2023年11月12日に沖縄県で行われたツール・ド・おきなわ2023市民210kmで井上亮選手(Magellan Systems Japan)が初優勝した。最終終盤の上り坂で3名に絞られた小集団から抜け出し独走勝利した。
市民レース 210kmは全国のホビーレーサーが目指す究極のロードレース種目だ。市民レースの国内最高レベルかつ、競技力のある選手が競い合うことで知られている。ツール・ド・おきなわでレースを締めくくる選手も多く、事実上その年の国内アマチュアロードレースの頂点を決めるレースになっている。
その格式あるツール・ド・おきなわ2023の市民210kmを制した井上亮選手のバイクを御本人からの情報を元に紹介する。
井上亮選手のバイク詳細
- フレーム:SPECIALIZED S-WORKS TARMAC SL8 Project Black 52サイズ
- ホイール:GIANT CADEX ULTRA50
- ハンドル:Roval Rapide Cockpit
- タイヤ:Continental GP 5000 TT TR
- 空気圧:前 3.8 Bar, 後3.85Bar (ドライ&晴天の通常時は4.1Bar, 4.2Bar)
- コンポーネント:SHIMANO DURA-ACE
- リアディレーラゲージ:ノーマル
- パワーメーター:4iiii
- ペダル:SHIMANO
- ダイレクトマウント:SIGEYI
- バーテープ:スパカズ
- チェーンオイル:エフェットマリポーサフラワーパワーワックス
- オイル洗浄:超音波
- ウェア:サンボルトセパレートワンピース
- シューズ:SHIMANO SH-RC902
井上亮選手はSL6→VENGE→SL8とSPECIALIZEDに乗り継いできている。井上選手のバイクはステムが長く、サドルが高い欧米の選手のような非常に攻撃的なポジションが特徴だ。今回は8月頃にSL8のProject Blackを入手し、ハンドルもRoval Rapide Cockpitを取り付けている。
ホイールはROVAL RAPIDE を凌ぐ実験データーが出ているGIANT CADEX ULTRA50だ。
順位 | ホイール | タイヤ | Aero Power (W) | パワー差分 (W) |
---|---|---|---|---|
1 | CADEX 50 Ultra Disc | CADEX Aero 25c | 4.98 | |
2 | DTSwiss 50 ARC 1100 | CONTINENTAL GP 5000 25c | 7.26 | +2.28 |
3 | ROVAL Rapide CLX | S-Works Turbo 26mm | 8.66 | +3.68 |
4 | Zipp 454 NSW* | CADEX Race 25c | 9.50 | +4.52 |
5 | ENVE SES 5.6 | Vittoria Corsa TLR 25c | 10.48 | +5.50 |
タイヤはContinental GP 5000 TT TRを取り付けている。
オイルは事前に井上選手から直接相談を受けて、超音波洗浄後にエフェットマリポーサのフラワーパワーワックスを提案した。もしかしたらレースでは別のオイルを使用しているかもしれないが、実はドライ環境の場合はモルテンスピードワックスのほうが良いデータが出ている。
当初、モルテンと悩んだが、自宅のモルテンを煮る設備を木村選手(RX)に譲ったため今回は井上選手に施工する術がなかった。しかし、結果的に雨天時に最も強く、最も抵抗削減が見込めるフラワーパワーワックスを使用していたとしたら、偶然と偶然がかさなり井上選手が手繰り寄せた強運としか言いようがない。
また、これまでと異なるセッティングは愛用してきたCDJのビッグプーリーを取り外しノーマル純正仕様に変更していることだ。変更した理由については未確認のため、祝勝会で聞いてみたい。
低圧の空気圧セッティング
空気圧については、今回の機材調整で驚いた方が多いと思う。雨天時のため通常よりも低めに設定しスタートしている。ウエットコンディションのため空気圧は通常よりも0.3Bar低い。
- 前 3.80 Bar
- 後 3.85 Bar
井上選手がドライコンディションで使用する空気圧は以下だ。
- 前 4.10 Bar
- 後 4.20 Bar
雨天時はおおむね0.3Bar下げている。ワイドリムとワイドタイヤのため井上選手の体重でもこれぐらいが現代の機材では「標準」だ。「空気圧が高い=抵抗が低い」というのは、原始時代の考え方であり現代のトップアマ、プロ問わず高圧を入れる選手は絶滅危惧種になってしまった。
とはいえ、井上選手は大舞台で、「高圧=転がり抵抗が小さい」にあらがい、ベストな空気圧チューニングを施したのは流石としか言いようがない。
精度が高いことで最近話題になっているSRAMのAXSタイヤ空気圧計算機でも、今回のバイク重量やウエット環境、ドライ環境を考慮した計算値は井上選手が行ったセッティングとほぼ同様の空気圧を示している。
機材に関しては以上だ。
圧倒的な強さの裏側
1%の積み重ねが勝利を手繰り寄せるとは、サイクリストなら誰しもが聞いたことがあると思う。とはいえ、ぶっちゃけた話、井上選手の場合はVENGEだろうが昔使っていたリムブレのSL6だろうが何だって今回の成績を出せたと考えられる。
あえて本人には承諾を得ていないが、書いておきたいことがある。
というのも、今回の結果だけ見れば市民210kmの全員をちぎり捨てた圧倒的なパワーは誰しもが度肝を抜かれた。圧倒的だった。誰もついていけなかった。それゆえ、結果だけ見れば「やっぱりものが違う」とか「才能だ」とか「ばけものw」「マグロ」とか様々な言葉がSNSにあった。
確かに身体的な能力が高い事は誰しもが認めるところだ。しかし、この日までに積み上げて練習を重ね合わせてきた事がとんでもなく、長く険しい道程だったと、思った。それは他の選手も同じ時間、同じような努力を積み重ねてきたことと同じだと思う。
井上選手は8月の初め頃体調を崩して走れない日が続いていたように思う。一緒に子供を連れてキャンプに行ったが、自転車を持ってこれなかった。8月の10日頃から、10月初旬まで、沖縄に向けて某所で20分走にご一緒させていただいたが、実際のところ、8月は300W出せていなかったとおもう。
8月は井上選手の調子が良くない日も散見されたが、8月後半~10月と仕上げていったようだ。10月は一緒に練習すると足手まといになるので自重したが、たぶん井上選手の後ろで最もちぎれ続けた私からみると今年は、ここ数年では最も良い流れで沖縄に挑んでいたのではないかと思う。
だから、今回みんなが知りたい機材なんてものは、井上選手が勝利するために必要だった数ある要素のひとつしか過ぎないと思う。積み上げてきた練習、努力を本来見るべきだ。ただ、どうしても機材の方に目が行く。今回井上選手が使った機材を仮に、他の誰かが使っても勝てない。乗り手がだめなら、そういうものだ。
とはいえ、練習を積み重ねて、積み重ねたものを無駄にしない為に、選びぬかれた最善の選択の結果が今回の機材ということも忘れてはならない。様々な見方があるのせよ、しばしば輪界には「勝ったバイク」などと表現されがちだが、勝ったのはこの日のレースに向けて、信じてひたむきに走り続けてきた井上亮という人なのだ。