自転車の空力特性を考えたシミュレーションは「見えない空気の壁」を「見える化」した興味深い数値解析結果であった。自転車の世界で盛んに行われることは、いかに「早く進ませるか」を考え考察し、事象を解析することに皆注力している。
それらは「出力を上げる」ことや「効率を上げる」ことを単体の事象として捉えてはいけない。1つ1つの要素を合わせ、結果として”早く進ませる”部品として考えるべきだ。そして、空力特性も同様に自転車を早く進ませるための一つの要素であり、決して全てではない。
今回はそれぞれの要素(効率、抵抗、機材)を考え、いかに速度を出せるかを追求したデーターを紹介する。その内容から「どうやったら早く進むのか」を考えてみたい。
自転車の抵抗の種類
- 機材抵抗:チェーン、ギア、プーリーの”抵抗”
- 路面抵抗:タイヤと地面の摩擦”抵抗”
- 空気抵抗:自転車とライダーが受ける空気”抵抗”
それぞれが重要な要素であり、抵抗の削減の積み重ねが結果として速さにつながるのだ。では”速度が上がる”ことよりこれらの抵抗(機材、路面、空気)はどのように変わるのか。調べたデーターを紹介すると、以下の様な出力傾向になる。
条件:あるトラック種目の選手が下ハンドルを持ったポジションにおけるデーター
巡航15km/hの場合
- 機材抵抗:1W(4.5%)
- 路面抵抗:10W(45.5%)
- 空気抵抗:11W(50.0%)
- 総仕事量:22W(100.0%)
巡航30km/hの場合
- 機材抵抗:4W(3.5%)
- 路面抵抗:20W(17.7%)
- 空気抵抗:89W(78.8%)
- 総仕事量:113W(100.0%)
巡航70km/hの場合
- 機材抵抗:47W(3.8%)
- 路面抵抗:48W(3.9%)
- 空気抵抗:1125W(92.3%)
- 総仕事量:1220W(100.0%)
着目すべき点を要素毎に確認する。フリクションロスと呼ばれる機材の抵抗(ギア、スプロケ、チェーン)は巡航速度が上がればロスも大きくなる。抵抗が増加する例としては、チェーンのテンションが上がり摩擦が増えるなどの要因が考えられる。
また、チェーンオイル等の潤滑性能も考える必要が出てくる。次に路面抵抗はどうか。路面抵抗も同様に速度が上がるにつれ、比例して抵抗が増している。タイヤが蹴りだす力が増せば、その分抵抗も増える。最近25cのタイヤが主流になった背景は、この路面抵抗の削減が考慮されている。
空気抵抗に関しては、速度の自乗に比例する事を以前の記事で述べた。
驚くことに、時速70km/hに到達した際の空気抵抗は1125Wにも達する。いかに自転車競技が空気抵抗との戦いなのかがわかる。先日投稿した記事でカルマン渦の影響や、2番めの人が先頭の手助けをしていることも、速度が上がれば上がるほど感じられる事と理解できる。
ここから特に速度が上がれば、全体の総仕事量にしめる空気抵抗の割合は増えていく。速度にもよるが、2番めの人は先頭の人よりも最大40%空気抵抗を削減できるのだ。
ペダリング効率
ペダリング効率はパイオニアペダリングモニターの登場により、一般サイクリストにも解析が身近な存在となった。ここで「ペダリング効率が良い=接線方向に力を働かせている」と置き換えると、同じ力でも接線方向へ力を加えた方がより推進力に寄与することができる。
ではプロ選手と一般選手はどれほど違うのだろうか。日本競輪学校のデーターで以前中野浩一さんと、松本さんのデーターを調べてみたが、今回は一般人とプロ選手の比較を4分割で見てみていく。
踏み出し
赤が一番トルクがかかっている。左側がプロ選手、右側が一般人のペダリングを可視化したものである。まずは踏み出しの場合を見ていくと、プロ選手の方が力を加えるタイミングが早い。そしてベクトルの向きが回転方向に均一に発生している事がわかる。
最大踏力時
最大踏力時は、プロ選手の場合はやや斜め下にベクトルの向きが発生している。垂直でないのがポイントだ。かたや一般人の場合は、回りこむようなベクトルが発生している。
巻足(引き足)
最近引き足はリカバリーストロークや、「まきあし」と呼ばれることが多い。したがって巻足という呼び方を使わせて頂く。特に顕著に特性が現れているのが、この巻足の部分だ。左側のプロ選手の場合は、全くベクトルが発生していない。
中野さんと松本さんのペダリングベクトルを確認した際、下死点でのベクトルの向きと踏力について考察した。その際も下死点における力は接線方向に大きく、法線方向に小さいほうが最大スピードが出ていたことがわかっている。
巻足(リカバリーストローク)は引くでもなく、巻き込むわけでもなく”反対側の足の踏み込みに邪魔をしないただ送る動き”が望ましいといえる。
抵抗をへらし効率をあげる
なぜ「抵抗をへらし効率をあげる」必要があるのか。それはエンジンが一緒であれば、抵抗が少ないほうがより進むからだ。そしてペダルに対する効率を上げれば、その分クランクをより回転させる為の力として寄与する。
体を使いエンジンを鍛えることは、日々のつらいトレーニングで培える。その積み上げた能力を速さに変換するためには、頭を使った工夫が必要だ。それは”無駄な抵抗”を減らし”有効な回転効率に寄与する力”を上げる工夫が必要だと言える。
言うなれば、全ての考えうる要素の削減と積み重ねは、結果として速さにたどり着くのだ。
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