村山さんの書籍「ヒルクライムトレーニングの極意」はいろんな意味で衝撃的だった。思わされた事といえばクライマーはやはり変わった性質を持つサイクリストなのだな、ということだ。自称クライマーは数多く存在しているが、村山さんレベルまで来るとやはり努力の量や、自転車にかける生活は見習うべき点が多い。
私は幼い頃新潟の田舎で育った。本書に出てくる「弥彦山」は私の実家の部屋の窓から見える山だ。物心つく前から当たり前のようにそこに存在し、小学校の遠足で行ったりと幼少時代を思い出させる。年に一回帰省する際は、燕三条に向かう新幹線の車内からどんどん近づいてくる弥彦山が「終着駅の目印」で毎回楽しみでならない。
そんな私は弥彦山の思いがいくらか人よりも多い(はずだ)が、ただ毎日100kmもの道のりをかけ弥彦山へ登る村山さんには想いも、タイムも到底勝てまい。本書内ではこれら村山さんの強さの秘訣と、村山さんが語る名言が散りばめられていた。今回はそれらをまとめてみたい。
練習と走行距離について
本書内で村山さんの走行距離や練習メニュー、毎日100kmなどおどろくべきことが書かれていた。毎日100kmで月の走行距離3000kmを乗る村山さんはこう述べている。
基本的にLSDはやりません。
プロと違って毎日110km、三時間半とトレーニング量が限られてますから。
注意書きで「注)月間走行距離は(減って)3000km」と添えたい気分だ。100kmはLSDではない。ファストランでずっと踏みっぱなしだということだ。とするると我々が走っている100-150km程度ならLSDの域にすら入っていない。やはりLSDと定義するならば200kmは欲しい。ただ、サラリーマンにとっては辛く、やはり短時間高強度と言えるだろう。
村山さん自身のこと
村山さんは自身の前世をこう語っている。
たぶん私の前世は回遊魚だったと思います。
まさにそのとおりかもしれない。日々100km以上、同じ目的地に行き引き返してくる。まさに回遊しているのだ。雨の日も風の日も休まず乾いた道を回遊し続ける。村山さんは自転車という「水を得た魚」なのかもしれない。
そんな日々走ることで、疲労はしないのだろうか。ここで驚くべきリカバリー方法が紹介されている。
どうやって安眠するか。それは、下半身に何も身につけずに寝ることです。
下はすっぽんぽん。新潟の冬は寒くて夜は室内も5℃まで下がりますが。
身体の回復を早めるために「アイスバス」や「コールドバス」という異常に低い温度の中に身体を晒すことにより、血流を高め老廃物の排出を早める回復方法が有る。おそらくこれに近い「天然のアイスバス」を実践しているようだ。これらの効果は本書内で書かれているので是非参考にして欲しい。
酒とタバコ
サイクリストの一番の関心ごとはどうやってエンデュランス能力を高めるかだ。タバコなんてもっての外だ。極限の世界で走るヒルクライムならば1秒、1グラムを削るストイックな競技だ。ただ、村山さんはこう述べている。
私は、ご存知の通り酒は毎晩飲むし、タバコも吸う。
乗鞍6連覇、コースレコードの持ち主である。
私は喫煙者です。タバコは、ニコチン1mgのものを一日一本と決めてます。
でも、それ以上は吸おうとはおもいません。体に悪いからです。でも、体に悪いのになぜ吸うのか。吸いたいからです。じゃあなぜ、一日一本だけなのか。
体に悪いからです。
ある種の哲学的な言い回しが気に入っている。「たばこ=体に悪い」という定義は覆らない。体に悪いなら吸わなきゃ良いと考えがちだ。しかし「吸いたい」という欲求の反対側に「体に悪い」という自己の葛藤が見え隠れしている
たばこを吸っているのに「体に悪いからです」という意味は1本だけにとどめておくという我慢がひしひしと感じられてならない。日本のトップクライマーが喫煙者だったとは本書内で一番驚くべき点ではないだろうか。では、今後も吸い続けるのだろうか。それは本書内でも書かれているので目を通して欲しい。
乗鞍ヒルクライム前にタバコをやめて見たこともあります。
でも、タイムは変わりませんでした。
「こまけぇこたぁいいんだよ」と言いたげだ。1本ぐらいならばほとんど影響しない(かもしれない)ということだ。そこまでしてなぜ吸い続けるのか。次のまとめでご本人が記した一文に本質と人間味が見える。
まとめ:なぜ村山さんは続けられるのか
酒もタバコもやって、月3000km。毎日100km走るといういわば自転車界の最高の褒め言葉で言うなればまさに「変態」と呼ぶにふさわしい。今まで数々の変態を見てきたがここまでだとは思わなかった。ただ、なぜ村山さんはそこまで自転車を続けられるのだろうか。
それらの答えは本書内に「極意」として数多く綴られている。一番の要はなぜタバコも酒も好きなものも食べてなお、日々トレーニングをこなせるのか。それらの本質は次に記す「極意」が表わしているのではないか。
これも、心のバランスを保つための方法なんです。
ヒルクライマー 村山利男
うまい酒もたばこもやるために自転車に乗る。それが心のバランスを保つための法法。なんとも人間味の有る親近感の湧く言葉である。若くして選手を辞めてしまう人も多い。レースの一線を退き隠居しエンジョイライドをする人も多い。ただその中で村山さんは「自転車を続けるための極意」も得ているようだ。
われわれサラリーマンの一番の敵は「時間のなさ」「モチベーションの維持」ではないだろうか。お金がかかる自転車は浪費の元になり、家族からの同意も得にくい。自転車に乗らずとも食べていけるサラリーマンにとって「遊び」でしか無い自転車は無くても行きていけるのだ。
ただその中で何かの価値を見出し、突き詰めて日本のトップに居続ける還暦近い「現役サイクリスト」の極意を学べる書籍は他にないだろう。私はひとつ面白い事実を見つけた。本書内で「トレーニングの内容」に触れているページは20ページも無い。
ということは強くなる為の要素や本質は単純かつシンプルな物といえる。我々サラリーマンサイクリストが本当に必要なのはトレーニング内容そのものよりも、いかにして続けるための仕組み作りやモチベーションの維持ができるか、その点つきるだろう。
それらの要素が散りばめられた本書「ヒルクライムトレーニングの極意」は他の書籍とは一線を画する内容となっている。私は自転車と村山さんの書籍に出会えてよかったと心の底から思えるのだ。