先般の記事「シマノが窮地に追い込まれた。SRAM Eagleトランスミッションがすべてを変える日」では、SRAMがUDHというトロイの木馬を仕掛け、一気にシマノを窮地に追い込んだ話をした。
UDHは、昨今登場しているほとんどの最新MTBバイクフレームに搭載され、グラベルやロードバイク用にも幅を広げてきている。いまや、MTBフレームでは事実上の標準規格になろうとしている。
UDHの構造を踏襲して、SRAMは次世代のフルマウント方式のディレイラーを開発した。このディレイラーは、スプロケットの位置関係を「理解」するディレイラーだ。
このディレイラーは別の機能も備わっている。「理解」にとどまらず、理解を元に変速を行うタイミングを計算し決定する仕組みが組み込まれていた。SRAMの変速は、いつの間にか他社が追従できないような別の領域にまで達していた。
考えるディレイラー
SRAM トランスミッションのリアディレイラーは、変速をする際に「意思決定」を行う。
条件に基づいて計算を実行し、結果を元に変速を行う仕組みが組み込まれている。それは一瞬で行われる。未来の話のように聞こえるかもしれないが、実際にいま販売しているSRAM トランスミッションのリアディレイラーに搭載されている途方もない革新的な技術だ。
具体的にディレイラーは「何」を考えているのだろうか。
先般の記事「シマノが窮地に追い込まれた。SRAM Eagleトランスミッションがすべてを変える日」でも触れた通り、UDHを採用したフレームは全ての規格が決まっている。あらゆるものが定数化されているため、ディレイラーはスプロケットと自分自身の位置関係も把握できるようになった。
それ以外にも、「入っているギア」、「スプロケットサイズ(10-52T)」、「ハブ軸」、「チェーンライン」、「フレームのマウント位置」も把握している。
各スプロケットに点在する44個のシフトゲート(チェーンが引っ掛かるポイント)がどこに配置されているのか、そして平均的な走行速度を想定し、スプロケットの平均的な回転数も把握している。
ディレイラーはチェーンが移動する変更先のスプロケットに応じて、独自のタイミングと速度でシフトするように設計された。このタイミングの決定には、規則化されたスプロケットごとに割り当てた位置情報と、決められた順序で変速処理を行う「変速シーケンス」の情報を参照することによって実現している。
- ディレイラー自身とスプロケットの位置関係
- 今入っているギア
- 各スプロケットのサイズ
- スプロケットのシフトゲートの数
- スプロケットの平均回転数
これらの情報が定数化されることによって、リアディレイラーはチェーンがシフトゲートに接触するまでの時間を計算することが可能になった。リアディレイラー自身がシフト動作を行うタイミングの時間を計測しているとは、信じられないような話だが、SRAMのディレイラーはすでにこの領域にまで達している。
変速はシマノが優れている、などという幻想はもはや過去の話なのだ。
ディレイラーはスプロケットの歯に加工されたシフトゲートとチェーンが接触するタイミングを計算し、必要な量と、必要な速度で、必要な分だけチェーンを押し動かすようになった結果、変速を行う際のミスが限りなく減ることになった。
そのため、一気に複数枚のギア飛ばしを行おうと思っても、ディレイラーはすべての動作を1度で行うことはしない。チェーンを必ずシフトゲートに当てて、1枚1枚確実に変速を完了させる。チェーンがスプロケットに適切に噛み合った後、ディレイラーは次の変速に移る徹底ぶりだ。
変速性能が改善したのには別の理由もある。X-Syncの歯型が新しくなった。そして、すべてのスプロケットは幅の狭い設計を採用している。これは、チェーンがスプロケットの歯と歯の間を移動する際に、シフトゲートに接触しやすく、接触までの時間を極限まで短縮することで、シフト精度を向上させるのに役立っている。
SRAMトランスミッションはノイズも減った。高いトルクをかけても確実に変速が行われるようになった。昔のコンポーネントのように、ガチャガチャと変速している時に急に軽くなったり、重くなったりするようなことはほとんどない。
ライダーは「変速した」ということにほとんど気づかない。シングルスピードのバイクを操っているかのように、ペダルをただ回すだけでよくなった。実際に使うとわかるのだが、変速する際のショックがほとんどない。ヌルっと変速が完了する。
SRAMトランスミッションが、高負荷のトルクをかければかけるほど、スムーズな動作をするのには別の理由もある。SRAM トランスミッションでは、モーターを内蔵したe-MTBで使うことも事前に考慮し設計が行われたからだ。
e-MTB、2000ワットを想定
SRAMは現在のe-MTBの出力を基準に設計したわけではなく、ずっと先のことを考えてトランスミッションを開発した。800Wの追加出力だけでなく、2,000Wの能力を想定しEagleトランスミッションを最適化したのだ。
SRAMトランスミッションが注目すべきなのは、SRAMがe-MTB専用コンポーネントを製造”しなかった”ことだ。その代わり、トランスミッションT-TYPEのパーツはすべて、あらゆるマウンテンバイク、e-MTBに使用できるように設計されている。モーターを搭載しているかどうかにかかわらずだ。
当初、e-MTB用として設計されていなかったSRAM 旧Eagleドライブトレインと比べると、特筆すべき変化だ。SRAM トランスミッションが最も効果を発揮するのは、「モーター+人力」で高トルクを生み出すe-MTBで使用したときだという。
高い負荷がかかった状態でシフトチェンジにトランスミッションが最適化されているため、強く踏み込めば踏み込むほど変速がスムーズになる。
リアブレーキを当て効きし、リアホイールを引きずったたまま、e-MTBのターボモードをフルに使っても、ディレイラーは何不自由なく変速を行うことができるという。
また、チェーンが各スプロケットに完全に噛み合うまで、その都度いったん停止してごく僅かな時間待機するため、チェーンが適切に噛み合っていないときにモーターがチェーンにパワーを供給しようとする危険性もない。
モーターを積んでいないMTB、そして大容量のパワーを生み出すe-MTBにも対応しているのがトランスミッションだ。この大容量のパワーを受け止めるディレイラーの強靭な設計は、結果的に長期の耐久性も飛躍的に向上させた。
SRAMのトランスミッションは、UDHでMTB市場のみならず、今後確実に拡大していくe-MTB領域の覇権も早々に獲得してしまうのかもしれない。なんせ、他社がe-MTB対応と銘打ったのコンポーネントをほとんどリリースしていないのだから。SRAMのしたたかさたるや、1番に甘んじている日本のブランドがあぐらをかいているうちに、一瞬で世界がひっくりかえってしまったのだ。
次回は、実際にSRAM Eagle トランスミッション T-Type XXSL を使ってレースに投入したレビューをお伝えする。