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「フレーム重量665g」
この値は、噓偽りなくTREK EMONDA SLRディスクロードフレームの重量だ。塗装やベアリングといった細かな部品を考慮すると多少の重量差はある。EMONDA SLRリムブレーキ式のフレーム重量は640gなのでわずか25gほどの重量差しかない。「ディスクロードフレームは重たい」という先入観は過去のものとなり、その差はわずかになった。
25gがどれぐらいの重量かというと、A4用紙が1枚あたり5gほどなので「A4用紙5枚分」の重量差だ。1gを削ることを最重要課題とするヒルクライマーにとって25gの重量差は死活問題にかもしれない。しかし、「ディスクロードフレーム」ということを考えるとEMONDA SLR DISCは驚異的な軽さである。
これからTREK EMONDA SLRのディスクロードについて記事を書き進めていく。ただ、記事の結末には「エアロ効果よりも軽量化のアドバンテージを望むのならばEMONDA SLR」という単純な答えしか用意されていない。しかし、本質を深く探っていけばいくほどEMONDA SLRは「軽さがすべて」というバイクではなかった。
TREK EMONDAには軽さ以外にもバイクとして高い機動性能が備わっていた。今回の記事は、超軽量ディスクロード TREK EMONDA SLRをレビューする。エアロロード一辺倒になりつつあるディスクロードバイク市場において、超軽量ディスクロードバイクEMONDA SLRの存在意義を探る。
重量
「軽るければ、軽るいほどいい。」
この言葉は一見すると正しい。ただ、軽さの定義は人によって異なる。乗鞍の頂点を狙うヒルクライマーは4kg台のバイクを望むかもしれない。対象的に上りや下りのロードレースを走るライダーは、バイクが軽すぎると挙動が安定せず操作性に不安を覚えてしまう場合がある。
2014年にTREKは当時最軽量のロードフレームとしてEMONDA SLRを発表した。それ以来、EMONDAは一貫して「軽さ」にこだわり続けてきた。初めてEMONDAが登場したときのフレーム重量は690グラムだった。その後2018年に、665グラムのディスクブレーキフレームをラインナップに追加した。EMONDAは常に「軽さ」を最大のテーマとし開発が行われてきた。
EMONDAに限らず、軽さを突き詰めたバイクは世の中に数多く存在する。軽量バイクの代名詞といえばスーパーシックスエボ、スコットアディクトといった名車が存在している。TREKのバイクは、どちらかといえばロードレースを主軸にしたバイクが多い印象だった。ここで1つ疑問に思うことがある。
軽量バイクのイメージがないTREKが、EMONDAのような超軽量フレームを製造できる理由はいったい何なのだろうか。数ある理由のうち、1つの理由として使用されているカーボンと製造方法に秘密が隠されている。
OCLV 700
TREK EMONDA SLRで使用されているカーボンは、OCLV700で構成されている。OCLV(Optimum Compaction Low Void)とはカーボンファイバーの製法そのものを表している。カーボンを超高密度で圧縮(Optimum Compaction)し、かつカーボンとカーボンの間を極限まで減らす(Low Void)製法技術がOCLVだ。
したがって「OCLV」というカーボン繊維で作られているわけではない。OCLVを支える技術は頭文字のとおり「Optimum Compaction」と「Low Void」の大きく2つの要素から成り立っている。
「Optimum Compaction」はカーボンを適切に圧縮する方法のことで、TREKでは超高密度圧縮と呼んでいる。カーボンフレームの製造方法では、熱と圧力を加えながら複数のカーボンシートをカーボンラグに圧着していく手法が行われる。
この際、どれだけの「熱」が必要で、どれだけの「圧力」が必要になるのか。その「さじ加減」が重要だ。さじ加減のノウハウは企業秘密である場合が多く、製品の良しあしを左右する重要な製法技術といえる。
Low Void(すき間が非常に少ない)技術は、カーボンファイバー同士のすき間を極限まで減らすことを目的としている。すき間が増えることで問題となるのは、コンポジット自体(複数カーボン繊維を組み合わせて1つのフレームした状態)の強度と耐久性が落ちてしまうことだ。
たとえば、シロアリに食われた家を想像してほしい。表向きにはきれいな外観でも中身はボロボロで強度が落ちてしまう。同じく、カーボン製品の製造方法が悪く中身がスカスカだと同じように強度不足に陥る。品質が低いとこのような粗悪な品が出来上がってしまうが、OCLVで作られたカーボン製品の品質は、製造航空宇宙産業の厳しい基準もクリアしており非常に高い品質を保っている。
また、使用されているカーボン繊維もよりすぐりの素材が採用されている。一部はアメリカ国外に輸出禁止、かつ軍事レベルで使用されるカーボン素材が使われている。そして、カーボン繊維の供給には日本企業も携わっており、東レ、東邦カーボン株式会社、三菱ケミカルのカーボン繊維が使用されている。
TREK EMONDA SLRには、各社のハイエンドカーボン繊維を組み合わせて使用することで超軽量フレームを生み出している。
ここまでの内容は素材の話や製造方法についてフォーカスした。しかし、実際にバイクとして「よく走るか」や、操作性が良いかはまた別の話だ。次章からはバイクとしての性能や作り込み、軽量化と高剛性を追求しつつ、EMONDA SLRがどのような主張をするのかを探っていく。
操作性
TREK EMONDAはサイズごとに個別のチューニングが施されている。剛性のチューニングやカーボンレイアップの変更など、サイズに応じて異なるカーボンパターンでフレームが作られている。EMONDAの剛性感を一言でいうと、単純に「剛性が高い」という印象を受ける。
EMONDAは最近のバイクでは珍しくしっかりとした剛性を感じるバイクだ。しかし、TARMAC SL4のようなガチガチ感はない。剛性は高いほど良いというのは一昔前の考え方であり、直進性が特に要求されるトラック競技でもない限り、フレームや各パーツがあまりにも硬すぎるとハンドリング、進み方、乗り味にクセが出てくる。
TREKは「軽量化」と「高剛性」を求めつつも、EMONDAというバイクに「乗り心地」や「操作性」の最適解を求めていった。そのために、ひずみゲージ、加速度装置をEMONDAに取り付けて、有限要素解析を用いた様々な分析を繰り返していった。まるで実験室で試験を受けるマウスのようにさまざまなテストが行われた。
そして、TREKのエンジニアたちが求めていた操作性や乗り心地の数値基準をあたらしいEMONDAはクリアした。しかし、数値上のパフォーマンスと乗り心地は測定器での上の話であって、必ずしもライダーの感覚とはリンクしない。TREKは、トレック・セガフレードのプロライダーと共にEMONDAのプロトタイプを評価していった。
そして、エンジニアたちが狙った数値はライダーたちのフィーリングと合致するにまで高められた。
フレーム細部の1つ1つに焦点を当て、改善を繰り返すことでクラス最軽量のフレームを生み出した。また、サイズごとにチューニングされたカーボンレイアップによって、すべてのサイズで一貫した乗り心地を再現することに成功した。
開発力のあるブランドに共通しているのは、「軽量性」「剛性」「操作性」のバランスが非常に優れていることだ。MADONE(マドン)のようなドッシリとした低重心バイクとEMONDAはまったく性格が異なるが、EMONDAは軽いからといって下りで不安に思うような挙動は感じられなかった。どちらかといえば、軽量バイクにしては操作性は高い。
EMONDAの操作性の良は筆者自身が、3世代のTREK BOONEを乗り継いできたということも影響しているのかもしれない。微妙なさじ加減だが、VENGEの乗り味は好きだがTARMACの乗り味は苦手だ。合わせてTREK BOONEは進ませられるが、CRUXはなかなか扱うことが難しい。TREKは独特の進み方と操作性の良がある。
BOONEで身につけた挙動や操作性への慣れもあったかもしれない。それを差し引いたとしてもTREK EMONDAの操作性はとても扱いやすく感じるバイクだ。
「とにかく軽い」だとか「とにかく無駄を削ぎ落とす」というたぐいのバイクは、たいてい操作がしづらい。TREKはEMONDAをグランツールのような最高峰のレースに投入しなければならないため、操作性も追求したことがよく伝わってくる。
インプレッション
「EMONDAというバイクを、どのように使ってみたいか。」
EMONDAというバイクに興味が湧いてきたら、まず方向性を明確に定義しておこう。というのも、EMONDAというバイクは「軽さ」「操作性」「剛性」が特に飛び抜けているバイクだ。そのかわりエアロダイナミクスや振動吸収性(ISOSPEEDを搭載していない)を一切考慮していないバイクだ。
無慈悲なほどまでに軽さを追求し、性能を割り切っている。何かを得るためには、何かを失う必要があるのだ。EMONDAは軽さを得るために、ライダーがあれこれ望む余計な性能をバッサリと切り捨てた潔さがある。
EMONDAを「究極のオールラウンドバイク」という位置づけにしたいライダーや雑誌記者もいるかもしれない。確かに、同社のバイクラインナップにおいては「オールラウンドバイク」かもしれない。しかし、私が感じたEMONDAは決して「オールラウンドバイク」などではなかった。
EMONDAがオールラウンドバイクではないとするといったい何者なのだろう。私が率直に感じたEMONDA SLRの位置づけは、純粋な「クライミングバイク」そのものだった。
EMONDAはライダーが入力したパワーを一切無駄にすることなく、とにかく推進力に変えてくれる。ホンネをいえば剛性は最近のバイクの中でも特に硬い。この硬さは前作のEMONDAからさらに向上している。実際に行われた剛性テストの結果(いずれもH1フィットの56サイズ)は以下のとおりだ。
フレーム全体の剛性:値が小さいほど硬い
参考フレーム重量 (g)
何年か前に流行した「前年比〇〇%剛性アップ!」というキーワードを思い出させるようなデータだ。しかし、TREKはそれほど重量剛性比率の話をいいまわっていない(もはや古いプロモーション方法だ!)。いまのサイクリストがバイクに求めるニーズは重量剛性比ではなく、別の部分にあるのだとメーカーも理解しているのだろう。
TREKが公開しているEMONDAの実験データでわかるのは典型的な「重量剛性比が高いバイク」そのものだ。EMONDAしか乗ったことがないライダーにとってみれば、「軽さも、剛性もこんなもんか・・・。」と思ってしまうかもしれない。しかし、しなやかで重量があるフレームを乗り継いできた人にとっては、EMONDAはとにかく剛性が高いと「相対的に」感じてしまうはずだ。
EMONDA SLRは、寸分の狂いなく入力を出力に変換するような特徴がある。「高剛性」「超軽量」のバイクは今時珍しいと率直に感じてしまった。
ただ、剛性が高いからといってクリテリウムに使いたいと安易には思わない。クリテリウムにはMADONEを選ぶ。EMONDA SLRは登りや軽快さ、反応の良に特化しているバイクだ。純粋に1つのジャンルに特化した専門性の高いバイクに位置づけていい。そういう意味では、比較対象になりやすいS-WORKS TARMACとはまったく違う存在として扱うほうが正しい。
EMONDA SLRとS-WORKS TARMACは別物で方向性も性格もまったく違うのだ。
後ほどTARMACとEMONDAの比較も紹介する。TARMACとEMONDAの方向性はまったく異なっていた。もしも、「ディスクロードで純粋なヒルクライムバイクを組め」といわれたらEMONDA SLRを選ぶ。S-WORKS TARMAC DISCではなくEMONDA SLRだ。ただ―――、話にはもう少し続きがある。
EMONDA SLRにアイオロス3やROVAL CLX32を組み合わせると、当然純粋なクライミングバイクになる。そして余裕で6.8kgを切ってしまう。特に重量規定がないレースに出場する場合は、6.8kgアンダーのバイクを組んでもいいだろう。ただ、重量規定がある場合はこのような軽量ローハイトホイールを使用することはできなくなる。
そのような条件の場合(ロードレースなど)はアイオロス4やCLX50のようなセミディープホイールと合わせるといい。EMONDA SLRの印象がガラリと変わる。私の好みの話になって申し訳ないが、50mmほどのディープリムとEMONDA SLRの組み合わせは相性が良かった。他社ブランドで水と油の関係だが、いまのメインホイールがROVALなので大目に見てほしい。
散々「EMONDA SLRはオールラウンドバイクではない」と文章を大にして書いてきたが、EMONDAと50mmほどのセミディープホイールを合わせると印象が変わる。EMONDAを「超軽量ヒルクライムバイク」に仕上げるのか、それとも「軽量オールラウンドバイク」に仕上げるのか、どちらでも使い分けられる楽しさがあった。
インプレッション冒頭に、「EMONDAというバイクをどのように使ってみたいかが重要だ。」という問いかけをした。この内容の真意は、使用用途を明確に定義せねばEMONDAというモンスターバイクを誤った方向に走らせてしまいかねないという不安があった。自分の思い通りに乗りこなせ(手なづけられ)ないのではないか、という不安だ。
良くも悪くもEMONDAの真の性能を引き出せるかの鍵を握っているのは、調教師のライダーの扱い方、考え方次第だ。
EMONDAとTARMAC
「EMONDA SLR DISCは665g、S-WORKS TARMAC DISCは810g」
数値だけであればEMONDA SLRが圧倒的に軽い。145gも軽い。ただ、フェアな重量の話をするとEMONDA SLR DISCの未塗装重量が665gであって、実際の重量は700gほどだった。それでもヒルクライマーたちは軽いEMONDAを選ぶだろう。冒頭にも記したとおり「何を最重要とするか」の判断は、サイクリスト一人ひとりの中に存在している。
その上で単純なフレーム重量勝負でいけば、EMONDA SLRが軽いという単純で面白くない答えしか出てこない。ただ、TREKとSPECIALIZEDという2大ブランドの看板バイクとしてTARMACとEMONDAが双璧をなしており、軽さだけで判断するのは少々乱暴だ。そこで、重量以外のポイントをそれぞれのバイクで比較してみる。
まず、バイクに乗って感じるのは、進ませ方がEMONDAとTARMACではまったく異なっている。
ここからは個人的に感覚の話になってしまうが、EMONDAは踏んでいる時間が長くても進む。対してTARMACは踏んでいる時間を短くし、入力する回数を増やすほうが進む感覚がある。また別の言い方をすれば、ペダリングの粒度が荒くても進むのはEMONDAで、TARMACは粒度が細かいほうがより進んでくれる。
同じような感覚は、TREK BOONEとSPECIALIZED CRUXにも当てはまる。TREK BOONEは雑に回しても進むがCRUXはピンポイントで入力しないと進まない印象がある。そのぶんCRUXのほうが大きなパワーを入力したときの進みはいい。正直な感想をいうと、私にはBOONEが合っている。そしてVENGEやTIME ZXRSが合っている。
変な話かもしれないが、VENGEはペダリングの粒度が荒くても進む。意外かもしれないがVENGEとEMONDAは進ませ方が似ている。冒頭にも記したとおり、TREKのBOONEを3台乗り継いだがTREKのバイクはTREKのバイクらしい似た乗り心地がある。
重量面以外のバイクの性格はまったく異なっている。自分が何をバイクに求めているかを明確にしてから、重量だけにとらわれず総合的にバイクを選択したほうがいい。
まとめ:軽さを追求した潔いバイク
昨今のディスクロードといえば、エアロダイナミクスを追求したバイクがもてはやされている。もはやそれ以外は売れないとばかりに。EMONDAはそれらとはまったく逆のバイクだ。軽量化を追求するために、ホース類は外装式だ。
空力を考慮すると、ケーブル類はすべて内装式になる。しかし、内装式はホースの出入り口付近のカーボンを強化するといった処置が必要になり重量面を考えるとあまり有効ではない。
内装化は、内部にケーブル類を通すためのトンネルなども設ける必要があり数十グラム単位で重量がかさむ。EMONDAは軽さを得るためにエアロダイナミクスを考慮していない。割り切るところは割り切り、純粋な軽さを追求していた。八方美人が多いフレームの中で、「軽さ」というわかりやすい要素をとことん追求した潔さがある。
それでも高速巡航を考えるのならば、アイオロス5などのエアロホイールを投入することでカバーできる。風洞実験室に持ち込まれれば、エアロロードバイクとやり合うのは少々厳しいことは誰もが理解している。しかし、EMONDAに何を求めるのかを明確にすれば、決してMADONEやVENGEのようなディスクエアロロードだけが全てではないことは理解できるはずだ。
EMONDAはディスクロードフレームの中でも軽量かつ操作性が高いバイクに仕上がっている。エアロダイナミクスよりも、純粋に軽さを追い求めたバイクなのだ。もしも、ディスクロードでヒルクライムや軽量バイクを検討しているのならば、EMONDAはその理想に最も近づけてくれる唯一のバイクといえる。