購入を3度ためらい、そして走って「仕方ないか」と思った。
ENVE SES 4.5 PROは高い。本当に高い。国内定価で約65万円。ショップには3度、購入を待ってもらっている。ホイールという単一の機材にここまでの資金を投じることに合理性はあるのか。
もっと軽いホイールがある。もっと安いホイールがある。もっと用途を絞った、説明しやすいホイールもある。そう考えてしまうのは、機材選びにおいてきわめて健全な判断だと思う。
ただ、実際に走ってみると不思議とこう思ってしまった。「仕方ないか」と。
ENVE SES 4.5 PROは、走りの中で納得させてくるホイールだった。最初の漕ぎ出しで驚くような軽さがあるわけではない。強烈な剛性感で圧倒してくるわけでもない。それでも、確かな納得感がある。
リムハイト55mmのディープホイールらしい迫力は視覚的にあるが、走らせてみると不思議なほど自然で、55mmという数字を忘れてしまう。しかし、速度が乗ると明確に速い。
登りでは失速せずに粘る。荒れた路面では振動をうまくフィルタリングする。ロングライド後半でも脚が残る。そして最終的に思った。ホイール選びの悩みが消える、と。ENVE SES 4.5 PROは、そう感じさせる完成度を持ったホイールだった。
使用機材とテスト環境
今回のテストに使用した機材構成は以下の通り。
| バイク | Cannondale SuperSix EVO Gen.5 |
| ホイール | ENVE SES 4.5 PRO |
| タイヤ | Vittoria Corsa Pro TL(28C) |
| 運用方式 | チューブレス |
| 空気圧 | フロント 4.0bar / リア 4.2bar |
| スプロケット | 11-34T |
| ブレーキローター | フロント 160mm / リア 140mm |
| 比較対象 | ROVAL RAPIDE CLX III 他 |
空気圧は、RAPIDE CLX IIIを長期運用する中で体重・タイヤ・走行環境から導き出したベストに近い設定をそのまま流用した。ENVE 4.5 PRO専用に一から詰めた数値ではないが、自分の体重域と走行条件において破綻のない値だ。
用途としては、ロードレース、ヒルクライム、普段のトレーニング、高速巡航、そしてRAPIDE CLX IIIからのアップグレード検証という位置づけで使用した。
ENVEへの憧れ、そしてポガチャルが選んだホイール
ENVE SES 4.5 PROを使ってみたいと思った理由はいくつかある。
まず、ENVEというブランドへの憧れがある。これまでにも複数のENVEホイールを走らせてきたが、ENVEはスペックシートだけでは語り切れないホイールを作るブランドだ。乗れば良さが分かる。価格は高いが、買った後に納得できる。
そういう体験が、ENVEにはある。
もうひとつは、ポガチャルが実戦で使う機材への純粋な興味だ。ENVEの公式情報によれば、SES 4.5 PROはポガチャルとUAE Team Emirates-XRGから2シーズンにわたる直接のフィードバックを受けて開発され、2025年シーズンだけで25勝以上を記録している。
2025年ツール・ド・フランスでもポガチャルはこのホイールを多くのステージで使用し、総合優勝とマイヨ・ジョーヌを手にした。もちろん、プロ選手が使っているから自分にも合うとは限らない。
だが、世界最高峰のライダーが実戦で選び続けるホイールが、一般ライダーの走行環境でどのように感じられるのか。その興味は大きかった。
比較対象となるROVAL RAPIDE CLX IIIに不満があったわけではない。むしろCLX IIIは非常に優秀なホイールだ。平坦巡航では速く、高速域での安定感もある。登れないホイールでもない。
それでもENVE SES 4.5 PROには、”試してみたい”と思わせる何かがあった。
Real-World Fastという思想
インプレッションに入る前に、このホイールの技術的な成り立ちに触れておきたい。ENVE SESラインの根幹にあるのは、2009年に元F1空力エンジニアのSimon Smartと提携して確立された「Real-World Fast」という設計思想だ。
ENVEの公式サイトによればSmartのアプローチは、
他のブランドが風洞内でホイール単体のデータを誇示していた時代に、我々はホイール、フォーク、フレーム、ライダーを含むシステム全体でテストした。
というものであり、実走環境での総合性能を重視する。SES 4.5のリム形状はそのSimon Smartの設計をベースに約10年にわたり磨かれ続け、フロント49mm/リア55mmの非対称リムハイトという構成は、前輪で横風安定性を、後輪で空気抵抗低減を最適化する。
SES 4.5 PROはその基本形状を維持しながら、より高弾性率・低面密度のカーボン素材を用いた新しいラミネート構成により、リム単体で約50g(1本あたり)の軽量化を達成した。
ホイールセット重量はテープ・バルブ込みで1,295gとされており、通常のSES 4.5(約1,450g)から155gの削減となる。
ハブにはENVE INNERDRIVE PROストレートプルハブを採用し、ハブセット重量はフロント87g、リア194gの計281gと、市場で最も軽いハブ群と肩を並べる。スポークにはAlpina Ultralite Aero R5スチールスポークを使用し、ニップルはAlpina Nylock合金だ。
ベアリングにはステンレススチールレースとグレード5セラミックボールを組み合わせたENVE PRO Ceramic Bearingsが搭載されている。
注目すべきは、多くのプレミアムホイールがカーボンスポークに移行する中で、ENVEがあえてスチールスポークを選択している点だ。この選択が乗り心地にどう影響するかは、後述するインプレッションで実感として語る。
内幅は23.5mmで、通常のSES 4.5の25mmフックレスから変更されている。これはWide Hookless Beadの下部素材を削ることで軽量化し、結果的に小さなフックが生まれた構造による。
ENVEはこれを「フックレスからの転向」ではなく、軽量化の副産物と説明しているが、ビード座径の精度とタイヤ保持力は維持されている。空力最適化タイヤ幅は28mmとされ、通常の4.5が30mmタイヤに最適化されているのとは異なるポジショニングだ。
思ったより軽くない。でも、明らかに速い
最初に走り出した瞬間、正直に言えば「軽い」とは思わなかった。
最近のハイエンドホイールには、手に持った瞬間や漕ぎ出しで明確に軽さを主張してくるものがある。ENVE SES 4.5 PROは、そういうタイプではない。1,295gという数値は確かに優秀だが、走り出しの第一印象を「軽さ」が支配するホイールではなかった。
ただし、軽くないから遅いわけではない。むしろ、速い。
このホイールの面白いところは、「軽さ」ではなく「速さ」で自分を納得させてくるところだ。漕ぎ出しの一瞬で結論を出させるホイールではなく、速度が乗ってから、巡航域に入ってから、そして距離を走ってから本当の良さが見えてくる。
踏み出しでスパッと軽く進むというより、走り出してから減衰しない。速度が落ちにくく、失速感が少ない。平坦でも登りでも、じわじわと伸びていく。ここにENVEが掲げる「Real-World Fast」の意味を体で理解する瞬間がある。
風洞内の単一条件下ではなく、実際に走り続ける中で蓄積される「速さ」。それはスペックシート上の数字だけでは説明しきれない。軽いホイールではなく、速いホイール。ENVE SES 4.5 PROの第一印象は、まさにそれだった。
55mmハイトを忘れる
ENVE SES 4.5 PROのリアリムは55mm(フロント49mm)。数字だけを見れば、十分にディープリムの部類に入る。しかし実際に乗ると、55mmであることを忘れる。インプレッションでスペックを書いているときに、「あ、これ55mmもあったんだ」と気づいた。
これはかなり重要なポイントだと思う。ディープリムホイールには、良くも悪くも「リムの存在感」がある。高速域ではその存在感が推進力につながる一方で、低速域や登り、横風の中、バイクを振ったときにリムの重さや慣性を感じることがある。
速度域が変わるたびに、自分がディープリムに乗っていることを意識させられる。それがディープリムの宿命だと、以前は思っていた。ENVE SES 4.5 PROには、そのネガティブな存在感がほとんどない。
見た目はディープ。走りは自然。このギャップが大きい。
55mmハイトによる空力的な恩恵は確かに感じるのに、操作感や登坂時の扱いにくさは少ない。まるでミドルハイトのホイールのように自然に扱えるのに、高速域ではディープリムらしい伸びがある。
この「高さを忘れる」という感覚は、ENVE SES 4.5 PROの大きな魅力だ。SESのフロント・リア非対称設計、すなわちフロントを浅くして横風安定性を確保し、リアを深くして空気抵抗を低減するという設計思想が、ここで効いているのだろう。
ライダーのステアリング入力に対する応答はフロント49mmによって穏やかに保たれ、推進力はリア55mmが担う。このバランスが、ディープリムの「深さ」を意識の外に追いやってくれる。
高速巡航:40km/h以上で速度が落ちにくい
ENVE SES 4.5 PROの真価を強く感じたのは、40km/hを超える高速巡航だった。
練習仲間の井上さんと2人でローテーションしながら走ったとき、このホイールの高速域での良さがよく分かった。前に出たときの速度の乗り、後ろに入ったときのドラフティングの効き、そしてローテーションの中で速度が落ちにくい感覚がある。
単に「速い」というより、維持しやすい。無駄に踏まなくても速度が保たれる。脚を使わされる感じが少ない。
ENVEはSESラインの空力開発において、実走時間の大半が12度以下のヨー角で過ごされるという風速計データに基づき、加重平均抗力を重視していると公表している。
つまり、極端なヨー角でのスペック上の優位性ではなく、現実に遭遇する頻度の高い風条件下での総合的な空力効率を追求している。この設計思想が、実走環境での「速度が落ちにくい」という感覚に直結しているのだと思う。
RAPIDE CLX IIIも高速域では非常に優秀だった。特にフロントリムの存在感があり、高速域で「リムが空気を切っている」という体感が明確にある。平坦基調で速く走るなら、CLX IIIは今でも非常に強い選択肢だと思う。
一方でENVE SES 4.5 PROは、慣性で押していくというより、抵抗が少なく伸び続ける感覚がある。RAPIDE CLX IIIが「高速域でリムの存在感を活かして進むホイール」だとすれば、ENVE SES 4.5 PROは「自然に速度が落ちず、気づけば伸びているホイール」だ。
この違いはかなり面白い。
登坂性能:六甲山ベストタイム
今回、最も驚いたのは登坂性能だった。
テストした登りは、六甲山の逆瀬川ルート。約10kmにわたり10%を超える斜面が連続する厳しいコースだ。シッティングとダンシングを組み合わせながら走る必要があり、ホイールの重量、剛性感、反応、失速のしにくさがかなり分かりやすく出る。
この区間で、ENVE SES 4.5 PROを使ってベストタイムを出した。前日にはこのホイールと共に180km走っている。40歳を超えてからベストを更新するというのは、純粋に自分のフィジカルだけでは説明しにくい。
生きてきた中で最もフィジカルが衰えているはずの年齢で、である。機材の力なのか、コンディションの偶然なのか、そのすべてが絡み合った結果だろう。だが、少なくともこのホイールとの相性の良さは疑いようがない。
ENVE SES 4.5 PROは、登りで「軽い」と感じるホイールではない。漕ぎ出しも軽くないし、走行中も超軽量ホイールのようなヒラヒラした軽さはない。しかし、登る。しかもかなり速い。
軽さで進むというより、失速しない。斜度が上がっても粘る。長い登りでじわじわ速度が伸びる。この感覚が強い。
ダンシングしてもたわむ感じはなく、かといって硬すぎて脚に跳ね返ってくる感じもない。シッティングで淡々と踏んでも、ダンシングでリズムを変えても、ホイールが邪魔をしない。
踏力の入力に対して素直に応答し、余計な振動や反力を返してこない。ENVEがSES 4.5 PROを「ワールドツアー速度でのクライミングに特化した精密なツール」と位置づけている意味が、この登りの中で身体を通じて理解できた。
登り基調で速く走るなら、現段階でENVE SES 4.5 PRO以上のホイールは存在していないのではないか。そう思えるほどの登坂体験だった。
高速ヒルクライムへの適性
ENVE SES 4.5 PROは、富士ヒルクライムのような高速ヒルクライムにも非常に合うと考える。ヒルクライム用ホイールというと、どうしても軽量性を重視したくなる。実際、勾配がきつく速度域が低い登りでは、軽量ホイールのメリットは物理的に明確だ。
しかし、富士ヒルのように平均勾配が緩く速度域が高い、一定ペースで長時間踏み続けるヒルクライムでは、重量だけでなく空力、速度維持性、そして疲労の蓄積度が最終タイムに大きく影響する。
ENVE SES 4.5 PROは、まさにその領域に強い。登れて、伸びる。しかも脚が残る。ENVEがこのホイールを「ワールドツアー速度でのクライミングに特化したツール」と位置づけているのは、この高速ヒルクライム領域での性能を念頭に置いているのだろう。
ポガチャルがツール・ド・フランスのすべてのクライミングステージでSES 4.5を選択したという事実は、軽量クライミングホイールではなく空力ディープリムで山岳を走るという判断が、プロの世界でも合理的であることを示している。
軽量ホイールを使う意味がないとまでは言わない。だが、少なくとも自分の体感では、富士ヒルのような高速ヒルクライムならENVE SES 4.5 PROで十分以上だと思った。
剛性感:特徴がないことが特徴
ENVE SES 4.5 PROの剛性感は、言葉にするのが少し難しい。
たわむ感じはない。スプリントやダンシングでパワーが逃げる感じもない。かといって、強烈に硬いわけでもない。踏み込んだ力が跳ね返ってくるような硬さもない。つまり、剛性という観点で見ると、特徴という特徴がない。
しかし、それが良い意味での「特徴のなさ」だと気づくのに、さほど時間はかからない。このホイールの懐は深い。どんな踏み方をしても受け止めてくれる。強く踏んでも、淡々と回しても、バイクの挙動が乱れない。
剛性を主張するホイールではなく、走り全体を自然にまとめるホイールだと思う。
哲学者のマイケル・ポランニーは「暗黙知」という概念で、言語化できない身体知の重要性を論じた。優れた道具は、使い手の意識から道具そのものの存在を消し去り、行為そのものに集中させる。
ENVE SES 4.5 PROの剛性感は、まさにそれだ。ホイールの存在を意識させずに、走ることそのものに没入させてくれる。この「自然さ」は、長時間走るほど効いてくる。
乗り心地:荒れた路面をフィルタリング
ENVE SES 4.5 PROは乗り心地が非常に良い。
硬くもなく、柔らかくもない。しかし、路面からの入力を雑に返してこない。荒れたアスファルトでは、粗さや細かな振動がフィルタリングされるような感覚がある。段差を越えたときの突き上げ感もやわらかい。
ハイエンドのレースホイールでありながら、神経質な硬さがない。
ここで、Alpina Ultralite Aero R5スチールスポークの存在が効いていると推測する。多くの競合ホイールがカーボンスポークに移行し、重量面での優位性を追求する中で、ENVEがあえてスチールスポークを選択しているのは興味深い。
カーボンスポークは軽量だが振動の減衰特性においてスチールとは異なる挙動を示す。ENVEがスチールを選んだ背景には、重量だけでなく乗り心地と耐久性を含めた総合判断があるのだろう。少なくとも、リム剛性だけで押し切るような硬いホイールではない。
乗り心地が良いというのは、単に快適という意味だけではない。荒れた路面でタイヤが跳ねにくい。接地感がある。無駄な緊張感がない。結果として、長時間走っても疲れにくい。
この「振動のフィルタリング」は、ENVE SES 4.5 PROのしなやかさが速さにもつながっていることを示している。
180km走った後の峠で
ENVE SES 4.5 PROの価値を最も強く感じたのは、ライドの後半だった。180km近く走った後でも、峠でパワーを出せる。これはかなり大きい。速いホイールは多い。軽いホイールも多い。だが、長く走った後にまだ踏めるホイールは貴重だ。
ENVE SES 4.5 PROは、無駄に踏まされる感覚が少ない。巡航でも登りでも、速度を維持するために必要以上に脚を使わされない。荒れた路面でも疲労が蓄積しにくく、ペース変化にも対応しやすい。
これはレースでも大きな意味を持つ。終盤に脚が残っている。登り返しで踏める。ペースアップに反応できる。
「疲れにくい」という言葉は、快適性の文脈で使われがちだ。しかしENVE SES 4.5 PROの場合、それは明確にパフォーマンスに直結している。180km走った脚でなお峠を攻められるということは、レースの終盤で差をつけられるということだ。
単なる快適性ではなく、戦略的に意味のある疲労軽減がここにある。
コーナリングと下り:接地感と安心感
ENVE SES 4.5 PROは、コーナー中の接地感がしっかりある。バイクを倒し込んだときの挙動が自然で、路面をつかんでいる感覚がある。下りでも安心感がある。ブレーキング時の安定感も高く、荒れた路面でも跳ねにくい。
これは乗り心地の良さとも直結している。ホイールが硬すぎて路面から跳ね返される感じがないため、コーナーでもバイクの挙動が読みやすい。操縦性は高い。それでいて神経質ではない。
ENVEはSES 4.5の原型を2016年にパリ?ルーベのコブルストーンでの使用を想定して設計したと説明している。荒れた路面でのハンドリング性能と走行安定性を起点に開発されたホイールが、結果としてコーナリングの接地感でも優位に立つのは、設計思想として筋が通っている。
横風耐性:CLX IIIの方が上だが
横風耐性については、少し慎重に評価したい。
ENVE SES 4.5 PROは55mmハイトとしては扱いやすい。横風で不意にあおられても、リカバリーしやすい。いきなり持っていかれるような怖さは少ない。ただし、絶対的な横風耐性だけを見ると、RAPIDE CLX IIIの方が上かもしれない。
CLX IIIはフロントリムの存在感がある一方で、横風への安定感はかなり高い。
ENVE SES 4.5 PROも十分優秀だが、この点ではCLX IIIに分がある可能性がある。ただし、ENVE SES 4.5 PROは「あおられない」ホイールというより、「あおられても怖くない」ホイールだ。動いても収まりが良い。リカバリーしやすい。
操作に対する反応が自然。このあたりの安心感はかなり高い。ENVEがSESの設計においてフロントホイールを浅くし、横風安定性を優先しているという構造的な裏付けが、この体感を支えている。
RAPIDE CLX IIIとの比較
RAPIDE CLX IIIは非常に良いホイールだ。不満があってENVE SES 4.5 PROに替えたわけではない。
CLX IIIは、登ることもできるが、どちらかと言えば平坦向きのキャラクターが強い。フロントリムの存在感があり、高速域で生きる。スピードが乗った状態での巡航性能は高く、横風耐性も優秀だ。
平坦基調のレースやクリテリウムで速く走りたいなら、CLX IIIは今でも非常に強い選択肢だと思う。
一方で、ENVE SES 4.5 PROは登りでの軽快さがある。軽いと感じるわけではないが、登りで速い。失速せず、粘り、長い登りでじわじわ伸びる。乗り心地についてもENVE SES 4.5 PROの方が良い。
荒れた路面での振動のフィルタリング、段差での突き上げの柔らかさ、ロングライド後半の疲れにくさは明確に感じられる。
まとめると、CLX IIIは高速平坦領域における鋭利な刃であり、ENVE SES 4.5 PROは平坦も登りも含めた全方位を高い知性でまとめる全能のホイールだ。どちらも素晴らしいが、登り基調で速く走るなら、現段階ではENVE SES 4.5 PROがベストだと考える。
古臭いシルバーが、新しい
見た目も気に入っている。
最近のホイールは黒ずくめのデザインが多い。カーボンの素材感をそのまま活かしたステルス志向が主流だ。その中で、ENVE SES 4.5 PROのシルバーのロゴは逆に新鮮に映る。派手すぎるわけではないが、しっかり存在感がある。
高級感もあるし、バイク全体の印象を引き締めてくれる。ENVEはポガチャルのツール・ド・フランス仕様にカスタムデカールを施すことでも知られているが、標準のシルバーデカールにも、走る宝石としての品格がある。
性能だけでなく、所有欲を満たしてくれるデザインだと思う。ただし、デカールが少し剥がれてくる点は気になった。価格を考えると、ここはもう少し耐久性がほしい部分ではある。
気になる点:価格、クリンチャー非対応、デカール耐久性
ENVE SES 4.5 PROにも気になる点はある。
まず価格。国内定価で約65万円。海外価格でも3,750ドル(約4,499ユーロ)と、通常のSES 4.5から大幅に上昇している。簡単に買える金額ではないし、誰にでも気軽に勧められるものではない。購入にはかなりの覚悟がいる。
次に、クリンチャータイヤが使えない点。内幅23.5mmのリム形状はチューブレス専用設計であり、従来のクリンチャータイヤとの互換性はない。チューブレス運用を前提にするなら問題ないが、クリンチャーも使いたいライダーにとっては制約となる。
そして前述の通り、デカールの耐久性。走行性能には影響しないが、高価格帯のプロダクトとしてはもう少し頑張ってほしい。
ただし、それらを踏まえても、走行性能には十分すぎる説得力がある。高い。でも、その高さを走りで納得させてくる。これがENVE SES 4.5 PROの恐ろしいところだ。
どんなライダーに向いているか
ENVE SES 4.5 PROは、1つのホイールですべてをこなしたい人に向いている。
ロードレース、ヒルクライム、普段のトレーニング、高速巡航、ロングライド。どれかひとつに特化するのではなく、すべてを高いレベルでこなしたい。そういうライダーには非常に合う。
特に、ヒルクライムメインの人でもおすすめできる。55mmハイトのホイールをヒルクライムメインの人に勧めるのは、少し違和感があるかもしれない。しかし、実際に使うと登りが本当に良い。ベストタイムも出て気分がいい(笑
軽さで登るというより、失速せずに粘り、速度を保ったまま登れる。富士ヒルのような高速ヒルクライムなら、かなり強い選択肢になる。
もうひとつ、ソロで走るライダーにこそ勧めたい。私自身、レーサーとして活動しているが、用途ごとにホイールを使い分ける悩みが無くなるのがいい。1本で全局面をカバーしなければならない。
そういう環境において、ENVE SES 4.5 PROの万能性は実用上の大きな武器になる。
高いが、本当に良いものを必要としている人。ホイール選びで悩みたくない人。1本でレースもトレーニングもロングもこなしたい人。そういう人には、ENVE SES 4.5 PROはかなり刺さるはずだ。
全知全能、一本で完結する世界
もはや、ENVE SES 4.5 PROが1本あれば十分だと思う。
平坦基調のロードレースにも対応できる。アップダウンにも強い。登り基調のレースにも使える。富士ヒルのような高速ヒルクライムにも合う。ロングライドや普段のトレーニングでも疲れにくい。
ここまで幅広く、ここまで高いレベルでこなせるホイールは多くない。
もちろん、完全な平坦専用のディスクホイールや、極端な軽量ヒルクライムホイールには、それぞれの領域での優位性がある。しかし現実的に1本だけ選ぶなら、ENVE SES 4.5 PROはかなり強い。
ホイールを用途ごとに使い分ける悩みがなくなる。これ1本でいいと思える。それ自体が、大きな価値だ。
哲学者アリストテレスは「全体は部分の総和に勝る」と述べた。ENVE SES 4.5 PROは、空力、軽量性、剛性、乗り心地、耐久性といった個別の性能を足し算した以上の何かを、走りの中で生み出している。
それは「速さ」でも「軽さ」でもなく、すべてが高い次元で調和した結果としての「自然さ」だ。この自然さの中にこそ、ENVEが10年以上かけて磨き上げた設計思想の到達点がある。
まとめ:現代ロードホイールの最適解
ENVE SES 4.5 PROは、分かりやすく数値で軽いホイールではない。漕ぎ出しで驚くような軽さはないし、超軽量ホイールのようなヒラヒラした感覚もない。強烈な剛性感で圧倒してくるわけでもない。
しかし、走ると速い。
40km/h以上の巡航では速度が落ちにくく、ローテーションの中でも伸びる。六甲山のような厳しい登りでもベストタイムが出た。荒れた路面では振動をフィルタリングし、180km近く走った後でも峠で踏める。コーナーでは接地感があり、下りでも安心感がある。
特徴がないようで、すべてが高水準。この自然さ、懐の深さこそがENVE SES 4.5 PROの最大の特徴だと思う。価格は高い。本当に高い。でも走ったあと、不思議と「仕方ないか」と思ってしまう。それほどの完成度がある。
ホイール選びの悩みがなくなる。登れて、巡航して、伸びる。疲れにくく、扱いやすい。55mmハイトであることを忘れるほど自然なのに、速度域が上がると確かに速い。
Simon Smartが2009年に描いた「Real-World Fast」という理想は、このホイールにおいて一つの到達点を迎えている。
登り基調で速く走るなら、現段階でENVE SES 4.5 PRO以上のホイールは存在していない。そう言いたくなるほどのホイールだった。ポガチャルがツール・ド・フランスのクライミングステージでこのホイールを選び続ける理由が、身体で理解できた。
それはスペックの話ではない。走った者だけが知る、全能の感触だった。

































