100分の1秒を競うプロのロードレースの世界において電動変速システムは広く行き渡った。シマノやカンパニョーロといった2大メーカーはトップグレードのコンポーネントとして電動変速システムを掲げている。シマノはDi2、カンパニョーロはEPSとプロ選手がこぞって使っている。
私もロードバイク、シクロクロス、タイムトライアルバイクと全て電動変速(Di2)を使用している。理由はストレスフリーでかつ正確無比な変速をしてくれるのが魅力だからだ。しかし、自転車というジャンルの中でMTBだけは電動の導入が最後まで取り残されていた。
理由はいくつか考えられる。山や悪条件の中で走るMTBというスポーツの特性上、ハードな条件下で機材を扱う必要があるからだろう。その上に動作を保証しなくてはならない。しかしここにきてMTB用トップグレードコンポーネントのXTR Di2(Dura-Ace相当)の登場である。幸運にもこの初の電動変速システムを使うことが出来た。
この世界初の電動MTBコンポーネントはもう一つの目玉が有る。それは「世界初のシンクロシフトシステム」だ。このシンクロシフトシステムとは一体どのような機能なのか。そして、MTB用電動システムは本当に必要なのだろうか。実際に山で使用しながら世界初のMTB電動システムを見ていく。
前半はメカニカル部分、後半は実際使ったインプレを記している。
XTR Di2 シンクロシフトとは
まずはじめに、シマノXTR Di2の目玉は「MTB用の電動変速システム」という事がウリではない。今回のXTR Di2の目玉は「ギアレシオ」と「伝達効率」を追求したシンクロシフトにある。シンクロシフトとは一体何なのだろうか。
シンクロシフトが他の電動システム(9070,6870,EPS)と大きく異る点は、押しっぱなしにしてさえいればフロントディレイラーとリアディレイラーが勝手に連動して「最適なギアレシオ」を選択してくれる。
人間がしばしば不用意に行ってしまうような、アウターからインナーに落とした時に一気に軽くなったり、もしくはインナーからアウターにした時に一気に重くなるような無駄な変速はしないということだ。これらの急激なギアレシオの変化は効率も悪く、もしかしたら脚を削りかねない。
このシンクロシフトはフロントとリアが「オートマチック」に連動してくれる。これはエポックメイキングな変速といえるだろう。
詳しくシンクロシフトを見ていく前に、基本的なギアの知識をおさらいしたい。例えば、フロントギアが固定(例えば50T)でリア「21T」と「11T」を比べた場合どちらが「効率」が良いだろうか。ここで言う「効率」とは、「伝達効率」である。クランクに100の力を入力した時に、後輪のスプロケットまでどれほど伝達できるか、という効率だ。
先に結論を言ってしまえば21Tの伝達効率は98.6%である。わずか1.4%しかエネルギーを損失していない。対して、小さなギアである11Tの伝達効率は81%と、19.0%のエネルギーの損失がある。条件や気温オイルによっても変わるが、ここで重要なのは「ギアの選択で伝達効率が変わる」ということだ。
余談だが、このチェーンを開発したのはハンス・レノルドという人物である。今からおよそ130年前の1886年である。それ以降、このチェーンの伝達効率を超える仕組みは作られていない。なお、上記の伝達効率の話は書籍「サイクルサイエンス」に記載されている。
このシマノとジョン・ホプキンス大学の共同チームが実施した実験の模様はP106を参照されたい。
河出書房新社
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話は戻り、XTR Di2に搭載されている「シンクロシフト」について見ていく。
駆動系の伝達効率とギアレシオ
まず上記画像はフロントダブルの36-26Tのクランクセットの場合だ。ロードでいうところの50-34Tのフロントギアだと思えば良い。上記の画像は縦軸がギアレシオで横軸がスプロケットの歯数だ。MTBで40Tというのはロードでいうところの28T相当の大きいギアである。
この図が何を示しているのかというと、ギアレシオの変動が少ないギア選択が記されている。まずはインナーロー(26T)と40Tの水色の球からスタートだ。ここからトップギアまで上げていく「黄色い線」を見てほしい。40Tから徐々にトップギアへ4段変速する。
4段目から5段目に移動する際、黄色い線は「水色の球26T」から「緑色の球36T」へ「変速」している。通常であれば26Tのローに入れたままリアを変速する場合が多いが次のギアレシオと伝達効率を考慮した場合アウター36Tに入れて変速していったほうが、ギアレシオの変動を極力少なくし重いギアを選択していける。
こちらは、縦軸に伝達効率(%)を示し横軸にギアレシオを示している。水色の球はローギア26Tで緑色はTOP36Tである。アウターとインナーそれぞれギアレシオが異なると伝達効率が異なることがわかる。上に行けば行くほど効率が良い。
例えば伝達効率が98%を下回っているのはアウター36の0.9(リア40程)のギアレシオやインナーで2.0(リア13)のギアである。要するにチェーンが斜めになる「たすきがけ」状態で一番駆動損失が大きくなる。チェーンラインは直線に近づけば効率が良いとうことになる。
さらにシマノはトリプルギア構成も用意している。トリプルギア構成も同様に、均一な間隔でギアレシオを選択できる。ここまでシンクロシフトにフォーカスしてきたが、もちろんシンクロシフトを使わずに従来通り「マニュアル操作」することも可能だ。
さらに作りこまれているのは、このシンクロシフトは自分でカスタマイズできる。どのタイミングで変速するのか細かくプログラムすることが可能だ。どのタイミングでフロントを変速するのか、自由にセッティング出来る。
これらシンクロシフトは、シマノが徹底的に歯数の構成と駆動効率を追い求め極限までクロスレシオを高めた機構だ。計算上理想の変速パターンは、指一本で押していさえすればディレイラーが勝手に正確無比に変速してくれる。
実際にマニュアル操作が良いのかシンクロシフトの操作が良いのかは、後半のインプレッションで記す。
XTR Di2 SW-M9050 シフトスイッチ
ロードのDi2を使っている私にとってXTR Di2のシフトスイッチは「ここまで小さくできるのか」と感嘆した。実際の所信号を送るだけのスイッチだからそこまで作りこむ必要はない。むしろシマノが培ってきた技術があれば、ロードのSTIのようにブレーキレバーやワイヤーが通る道を排除しここまで小さくできるのも納得できる。
そして、おどろくべきことはその重量だ。
わずか32gである。
ペアで64gしかない。ワイヤー式と異なり「単なるスイッチ」のシフトスイッチの重量は魅力的だ。なお、XTRのワイヤー式シフトレバーは左右合計200gである。その重量から見てこのDi2の重量は驚くべき軽さだ。
この電動のシフトレバーの間隔はSRAMのシフターよりもストローク量が少なかった。好みかも知れないが、ワイヤーは巻き取る力が必要なのでストローク量が多いのだろう。XTR Di2のシフトレバーはわざわざ押し込まなくても変速してくれるのだ。
価格は片方20,573円である。
XTR Di2 SC-M9050 ディスプレイ
他の電動システムと異なるのはギアの構成などを表示するディスプレイが備わっていることだ。このSC-M9050は様々な情報を表示できる。現在のクランクギアの位置やリアスプロケットの位置も表示できる。当然バッテリー残量も表示できる。
さらに拡張することにより、情報を表示できる幅が広がる。このインフォメーションディスプレイにはEチューブポートが3つ用意されている。何に使えるのかというとFOXの電子制御フロントサスペンションとの連動が可能になっている。
このFOXの電子制御サスペンションはボタンひとつで前後のサスペンションが固定(両方もしくはリアのみ)される「クライミングモード」と、下るための「DESCENDモード」がある。サスを電子制御するというのだ。もはやMTBの機材はロードの世界からすると異次元の世界に突入している。
SPECIALIZEDのMTBに搭載されているブレインショックのように負荷を計算して、サスが沈む量を計算するサスという方向性もあるが、このFOXの電子制御サスペンションはさらにその先を行くサスペンションである。
なお、このインフォメーションディスプレイの重量は30gとまったく気にならない重さである。価格は11,804円
XTR Di2 FD-M9050 フロントディレイラー
フロントディレイラーは他のDi2と同様にオートトリム機構を備えている。MTBという高トルクがかかる中で変速し、さらにシンクロシフトを実現するために相当なパワーを備えているようだ。試しにおもいっきりトルクをかけながらシンクロシフトを試したが案の定すんなりと変速して拍子抜けした。
正直な所、FD-6870やFD-9070のモーターよりも大きい。さらにモーターの音も若干大きいが森のなかでは全く問題ないだろう。
XTR Di2はロードの電動フロントディレイラーと異なる部分がある。それはEチューブの出口が前になったということだ。ロード用のチューブは反対側から出ていた。私の電動システム全てにおいて後ろからわざわざ取回して前に持ってきてからフレームに入れている。
今回XTRに搭載されているこの機構は、これら既存の電動システムが抱えていた問題を解決している。それにしても、ロードと比べると一つ一つの作りが非常にごつい。相当頑丈な作りになっていることもパッと見て容易に想像できる。
重量はダブルで115gとワイヤー式と同じか20g程軽い。
XTR Di2 RD-M9050 リアディレイラー
リアディレイラーの構造はロードのそれとは異なり非常に複雑な形状をしている。シマノが作るものなので理由があるだろうが、ワイヤー式XTRとほとんど見分けがつかない出来になっている。本RDには「SHADOW RD +」というチェーンがバタつきにくいスタビライザーを搭載している。
重量は289g(SG),292g(SGS)で価格は59,069円だ。
XTR Di2インプレッション
ここまでは機材面にフォーカスしてが、ここからは実際に使ってみた感想を書きたい。先に結論を言ってしまえば、シンクロシフトは電動システムの主流になっていくだろう。間違いなくロードにもこの機能は今後搭載される。言ってしまえば変速の無駄を排除し、なにより何も考えなくて良い。
走る上で我々に必要とされるのは効率のよい駆動をするための運動だ。効率を追い求め他のライバルを出しぬき勝つことに集中する事がレースでは必要になる。その際に「1つのギアチェンジミス」で大きく差を開けられたらどうだろう。ギアチェンジ一つで勝敗が決まってしまうシビアな世界に居れば居るほどこの恩恵は計り知れない。
シンクロシフトを使うと、我々人間は「軽くする」「重くする」という「意識だけ」でバイクを操作できるのだ。私はこう思う。既存の主流である「マニュアルシフト」は直感的とは言えない。うまくギアをつなぐにはこうして、ああして・・・、と考えなくてはならない。
シンクロシフトならば重くする、軽くするという「直感的」な動作が可能になる。
これはMTBをしているとつくづく思わされることだ。下っているときは路面の状況を判断しバイクコントロールを行う。ロードよりも正直ギアチェンジが難しい。ギアチェンジ一つで登れなくて足をついたり、軽すぎて下りが踏めなかったり、突然現れる壁に対応できない。
様々な地形を攻略しなくてはいけないMTBだからこそこのシンクロシフトが生きてくる。もう少し突っ込んだ言い方をするならば、ワイヤー式よりも電動の方がメカトラブルは少ない。シクロクロスでも電動が主流なように、オフロードこそ電動なのだ。
ロードではありえなかったことだが、オフロードの場合はブレーキを多用する場合が多い。シクロクロスでもそうだがレース後半になってきて判断力や指の力がなくなってくるとブレーキや変速も上手くできなくなる。その際に電動や、考えずとも変速できるシンクロシフトの恩恵は大きいだろう。
使ってみて初めの5分は違和感がある。しかし、慣れてしまえばこれほど便利な道具は無いと言えるのだ。
シマノはフロントシングル化に対抗?
少し別の見方をしてみよう。
ここまで読まれてきた方の中でこう思われる方が相当数居るに違いない。「フロントシングルで良いのでは?」という議論だ。
いまオフロードの世界にはフロントシングル化の波が来ている。一節にはオフロードのコンポーネントで高いシェアと支持を持つSRAMのフロント変速が、シマノよりイケてないのでSRAMはフロントシングル化を押していると揶揄されている。
シマノからしてみれば変速には絶対の自信があるわけだ。その証拠として、シマノは新型XTRでシングルギアを出したものの駆動効率は「実験上ダブルの方が上」というデーターを出している。シマノの高効率を追求したギアコンビネーションはこうだ。
2×11スピード(36-26T)の場合、正しくギアシフトすれば駆動効率は99%であるとしている。対して1×11スピード(30T)の場合は98%の駆動効率だ。もし300W入力したならば前者は297Wの出力になるし、後者は294Wの出力になる。ギアのコンビネーションで1%駆動効率が上がることになる。
たかが1%?と思っていないだろうか。これら1%といえどクランクに対して力が入力される度に1%づつ損失していくので、累積した損失は考えるだけでも恐ろしい。長時間のXCのレースであれば余計に気になるところだろう。
ただし、フロントシングル化のメリットはメカトラブルが少なくなることと、軽量化という側面もあるので一概に良いとは言えない。選手が何に重きを置くかによって、フロントシングルも電動変速も違う意味を持ってくる。
ただ、シマノの電動システムが正確無比に変速したならばであれば、ある意味1Xを凌駕する機材になりえる。実際に使ってみるとフロントが変速したという感覚はない。音はするもののギアレシオが均一に上がっていくということはギアのテンションの変動が少ないという事だ。
これはフロントシングル化の波にシマノが高い技術で対抗しようという意志の表れではないか。いわば技術力と世界初のシンクロシフトで対抗した機材が今回紹介したXTR電動システムなのだ。
まとめ:XTR Di2はもう何も気にしなくていい
すべて自動で最適なギアレシオを選択し変速してくれる道具は、人間の感性を奪ってしまうのだろうか。それは違うと考えている。むしろ無駄な変速に気を配らず自転車に乗ることに集中できるシステムは、よりライディングに集中でき自転車に向き合える道具といえる。
特にレースなどでは恩恵が更に受けられるだろう。とっさのシフトミスで1秒をロスしてしまうような競技であれば有るほど電動の恩恵は大きい。そしてなにより計算されたギアコンビネーションは高い駆動効率を約束してくれる。
確かにシングルギアの波は来ているが、レースの特徴と相談しフロントのギアを幾つか選択するという手間をかけている選手も多い。それならばはじめからフロントダブルで効率のよいギアチェンジを可能にするシステムのほうがメリットが大きい。
今書いているのはオフロードの話しであるが、肝心のロードバイクのシステムにも今後流用されるだろう。特にタイムトライアルやトライアスロンといった一定時間一定強度の競技はこのシンクロシフトを使うメリットが大きい。間違いなくロードにもこの波は訪れる。
技術の目覚ましい進歩により次第に人間が操作する作業が少なくなっていく。見方を変えればより「バイクコントロール」に集中できるようになっていくのではないか。この世界初の機能を備えた電動変速システムは、人の感性を鈍らせるどころか、より鋭くバイクの操作に集中させてくれるシステムなのかもしれない。
そう考えると、電動シンクロシフトという機構がMTBに採用された事も納得できるのだ。そしていずれロードの世界にもこのシンクロシフトの技術が投入されることも、そう遠くないのかもしれない。