photo:CXMAGAZINE
よくご覧いただきたい。「アウターチェーンリングに歯山が無い」のだ。一見すると歯を削り出す前の状態にすら見える。これは実際にレースへ実戦投入されたものだ。ただ、発売などが決まったわけでは当然ないので、プロトタイプだろう。以前からシクロクロスにおいては、発売されていない特種なチェーンリングが使われていた。
今回もトップシクロクロッサーのためにワンオフで作られたと思わされるような、一見未完成のチェーンリングだ。実はこれ、53Tのアウターを削ったものらしい。結果従来のバッシュガードの役割をアウターチェーンリング相当で実現している構造に見える。
シマノという会社は非常に情報がリークされにくい。メディアへの箝口令を厳しく敷いているからだろうが、ひょんなことで新型のプロトタイプを目に付く場所に持ってくる。例えば、Dura9000シリーズの発売前には、群馬CSCでシマノレーシングが使っていたし、今年の白浜クリテリウムでも新型のシマノパワーメーターをわざわざ見えるところに置いてあった。
シマノはどちらかというと、見せびらかすというよりも、実践投入に重きを置きテストをしている。その中で私のような一般人に見つけられてしまったというパターンが多い。今回もデカデカとシクロワイヤードに載っていたが何も触れられず違和感のみ残した写真があった。
謎のシマノコンポーネントが目撃されたのは、開幕したシクロクロスのスーパープレスティージュ2015-2016の第1戦である。出場選手の中で特に注目されていたのはネイス選手だったが、そのネオンイエローのTREK BOONE9にはあるコンポが着いていなかった。「フロントディレイラー」である。
photo:シクロワイヤード
一瞬、違和感を覚えたのには理由があった。一見、まだ未発売ではあるがシクロクロス用に設計されたフラットなアウターチェーンリングを持つ専用クランクなのかと思った。しかし、よく目を凝らすと驚くことがある。「アウターチェーンリングに歯の山がない」ということに。
私が思ったことは、この一見アウターに見えるチェーンガードがシマノの考えた「フロントシングル化」の一つのアプローチであることを。ただ、アウターを削ることはシクロクロスの世界では昔から一部で行われていた加工方法だ。オフロードをやってみるとわかることだが、世界的に見てもSRAMを使うユーザーは多い。ロードでは絶滅危惧種並みの扱いを受けるSRAMではあるが、いざMTBや海外のシクロクロスというとSRAMとフロントシングルだ。
「フロントシングル」という構成を簡単に補足しておくと、フロントチェーンリングは一枚にする。その恩恵はギアチェンジによるメカトラブルを最小限に抑えるという効果と軽量化が主な特徴だ。そして刻々と変化するオフロードの地形に合わせ、フロント変速の煩わしさを排除する目的もある。
ただ、一説にはシマノの正確無比な(そしてメカトラが起こりにくい)フロント変速に対し、どう足掻いても勝てないSRAMの苦肉の策で「フロントシングル」を生み出したとも言われている。確かに新型のロード用SRAM RED22のフロントディレイラーですらマシになったとはいえ少しもたつく印象だ。
しかし、SRAMはフロントシングル化をする際にフロントチェーンリングからチェーンが外れないようにする仕組みを考案した。「ナローワイド」という歯の形状である。SRAMではX-SYNCと呼ばれている。このナローワイドは、フロントチェーンリングがチェーンにうまく噛み付くような歯の形状になっている。この構造によりチェーンガイドが無くともメカトラは格段に減った。
実は私のMTBもコンポーネントはSRAMとMAGRAの組み合わせだ。フロントシングルで30T、リアは11-42である。なお、フロントに関するメカトラは今だに経験していない。このようにフロントシングル化はリアスプロケが大口径化し、歯飛びが大きくなるデメリットもあるが、スタイリッシュさとメカトラブルの少なさでMTBではほぼ主流、シクロクロスでも普及の兆しが見えてきている。
まとめ: シマノフロントシングル化の意味
シマノのフロントシングル化は、今後オフロードでは主流になって行くだろう。ネイス選手は契約上シマノを使わなくてはいけないが、フロントシングルを使うということ自体やはりメリットが大きい。ただ、変速性能に絶対の自身があるシマノにとってフロントシングル化はそこまでやりたくないはずではないか。
しかし、MTBのM9000シリーズやM8000シリーズにおいてフロントシングル化を出してきた。そしてシクロクロス用にフロントシングルとオフロードの世界でこのコンポーネントは主流になりつつある。シマノにとってはフロント性能はもちろん絶対の自信があるとは思うが、オフロードの世界ではSRAMに押されつつある苦肉の策かもしれない。
今回のチェーンリングは見るからに「53Tの歯山を削ってバッシュガードにしました」的なテストモデルのように見える。ただ、シマノがフロントシングルを意識しているのは間違いない。
シマノの絶対的な変速性能を屈したSRAMは、苦肉の策と差別化のためにフロントシングルの流れを作った。しかし、いつしかその流れはオフロードの世界で主流になろうとしている。シマノが後追いするという世界はロードでは考えられないことである。ただ、市場が求める物作りに常に対応するシマノのフロントシングル化でSRAM X-SYNCとの攻防は一層激しさを増しそうである。