- 空力・重量・安全性すべてが融合。
- EVADEと同等の空力。
- MIPS、ハニカム、発泡体の多層構造
サイクリスト観点で言ってしまえば、SMITHというブランドには全くなじみがない。それもそのはず、SMITHはスノースポーツ界のブランドイメージが強い。SMITHを愛用しているスキーヤーやボーダーはとても多いのだが、私も現役時代はSMITHのゴーグルPRODIGYやI/Oをずっと使用していた。
ただ、それはスキーのマテリアル(スキー界では機材の事をマテリアルと呼ぶ)の話であって、SMITHがサイクリスト向けにリリースしているプロダクトに関しては、使用することすら頭になかった。サイクル向けのヘルメットと言えば、「エアロ」「重量」「耐衝撃性」と独特の要素を必要とする。同社のブランドイメージは、ウィンタースポーツのイメージが強く、サイクル用品とは結びつかなかったのだ。
しかし、SMITHのプロダクトを調べていくうちに、徐々にその考え方が変化していった。スノースポーツで培った技術を、サイクル用機材にも取り入れ、全く新しい構造のヘルメットを生み出していたのだ。
今回は、スノースポーツのトップブランドであるSMITHがリリースしたヘルメットSMITH OVERTAKEをインプレッションする。スノースポーツブランドが生み出した、サイクリスト向けプロダクトのお手並み拝見といこう。
独自構造のヘルメット
早速だがSMITH OVERTAKEの特徴は、以下の5点にまとめられる。
- コロイド素材とハニカム構造
- 多層構造で衝撃吸収
- EVADEと遜色のない空力性能
- ヘルメットとサングラスの融合
- 2パターンの頭形状に対応
SMITH OVERTAKEは衝撃に対して過剰なまでの階層構造を備えている。世間一般のヘルメットの特徴と言えば、押し型の発泡体で形成されていて、申し訳ない程度のクッションがマジックテープで張り付けられている。これだけでも強度検査をパスするかもしれないが、SMITHは納得しなかったらしい。
SMITH OVERTAKEは何層にも及ぶ衝撃吸収構造を備えている。クッション、MIPS、コロイド素材のハニカム構造を経て、やっと発泡体にたどり着くのだ。この多層構造のメリットや、コロイド素材、ハニカム構造に関しては後程触れていく。
ハニカム構造の利点
ハニカム構造の利点は「軽い」「強い」を両立している点だ。ハニカム構造は様々な形状を一括りに指す場合があるが、本記事内では「正6角柱を何層にも積み重ねた構造」と定義したい。ハニカム構造は、「少材料で、高荷重に耐える構造」という特徴がある。
ちなみにハニカムとは「ハチの巣」のことである。見ての通り、無数に連続した正六角形の小部屋(セル)の集合体で構成されている(ハスコラに近い!)。その形状がハチの巣に似ているため「ハニカム構造」と呼ばれている。ハニカム構造は、高強度・剛性・軽量を生み出す理想的な構造であることは古くから知られていた。
しかし、ハニカム構造を保ったまま全体を湾曲させたり、特殊な形状を作りだすためにはいくつか問題があった。ヘルメットのように頭のカーブに合わせる必要がある製品の場合、製造方法が複雑になってしまう。そして生産性も低くなり、コストもかさんでしまうのだ。そのため、航空宇宙産業やモータースポーツ(莫大な開発投資ができる分野)といった、先端産業に用途が限定されていた。
現在の航空機においても、ハニカム・サンドイッチ構造は不可欠な存在である。例えば、ボーイング747では、主翼付け根部分のフィレット、尾翼外板、フラップ、スポイラーを含む各操縦翼面、レドーム(飛行機の鼻部分、気象レーダーや誘導電波を受信するアンテナなどが入っている)にもハニカム(こちらはアルミやFRP製)を使っている。ちなみに、客室内の天井や、側壁、隔壁、トビラといったあらゆる飛行機の部位にハニカムを採用している。
このように軽く、強く作れるというメリットは、先端分野において重宝されている。しかし、普段の生活ではあまりお目にかかることはない。しかし、実は身近なところにもこの「ハニカム構造」が隠れている。例えばサッカーのゴールネットだ。
まずは、サッカーのゴールネットを思い出してほしい。現在では「六角パターンのネット」が使用されている。しかし、なぜこのパターンなのだろうか。以前は四角パターンのネットが主流だったが、六角パターンのネットは「ゴールに突き刺さっている感」を演出するため”だけ”に採用されたという。伝統的なマス目の四角パターンとは異なり、六角形のネットは縦方向と横方向に加え「斜め方向」にも伸縮する特徴がある。
そのため、ボールをやんわりと全体を包み込んで(ネット全体に伝搬するように)膨らむ性質を持っている。そして、ボールが「ネットからゆっくりと落ちる時間」を演出しているのだ。この「演出のためだけ」に、昨今のスタジアムでは六角パターンのネットがスタンダードになっている。
飛行機では強度面、サッカーのネットでは力の分散に役立っているわけだ。さらに身の回りのモノを注意深く観察してみると、ハニカム構造がいたるところに散らばっている。「通気性」もそうだ。ヘルメットと言えば、必ずといっていいほど、風通しの良さが話題に上がる。このハニカム構造を採用した、通気性と関係する身近なもの・・・。
こちらをご覧いただきたい。
読者のご自宅にタワー型のデスクトップがあれば、通気口の形状をよく見て頂きたい。そう、ハニカム構造だ。ハニカム構造は通気面でも効率的かつ、強度面で優れた最強の形状なのだ。通気性を保ったまま強度を求めた結果「ハニカム構造の通気性の良いクッション」や「ハニカム構造の空気清浄機フィルター」など・・・、ハニカム構造はとても優秀な構造として身近な商品に広く採用されている。
ハニカム構造という優れた構造を、なぜ今の今まで「ヘルメットに採用していなかったのか」という謎があった。しかし、「ジェームズ・ダイソン・アワード2016」で最優秀賞候補にノミネートされていたのは、ハニカム構造の「EcoHelmet:」だった。ヘルメットにハニカム構造を採用するアイデアは開発者なら思い浮かぶのだろう。
そのアイデアを元に「製造方法が複雑、生産性が低い、コストもかさむ」という相反する問題をメーカー側は解決する必要がある。そこで今回の、SMITH OVERTAKEの登場だ。採算ど返しともいえる特殊構造のヘルメットを次章からインプレッションしていく。
インプレッション
ここまでハニカム構造の優位性を見てきた。厳密にいうと、SMITH OVERTAKEで採用されているハニカム構造は近くで見ると六角形ではなく円(正確には円柱の集合体)である。それはさておき、私が求めるヘルメットの第一条件は「頭に合うこと」である。機能も確かに重要だが、かぶり心地が悪くては機能うんぬんの話以前の問題である。
日本人は欧米人と異なり、楕円型の頭をしている。いわゆるOGKアタマというやつで、OGKは日本人の頭の特徴をよく研究している。肝心のフィット感についてだが、海外ブランドにありがちな、後頭部の左右のデッパリ部分がシェルに当たるような事もない。特徴的なかぶり心地としては、こめかみ部分がしっかりと押さえられており、全体的に浅いかぶり心地のヘルメットと言える。
浅いといっても、ぐらつくような浅さではなく、十分に安全性を確保した適度なかぶり心地と言えよう。JCFシールが張られている通り日本輸出向けのアジアフィットかもしれないため、海外通販で買った場合はフィット感が異なる場合がある(スペシャライズドがそう)。
心配していたSMITH OVERTAKEのサイズ感であるが、OGKと同じサイズで問題ない。実際のサイズ感は以下の通りだ。
- S:51~55cm
- M:55~59cm
- L:59~62cm
ヘルメットの形状的には、エアロ系のエイリアン形なのだが、セミエイリアンと言ったところだ。EVADEよりも全長は短い。正面から見ると特徴的な形とコロイドの緑が目を引く。そのため一発で「SMITHのヘルメット」だと判別できる。
安全性の面でみると、SMITH OVERTAKEは過剰なまでに頭部を守ることを徹底している。ヘルメットは6つの保護層から構成されており、1層目はMIPSモデルのみMIPSを採用、2層目はPC SHELL、3層目はコロイドパネル、4層目はEPSライナー、5層目はサーモフォームドスケルトン、6層目はPCシェルだ。
MIPSは、回転方向に力を逃す特殊な仕組みだ。最近のヘルメットに積極的に採用されており、ボントレガーのバリスタやGIROのヘルメットにも使用されている。最も注目したいのは、メインのコロイド素材を採用したハニカムの層だ。ハニカム構造は複雑な湾曲を作りながら、頭部全体を包み込んでいる。ハニカム構造だけでも十分な保護性能を備えている。
SMITH OVERTAKEの多層構造は、まるで寒い時期の衣類の重ね着のようだ。「インナーウェア」「ミドラー」「アウターシェル」のように、それぞれの「層」がそれぞれの独立した役割を果たす。SMITH OVERTAKEも同様に、6層からなる耐衝撃層がサイクリストの頭部を衝撃から守っている。
複雑な構造がゆえ、実際の空力面の効果が気になる。そこで調査したのだが、海外のエアロギークスのテストによるとEVADEとほぼ同等の特性を備えている実験結果がある。ただし、見逃してはいけないのはSMITH OVERTAKEの形状だ。EVADEはまさにエアロヘルメットという形状だが、SMITH OVERTAKEはエアロエアロしていない。どちらかというと普通のヘルメットで、穴も19ホール空いているし、ヌルっとしたエイリアン形状ではない。
重量はハニカム構造の恩恵で250gと軽量だ。最近のヘルメットはどんどん軽量化が進み、OGKのフレアーは200gアンダーと、安全性と軽量化という相反する戦いに突入している。250gという重量はヘルメットの中では軽い部類に入る。コロイド素材とハニカム構造がその軽さを生み出しているのだろう。
気になっていたのは頭部のエアフロー(風通しの良さ)だ。ハニカム構造は頭部を最も守れるように頭を中心にしてウニのように放射状に広がっている。この構造を見て疑問に思ったのだが、空気を効率よく取り入れたければ、進行方向に穴が向いている必要がある。しかし、ハニカム構造の特性上、頭のてっぺん部分は天の方向を向いているから、一見エアフローの効果は悪そうな印象がある。
しかしヘルメット内に、熱がこもるような印象は全くなかった。理由としては、ひたい部分のハニカム部分から空気が入り、ヘルメット内を抜け、熱を排出してくれる。このような空気の流れが生まれるのは、MIPSとハニカム構造の間に空間が設けられ、空気の通り道ができているためだ。そのため、ヘルメット内のエアフローは良い。ハニカム構造の集合体一つ一つが、空気を取り入れ、空気を排出しているのだ。
エイリアン系ヘルメットは苦手だけど、空力は得たいサイクリストにSMITH OVERTAKEはもってこいだと思う。このヘルメットには性能面以外の部分にもSMITHが施したこだわりがある。それはサングラスとヘルメットの融合だ。
サングラスとの融合
私が書く記事のインプレッションはたいてい、1記事、1機材という構成だ。しかし、今回のSMITH OVERTAKEの場合は少し毛色が異なる。同社の主力商品のサングラスとヘルメットの組み合わせがすこぶる良い。SMITHはユーザービリティに優れた「HELMET EYEWEAR INTEGRATION」という、ヘルメットとサングラスの融合も実現している。
実際にSMITHのOVERTAKEヘルメットと、SMITHサングラスを合わせて使ってみたが純正の組み合わせは予想以上にしっくりくる。これがとても便利で、組み合わせてセットで使ってみたかった、というのが本音だ。実際に組み合わせて使用してみると、サングラス上部とヘルメットの眉毛ラインがきれいに並び、ベンチレーションと風の抵抗を受けないような絶妙な配置ラインを備えている。
ヘルメットとサングラスの融合といえば、オークリーが最近ヘルメットをリリースしたが、SMITHのHELMET EYEWEAR INTEGRATIONには遠く及ばない。
SMITHのヘルメットとサングラスの融合は、「本気で坂を登るとき」に活躍してくれる。ヒルクライムの際には、サングラスが邪魔になるのでサングラスを外す人も多い。また、サングラスを付けたはいいが、途中でトンネルの中に入ったり、モヤが出てきたりすると、サングラスを外す機会がしばしばある。
その際に、私たちがとる行動は3つある。1つ目は、ヘルメットの前方にサングラスを突き刺す。2つ目は後頭部にサングラスをかける。3つ目は投げ捨てる事だ。おそらく一般的には1か2のパターンでサングラスを外すわけだが、SMITH OVERTAKEの場合は、1と2にうまく対応している。
SMITHサングラスとヘルメットの組み合わせの場合、刺さずとも「乗っかって固定」するのだ。こちらをご覧いただきたい。
このように、2パターンのサングラス融合方法がある。私は思った「サングラス使わないとわかっていても、この組み合わせは結構イケるな!」と。要するに、サングラスを使う事が無いとわかっていても「みよ、HELMET EYEWEAR INTEGRATIONのドヤ感を!」という気持ちになるのだ。
街中を歩いてると、胸元にサングラスを「シャッ」と付けて歩いている人がいる。いわゆる「サングラス本来の使い方をしないアクセサリー感覚」である。SMITHのヘルメットとサングラスの融合も同様にスタイリッシュに決まってしまうのだ。もしも質問を受けたら、待ってましたと言わんばかりに、
「ああこれっすね、SMITHのHELMET EYEWEAR INTEGRATIONッッ」ですよ。
と教えてさしあげよう。
このヘルメットとサングラスの融合は利便性はもとより、純正品の組み合わせが生み出す、ドヤ感がサイクリストの心を満たしてくれる(はずだ)。いや、SMITHとしてはそんなつもりはないと思っているかもしれない。しかし実際に、サングラスを外したり、付けたりする人は重宝するだろう。ヘルメットに「サングラスの専用の置き場所がある」という仕組みは、なるほどとひざを打つのである。
ほかにもサングラスを付けているときにヘルメットが邪魔にならないような工夫が施されている。サングラスの耳かけ部分のフレーム部分が、ヘルメットと干渉しないように設計されている。アイウェアのフィット感に大きく左右するから、この細かな配慮はうれしい。そのため、SMITHのサングラスは、アームが短く設計されている。ヘルメットと、サングラスの融合は、実際にサングラスを付けていたとしても違和感が無いデザインだ。
このようにSMITHのヘルメットとサングラスの融合は、サングラスを使うとき、使わないとき問わず、すべての条件において意味を持たせたシステムを構築している。
まとめ:相反する3要素の融合
冒頭で偉そうな事を書いてしまったので、あえてひっぱり出して自戒の念をさらに強めてみたい。
スノースポーツブランドが生み出した、自転車用プロダクトのお手並み拝見といこう。
と・・・。「お手並み拝見」と明らかに上から目線だ。少々恥ずかしい気もするが、SMITHは良いヘルメットを作ってきたと思う。プロテクション、ベンチレーション、エアロダイナミクス、軽量化と、相反する要素を高次元で融合させたのがSMITH OVERTAKEだ。
今までのヘルメットは、発泡体を型押ししただけの単純な構造が主流だった。それらの古い構造(これでも十分安全で確かな構造ともいえる)をSMITHはブラッシュアップし、ウィンタースポーツで培った技術をふんだんに投入してきた。そしてコロイド素材とハニカム構造という、全く新しい技術を採用したヘルメットを形にした。
ヘルメットは言うなれば、身代わり地蔵である。あなたの代わりに衝撃を受け止めて割れてくれるだ。ただ、不幸な事故にはめったにあわないし、そもそも「ヘルメットは安全性があってあたりまえ」という認識がある。メーカー側も、あえて込み入った安全面の話をプロモーションすることはない。どちらかと言えば「エアロ」「軽量化」と本来の用途プラスアルファがユーザー側にも伝わりやすい。
SMITH OVERTAKEは「エアロ」「軽量化」そして「安全性」の重要な3つの要素をうまく兼ね備えたオールラウンドヘルメットと言える。見た目は好き嫌いが分かれるかもしれないが、使用されている新しい技術や特徴的な素材の理解が深まれば、これほど面白い構造のヘルメットは存在しない。SMITHがウィンタースポーツ分野で培った様々な技術は、サイクルスポーツ界に新しい風穴を空けてくれるだろう。