スキーのワックス製造を手がけるガリウム社(本社:宮城県仙台市)が自転車用のチェーンルブを開発した。サイクリストには馴染みがないかもしれないが、同社は老舗の国産ワックスメーカーだ。1998年の長野オリンピックでは全日本距離チームにスキー専用ワックスの提供を行い、2018年の平昌オリンピックまで長年技術協力を行っている。
現在は、世界選手権やワールドカップに出場しているトップスキーヤーが同社の超高性能フッ素ワックスを使用している。いまや、名実ともに世界が認めるワックスメーカーだ。新潟県出身の筆者自身も、スキーの選手時代は同社のワックスにお世話になっていた。10年間ほど白馬でSAJの正指導員として活動していた時期は、SWIXやホルメンと併用して同社のワックスを使用していた。
スキーで使用するワックスの選択は多種多様で、競技種目(アルペンやクロスカントリー)や時期(12月~3月)、地域(北海道~近畿)、エリア(白馬、志賀高原、苗場、etc)で細かく使い分ける。そのため、ワックスメーカーは条件に合わせて最高の滑りを引き出すために様々なワックスを展開している。
ガリウム社は自転車用のチェーンルブの開発において、ワックス開発で培った技術とノウハウを注ぎ込み、これまでになかった「ウェットタイプのパラフィンワックスルブ」を開発した。今回の記事は、これまでにない液体タイプのパラフィンワックスチェーンルブの「HILL CLIMB」をテストした。
パラフィンワックス
パラフィンワックスで作られている身近なものとして「キャンドル」がある。現在流通しているほとんどのキャンドルの材料は基本的に石油が原料のパラフィンワックスだ。 それに対して、ハゼから採れた木蝋が使用されているものが「ろうそく」だ。
パラフィンワックスといえば固形タイプが最も馴染み深い。高温になるとドロドロに溶けるものもあれば、液体で存在するものもある。サイクリストに馴染みが深いのはモルテンスピードワックスだ。モルテンスピードワックスの主な原材料もパラフィンであり、PTFEとモリブデンパウダーが添加されている。
パラフィンは摩擦抵抗を減らせるため、モルテンやシリカといったブランドがチェーン潤滑剤として採用している。ガリウム社が今回リリースしたチェーンルブも同様にパラフィンを使用しているのだが、常温でも液体タイプのルブだ。そのため、わざわざ溶かしてチェーンに漬け込む事なく簡単にチェーンに塗布できる。
ガリウムの新しい液体タイプのパラフィンルブは馴染み深いチェーンオイルと同様に使えるため、使い勝手がいいというメリットがある。ただし、実際に使った場合の抵抗の小ささや持続性がどうであるかが重要になってくる。
HILL CLIMB インプレッション
ガリウムのチェーンルブで最も抵抗が小さい商品がHILL CLIMBだ。軽さを追求し短距離での使用を想定している。一発レース専用と割り切っており、耐久距離はドライ条件で約90kmだ。とはいえ、ヒルクライムや1時間以内のホビーレース、国内のタイムトライアルであれば十分に持つ。別記事で紹介するLong Rideよりも更に抵抗が抑えられている。
今回のインプレッションでは、肝心の数値データが無いため抵抗がどれほど小さいのかがわからない。そのため、HILL CLIMBを使ってみて相対的に軽くなったか、重くなったかといった主観的感想の範囲でインプレッションを行った。基準となるのは、私がいま使用しているチェーン潤滑剤のモルテンスピードワックスと、セラミックスピードのNEW UFOとの相対比較になる。
正直な感想を書いてしまえば、踏み込んだときや走っている際に大きな違いは感じなかった。別の角度から考えてみれば、UFOやモルテンと大きな違いが無いという見方もできる。ただし大きく違うのは、耐久性(ルブが残り続ける持続性)の部分だった。
ガリウムのHILL CLIMBの耐久性は90kmということだったが、実際に使ってみると100~120km程は残っていたように感じた。それ以降は、比較的チェーンの干渉音が大きくなるような印象があった。また液体ワックスの特性上、チェーンステーやリム上にオイルの飛び散りが多く感じられた。
ガリウムHILL CLIMBは粘度がほとんどなく、水のような液体の状態で容器に入っている。塗布するとすばやくチェーンのコマに行き渡りチェーン表面上から消えてしまうほどだ。チェーンの上から塗布すると、反対側まで一気にルブが行き渡り反対側から垂れてくる。そのため塗布後は一晩寝かす必要がある。
ガリウムHILL CLIMBは初期のUFO DRIPのようなサラサラとした液体ではあるが、時間が経っても固まることはない。実際に塗布し一晩置いたところ、ルブがチェーンリングやプーリー部分を伝って、床に液ダレをしていたほどだ。
ガリウムのHILL CLIMBはいサラサラした液体がゆえ、チェーンの表面やコマにとどまる力が弱い。実走では飛び散りの原因にもなっている。対して、塗布後に固形の状態でチェーンやコマに留まろうとし続けるUFOやモルテンは、実験データでも判明している通り耐久性の面では秀でている。
感覚の話でいえば、踏み込んだときの抵抗の小ささはUFOやモルテンと遜色ないし大きな違いは感じられない。それゆえ、耐久面や持続性を考慮した場合、ガリウムのHILL CLIMBは使用するレースの用途は限られてくると感じた。ガリウムのHILL CLIMBの性能や用途をまとめた結果は以下の通りだ。
- 短距離のTTやヒルクライムレース向け。
- ルブの飛び散りを気にしない方。
- 固形パラフィンワックスの施工が手間だと思う方。
HILL CLIMBの抵抗値がどれほどのものであるかは多くのサイクリストが知りたいところである。できればUFO DRIPのように実験による数値データーがあればなおよいだろう。使用した感想としては固形パラフィンタイプとの違いは感じられなかった。ただし、長距離のレースや雨天や悪路での使用を考えた場合、飛び散りが多いため様々な条件でテストをを行っておく必要がある。
HILL CLIMBは一発決戦用であり、限られた用途で用いるべきルブだと感じた。もしも自転車用の製品として改善が施されるのならば、モルテンスピードワックスやUFO DRIPのように塗布後に固形化するワックスのほうが使い勝手がよいと感じた。
ガリウムのHILL CLIMBはUFO DRIPのファーストモデルの固まらない版のようなルブであるため、同社のワックス技術と研究開発で塗布後に固形するようなチェーンワックスの登場も期待したい。
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