TREK Madone Gen8は様々なアップデートが行われ、究極のレースバイクとして登場した。前作Madone Gen7はハイエンドモデルのSLRが発売し、その後何か月か経ってからSLグレードが発表するという流れだった。
前作Madone Gen7の販売方法と違うのは、SLRのフレームセットやSLグレードの販売をMadone Gen8の発表と同時に行ったことにある。ユーザーの期待に答える決断をTREKが行ってくれたのだと思った。
完成車が不要なユーザーはフレームセットを、ハイエンドは不要でSLグレードでもMadoneに乗りたい、というユーザーの希望をかなえた。だからこそ、わたしはあえて先にミドルグレードのSLに乗って、先入観が無い状態でMadone Gen8の進化と真価を確かめたいと思った。
現代のバイクは高すぎる。それなのに、どのメディアも、手の届かないハイエンドバイクばかり紹介しプロモーションを行ってきた。もちろん、高い製品が売れたほうが良い。メーカーも売りたい。それはわかる。
しかし、買うのはわたし達だ。
いつもならSLRに乗って、その後SLに乗る流れでインプレッションを行ってきたが、先にSLに乗ってMadone Gen8の真価を問いたい。横においたリドルトレックカラーのMadone SLRに乗りたい気持ちを抑えて、Madone SLにのった。
Emonda SLR、Madone Gen4,5,6,7、Madone SLと乗ってきた末のMadone Gen8 SLのインプレッションを余すことなく記していく。Madone Gen8 SLを乗り込んだ末に見えた結論とは。
Madone Gen8 SL スペック
Madone Gen8 SLのインプレッションを行う際はホイールをAEOLUS RSL 51とタイヤはPirelli P Zero Raceを使用した。その他のコンポーネントはシマノ105 Di2を使用している。Sサイズのクランク長は165mmで普段使っている長さと同じだ。
空気圧はいつもどおりの空気圧で乗った。
SLは、Madone Gen8と言えるのか?
Madone Gen8は「1つで全てを」を開発テーマに、軽量で乗り心地の良さに定評があったEmondaを廃盤にしてまで生み出したバイクだ。「速さ」と「軽さ」をあわせ持つのがMadone Gen8だ。それは理解できた。
その設計思想を理解したうえで、SLの完成車を見ると違和感がある。
SLRの重量が7kg前半に対して、SLは7kg後半〜8kg中ほどの重量だ。重量が全てではないが、先ほどの設計思想を純粋に受け継いだのはSLRだけで、SLは空力性能は同等ながらも重量面では特別な優位性がない。
SLRが「軽さ」と「速さ」を併せ持つバイクだとしたら、SLは「安さ」と「速さ」をあわせ持つバイクというのが、SLに対する初めの印象だった。言い方は悪いが、メーカーにとってみればSLはSLRと同じフレームの金型であり、フレームの金型の元を取るには非常に都合の良い商品だ。
そのうえで、Madone Gen8のウリである「軽さ」と「空力」という開発目標がSLグレードにも受け継がれているのかと問われると、乗る前は明確な答えを導き出すことができなかった。乗ったこともない人が、勝手にあれこれ好き勝手言っている範疇だ。
しかし、乗って、走らせてみたら、考えが変わるかもしれない。
初期状態で付属しているホイールはすぐに取り外して、SLRに取り付けられているAEOLUS RSL 51のホイールに付け替えて走らせることにした。
カーボン素材は乗り心地を変えない
わたしは誤解していた。
OCLV900かOCLV500か、この違いはおそらくM40XかT700/800の違いになる。金型はほぼ同一だから、違いはカーボンの素材と積層の違いになる。CANYONのCFRとCFを乗り比べたときM40XのCFRのほうがしなやかで、CFのほうが硬く張りのあるバイクに感じられた。
AEROAD CFとCFRを比べると、かかって、瞬間瞬間の反応の良さは CFのほうがいい。CFRは粘りがあるようなバイクだった。そして、おなじくTREKではじめてM40Xを採用したEmonda SLRは乗り心地の良さとしなやかさがあった。
きっとMadone Gen8 SLもおなじく、かかりが良く反応の良いバイクだろう。そんな先入観があった。
乗ってすぐに気づいたのは、Madone Gen8のSLはEmondaと”動きは”よく似ていることだった。しかも、SLRのあの乗り心地のままだ。ダンシングや登りでの動きはEmondaなのだが、完全に同一ではなく、踏み込んだときはEmondaよりも明らかに剛性感が高く感じた。
具体的なボトムブラケット剛性の数値でいうと、最終形Emonda SLRは49N/mmで、Madone Gen7 SLRは52N/mmだ。今乗っているSuperSixEVO4が56N/mで相対的にBB剛性が高いのだが、Emonda SLのほうがパワーを受け止めて、揺れずにどっしりとしたバイクだと感じた。
どっしりとした安定感というか、踏み抜けないほどしっかりとした剛性感は、重量の違いも影響していそうだ。それでも、カーボンの材質の違いは、乗ったときのフィーリングと相関関係にはないようだ。肝心なのは、フレームの構造設計と積層の違いにある。
M40Xの乗り心地、T700やT800の乗り心地というものはなく、フレームの作りや積層の違いによって大きく変わるのだと現段階では結論付けている。Madone Gen8 SLの全体の動きはEmonda SLRに近い。しかし、BBまわりはEmondaのようにしなやかではなく、パワーをしっかりと受け止めてくれる。
BBまわりの剛性感は、Madoneのそれと近いのかもしれない。動きはEmonda、剛性感はMadone、なんとも難しい味付けにTREKはしたもんだ。いや、開発思想的には予想通り、わたし程度のライダーに、明確な印象を植え付けたわけだから成功と言っていい。
ただし、低速で目をつぶってバイクを動かせばEmondaそのものだ。別の記事で紹介するが、平坦の低速域はSLRのほうが走る。これはおもしろい発見だった。
まとめると、「M40Xを使ったEmonda SLR」と「T700かT800を使ったMadone Gen8 SL」が似たような動き方と走りをするのは、TREKの味付けが狙い通りということだろう。過去の上位モデルと遜色のないバイクの挙動や、走りの軽さを再現できている。
やっぱり、動きはEmonda SLRでBBまわりの受け止め方はMadoneだ(2回目)。
重量に反する軽快さ
Madone Gen8 SLRとSLのフレーム重量の実測差は258gだ。フォークは13gSLのほうが重い。
Madone Gen8 SLモデルの完成車実測重量は以下の通りだ。フレーム重量はペイント後で小物などは一切排除し、シーラントを入れた重量を記載している。
Madone SL 7 Gen 8 | 7.88kg |
Madone SL 6 Gen 8 | 8.16kg |
Madone SL 6 AXS Gen 8 | 8.43kg |
Madone SL 5 Gen 8 | 8.70kg |
SLは8kg前後の重量ながら、わりとバイクを走らせたときの軽さがある。タイヤの空気圧が高いのかと疑ったが設定値から変わっていなかった。重量が8kg級のバイクになるとダンシングや、もちろん登り区間で重さを感じるのだが、SLは重量で表している数値上の重さを感じさせない。
使用したホイールが、SLRに搭載されているBONTRAGER AEOLUS RSL51というのも影響しているかもしれない。実際の完成車重量はもう少し軽くなっているが、リムの外周重量が軽くなっていること、タイヤのグレードもハイエンドになっているため足回りの軽さが高まったのもある。
厳密に言えば、足回りはSLRと同様で、コンポーネントがRED E1と105 Di2の違い、あとはカーボンの材質の違いだけだ。SLは足回りのホイールを変更することで、Emonda SLRと非常によく似た登りの軽さと、扱いやすさがある。
8kg台のバイクに抱く「走りが重そう」という直感的な評価は、Madone Gen8 SLには当てはまらない。乗らずしてSLを評価すると数値以上の情報が入ってこないのだが、いざ走らせてみると良く進むバイクだし、なによりEmondaを思い出す振り回しの軽さを感じられる。
レース機材として考えると
Madone Gen8 SLをレース機材として考えると、ホイールとタイヤの足回りだけ変えれば十分過ぎるほど使えるバイクだ。前作のMadoneを持っている方には非常に申し訳ないのだが、「レースでMadone Gen7 SLRかGen8 SLどちらか使え」と言われたらGen8のSLに軽いホイールを付けて走ることをを迷わず選ぶ。
確かにSLはミドルグレードという位置づけであるが、フレーム重量面ではGen7 SLRとの差が意外と近い。先程も紹介したが、Madone Gen8 SLRとSLのフレーム重量の実測差は258gだ。フォークは13gSLのほうが重い。
価格を考えると納得できる重量であるし、何よりEmonda SLRのように扱いやすく、かといってBBまわりはがっしりしているバイクだからだ。空力面もホイールとハンドルさえ揃えればSLRと同じになるのではないか。
そして、SLRとSLを比較する別の記事でも触れるが、外観の塗装でSLRとSLを見分けることは不可能だと思う。ペイントで「OCLV 500」と書いてある部分と、チェーンステーにホース排出口があること以外に見分けをつける材料がない。
SLをレース機材として使うことは、なんらおかしな話ではなく、JBCFのE1レベルなら十分に戦える機材だと思う(このレベルは機材よりも脚次第なのだが)。純粋なヒルクライム、6.8kgを目指すのならSLRに分がある。
たとえば、広島森林公園や群馬CSCといったアップダウンのコースでも、SLで走る事がマイナスになる理由はそれほど見当たらない。とはいえ、心理的にはニセコやおきなわのここ一番で使うならどうせならSLRにしておきたい、という本音はあるのだが。
ホビー、草レースならなおさらで、SLを購入して足回りのアップデートを楽しみながらレースを走るという使い方も楽しいと思う。費用対効果を考えても、Madone Gen8 SLのコストパフォーマンスの高さは優れていると思う。
SLに付属しているホイールを売り払って、好きなホイールに変えるのが合理的だと思う。そのためのベースとして、ある程度の機材アッセンブルで組まれているSLは、機材構成も十分だし後々のアップデートを考えると非常に合理的な選択だと言える。
登りはEmondaの動きそのもの
Madone Gen8 SLの登りの動きはEmonda SLRとよく似ている。横に振りやすく軽快だ。ただし、踏み込んだ時に脚当たりのよさがなくなった。あの懐かしい感じを思い出したかとおもいきや、意外と踏み抜けない感じがする時があった。
関西の六甲山を単独で登ったのだが、残念なことにタイムを更新しただとか、ギア一枚軽くなっただとか、そういう気の利いた話もない。登りに関しては、これまでのエアロ系Madoneのような重さがなくなって、意外と軽快に登ってくれる。
SLグレードながら、現代のロードバイクはハイエンドモデルの設計や性能の多くを受け継いでいるのだろう。そのため、SLがミドルグレードという位置づけであっても、十分すぎるほど走ってくれるし、登りで不満に思うことは何もなかった。
バイクには”Madone”という冠が付いているが、バイクの動きや振る舞いを注意深く観察していくと、TREKは当初このバイクを”Emonda”として発表する予定だったのでは、と疑ってしまった。
登りの走りの軽さ、ダンシングをした時のリズムの取りやすさ、急こう配で踏み込んだ時にしっかりと受け止めてくれる特徴以外は、Emondaそのものだった。
とはいえ、登りの性能に関してはEmondaを超えるような感じは無い。良くて同等、はっきりとした優位性がなく、線引きも明確にできない。目をつぶって走らせると動きはEmondaそのもので、思いっきり踏み込んでも受け止めてしまう時に「Madone」の思い出す。
長らく愛用していたEmondaとの比較ばかり書いてしまったが、登っているときの相性は前作のMadone Gen7よりもMadone Gen8 SLのほうが良いと感じた。
それが率直な感想だ。
平坦はいまひとつ
平坦の走りはMadone Gen7、Madone Gen8 SLRのほうがいい。それが結論だ。
念のため補足しておくが、Madone Gen7,8 SLRとMadone Gen8 “SL”を比較したときの話だ。今回の記事はMadone Gen8 SLのインプレッションなので、Madone Gen8 SLRのインプレッションは別記事で紹介する。
巡行の維持がしやすく、下ハンドルをもって走った際に速度が上げやすいのはGen7だ。Madone Gen8は優れた空力性能を備えているが、BBまわりやジオメトリが違うのか、Gen7のほうが平地でパワーをかけやすく伸びも良いと感じた。
フィーリングの話であり、数値で表せないもどかしさがあるのだが、走っていく感じや平坦でのかかり具合はMadone Gen8 SLのほうが鈍い。重さもあるのだろうか。しかし、どっしり感というか、安定感をメリットとして捉えれば、レースを走らない方にはSLのほうが安定感もあり走らせやすいと思う。
平坦の印象は、登りとは真逆の印象を受けたため違いに混乱した。TREKの実験データー上では勾配0°においてほとんど差が生じていないが、実際に乗ってみると平坦はGen7のほうが走らせやすく、スピードが乗せやすい印象があった。
これらの原因は、カーボンの素材か、ジオメトリ設計か、はたまたカーボンの積層の違いによるものなのか、判別をつけることは難しい。
他にもTREKのバイクに共通しているのが、ヘッドチューブとヘッドカバーが長すぎる。Emondaの時もそうだったが、EmondaやMadone Gen8のヘッドチューブとヘッドカバーがサイズにしては、他社のレースバイクよりも長めに設計されている。
この長さが悪さして、下ハンドルを持っても体が起き上がるようなポジションになってしまい、ドロップハンドルを持ったときに、バイクに力を上手く伝えにくい。
試乗時もハンドル位置を変えて走ってみたが、TARMACやAEROADに慣れているとSサイズで121mmもあるヘッドチューブと厚みのあるヘッドカバーはハンドル位置が高く感じた。
わたしは、Emondaのヘッドチューブが長すぎて、マイナス17°のステムを使ってもポジションが出せなかった過去がある。下ハンドルを持った時に力が入れずらく感じ、スプリントなどがやりにくいバイクだった。
それゆえ、登りでアップライトになるポジションであれば、力が入れやすかったという逆のメリットもある。登りは良いのだが、平坦やスプリントになると違うバイクが欲しくなる。
もちろん、Madone Gen8 SLの平坦での空力性能は上位モデルと同等で性能は悪くはない。しかし、純粋なエアロ系ロードバイクに乗りなれた人はヘッドチューブ長に注意が必要だ。ジオメトリと合わせて、純正のヘッドカバーをつけた状態でのポジションが出せるか確認したほうがいい。
下りが素晴らしい
下りのコントロールのしやすさ、安定性、狙ったラインを通す動きは、TREKのバイクどれもがすばらしい。
これまでのTREKのバイクに共通していたのはコントロール性の高さだった。シクロクロスバイクのBOONEも操作性が良かった。TREKのステアリングまわりの挙動は各社のバイクで一番好きだ。
もちろん、シクロクロスバイクとロードバイクは大きく違っており、BBハイトもトレイル量も異なるので同一とまではいかない。しかし、Madone Gen8は乗り手が意図した通りに操作することができる。言ってしまえば安全なバイクだ。
逆に、「操作性が悪いバイク」は、どのような動きをする場合にそう感じるのか。
下っているときに、体を預けるのが怖いと感じるバイクが一定数存在する。理由の一つとしては、ステアリングの入力操作に対して出力が敏感、極端に反応し過ぎて、少しの動きでも過剰に反応してしまうようなバイクだ。機敏な反応は「反応が良い」と感じがちだが、下りでは怖さのほうが先に来る。
Madone Gen8はというと、中庸、狙って意図したラインを綺麗に通せるバイクだ。描いたラインに対して、思い通りにバイクの操作を行うことができるため挙動が読みやすく、予想外の事態に陥りにくい。下りの走りの安定感、安心感は抜群だった。
Madone Gen8はこれまでのバイクとは異なり、フォークとフォークコラムが一体成型で作られている。継ぎ目のないモノコックフレームを作るように、コラムとフォークボディを分離せず、1つのフォークとしてまるまる作るのだ。そのぶん、剛性も上がったという。
振動吸収性の高さは本当
最近「コンプライアンス」という言葉をよく見聞きするようになった。法令順守のコンプライアンスではなく、物理の弾性コンプライアンスの話であり、「物体の変形のしやすさ」を示している。Madone Gen8はコンプライアンスが改善したというがこれは本当だ。
間違いなく、体感できる。
何度も家の近くの六甲山を登ったり、下ったりしているのだが、これまで乗ったバイクの中で特に振動や突き上げが少ないバイクだった。当初、Madone Gen8のコンプライアンスが大幅に改善されたことを忘れていたのだが、走っているとやけに身体が縦に揺さぶられる感覚が少ないことに気づいた。
はじめは空気が抜けたのかと勘違いして、止まってタイヤを確認したのだが空気は抜けていなかった。
ほんの小さな変化ではあるが、垂直方向のコンプライアンスが改善されているのは確かだ。この面白い感覚をぜひ確かめてほしい。おそらく、パリルーベなどの過酷なレースでもドマーネではなくMadone Gen8が使われると思う。賭けてもいい。
参考までに、Emonda SLRとMadone Gen7 SLRのバーチカルコンプライアンスを掲載する。いわゆる垂直方向の変形のしやすさのことで、ある変形量に達するまでにどれほどの力が必要化を表している。値が小さいほど変形しやすく、逆に値が大きければ変形しにくい。
- Madone Gen7 SLR:177N/mm
- Emonda SLR:131N/mm
身体への振動をフレーム側、具体的にはISOFLOWで吸収してくれる。サスペンションでいうなら1cmあるかないかの非常に小さな世界であるが、確実に振動が少なくなることを感じられた。
垂直方向の振動をいなす性能は、TARMAC SL8やSUPER SIX EVOと比べても頭一つ抜けた性能を備えている。TARMAC SL8で垂直方向のコンプライアンスの改善は全く気づけなかったが、Madone Gen8 SLは縦方向の振動や衝撃をいなす。
レースバイクとしては、かなり体に優しい。プロが使うステージレースでは、振動を吸収しつつも、踏み込んだ時にがっしりと受け止めるような、Madone Gen8のようなバイクが必要なのだろう。
変更すべき機材
Madone Gen8 SLに付属しているコンポーネントは、グレードによって大きく違う。基本的にコンポーネントのブランドが同一であれば、変速性能の劇的な変化は見込めない。あるのは、重量のわずかな違いが生じるだけだ。
SLグレードに付属しているコンポーネントで、変更することで大きな違いを生み出せる可能性があるのは以下の機材だ。
- ホイール
- タイヤ
- ハンドル
- ステム
SLのホイールはミドルグレードモデルが付属している。悪くはないのだが、ハイエンドモデルのホイールを使っている方はどうしても重たく感じると思う。私は、リムハイトが好みではなく、1500g以上のホイールを使うことは避けているので、SLグレードのホイールは使わない。
そこで、インプレッションでは上位モデルのSLRに付属しているAEROLUS RSL 51を使用した。個人的に設計が気に入っていて過去に2セット購入したホイールだ。内幅23mm、リムシェイプ、ハブ設計など現在でも最高のホイールだと思う。このホイールをSLに付けて走ったあと、付属のホイールに戻すと、SLは途端に印象が悪くなる。
登りの軽快さも失われるし、平坦での伸び、巡行の維持のしやすさがなくなる。タイヤもピレリのハイエンドモデルとは違い、転がり抵抗の大きさも顕著に感じる。ホイールとタイヤの影響がもろにわかる瞬間だ。SLを買ったら、タイヤとホイールは変更したほうがいいと思う。
標準付属のハンドルはサイズが合えばよいのだが、せっかく空力の良いMadone Gen8であるためエアロ形状のハンドルに交換しておきたい。最近のフレームのほとんどは空力性能が頭打ちになっており、ハンドルバーのエアロ化で見せかけの空力改善をアピールするプロモーションも多い。
サイズやポジションがわかっていれば、RSLの一体型ハンドルや他社製品のエアロハンドルに取り替えても良いだろう。このハンドル周り、足回りだけの変更でもSLは大きく化けてくれる。
SLグレードのフレームセット単体売りが行われない以上、TREKには申し訳ないのだがひとまず完成車で購入して、気に入らないパーツを売り払って、好みの機材に替えるほうが合理的だと思う。
SLRグレードまで必要のない方も同様で、SLをベースにして機材をあれこれ変更するほうが楽しみも増えるだろう。
大幅改良の軽量スルーアクスル
SLのコスパが高い理由のひとつとして、SLRとまったく同じ軽量の新型スルーアクスルを採用している。これまでトレックが採用してきた1.5mmピッチではなく1.0mmピッチかつ、ヘッド内側がテーパーしているスルーアクスルを採用している。
そして、軽量化された。
参考までにライバルブランドのスルーアクスル実測重量を以下に掲載する。
- AETHOS & Tarmac SL8:F 23g, R 29g
- Tarmac SL7:F 30g, R 37g
- Madone Gen8 SL & SLR:F 25g, R 34g
TREKのスルーアクスルにしてはめちゃくちゃ軽いと思う。ちなみに、SPECIALIZEDはミドルグレードや下位グレードでスルーアクスルも変わってしまうので、今回のMadone Gen8 SLで良質なスルーアクスルを採用したのは、TREKの良心だと思う。ここは評価したい。
そして、スルーアクスルのヘッド部分とフレームの作り込み部分も大幅に改良された。このポイントは、Emondaのインプレッションで散々指摘していた部分だ。とにかくこれまでのTREKのディスクロードは、スルーアクスルとスルーアクスルまわりのフレーム造形が微妙過ぎて、好きになれなかった。
本当にダメだった。
Madone Gen8に採用されているスルーアクスルは、スペシャライズドのスルーアクスルと非常によく似た形状で使い勝手もいい。ワッシャーも金色で、見た目の区別もほとんどつかない。機能面での変更点としては、ヘッド部分がテーパーになっているため、トルクが徐々にかかっていく仕組みになった。
ワッシャー部分も回転する仕組みで、締め付けていくときにフレーム側に傷がつかない仕組みだ。フレームとヘッド部分の摩擦も最小限で、締め付けていく時に先ほどのテーパー構造と相まってトルクのかかり方も緩やかだ。
スルーアクスルまわりのカーボンの作り込みもこなれた。無駄なへこみもなく、フラットで美しい。TREKのバイクでスルーアクスルまわりの心配をすることは無くなった。これは良い進化だ。TREKのディスク系バイクのイケてなかった部分をすべて改良した形だ。
ただ、スルーアクスルはSPECIALIZED製品と見分けがつかないし、なんならヘッドの作り込みはAETHOSだ。
デメリットもある
どこのメディアも触れていなかったが、フロント140mm使えない。これは一部の140mm愛好家にとって大問題だ。これまでの登場したディスクロードの基幹モデルで140mmを廃止した例は他にない。
とはいえ、Madone Gen8 SLは空力性能、軽量性、これまでデメリットだった部分を全て改良してきた。優れたバイクに仕上がっていると思う。そのうえで、さらにデメリットを書こうと思ったのだが、正直困ってしまった。
正直、弱点という弱点がほとんど見つからないのだ。
ほとんどない、ということは重箱の隅をつつけばいくつかボロは出てくる。非常に些末な話ではあるが、ここが惜しいというポイントがいくつかある。
まず、シートポストの差し込み部分の隙間が空いている。洗車や雨天時はこの隙間から間違いなく水分が入っていくだろう。TARMACやSUPER SIX EVO、AEROADがそうであったように、ゴム製の防水ダストシールが付属していればよかった。純正の防水・浸水対策は行われていない。
雨天でも使用する場合は、フレーム内部への水の侵入を防ぐため防水工事用のダクトテープでふさいでおいたほうがいい。見た目はダサいが、中に水が入るくらいなら安いものだ。AEROADやSSEVO、TARMAC SL8のようにゴム製のカバーがついていればよかった。
他には、ヘッドチューブが他社のロードバイクのよりも長い。そして、ヘッドカバーの厚みもある。純正で薄いヘッドカバーが販売されているため、交換したらよい話であるのだが標準仕様で薄めのヘッドカバーを採用したほうがよかったと思う。
長いヘッドチューブと厚みのあるヘッドカバーはハンドルを低くしにくい。スプリンターや下ハンドルで頻繁にもがく人は、17°のステムなどを使ってポジションを出す必要があるかもしれない。
47 | 50相当 | 52相当 | 54相当 | 56相当 | |
Emonda | 100 | 111 | 121 | 131 | 151 |
Madone Gen8 | 100 | – | 121 | 136 | 150 |
Madone Gen7 | 100 | 111 | 121 | 131 | 151 |
Tarmac SL7 | 93 | 102 | 113 | 131 | 151 |
Aeroad | 106 | 123 | 144 | 164 |
あとは、SLグレードのフレームセットの販売が無い。SLRのフレームセットが売れなくなる可能性があるため、企業の販売戦略上しかたがないことだろう。売りたいのは高い製品だ。
2020年の今から4年前、Emondaが登場したときSLRフレームセットが39.6万円、かSLのフレームセット20万円で販売されていた頃が懐かしい。
デメリットとして、ここまでいくつか列挙したが、以前のMadoneやEmondaよりも価格以外の弱点が無いように思う。デメリットはいくつかあるが、Madone Gen8はTREKの本気度が感じられる作品だ。
価格とグレード、どれを選ぶ?
モデル | 価格 | 重量 | コンポーネント | ホイール | Handlebar |
SL 5 | ¥449,000 | 8.43kg | 105 R7120 | Bontrager アルミ | Bontrager Comp |
SL 6 | ¥720,000 | 8.16kg | 105 R7170 Di2 | Bontrager Aeolus Elite 35 TL, OCLV | |
SL 7 | ¥950,000 | 7.88kg | Ultegra R8170 Di2 | Bontrager Aeolus Pro 51 TL, OCLV | Bontrager RSL Aero |
最後に価格も見ていこう。
昨今の自転車機材の高騰化は、サイクリストの悩みの種だ。その影響は国内代理店や販売店もあおりを食らっている。そのような状況を知ってか、TREKはSLグレードのカーボンフレーム完成車 SL 5グレードの機械式で44.9万円というプライスを出してきた。
確かに昔と比べると値上がりしているが、ディスクブレーキ、最新の風洞実験を行ったフレーム、上位モデルから受け継いだ性能、そして「Madone」という冠がついたバイクが44.9万円というのは、大手のTREKとしては挑戦的な価格設定といえる。
次はSL 6グレードだ。シマノ 105電動コンポーネントで構成され、ホイールはOCLVカーボンのチューブレスホイールを搭載している。リムハイトは35mmのオールラウンド向けだ。価格は15.58万円という比較的高価なホイールが搭載されているためお値段も72万円だ。
次はSL 7グレードだ。シマノ アルテグラ電動コンポーネントで構成され、ホイールはBontrager Aeolus Pro 51 OCLVの23.98万円のホイールを搭載している。ハンドルバーはBontrager RSL Aeroの6万円のハンドルが付属し、コンポがアルテグラDi2だ。
完成車価格は95万円の価格設定だが、SL 6とSL7の価格差が23万円ということを考えると、ホイール、ハンドル、アルテグラグレードでリムハイトが51mmながら、7kg台のバイクに仕上がっている。
以上をふまえ、SLRの「最も安価な完成車が140万円」であるため、実質的なコストパフォーマンスを考えると、個人的には今回のMadone Gen8においてミドルグレードのSL 7完成車がベストバイだ。
次回の記事ではSLRのインプレッション、そしてSLR vs SLの比較検証記事などを紹介する予定だ。しかし、ここまでミドルグレードがしっかりしていると、問題になってくるのはSLRの存在意義だ。
SLRの存在意義
SLRとSLの比較記事は後ほどアップする予定だ。
その前に、SLの仕上がりがここまで満足のいくレベルであると、問題になってくるのがSLRの存在意義だ。SLよりもフレームが258g、フォークが13g軽いだけ、それ以外の違いは見当たらなくなってくる。
使用しているカーボンがM40Xで、強度の高い(決して剛性が高いわけではない)素材を使っている、積層などが違っているなど僅かな差になる。実際のところ、SLとSLRの乗り心地は違うのだが、SLで十分に登り、十分な軽さと走りを示してくれると、SLRは一体どんな凄まじい走りをしてくれるのだろうと、余計な期待してしまう。
その話は別の記事で触れるが、SLでも十分すぎるほど走ってくれると「安いSLで十分なのではないか?」と思えてくる。あとは、「SLRに乗っている」という自己満足と、「SLよりも軽い」というはっきりとした重量面でのメリットだ。
スペシャライズドのようにS-WORKSというような、「見た目マウント」が取れるわけでもない。そうなってくると、Madone Gen8 SLの価値は非常に高いと感じる。SLRを乗る前の時点では、SLで十分。それが結論だ。
まとめ:SLグレードでも十分すぎる性能を
今回のインプレッションでは、ハイエンドモデルのSLRではなくミドルグレードのSLを先にテストした。
ひとつ思ったのは、TREKは世界中でSLを売りたいのではないかと思ってしまった。というのも、塗装やバイクの出来を見るとSLRと違いが本当によくわからないのだ。乗ってどうかという話は、別の記事で触れる。
しかし、SLの完成度は非常に高い。
シリアスなレース、トップ1%を争うような人でない限りSLRは不要とすら思う(SLインプレ時点では)。正直なところを書いておくと、「これがSLRです」と言われたとしても「そうですか」と疑いなく受け入れてしまう程に、SLは完成度が高いバイクだった。
これはTREKの良心だと思う。
実際、フレームだけ取り出して比べてみると、塗装の美しさやの違いを見分けることは難しく、重量を測定する以外にSLRとSLの違いを見いだすのは難しい(チェーンステーのホース排出口を見ればすぐにわかるのだが)。
SLがここまで完成度が高いと感じた理由のひとつに、足回りをハイエンドモデルと同じAEOLUS RSL51とピレリのハイエンドタイヤにしたこともある。重さのディスアドバンテージが比較的影響しない平坦をメインに走っていたことも影響しているだろう。
逆に言い換えると、ホイールとタイヤをハイエンドにすればSLでも十分な戦闘力があるということだ。フレームの重量差は258gでそれほど大きくなく、違いを生んでいない。それよりも、コンポーネントやホイールの重量の差が大きい。
価格、性能、仕様などMadone Gen8 SLはコストパフォーマンスに優れたバイクだ。上位モデルとの最も大きな違いは使用するカーボン繊維であり、お手頃なSLグレードを購入して機材のアップグレードも楽しめる。
SLRかSLか。
その比較検証記事は次回のSLRのインプレッションの後に公開予定だ。SLでも十分すぎる性能を備えたMadone Gen8は、SLRでどんな夢を見せてくれるのだろうか。