も転んでしまった。悪いイメージが身体に刻まれたまま、それでも走るうちに少しずつ感覚が戻ってくるのを感じていた。
スタートは賭け
スタート位置は集団の中ほど。久しぶりすぎて緊張する。ロードなら100km以上あるレースで、序盤に焦る必要はない。だがXCOは違う。スタートが結構レースを決めると言っても過言ではない。
そして、クリートキャッチをミスる(笑
だが、ここで踏むのをやめなかった。道が狭くなるシングルトラックの入り口までに、少しでも前に位置取りしたい。60秒で約780W。明らかにオーバーペースだ。垂れるのは覚悟の上だったが、意外にも心臓はよく回っていた。
序盤の登り区間は、30秒の我慢が連続する。パワーウェイトレシオ6倍を目安に登る。滑りやすい箇所では外側のラインを使い、極力減速しないよう走った。
背後の気配
後ろには村田さんと、さいちんさんの姿が見える。かなりのハイペースで進みながら、「いずれ追いつかれるんだろうな」と分かっていても先頭を走り続けた。先頭を走る時間は、実力以上に自分を大きく見せてくれる。
そして同時に、実力を容赦なく削っていく(笑
村田さんはピタリと背後につき、余裕すら感じさせる。私は登りが厳しくなる区間でミスをして足をついてしまった。ギャップはみるみる縮まっていく。
「前に走ったときは、ここもフル乗車できたよなぁ」──そう思いながら登っていて、ふと思い出した。かつての自分は、木を掴んで身体を押し出しながら登っていたのだ。1周目は押し上げたが、傾斜が一度緩むところで乗車し、そのまま頂上まで走り切った。
身体が忘れていたことを、コースが思い出させてくれた瞬間だった。
だが、下りはやはり遅い。トレイルをまったく走れていなかった私の下りは、相当遅かったと思う。村田さんに追いつかれる。すみません……。
2周目:ペース配分ミスという代償
2周目、村田さん、さいちんさん、私の3人パックとなる。しかし1周目に攻めすぎたツケが、ここで一気に回ってきた。かなりタレている。さいちんさんの後ろで休んでいると、村田さんが動いた。ついていく。パワーは決して高くないはずなのに、どんどん離されていく。
ああ、ペース配分をミスった。
全開で飛び出すという選択は、正しかったのか、間違っていたのか。もしかすると、その問い自体に意味はないのかもしれない。
準備不足の自分にとって、それ以外の選択肢はなかったのだから。問題は選択そのものではなく、その選択が要求する代償を、自分が払いきれるかどうかだった。
3周目:迫りくるプレッシャー
その後はほぼ単独走。
登りと下りを淡々とこなす。しかし、徐々にさいちんさんの姿が近づいてくる。「3周目で抜かれるかもしれない」。背後からのプレッシャーは、見えない重りのように身体にのしかかる。「下りは絶対に追いつかれる」──そう思えば思うほど、ミスが増えていった。
恐れは、恐れていることを現実にする。頭では分かっていても、身体はその呪縛から逃れられない。
ついに下り区間で追いつかれた。あとは、どこでパスされるかだけ。木の根っこ区間で右側のラインに入ったところで、左側から抜かれた。そのままの順位でゴール。
総合3位、カテゴリ2位。
もちろん、1位以外に意味はない。レースとはそういうものだ。
それでも、無事に走り終えられたことが何より嬉しくて、思わず安堵の笑みがこぼれた。勝利の喜びとは違う、もっと静かで、もっと個人的な感情。1年3ヶ月の空白と、前日の突貫工事と、割れたサドルと、朝の転倒。
昨年の全日本当日の首の怪我。
それらすべてを抱えたまま、最後まで走り切った自分への、小さな赦しのようなものだった。
ラップタイム
| 周回 | ラップタイム |
|---|---|
| 1周目 | 15:27 |
| 2周目 | 16:19 |
| 3周目 | 16:33 |
エリートは5周、こちらは3周なので同一条件での比較はできない。それでも、前日のエリートで5位だった選手とほぼ同じ、わずかに速いラップタイムだった。まずまずの走りができたと言っていいだろう。
反省と収穫
2周目・3周目にはラップされる選手が出てきて、下りで詰まる場面もあった。ただ、それは村田さんも同じだったようだ。最終的な差は30秒。2周目、あそこで離れずについていかなければならなかった。
それでも、来年のWMG本番に向けて、スタート位置を少しでも良い位置にできたはずだ。これはこれで良しとしよう。
反省の多いレースだった。だが、怪我なく走り終えられた。それだけで、全てヨシ。
次なる舞台へ
これで今シーズンのXCOは、開幕と同時に閉幕。次は土浦のシクロクロスへ向かう。
ロードで積み上げたフィジカルは、確かに自分を前へと押し出してくれた。そしてMTBは、フィジカルだけでは届かない場所があることを、あらためて教えてくれた。失ったものを知ることは、次に何を積み上げるべきかを知ることでもある。
フィジカルは上がってきている。この手応えと、この悔しさを携えて、シクロクロスシーズンを良い感触で迎えたい。














