【書評】アタック 2015年全日本選手権ロードレースの感想

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一気に読み終わってしまった。まるで一筆書きのように、一度も筆を止めることもなく、読み切ってしまった。本書の題材でもあるロードレースという競技も、同じなのかもしれない。一度走り出してしまえば勝者が決まるまで、その流れを止めることはない。勝者がゴールを駆け抜けるその瞬間まで、まるで一筆書きのごとくレースは突き進んでいく。

本書「アタック 2015年全日本選手権ロードレース」のあとがきを読んでいる時に、私は徐々に現実の世界へと引き戻され、読み終えていく自分に気づいた。それほど強く本の世界へ引き込まれるほど、一つ一つの文章を拾っていった。舞台は、2015年の全日本選手権である。

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2015全日本選手権

私はあたかも、7月の暑い那須のレース会場にいるかのように感じた。それは間違いではなかった。たしかにあの日、私も那須の会場に居た。ただ、選手としてではなく、補給するサポート側としての参加だった。選手たちが240kmを走る6時間のあいだ、炎天下の中でチームメイトの補給に努めていた。

私はシマノレーシングとブリジストンアンカーという名門チームに挟まれながら、肩身の狭い思いをしつつ(邪魔をしないように)補給をし続けた。

両名門チームにしてみれば全日本選手権は、「年に一度の大仕事」である。しかも絶対に落とすことのできない「仕事」だ。対してこちら(クラブチーム)は所詮、趣味の延長で参加している。互いに同じレースを走っているものの、そもそも「レースを走る意味」がまったく違う。

私はたまらずに、「ほんと、間で補給してしまってすみません・・・。」と何回言ったか覚えていない。それほど、全日本選手権というレースは異質だったし、レースを走る側も、補給する側も、緊迫した空気感を持っていたことを覚えている。

そんな体験を懐かしく思い出しながら、私は本書を読み進めた。そこで徐々にわかってきたことがある。私は現場でレースを実際に見ていたのだが、実はレースの内容や、展開を1割も理解できていなかった。逃げ集団ができる、吸収される。また有力選手が集団で逃げる。単独で逃げるが、次の周回にはまた大集団に・・・。

実際にレースが動くのは、観客やサポートから見えないところで起こっている。「最高の観客席はレース走る選手たちのサドルの上だ。」と言われるように、レースの動きは、レースを走っている選手たちが、一番良く知っている。

レースはたった1人では成立しない。スタートラインに並んだ100人以上の選手の群れが、思惑が、戦略が、複雑に絡みあって、レースという物語を作り上げていく。そしてレースは弱き者をふるい落としながら、しだいに一人の勝者だけを選別していく。

レースが終わってしまえば、「誰が勝った」なんて一言で片付いてしまうように、結果だけ見てしまえばなんともあっけない。そして、一人の勝者にレースが要約されてしまうだろう。しかし、勝者以外にも無数の「勝者になりたかった選手」たちが確かにそこにはいた。

選手一人一人のひと踏みが一人の勝者を決めたあの日、レースを動かした選手たちは一体何を考えていたのだろうか。その時、何が起こっていたかなど誰も知る由もない、はずだった。

本書は、レースの鍵となった選手一人一人(全員ではないにしろ)に対する、膨大な取材の数々で構成されてたノンフィクション作品だ。本の屋台骨を支えるのは、これらインタビューと、佐藤 喬氏の巧みな文章で成り立っている。2015年の全日本選手権は、「完走率が高くつまらない全日本」という話しも当時は見聞きした。

もしかしたら、そう思っている人達の大多数も、私と同じように1割もレースの展開を知らなかったのかもしれない。

本書「アタック 2015年全日本選手権ロードレース」が出版されなければ、2015年の全日本選手権は「つまらない全日本選手権」のままだった(少なくとも当時はそうだった)。ただ、本書を読み進めていくと、全く違った2015年の全日本選手権を観戦することができる。様々な選手の思惑と、戦略、全日本選手権のスタートに立つまでのその一部始終は、まるで1つの映画を見るかのようだった。

たった1人だけの勝者を決めるという目的のためだけに、台本のない物語はゴールとの距離を確実に縮めていく。240kmにも及ぶレースはただ1人の勝者しか選ばない。あの暑い日、私の目の前を通り過ぎていった無数の選手たちは、たしかにその「1人」を目指して疾走していった。

言っておくが本書は、ありきたりな「勝者」にフォーカスした書籍ではない(というより最後まで窪木選手は登場しない)。どちらかといえば勝者とは別の、物語の影に隠れ、リザルトに名前が残らなかった選手にフォーカスしている。そして、人間臭く、複雑な心理状態が描かれている。

さらにデリケートな話にも突っ込んで書かれており、「解雇」、「契約」、「病」、「引退」と・・・、自転車選手というマイナースポーツの世界で「プロ選手」が生きていくための、厳しい実情も知ることができる。これらの部分は、今までどんな書籍でも書かれなかった部分だ。

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まとめ

私は本書を読み終えた時、佐藤 喬氏が「アタック 2015年全日本選手権ロードレース」で何を書きたかったのか、実はよく理解できなかった。その答えを模索しながら、自分自身の感覚に見合う言葉を探し、書評を書いていった。そして、あとがきを読みながら本書のぼんやりとしていた輪郭を徐々につかみ始めていた。

レースというものは、単体で存在するものではない。”なにか”の続きであると。私は本書も何かの続きなのではないのか、という仮説を立てた。そして、佐藤 喬氏の前作「2014年の全日本選手権 エスケープ」をこの機会にもう一度読み返した。

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前作を1日で読み終え、そして続けざまに、本書アタック 2015年全日本選手権ロードレースの2周目を読み始めた。表紙をめくったその瞬間、記されていた一文が目の前に入ってくると、私のノドにつっかえていた小魚の骨のようなモノは取れていった。とたんに、本書「アタック 2015年全日本選手権ロードレース」の全容が見えはじめてきた。

本書は確かに自転車競技の、全日本選手権を題材にしている。しかし、そのレースに挑む選手に求められることや、考え方、成し遂げたいことは、時代の流れと共に移り変わっていく。移り変わっていく微妙な心理は、前作と本作を相対的に読み進めることで、次第に核心へと近づいていく。

自転車競技という特殊な競技性は、選手の見えない苦悩や葛藤を、レースという1つの物語の中であぶりだしていく。私は失敗したのだ。「2014年全日本選手権 エスケープ」を再び読んでから、本書を読むべきだった。

もしも、あなたが幸運にも「アタック 2015年全日本選手権ロードレース」に興味を持ったのならば、まずは前作「エスケープ 2014年全日本選手権ロードレース」を読んでほしい(私と同じ轍を踏まないように)。そしてこの2つの書籍にまたがる物語を読み解いていって欲しい。Kindle版 エスケープ 2014年全日本選手権ロードレースもあるのですぐに読めるはずだ。

別の見方をすれば、本書はまだ未完である。そしてまだ、物語の途中である。これからも全日本選手権で数々の勝負が繰り返され、新たな勝者と敗者が生まれていくだろう。私は今から次回作、いや全日本選手権の書籍がシリーズ化していくことを、心の底から期待してる。その度に佐藤 喬氏の綴る文章の世界で、レースの続きをまた見てみたい。

アタック
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佐藤 喬
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